〜 4 〜

 

       東の空が明るくなり、徐々に空全体へと広がっていく。

      その薄明かりの空を、巨大な浮城…エスタールが突き進む。

       陽を背にし、目指すは、西。セントラ大陸だ。

       その飛行速度はかなりのものなのだが、海と空のみで対象物のない世界では、そのスピードは解りづらい。

      さらに、エスタール下部の円盤の回転が非常にゆっくりとしているため、

      エスタール自体がゆったりと優雅に飛んでいるような錯覚を受ける。

       が、外見の優雅さとは違い、その内部では多くの人々が忙しなく動き回っている。

       出撃準備と、最終点検だ。

      特に、メカニックにとっては、作戦前が一番の勝負所である。作戦が始まってしまえば、待っているしかない。

      だからこそ、今、できる限りの事をしたいのである。

       対して、戦闘人員は意外に落ち着いている。

      とはいえ、実際は、緊張を過ぎさせない為、意識して落ち着こうとしているものが殆どだ。

       だが、中には本当に落ち着いているものもいる。

      「ふんふ〜ん♪」

       鼻歌混じりでロッカールームに向かうのはガフである。

       彼ほど場数を践んだ戦士なら、戦闘前程リラックスしているものである。

      尤も、ガフの場合は生来の気性によるところも大きいが。

       そのすぐ後ろを歩くのはカインである。カインとて、そう堅くなってもいない。

       だから、というわけでもないが、ガフが振り向いて気さくに声をかける。

      「なあ、少しはエスタールの暮らしには慣れたか?」

      「ああ、まあな。」

       カインも、彼にしては愛想良く応じる。事実、彼はここでの生活を悪く思ってはいなかった。

      いやむしろ、気に入っているといってもいいだろう。

       そんなカインの気持ちを知ってか知らずか、ガフは後ろ向きに歩きながらニカッと笑う。

      「そうか、そりゃ良かった。ココは住み心地いいからな。

      特に、フワフワ飛んでるってのが、オレにはぴったりだ。」

       ひとつところに留まれる性質ではないガフらしい言葉である。

       と、突然カインが立ち止まる。

      「お? どうした?」

      「ここだろ、ロッカールーム。」

      カインが傍らの部屋の扉を指す。

      「ああ、そうだったそうだった。通り過ぎるところだったぜ。…なんだか、オレより詳しくなってないか?」

      「かもな。」

      ガフの冗談に軽く両手を浮かせて応えるだけの余裕が、今のカインにはあった。

       そしてキーを操作し、扉を開ける。

       中には既にクラーレットがいた。

      このロッカールームは更衣室ではなくアーマー着用の為のものなので、男女共用なのだ。

      「よう、クラレ早いな。」

       挨拶よろしくガフが声をかける。

      が、返事はない。クラーレットは自分のロッカーを開けると、準備に取り掛かる。

      「なんだよ、愛想無いなあ……まだ怒ってんのか?」

      「……別に。作戦前に、馬鹿な会話はしたくないだけだ。」

       背を向けたまま、そう答えた。その間も、準備を続けている。

      「ちぇ、十分怒ってるじゃんか。」

       聞こえないように小さく呟くと、ガフも自分のロッカーを開ける。

      中には、彼専用の上半身用ライトアーマーと、手っ甲が入っていた。

       それを、被るように装着する。

      ふと、傍らを見ると、カインが既に着ていたアンダーの上に、鎧の各パーツを器用に装着していた。

      「お前、そんな全身鎧で、重くないのか?」

      「慣れれば、これが一番動きやすい」

       カインは事も無げに言う。やがて最後のパーツをはめ込み、腰に短剣を差して装備完了。

       そのころには、クラーレットもガフも装着を終えていた。

       クラーレットは超軽量化した、フィット感のあるアーマー。

      左右非対称の独特な形状と、鮮烈な赤が印象的だ。両腰には、小振りな剣を下げている。

       ガフは、大きく肩の張りだした強固なアーマー。

      背には、鉄の棒のようなものが二本、十字に取り付けられている。

      「よし、行くか!」

       ガフが一声あげ、先頭になって部屋を出る。残る二人も後に続いた。

 

       三人が、ドックで出撃準備している飛空艇シャルトリューズまで来ると、

      ヨシノが例の腕組みポーズで待っていた。彼の姿は、いつもと殆ど変わらない。

      小手と脛当てを付けているくらいなものだ。

       そしてもう一人、待っていた人物がいる。それは…

      「リッキー!? お前はヴェルヴェーヌに乗るんじゃ無いのか? なんでここに?」

       そのガフの問いかけに、リッキーは

      「僕も、シャルトリューズのB班に加わることになったんだ。」

      と、しっかりした口調で答えた。

       当然、聞いた方は驚く。

      「なんだって!? ギムの奴、何考えてんだ、よりによってリッキーをB班にだなんて…」

       リッキーは慌てて首を振る。

      「違うよ、僕から頼んだんだ、B班に入れてくれって。」

       リッキーの言葉でさらに驚く。

      「正気か!? なんでお前みたいなのがわざわざ危険な方に…」

      「決めたんだ、僕ももっと強くならなきゃって。」

       凛として答えたリッキーには、多少の緊張はあるものの、迷いは見られない。

      「だが、命を落とすかもしれないぞ。」

      クラーレットが言う。希望的観測だけではどうにもならないことを、彼女は知っていた。

      「……解ってる。でも、それは皆同じなんだ。」

      「皆同じったって、お前なぁ」

       あらゆる死線を乗り越えてきたガフ達とリッキーとでは違う。

      ガフは、まだリッキーが本当の戦場を知らないから、強がれるんだと思っていた。

       が、カインはリッキーのそれが何か強い決意のもとにあることを感じた。

      それが何なのかまでは解らないが。

       どちらにしろ、既に艦長の許可が出ていることである。

      本人が行きたがってる以上、ガフも、もうそれ以上は何も言わなかった。

      「……そろそろ時間だ。」

      ずっと黙っていたヨシノが突然しゃべったかと思うと、

      そのままシャルトリューズの下部に取り付けられたコンテナに向かった。

      「あ、もうそんな時間か。」

      ガフ達もコンテナに向かう。一面だけ開いたコンテナの中には、四機の小型飛空艇が積まれていた。

       バード級飛空艇。サイドカーのような形状で、二人乗りだ。

      セントラで最も普及しているクラスの飛空艇でもある。

       通常の飛空艇は反重力エンジンを積んでいるが、バード級は小型のため、積むことはできない。

      ダイナモにチャージされた反重力エネルギーを使うのだ。

      そのため、活動時間は限られてくるし、速力も他のクラスよりずっと劣る。

      が、小回りが利くため、今回のような潜入や、接近白兵戦にはうってつけのマシンである。

       コンテナを利用しているのは、如何にバード級が小型とはいっても、

      通常、シップ級に格納できるのは、せいぜい一機であるからだ。

      四機を一つのシップ級で運ぶには、コンテナを吊り下げるしかないのである。

       コンテナにガフ達A班の4人と、リッキーのB班4人が乗り込み、

      それと同時にコンテナの開放面が閉じられた。

      『エスタール艦内の全乗組員に告ぐ』

       ギムレットの声だ。ブリッジから、艦内放送をしているのである。

      『タイムスケジュールは予定通りに進行している。

      10分後に、本艦はセントラ大陸に突入、その3分後に敵制空圏限界に達する。

      そこで予定通り出撃開始。本作戦の本格的始動となる』

       ゴクッと、誰かが喉を鳴らす音がコンテナ内に響いた。

      『…何度も言うようだが、本作戦は今後の我々の行く末を決定付けるものとなるだろう。

      失敗は許されない。皆の、健闘を祈……う、うわ!?』

       驚きとともに、ギムレットの声が途切れる。

      「な、なんだ、どうかしたのか?」

       コンテナのみならず、艦内のあちこちで動揺が走る。

      『……お、おい、やめ…こらっマイクを……』

       途切れ途切れに、ブリッジの混乱した様子が伝わってくる。

      と、突然、

      『こらリッキー!!!』

      と、怒声が響く。

      「ル、ルシィ!?」

      そう、声の主はルシアンだ。

      『リッキー!!シャルトリューズにいるんでしょ!?返事しなさーーーい!!』

      いきなりのことで対応できず、オロオロしてしまうリッキー。

      「ま、何が言いたいかは想像つくわな。」

      ガフが呆れたように笑いつつ、リッキーにインカムを投げてよこした。

       インカムを付け、恐る恐るしゃべりかける。

      「あ、あの、ルシィ?」

      『リッキー!?やっぱりそこにいたんだ。どうしてよ?』

      「ど、どうしてって…決めたんだ、僕も、もっと出来ることをやろうって。」

 

      「何よ、それ!?」

      手にしたマイクに向かって、ルシアンが叫ぶ。すぐ傍にはルーザも浮いている。

       その肩を、ギムレットが叩く。

      「……解ってやれ。あいつも、強くなろうと必死なんだ。」

      「そんなの!…そんなの、分かんないよ。

      リッキーは、子供の頃から誰より喧嘩が嫌いで、弱虫で…戦争なんて、一番似合わないのに。

      無理して強くなんかならなくていいのに!!」

       幼なじみで、一番長く共にいるルシアンだからこその言葉だ。

      と、突然スピーカーから、

      『ルシィ。』

      と、呼ぶ声が聞こえる。

      「カイン君?」

      『ルシィ、リッキーの決意は俺には軽いものに見えない。許してやれ。』

      「でも、昨日カイン君は言ったじゃない! 直接戦いに出なくても、協力すれば同じことだって。

      リッキーは今まで、技師として戦ってきたんだよ? 今更、戦場に行かなくても…」

      『……その意志は、理屈じゃないんだよ、きっとな。今までと違う自分を見つける為の…』

      そこでカインの言葉は途切れた。

       ルシアンの感性は、その空白の意味を知る。

      「……そうか…カイン君も、探してるんだね……」

       ルシアンは暫時黙って考え込んでいたが、やがて顔を上げると、

      「リッキー、皆の足を引っ張るんじゃないよ!」

      と、激励した。

      『ルシィ、ありがとう。やってみるよ!』

       スピーカーの向こうから、リッキーの嬉しそうな声が聞こえてきた。

 

      「カインさん、ありがとう。」

      リッキーは、カインにも礼を言い、頭を下げた。

      「いや、俺は大したことはしていない。後は、これからのお前次第だ。」

       カインも、そう激励する。

       しかし、カインにはリッキーの決意の程は解っても、その根元となるものには気づいていない。

      それがガフには、無性に可笑しかった。

      「…リッキーも、ライバルに礼を言ってる場合じゃないだろうに。」

      「……それが、あいつの良さだろう?」

       そう応じたのは、B班の一員、オーベルだ。歳はガフより少し上くらいか。

      人好きのする、気のいい青年である。彼は、エスタールの技術スタッフであり、リッキーとの関わりも多い。

      つまり、リッキーの回りで、彼の気持ちに気付かない者は無い、ということだ。よっぽど鈍い者を除いて。

      『皆、聞こえるか!』

      突然、ギムレットの声が響く。

      『いろいろあって、もうそろそろ出撃時間になってしまった。

      言いそびれてたが、諸君の健闘と無事を祈るぞ。』

      『そうよ、皆ちゃんと帰ってきて!!』

       また、ルシアンが割り込んだ。スピーカーから、ギムレットの怒鳴り声。

      本来なら皆極度の緊張状態であるハズの出撃寸前に、笑いとともに和やかな空気が艦全体に流れた。

      「これも、才能だな。」

       操舵を操りながら、パナシェがつぶやいた。

 

      「とにかく、定刻だ。ミッション『シャルトリューズ・ステア』スタート!各艇出撃!」

      ギムレットの叫びとともに、エスタールのハッチが開き、飛空艇が次々と飛び出していく。

      全ての艇が出撃すると、エスタールは急速に後退していく。

      「皆、ホントに戻ってきてよ……」

      離れていく光の点達を見送りながら、ルシアンは祈るように呟いた。

       抱きしめられたルーザが少しうめいた。

 

       シャルトリューズは他の艇から離れ、一機別のルートを飛んでいく。

      「…どうも、腑に落ちない。」

      オーベルがコンテナに持ち込まれたモニターに映る外の景色を眺めながら、呟く。

      「何がだ?」

       クラーレットはその呟きを聞き取り、聞いた。

      「いや、これから行くカシュクバール武器工場さ。

      首都から離れたこんな何もない野っ原に、なんで工場なんて作ったんだ? 

      輸送だって、防衛だって、面倒だろうに。」

      「単なる土地不足だろ?」

       ガフが気にも止めない風で言う。

      「いや、首都郊外にはまだまだ土地が有る。いくら巨大な工場とはいっても、土地は十分足りるハズだ。

      それなのに何故、そこに作らなかったのか…」

      「…もしくは、作れなかった、とか…」

       リッキーが思いついたように言った。

      「作れない?なんで?」

      「さ、さあ、そこまでは…」

      リッキーとて、何か理由があって言ったのではない。なんとなく、なのだ。

      「なんだよ、意味ないなあ。皆、考えすぎだぜ。」

      ガフが一笑に賦した。しかし、オーベルにはリッキーの言った言葉がどうも引っかかった。

      が、考える時間はもう無い。彼らの真の出発のときが来たのだ。

      「よーし、工場西にまで回ったぜ。ここからはバードで近づく。もう、正面ではドンパチやってるかもな。」

       ガフが鍛え上げられた腕を奮いながら言った。それに呼応して、

      「よし、A班は二機のバードに、私とヨシノ、ガフとカインで分かれよう」

      と、クラーレットが続けた。それに対しガフが驚いたように、

      「えーッ、いつもはオレとクラレじゃねえか。ま〜だ怒ってんのかよ〜」

      と、非難の声を上げる。

      「馬鹿。お前と私が同じバードに乗ったら、もう一機は誰が操縦するんだ?」

      クラーレットが呆れたように、溜め息まじりで言った。

      「あ、そうか、ヨシノとカインじゃあなあ。仕方ないか。」

       ガフは納得して頷いた。

      「……ヨシノ、操縦できないのか?」

      カインがそっとヨシノに聞く。

      「………キカイは苦手だ。」

      いつもの様子ながら、さすがに呟くように答えた。

 

      「よし、開け!」

      その号令とともに、コンテナの底が開き、四機のバードが飛び出した。

       吹き抜ける風と空。カインは一瞬目を閉じ、その感覚を心地よく身に受ける。

      反対に、リッキーは慣れない高度に四苦八苦しながら、必死にバードにしがみついている。

       バードを放ったシャルトリューズは、高速で離れゆく。ガフ達の退避時間まで、遠所で待機するのだ。

      「B班ともココでお別れだな。リッキー、しっかりやれよ!」

      ガフが激を飛ばす。リッキーは頷くのが精一杯だった。

      「そっちこそ、せいぜい頑張ってくれ!」

      代わりに、リッキーの隣のオーベルが応えた。親指を立ててみせる。

      「おし、そんじゃあとでな!!」

       四機のバード級は二機ずつに分かれ、それぞれ工場に向かった。

      彼らは、希望と意志に満ちていた…

 

      が、同じ頃、既に状況は狂い出していた。

      「キュラソー、落とされました!!」

      「ヴェルヴェーヌ半壊、このままでは轟沈します!!」

      エスタールのブリッジで、オペレーターの悲痛な叫びが響く。

      「く、まさかこんなことが……」

       ギムレットは唇の端を噛む。信じられない、といった表情だ。

      だが、目の前に起きていることは現実。味方のシップ級飛空艇が、次々と落とされているのだ。

      突如出現した、敵方のフォルト級飛空艦によって。

       そもそも、遠距離戦では、シップ級はフォルト級の足下にも及ばない。

      フォルト級はキャッスル級ほど高出力でも巨大でもないが、居住性を排除した分、戦闘力は非常に高い。

       まさしく、「戦艦」なのだ。

       それに対するシップ級の戦法は、小回りを活かして近接戦闘に持ち込むことなのだが、

      敵のフォルト級はよほどの艦長が仕切ってるらしく、なかなか近づけさせてもらえないのだ。

      「それにしても…なぜ、こんな工場の防衛にフォルト級艦が?……我々の作戦が読まれていたというのか?」

       それは事実なのだが、普通、来るかどうか確定もしていない相手に、

      前線にも首都防衛にも貴重な戦力であるフォルト級艦を仕向けるとは、考え難かった。

      「絶対に来るという確固たる自信?…それほどの知恵と発言力を持つものがいるのか?」

      「艦長!」

      ライトオペレーターを勤める女性士官フライアの声によって、ギムレットの思考は遮られる。

      「どうした!」

      「敵フォルト艦の艦影を捉えました!モニターに出します!」

      と、フライアは手元のキーを叩く。

      瞬間後、前面モニターに映し出された艦の姿に、ブリッジの一同は声を上げた。

      「‘赤毛’か…」

      真紅の飛空艦アンゴスチュラ。その艦長の通称を、ギムレットは呟いた。

 

      「敵シップ級、左舷旋回!」

      「慌てるな!副砲で威すれば十分だ。」

      「正面から二艇同時ですッ」

      「弾幕を張りつつ、主砲発射しろ!」

      「しかし、速すぎて、照準が…」

      「目測でかまわん!怯んだところを狙え。」

       アンゴスチュラのブリッジで、冷静な判断を下す若き艦長。件の‘赤毛’―ロブ=ロイである。

       その判断力は、ベテランのそれもかくや、である。

      派手なキールの存在に隠れがちではあるが、ロブも十数年に一人の逸材、まさしく「天才」なのである。

       工場の真上に陣取り、敵を寄せ付けないその真紅の艦の姿は、まるで鬼神のようだ。

      と、敵の攻撃が暫し退く。力押しでは勝てないと知ったのであろう。

       少し余裕の出来たロブは、手元の小モニターで、工場から少し離れた所に停泊したフォルト艦を見やる。

      例のジェノサイダーの艦だ。が、動く様子は無い。

      「高みの見物か……まあいい。奴らと共闘するくらいなら、怠けてもらった方がまだマシだ。」

       次に、彼の隣に立つ友人……キールを見る。

      キールは前面モニターを凝視したまま、いつもより険しい顔をしている。

      「……違う、いない…この中にはカインはいない……」

       この混戦の中、一人の人物が艇に乗っているかどうかなど解るハズもないのだが、

      キールの感覚が、カインの存在を否定していた。

      「キール、大丈夫か?」

       ロブは見かねて、声をかける。キールは勢い込んで振り向くと、

      「ロブ、俺を出撃させてくれ!ヤツは、必ず来る! だが、ここにはいないんだ!

      きっと、別のルートで進入するつもりなんだ、だから!!」

       キールの激情に、ロブはキール自身の身の危うさを感じずにはいられなかった。

      だが、ここで行くなと言って、おさまるキールでは無いことも、知っていた。

      「……解った、バードで降りるといい。」

      「ああ、すまない!」

      キールは言うが早いか、ブリッジを飛び出そうとする。

      「キール!」

      思わずロブは声をかけた。

      「…なんだ?」

      「……しっかりやれよ。」

      その言葉に頷いて見せ、キールはブリッジを出た。

       ロブは去り行くキールが、もう二度と会えないように思えてしまい、

      その意識を振り払うかのように、その見事な赤毛を振った。

 

      「これってどういうこと!?」

       ブリッジから一度外に出されていたルシアンが、再び飛びこんできた。無論、ルーザを抱えている。

      「何で、なんで皆がやられてるの!? 完璧な作戦じゃなかったの!!?」

      ルシアンの叫びに答えられるものはいない。皆、沈痛な面持ちで、それぞれの作業を続けている。

       ルシアンは、今度はギムレットに取りつく。

      「ねえ、皆を助けてよ! 早く!ねえってば!!」

      ギムレットは無言のままだ。

      「無茶を言うなルシアン、エスタールがやられたら、お終いなんだぞ。」

      代わりに答えたのはスプモーニである。

      彼とて、平気なわけではないが、エスタールは最後の希望なのだ。ここで失うわけにはいかなかった。

      「でもこのまんまじゃ皆、やられちゃうよ!逃げ切ることだってできないよ! カイン君達だって……」

       ルシアンは、言葉を詰まらせてしまう。泣いていた。

      「…ねえ、助けてよ……ねえ、ねえ……」

      そのままギムレットの胸に突っ伏した。服が涙で濡れる。

       ギムレットはモニターは見つめていた。

       次々と届く、味方の落ちる情報。苦戦を強いられる様。激しさを増していく戦場。

       彼は、決断する。

      「……エスタール、前方戦域に向って、全速前進だ。」

      「は?」

       もう一人のオペレーター、カプリが思わず聞き返す。

      「聞こえなかったのか!全艦内に伝えろ、エスタール全速前進だ! パナシェ!」

      「合点承知!!」

       パナシェが思いきり操舵を倒す。鈍い揺れとともに、エスタールが急速に進み出す。

      ルシアンは顔を上げ、ギムレットを見上げた。

      「ギム…どうして?」

      「希望はエスタールではない。エスタールに生きる人々だ。それを失っては、どの道未来はない。」

       ギムレットにはもう、迷いは無かった。

      ルシアンは、エスタールという名の意味を思い出す。

      古代セントラ語で、「希望に向って」……。

       その先にあるのが希望か絶望かは解らない。だが、何より大切なもの達がいるのは間違い無い。

       エスタールは、初飛行実験時以来のオーバーフローで、その巨大な身を奮わせつつ、飛んでいった。

 

 

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