〜 12 〜

 

      「…………え?」

       ルシアンは、その『囁き』を感じた。

      涙の跡の残るまま、顔を上げる。

      「……カイン君?…ううん、違う……違う誰かが…呼んでる?アタシを?」

       途端、温く鋭い感覚に、包まれる。

       しかし、エスタールは高速で飛行するのみである。

 

       カインは、一度地上に着地していた。

      その身体から、蒼い光が陽炎の如く立ち昇る。

      「……はぁぁ!!」

      気合いと共に、飛翔する。この‘姿’での、ジャンプだ。

       そして、急降下。その道筋となったシップ級、機械兵を、一気に貫いていく。

      「…流星か!?」

       あるシップ級の乗組員が見た、真上からくる蒼い影は、正しく流星のようだった。

      その乗組員がそれを見れたのは、ほんの一瞬であったが。

       地に激突したカインを中心に、数メートル大のクレーターが出来る。それほどの威力だった。

      そして見上げるが、未だ上空には敵が溢れている。

      「……これでは、埒があかんな………なら!!」

       カインは急激に上昇すると、空中で静止する。

      その身体に、再び蒼い光が立ち昇る。しかし、その勢いは前回の比ではない。

      「うおぉぉぉおおおおおおぉぉッ!!」

       やがて、光は立ち昇るという状態から、吹き出していると言うに相応しい処まで至った。

      その溢れた光がカインの全身を包み込み、やがて竜の首の形を、創り出す。

       さらに、手にしたブレイブブレイドにまで変化があった。

      槍から姿を変質させていき、左腕を包み込んでいく。

       そして、青銀の、巨大な牙のような手っ甲となった。

      カインの威力は、ここに極まる。

      「…ド、ラ…グゥーーーーーーーーン!!!」

       咆吼と共に、空を蹴る。敵に直接突っ込んでいく、空でのジャンプ。

       奔る闘気の道筋は、まるで蒼き竜の如く、その前方の全てを貫き、吹き飛ばしていった。

 

      「まるで、伝説の蒼い竜機(ドラグーン)、『グングニル』だな。」

       クラーレットの肩を借りたまま、その場に座り込んでいるガフは、

      空に描かれた蒼い航跡を見つめて、呟くように言った。

      その顔からは、すっかり血の気が引いてしまっている。

       だが、クラーレットやヨシノは意識がはっきりしている分、その光景に慄然とせざるを得なかった。

      「こ、これほどの力…一体?」

      ヨシノは、つい先程まで共に戦っていた人物と、

      今、空を翔っている「存在」とが、どうしても結びつかなかった。

       だが、あれは確かに、カインなのである。それ以外の何者でもない。 

      「キャッスル級の主砲以上の威力…それを、一人の人間が?」

       言ったクラーレットは、自分の言葉に反問する。あれは、人と呼べる存在なのか?

       暫時、その場の空気は止まっていた。皆、呆然と空を見上げるばかりである。

       その刻を再び動かしたのは、戻ってきた彼らの仲間達だ。

      「おーい、無事か?」

      そのウォルナッツの声に、ヨシノ達は意識を取り戻す。

      「ウォルナッツ殿。管制塔の方は上手くいったのか?」

      「それが、その頼みの管制塔が、ぶっ壊れちまったんだよ。」

      「何だって!?」

       空中の光景に劣らない衝撃を受けて、ガフも含めた三人は驚きの声を上げた。

      ガフは、クラーレットの肩を借りながら、立ち上がる。鈍く重い痛みが奔った。

      「くっ…」

      「大丈夫か!?」

      「ああ、気にするな…それより、なんでそんなことに?」

      その問いに、明確に答えられる者は、無い。

      「…解らないんだ。まるで、工場を放棄するかのような…もしくは、魔力炉の爆発をするためか…」

       口を開いたリッキーにも、いまいち要領が掴めていない。

      「どちらにしろ、ココはもう危険だわ。急いで、出来るだけ遠くに!」

       アンシャンテの言葉通り、今は理由を考えている時では無かった。

      時間は、思う以上に差し迫っている。

      「遠くに、たって、どうやって?シップに俺達の居場所を知らせる方法は…ん?」

       言い終わる前に、答えがやってきた。

       遙か空から一直線に迫る、高速シップ級。

      「シャルトリューズだ!」

      「何で、ここが?」

       シャルトリューズは緊急着陸すると、ハッチが開いて乗組員が顔を出した。

      「A班B班、急いで乗れ!脱出するぞ!!」

      言われるまでもなく、全員、急ぎ乗り込む。

       怪我人のガフが少し手間取ったが、助けの手が多かったので、それほど問題にはならなかった。

       収容が完了すると、シャルトリューズは慌ただしく浮上する。

      「なんでここが解ったんだ?」

      乗組員に対し、ウォルナッツが先程の質問を問うた。

      「エスタールから通信が入った。なんでも、カインが教えてくれたとか…」

      「なるほど、納得言ったぜ。」

      「…おい、ならカインにも魔力炉が止められなかったことを伝えないと…」

      座席に着いたガフが、荒い息の下で言った。

      「そうだ、そうだよ、カインさんにも早く!」

      「し、しかし、あの速度で飛ぶ者に、どうやって?」

       クラーレットは、モニターに映る蒼い竜を見た。

       それは、到底シップで追いつける速さでは無かった。

 

       空中に描かれた竜の航跡。その周辺では、次々と爆発が巻き起こっていた。

      「……一撃で、半数以上がやられた?」

       常に無表情を地でいくホーセズも、この時ばかりは明らかな動揺が見て取れた。

      とは言っても、常人のそれと比べれば、充分すぎる程落ち着いてはいたが。

      「しょ、少佐、このままでは…」

      いつの間にか戻ってきていたスティンガーが、青い顔をする。

      「……確かに、潮時か。…イエーガー、全速後退。工場から離れろ。」

      「はっ!」

       ホーセズの命令を待っていたかの様に、イエーガーが急速発進で空を滑る。

      「…とは言え、エスタールはマーク出来たな。」

       ホーセズは元通りの無表情で呟いた。

 

      「イエーガーが撤退する!?バカな、工場守備として派遣されていながら!!」

      ロブがシートを叩く。

      「これだから、ジェノサイダーはッ!」

       そう言いつつも、スクリーンに映る光景を見ては、やはり驚愕する。

      友軍が、たった一人に壊滅されていく様を見ては。

      「……だが、工場は死守する!!」

       ロブは、工場の動力炉がまだ破壊されていないのを確認した。

      「アンゴスチュラ、工場中央部上空に移動!動力炉だけは守れ!」

      彼は、その下で如何なることが起きようとしているかを、知らない。

 

      「うおおおおおああああああああああああッッ!!」

       カインの叫びは、竜の咆吼。カインの一撃は、竜の牙。

      その直進の先にあるもの、全てを呑み込んでいく。

       と、その意識に割り込む感覚。

      『………………………………!!』

      「…!?……間に合わなかった?逃げろ??」

       しかし、カインの意識は、それを受け入れない。

      魔力炉の崩壊が、どのような事態を生み出すか、肌で感じているからだ。

       それは、死の大地。

      「…このままほっておけるか! 少しでも、暴走を抑えてやる!!」

      カインの周りの蒼い波動が、さらに強まる。

      「いくぞッ!」

       再び空を蹴り、方向転換。

      蒼い竜は真っ直ぐに、動力炉を目掛けて牙を剥いた。

 

      「カ…イン?」

      地に残っていたキールが、カインの光を見つめる。

      と、その瞳孔が開いた。

      「やめろ、そっちには行くな、そっちには!!」

 

      「か、艦長!竜が、蒼い竜がぁ!!」

      アンゴスチュラの艦橋に悲鳴が響く。

      「遂に動力炉を狙ってきたか。全砲門、開け!ヤツを近づけるな!!」

      ロブの叫びに呼応して、アンゴスチュラの全火力が、カイン一人を狙って発射される。

      「斉射しつつ、艦を動力炉前方に!盾になるんだ!!」

 

       凄まじい火線の雨をものともせず、竜は突き進む。

      「邪魔、するなァァ!!」

      カインから、闘気が迸る。

       瞬間、正面から迫っていた主砲のレーザーが湾曲した。

      カインのオーラに、弾かれたのだ。

      「…なこと…ってる場合……無かろうに!!!」

       竜は、急速にアンゴスチュラに迫る。

      「なんで、どけないんだーーッ!!」

 

      「退けられるものか! ここでお前をやらなきゃ、キールはッ!!!」

       叫んだロブの眼前には、一杯に蒼い竜の首が映っていた。

      やがてスクリーンは破れ、本物が視界に飛び込む。

       ブリッジに、蒼い光が溢れた。

      「!!」

       瞬間後、竜はアンゴスチュラを貫いて、空に踊っていた。

 

      「ロ、ロブ……ロブーーーーーーーッ!!!!」

       空中で大破し、誘爆・炎上するアンゴスチュラを見上げ、キールが絶叫する。

      真っ先に潰れたのは、ブリッジだった。と、いうことは、艦長であるロブは…

      「……おのれ、おのれおのれ、カイーーーン!!」

      キールは、再びバードに乗った。

 

      「………俺を、狙う?…誰だ?……」

       アンゴスチュラを貫いた勢いで、上空まで翔昇ったカインは、そこで静止して、振り返った。

       その時、彼は初めて、自分の創り出した景色を見る。

      「…こ、これは……」

       彼の通った空は、残骸と炎のみ。

       全てが大破し、幾つもの…

      「……命、が?」

      と、浮かぶのは、当初の自分の想い。

      『……俺達の世界の比じゃない。これが、この世界の戦争…』

      「……それ以上の地獄を、俺は作ってるんじゃないか? それ以上に、俺は消してるんじゃないか?」

       その反芻は、カインの痛み。

       それは、違う、とも感じる。自分には、戦う理由がある、とも思う。

       しかし、ただ純粋な破壊衝動があったのではないか? 

      という自身の問いかけを、否定することが出来ない。

       そこに、追い打ちをかける強烈な意思。

      「カイーーーン!!!」

       バードに乗ったキールが、斬りかかってきたのだ。

      それを、混沌とした意識の中、殆ど条件反射で、青銀の牙で受け止めた。

      だが、それでもキールは斬り込み続ける。

      「カイン、よくもッ!よくもロブを殺したな!よくも、よくも!!」

      「…コロシタ……俺が…」

      「そうだ、貴様がッ!!…許さん、許さんぞ! ロブは、ロブは…ロブはァァ!!!」

       それは恐らく、彼が剣を手にして以来の、最高の一撃だったに違いない。

      全ての力に、怒り、憎悪、そして悲しみ。それらが加わった、こん身の一撃。

       だが、それすら、今のカインには難無く受け止める事が出来た。

      いや、逆に、キールの剣に大きくひびが走った。

      「お、俺の『カーディナル』が!……何故だ、何故!!俺は何故殺れない!!?」

      「……。」

      そしてカインは、無意識にそのまま振り払う。

      「う、うあぁ!?」

       勢いでキールは、バードから振り落とされる。

       その様子を、カインは虚ろに見つめていた。

 

      「くそぉーーカインめぇーーーーーッ!!」

       絶叫と共に落下していくキール。

      遙か上空のカインが、どんどんと小さくなる。

      『……こ、このまま死ぬのか?仇も討てずに……仇も、ロブの仇も討てずに!?』

       それを肯定するキールではない。

      「死ねるかぁあああ!!!」

       その激情と共に、一瞬だけ、砕けた筈のG.J.が輝いた。身体が、フッと浮き上がる。

      僅かに弱まった速度が、彼を、地との死に至る衝突から救った。

      「ぐ、あう…」

       着地の衝撃で足腰が痺れる。だが、構わず、直ぐさま立ち上がった。

      「カ、カインめ…くそ、他にバードは…」

      新たなバードを探そうとした、その視界に、遙かより迫る光が見えた。

       間もなく、それが飛空艇であることに気付く。

      「あれは、シップ級…にしても、早すぎる!?」

       そのシップはあっという間にキールの眼前に着地した。

      軍のものとは違う、真っ黒いカラーリングと、魔学研究所のシンボル。

      「魔研専用艇?何で…」

       と、そのシップのハッチが開き、中から白衣の女性が現れた。

      キールは、彼女に見覚えがある。

      「お前…確か、アドニスの……」

       助手・ミモザである。が、ミモザはキールの動揺に構わず、

      「乗って。」

      と、手を差し伸べた。

       当然、キールが大人しく言うことを聞く筈がない。

      「何を言う!俺は、まだカインをやらなくては…」

      だがミモザはそれを遮る。

      「もうじき、この工場は爆発します。急いで乗りなさい。」

      「爆発?…だが俺はロブの仇を!」

      「死んでしまったら、仇は取れないわよ?」

      「……くっ」

      キールは渋々ながら承知して、ミモザに手を伸ばした。

       二人の手が掴まり、キールが船体に掴まると、シップは猛烈な勢いで飛び出した。

      「くぅッ」

      風圧を堪えながら、後方を見やる。

      「……カインめ、必ず俺の手で殺してやるッ!!」

 

       足下の空で発進するシップに目もくれず、カインはただ呆然と浮かんでいた。

      アンゴスチュラを貫いた力。そして、キールを軽くあしらった力。その力に、自ら戦慄を覚えた。

      「……簡単に破壊する……簡単に殺す……俺は、何だ?」

       戦ってきたカイン。力を得てきたカイン。強くなり続けたカイン。

       彼は初めて、そんな自分に疑問を持った。

      「俺は…俺の力は……在って、いいのか?」

 

      『……カイン君、ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって。』

 

      「!?」

      いつかの、ルシアンの言葉。

      「…違う、違うぞルシィ、お前のせいじゃない、これは俺の……」

       その時、眼下に凄まじい力を感じた。

      「…魔力炉?……そうだ、俺はまだ、やらなきゃならないことがある。守るべきものがある。」

       カインの身体を、再び闘気が覆う。

      「考えるのは後だ!……おおおおおおおおおおおおッ!!」

      真下の工場に向かって、竜が突撃する。

       天井の壁を突き破ると、そこには臨界寸前の魔力炉があった。

       構わず、その暗黒へと突っ込む。

       生温いような、それでいて底知れない冷たさのような、そんな感覚がカインを包んだ。

      それでも、尚、牙を立て、突き進む。

       そして、その未知の存在の中心にまで行き着いた…

      「うおおおおおおおおぉぉぉッ!!……………!!!?」

       瞬間。

       激しい黒の奔流が、堪えきれなくなったように吹き出した。

       黒い力が、黒い光が、黒い爆発が、工場の全てを飲み込んだ。

       それまでの戦場が遊びに見える程の、破壊、消滅、失われる命。

      『……間に…あわなかった……?』

       そう思う、彼の肉体そのものも、闇へと溶け込んでいく。

 

      『…?』

       意識を失う寸前、カインは、懐かしい声を聞いた様に想えた。

 

              第二章・終

               

Back

Next