〜 2 〜

 

       人里離れた、とある山中。

       そこの山や森に挟まれるようにして、巨大な人工物が頭を出している。

       巨大飛空艦エスタールだ。

      革命軍の移動拠点であるエスタールだが、時にはメインエンジンの点検のため、停止しなくてはならない。

      そのために、この山中に身を隠しているのだ。尤も、完全に隠れるのは無理であるが。

       遠巻きにしていると静かに見えるが、近付くとそこは喧騒に満ちている。

      甲板、ドック問わず駆け回るスタッフ。皆、急いでいる。できるだけ早く作業を完了させたいのだ。

       それはそうであろう。こんなところを敵に発見されれば、ひとたまりも無い。

       そんな様子が、もう半日も続いていた。

 

      「艦長、主砲の弾装填はどうします?」

      「ランクD、最低限でいい!今回の作戦はエスタールがメインじゃないからな。」

      「艦長!シップ級艇ベイリーズの装甲板が足りません!!」

      「何?……仕方ない、ベイリーズは作戦から外せ!」

       ブリッジでも喧騒は続いていた。

      ギムレットは艦内各所から押し寄せる伝達に、頭を抱える。

      「……こう物資が少なくてはな……」

      そう、彼を悩ませる原因は物資不足だ。

       数年の長きに渡るこの戦いで、革命軍の補給線はセントラ側にかなり叩かれていた。

      特に武器関連の規制が厳しくなり、一定量の武器を運送することが困難となっていた。

       つまり、エスタールに運ばれる前に見つかってしまうのだ。

      「…それだけに、この作戦は何としても成功させなくてはならない。もし、失敗すれば……」

      革命軍の未来はない。ギムレットは、勝敗がどう転ぶにしても、戦いの終りが近いことを感じていた。

       突如、ブリッジのドアが開く。

      「シャンディ=ガフ、入ります!」

      と、入ってきたのはガフである。彼だけは相変わらず呑気な表情だ。

      「ようギム、仕事の方はどうだ?」

       愛想よろしく話しかける。軍であれば、上官に対しての言葉ではないとして懲罰ものだ。

      しかし、ギムレットはそういうことは気にしないタイプであったし、二人の付き合いも長い。

      歳も離れているが、それ以上に二人は友人だった。

      「ああ、大分片はついた。もう少しだ。」

      とは言いながらも、モニターに映る情報から目が離せない。

       ガフがやれやれと肩をすくめる。

      「…あんまり根詰めるとぶっ倒れるぞ。ちょっとは休めよ。」

      それに同調して、

      「そうですよ、艦長、働き詰めじゃないですか。」

      「少し、休んでください。後は我々がやりますから」

      と、ブリッジの面々も言う。

      「いや、しかし……」

      「ほら皆ああ言ってんだから、食堂にでも行こうぜ?」

      そう言いつつ、ガフはギムレットの手を引く。

      「お、おい……」

      ギムレットはシートから無理矢理立たされる。

       そしてそのまま引っ張られながら、ブリッジを後にした。

 

      「まったく、お前はいつもいつも強引すぎるんだ。」

      「だってそうしなけりゃ、ずっと動かないだろ。ギムは頑張り過ぎなんだよ。」

      「お前がお気楽過ぎるんだ!だいたい今がどうゆう状況か……ん?」

       二人が食堂に入ると、リッキーが図面を見ながら何やら唸っている。

      「……十の位と千の位の二乗がχで…これに7がかかって…………

      うがあああっだめだ、計算が合わない!!」

      リッキーは奇声を上げて突っ伏した。

      「……何やってんだ、アイツ。」

      「シップ級の限界速度時のエネルギー消費の最も効率いいのを計算するように、

      メカニックに頼まれたんだってよ。」

      と言ってガフはニヤつく。

      「そんな計算、リッキーの一番得意な分野じゃないか。それがなんで、あんなに悩んでる?」

      「理由は多分、もうすぐやってくるぜ」

      「??」

       訝しがるギムレットだが、ガフは笑ってるだけだ。

       やがて、食堂の入り口が開く。

      「カイン君こっちこっち!!」

       現れたのはルシアンだ。

      「あ、ああ……」

      続いて、腕を引かれたカインも入ってくる。鎧の変わりに、エスタールで貰った服を着ていた。

      ワイシャツに作業ズボンというシンプルないでたちである。

 

      「はーい、ここが食堂でーす。皆が御飯食べるところ。ここのA定食が最高に美味しいのよ!

      あと、パンも売ってるの。パンのお奨めはねぇ……」

      と、ルシアンはカインを引き回しながら、嬉々として食堂の説明をしている。

       カインの方はさすがに疲れた様子で、多少ゲンナリしているが。

      「ルシィ、カイン君、なにやってるんだ?」

       ギムレットが声をかける。そこでルシアンはやっとギムレット達に気がついた。

      「…何って、カイン君にエスタールのこと良く知ってもらおうと思って、案内してただけよ。

      それとも何? 謹慎中は艦内も出歩いちゃ駄目だっていうの?」

      「い、いや、別に構わんが……」

      「じゃ、ほっといて。えーと次はねえ……」

      ルシアンはすぐさまギムレットから離れると、再び食堂の中を説明して回りだした。

       ギムレットは勢いに圧され、ポカンとしている。

      「……な、なんだ、どうしたんだ?」

       そこへ誰かが肩を叩く。ガフだ。ガフは意味ありげに笑みを浮かべながら、後方のリッキーを指す。

       見ると、座ったままではあるが、肩が震えている。

      そこでギムレットもようやく理解した。

      「…そういうことか。」

       二人が急に仲良くなったので、リッキーとしては心穏やかではないのだ。

      「ガフ、お前これを見せたくて呼んだな?」

      「へっへー、面白いことになってるだろ?平穏な関係に嵐の予感。」

      ガフはそう言って笑い出した。この男、やはりこの手の話が好きらしい。

       さすがにギムレットはガフとは違う。苦笑して、テーブルについた。

      と、対面にヨシノが座って、お茶をすすっている。

      「ヨシノ、いたのか!?」

      「うむ。………今日も、茶が美味い。」

       周りの騒がしさなど気にもならない風で、涼しげに座っている。

      やっぱりコイツも変わってるなあ、などと思いつつ、カイン達の方を見てみる。

       二人は食堂の壁に飾ってある一つの武器を眺めていた。

      「……変わった剣だな。」

       カインが呟く。それは確かに変わった武器だった。

      刀身は普通だが、柄に妙な機械がくっ付いている。確か、銃とかいうものだ。

      「これはね、ガンブレードっていうの。斬る瞬間に引き金をひくと、凄い威力が出るんだって。」

      「……ただ、ものすごく扱いづらい武器さ。コイツを完全に使いこなせたのは史上、一人だけって言われてる。」

      ルシアンの説明に、後ろからガフが続けた。

      「……一人?誰だ?」

      「今は亡き伝説の軍人、ジン=トニックさ。ギムの部隊の隊長でもあったんだ。なあ、ギム。」

       ガフは、ヨシノと供にお茶を飲むギムレットにふった。

      「……ああ。あの人は強かった。

      かつて、セントラを幾多の侵略から守れたのは、彼のおかげと言ってもいい。

      もし、存命であれば、セントラはこうはならなかったかもしれない……。」

       ギムレットが遠い目をする。彼も、元々はセントラの軍人であった。古き良き時代を回想しているのであろう。

       ふと、カインは思い当たる。

      「……ジン=トニックって、リッキーの名前じゃないのか?」

       図面を直視しているだけだったリッキーだが、名を呼ばれて顔を上げる。

      「う、うん、父さんの名前なんだ。」

      「父さん?」

      「そう、コイツは最強の軍人の息子なのさ。で、ジンっていう名前まで受け継いだんだ。」

      代わってガフが答えた。

      「ところがコイツは軍人どころか気弱で機械いじりが好きな坊やになっちまった。

      ジンの名前も浮かばれねえぜ。」

       ガフが冗談交じりに言う。

      「そ、そんなこと言ったって、僕は父さんとは違うんだから……」

       冗談として聞き流せばいいものを、リッキーは真に受けてしまう。

      「リッキーはリッキーでいいじゃない。それに、リッキーの艇の知識はすっごく役に立つもの。」

       さすがに、ルシアンが慰める。

      「ルシィ……」

      「だけど、いつまでもウジウジしてちゃあ、ルシィを取られちまうぞ?」

       ガフが耳元で囁く。

      「そ、そんなこと!!」

       顔を真っ赤にしてガフに掴みかかるリッキーを、ルシアンとカインは不思議そうに眺めている。

      「どうしたの、リッキー?」

       ルシアンが何の気なしに聞く。

      「あ、ううん、なんでもないんだ、何でも。」

       慌てて手と首を同時に振る。ルシアンから見ても、明らかな動揺である。

      そこへガフがさらに茶化す。

      「オレが女の子の扱いを教えてやろうか?完璧なテクニックだぜ。」

      「う、うるさい、僕は別にッ」

      「ねえ、テクニックってなんの?」

      「わあルシィ、聞いてたの!?」

       慌てるリッキー、からかうガフ、不思議そうなルシアン。

      そんな様子を見て、ギムレットは再び苦笑する。

      「ルシィはこういうことだけ鈍感だからな。リッキーも苦労するわな。……ん?」

      突如食堂の扉が開いたかと思うと、誰かが飛び込んでくる。

      「ガーーーフッ!!」

       クラーレットだ。

      「なんだよクラレ、血相変えて。今、面白いトコなんだぞ?」

      「!! そこにいたか!」

       そしてツカツカとガフに歩み寄る。初めはお気楽だったガフだが、あまりの迫力にちょっと退く。

       ガフの処まで来ると、キッと睨みあげるクラーレット。

      「ガフ!お前また女のメカニックを口説いたな!!」

       何事かと思っていただけに、思わず気が抜けるガフ。

      「なんだ、そんなことかよ。」

      「そんなことじゃあないだろう!この忙しい時にお前は!おかげで私のバードの調整が遅れてるんだぞ!?」

       食って掛かるクラーレットに、ガフは何か思いついたのか、突然ニヤけだす。

      「な、なんだ?」

      「ははーん、解ったぞ。お前、妬いてんだろ?……ぐぉ!?」

      言い終わるか終らないうちに、ガフの顔面に右ストレートがヒットしていた。

       そのまま倒れこむガフ。

      「お、おううう……」

      「作戦会議までおとなしく寝ていろ!!」

       クラーレットは初めと同じように、ツカツカと出ていった。

       唖然とする面々。

      「……どこが完璧な扱いだ?」

       ギムレット三度目の苦笑。その目の前で、ヨシノは何事も無いかのようにお茶を飲む。

      「…お前、騒がしくても平気なのか?」

      「………戦まえの一時の戯れも、憐れを悟れば風物と同じ。茶のひき立てとなる。」

       ヨシノは姿勢正しくお茶碗を手に言う。

      その心境は、ギムレットの理解の範疇を超えている。

      「……お前、歳の割に老けてるって言われないか?」

      「…………………………。」

 

       数時間が過ぎた。

       エスタールのブリッジは最上階であるが、そのすぐ下の階には広い会議室がある。

      そこに今、エスタールのメインクルーの内、作業を終えたほとんどの者が集まっていた。

       部屋奥の壁のスクリーンを前に、整然と並んでいる。

      その中にはカインやパロム、ポロムも含まれている。

      「……予定より若干遅れているが、作業は大方完了した。皆、御苦労だった。」

       前に立つギムレットが労いの言葉をかける。だが、一瞬緩んだ表情も、すぐに引き締まる。

      「さて、本題に移るぞ。今回の作業は次の作戦の為のものだからな。スプモーニ、頼む。」

      「はい。」

       スプモーニと呼ばれた男が、スクリーンの傍らで何事か操作する。カインにも見覚えがある人物だ。

      それもそのはず、彼はブリッジ要員の航空士である。縁無しのメガネをかけていて、実直そうな顔立ちだ。

       スクリーンには、大陸の地図と周辺の海図が映し出される。

      「見て解るように、これはセントラ大陸だ。今度の作戦の舞台は、この大陸の東端、カシュクバール平原だ。」

       地図に矢印が現れ、大陸の部分を指す。

      「目的は、ここにあるセントラの軍事工場の破壊だ。……この作戦の重要性は、皆承知していると思う。

      はっきり言って、我々とセントラ軍の戦力差はあまりに大きい。

      その差を少しでも縮めるためには、この作戦は絶対に成功させなければならない。」

      一同に緊張が走る。作戦目的は皆、既に知っていた。この緊張感は作戦への意気込みである。

      「…よし、では作戦の内容説明に入る。

      今回、エスタールは大陸の東側から大陸上空へと突入、敵制空圏のギリギリまで近付く。」

       ギムレットの説明に併せ、地図の上を緑の点が動く。エスタールに見立てているのだ。

      「そして、限界ラインで、整備の完全でないディサローノとベイリーズ以外の全てのシップ級が出撃。

      同時にエスタールは全速力で離脱する。」

       スクリーンでは緑の点から何個かの小さな点が放出され、元の点は離れていく。

      「出撃後、シャルトリューズ以外の艇はシフトCで、工場に攻撃をかける」

       小さな点は一つを残して、目標らしい赤い光を囲むように広がる。

      「その間シャルトリューズは工場の制空圏を迂回する形で裏手に回る。」

      残っていた緑の点が、大回りをして工場の反対側に移動した。

      「そこでバード級を4艇射出。シャルトリューズは退避する。」

      緑の点からさらに小さな点が4つ飛び出し、工場へと突っ込んだ。

      「なるほど、前線の艇はシャルトリューズの工作員を潜入させるための囮ってワケだな。」

       ガフはちょっと腫らした頬をさすりながらも分析した。

      それに対し、ギムレットも頷く。

      「そうだ。さらに潜入班はA班とB班の二つに分かれる。A班は内部の囮だ。おもいっきり暴れてもらう。」

      「暴れる?ってえと……」

      ガフの目が輝く。

      「そう、A班は我が革命軍の精鋭4人。ガフ、ヨシノ、クラレ、そしてカイン君にお願いしたい。」

      「よっしゃあ、そうこなくちゃな!」

       ガフは腕を振り上げる。艇での戦いより、肉弾戦の方が性にあってるのだ。

      それは、クラレやヨシノも同じことだ。

       クラレはさすがにガフのように気楽ではない。拳を握りしめ、人知れず闘志を燃やす。

       ヨシノは見た目に変化は無い。いつもの如く、瞳を閉じている。

      「カイン君、それでいいかい?これは非常に危険な役だが。」

      ギムレットはカインの意思を確認する。

      「…ああ、構わない。」

       カインにも動揺はない。彼も幾多の戦いを乗り越えた戦士である。

      故に作戦の危険性はよく解っている。だが、臆することは無い。それが、カインである。

      「よし。外部内部同時侵攻の間、B班は工場内に爆薬を仕掛けつつ中心部に移動。

      そして工場のメイン動力炉に爆薬を仕掛けた後、退避。爆薬は時限式の物を使う。遅れるなよ。」

      「はい!!」

       爆薬班の技術スタッフが声を合わせ返事をする。多少の気負いは見られるが、慌ててはいない。

      「よし、それではあとの者は決められた各艇に……」

      「ちょっと待ってよ、アタシはどうすればいいの?」

      「オイラの役も決まってないぞ!!」

      ルシアンとパロムがギムレットに迫る。だがギムレットは冷静だ。

      「ルシアンはまだ謹慎中だ。エスタールの自室に居ろ。」

      「えぇぇーーーー?」

      不満の声を上げる。が、ギムレットは相手にしない。

      ルシアンも、謹慎の責任は自分にあるため、それ以上は何もいえず、ブツブツ言いながらも下がっていく。

       だが、パロムはまだだ。

      「オイラは!?オイラはキンシンとかじゃないだろ!?」

      「パロム君、キミは……」

       言いかけたギムレットを止めて、カインが前に出る。

      「パロム、お前は残るんだ。ポロムもな。」

      勿論、そんな言葉に納得するパロムではない。

      「ちょ、ちょっと待ってくれよ、兄ちゃん、オイラの力は知ってるだろ?敵の魔法なんかメじゃないぜ!!」

       続いてポロムも歩み出る。

      「私も、出来たらお役に立ちたいのですが。」

       だが、カインは動じない。

      「駄目だ。この船に残るんだ。」

      「どうしてさ!?オイラは…」

      「確かにお前達の力は認めるさ。戦いの経験もな。」

      「だったら!」

      「…だが、人と戦ったことはあるまい?」

       途端に、パロムは黙る。ポロムも俯く。

       人と戦う。それには単純な「力」とは別の物が要るのだ。

      「解ったら、おとなしくしていろ。……人なんて殺すもんじゃない。」

       その言葉には重みがあった。二人は素直に引き下がる。

       それを見守っていたギムレットも、満足げに頷いた。

      「よし、当作戦は作戦の要となる艇の名を取って“シャルトリューズ・ステア”と名付ける! 

      作戦開始は明朝7:00だ。それまで、ゆっくり休んでおけ。それでは、解散!」

       解散の号令とともに、整然と並んでいた列が崩れる。

      残りの整備に走るもの、艇ごとの打ち合わせをするもの、食堂を目指すもの等様々だ。

       ……そんな中、リッキーだけが何かを考え込むように立ち尽くしていた。

 

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