〜 11 〜
黒の世界。
黒き力に満たされた世界。
そこに“在る”、一つの意思。
閉じこめられた、一つの意思。
『………急いで……時間がない……』
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』
最後の咆吼と、蒼き光の奔流の後、『彼』は姿を現す。
「……竜?」
近づきつつあったキールの口から出た言葉だ。
しかし『彼』は竜ではない。
むしろ、人の姿に非常に近しい…というより、一見すると、全身に蒼い鎧を纏っただけのようにも見える。
だが、それは鎧というには余りに奇異な代物であった。
鎧より遙かに洗練された、生物的なフォルムとでも言おうか。
首から下には、肌の露出した部分がない。
いや、その蒼い鎧が、竜の鱗であり、肌そのものなのであろう。
手と足の指の先には、銀に輝く竜の爪。
解かれた金色(こんじき)の髪は、竜の鬣の如く、背の半ばまでに至る。
そしてその背には、雄々しい竜の翼と、尾まである。
左手にはブレイブブレイドが、槍へと再生していた。
否、一回り大きく、より強固になっている。
それが『彼』の、心の部分までの力の上昇を示していた。
額には蒼く輝く宝玉。ルーザの額にあったものと同義である。
そして、その「人」を超えるであろう「存在」の顔は、紛れもなく、カインそのものであった。
一頻りの波動を吐き出した後、辺りは静寂を取り戻す。
その場に立ち尽くしたままのカインに、ルシアンが駆け寄る。
「カ、カイン君?……大丈夫?」
振り向いたその表情は、いつものカインと変わらない。
今までより遙かに強烈な意思の力を感じさせる以外は。
「…………ルシィ。」
突然の事態に、暫く動きを止めていたアンゴスチュラだったが、
「あの力…あれは危険だ、消さなければ……」
ロブは意識を艦長のそれへと取り戻す。
「弾装填は!?」
「は、はい、既に完了してますっ」
銃火器の管制データが、ガフの手元に表示される。
「よし、艇下部の火力を全部ヤツに向けろ!」
「う、うん?」
カインの呼び掛けに返事をするのと交錯して、アンゴスチュラが集中砲火を放つ。
「…!」
三度大地はその身を焦がし、周りに火器と土の煙が巻きあがる。
激しい銃撃は、暫時の間、飽くことなく続けられた。
「機銃だけじゃない、対地爆雷も落とせ!全てだ!!」
ロブの命令に応じ、保有していた残存爆雷が、全て射出される。
凄まじい爆炎が、間を開けず五つ連続で起こった。
………そして、入道雲のような煙と、沈黙、五つの巨大な穴だけが残った。
「目標を確認しろ!……あれだけの攻撃だ、消し飛んでいるだろうがな。」
「違う、奴は生きてる!!」
叫んだのはキールである。爆炎の衝撃波を受けながらも、倒れることなくその場に居た。
「上だ!!」
見上げた上空…アンゴスチュラの更に上に、確かに、ルシアンを抱えたカインが浮いていた。
「な、なんだと…いつの間に!?」
ロブと、その部下達は驚愕する。
だが、一番それを感じていたのは、唯一カインの動きを目で追うことのできた、キールであろう。
追えたからこそ…キール程の者だからこそ、解る力の差。
「な、なんというスピードだ…あれが、ジャンプだっていうのか?」
ふと、自分の手の平を見る。
「バカな、俺が…この俺が……震えている!?」
それはキール自身にとって、カインの力以上に驚きであった。
「……カイン=ハイウィンドッ、どこまで俺をッ!」
抱き上げられたルシアンには、何が起こったのか理解するのに暫く時間を要した。
と、見ると、カインは冷静な表情のままだ。
「カ、カイン君…」
「…ルシィ、ひとまずエスタールに戻るぞ。」
「え? う、うん。」
カインはその翼を、一つ、はためかせたかと思うと、風を切って一気に空を翔る。
あまりの速さに、ルシアンは目を瞑った。…かと思うと。
「着いたぞ。」
「…え、もう??」
目を開けると、そこはエスタールの甲板の上だった。
カインは甲板の最もドック寄りに、ルシアンを立たせた。
「兄ちゃーーん!」
パロムが駆けってくる。
「……二人とも、中に入ってろ。」
「え、オイラも戦っ…」
不服を唱えようとしたパロムの口を、ルシアンが直ぐに塞いだ。
「ルシィ、そいつを頼む。」
「……うん。」
ルシアンが、パロムを抱えたまま頷いたのを見とめると、
カインは振り返って艦橋の方に飛んだ。
「な、なにすんだよルシィ姉ちゃん!?」
ドック内で、漸く開放されたパロムが、口を尖らせる。
だがルシアンはそっちに気を留めていない。
「……カイン君…ゴメンね、カイン君……」
そのまましゃがみ込んで、膝に顔を埋める。…泣いていた。
「??」
何事か理解できず、パロムは首を傾げるのみだった。
エスタール艦橋の前に、カインが現れる。
「む、カイン君か!?」
ギムレット及びブリッジの面々は、カインの姿に少なからず驚いた。
『エスタール、今すぐこの空域を離脱しろ!!』
カインは艦の外から、艦全体に響くような声を発した。
「何?、どういうことだ?」
『工場の魔力炉が暴走しかけている。
今、B班の連中が、止める為に管制塔に向かってるが、
間に合うかどうか解らん。吹き飛ぶ前に、逃げるんだ!』
魔力炉の暴走。
その言葉だけで、いかに危険な状態であるか、ギムレットには理解できた。
「…しかし、これだけの敵がいては、離脱もままならん!」
『大丈夫だ、敵は、俺が抑える。』
「!?」
ブリッジに、また、動揺が走る。
ジェノサイダー、アンゴスチュラを含めた敵軍を、一人で抑える?
だが、ギムレットだけは、それを信じた。
「…解った、任せる。」
『ああ。……それと、管制塔の方にシャルトリューズをやってくれ。ヨシノ達を…』
「了解だ。……死ぬなよ。」
カインはブリッジに向けて片手を振ると、そのまま戦域へと飛んでいった。
その姿を少しの間、皆呆然と見送っていたが、
「……エスタール、及び出撃中の残存シップ級は、この空域から離脱する!!」
という、ギムレットの声で我に返る。
「か、艦長、本気ですか!?彼一人に任せるなんて…」
「……我々が居ては、邪魔になる。彼を信じろ。」
ギムレット以外、カインの力を認識できたものは居なかったが、ギムレットの言葉は皆、信じていた。
「繰り返す!エスタール及び残存シップ級は離脱!
待機中のシャルトリューズは、管制塔に向かわせろ!!」
今度は異を唱える者はなく、皆それぞれの作業を開始した。
「………エスタールが後退する?」
フォルト級艦イエーガーの艦橋で、ホーセズは、初めて訝しがる表情を見せた。
「諦めて退陣、か? しかし、動力炉も破壊せず、今になって…」
何かしらの意図を感じた。エスタールは何かを恐れている?
「……イエーガーを浮上させろ。高度を取って、いつでも加速できるようにしておけ。
出撃している機械兵は、引き続きエスタールを狙え……む?」
ホーセズは機械兵から送られる残存信号が、急激に減るのを見た。
「………何か、いる?」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
カインは吼える。そこに機械兵が次々と向かってくる。
カインを狙い、放たれる銃弾、ミサイル、グレネード。
しかし、どれもカインの動きを捉えることができない。
先程まで、エスタールをその動きで翻弄していた機械兵が、今度は逆に翻弄される番だった。
「はあっ!」
打ち込んだ槍は、強固な装甲を易々と貫く。
と、回り込んできた別の機械兵。 だが、そのクローが斬ったのは空のみ。
カインは既に、その機械兵の後ろにいた。
そして冷静、的確に機械兵のトルーパーを斬る。
機動力を失い、墜ちていく。 そのころには、槍はもう、別の機械兵を貫いていた。
だが、今度は機械兵が槍を掴み、簡単に抜けない。
「チッ」
さらに逆方向から、新たな機械兵が迫る。
今度こそ完全に捉えられた。が。
ガシッィン!
衝撃が走る。カインがやられたのではない。
カインの右手が、機械兵の頭部を掴み、その突進を止めていたのだ。
「…おぉ……くおおおおおおっ!!!」
激しい闘気が漲り、その右手が、機械兵の頭部を潰した。
そして、槍を先の機械兵から抜き、頭の無い機械兵を斬り払った。
「……まだだ、まだ力が昇がる……」
カインは、自分の力の底を知ることが出来なかった。当人でさえ理解不能な、力。
その存在が、今のカインであった。
「………素晴らしい!」
闇に包まれた部屋にて、唯一の存在たる、白衣の男は立ち上がる。
「まさか此程の力を秘めていようとは……どうやら、思ったより上手くいきそうですね。」
スクリーンを見つめる瞳が、薄紅く染まる。
「……とはいえ、とりあえずは“一つめの振り分け”のことを考えなくては…」
男は、再び椅子に腰掛けると、その手元のスイッチを操作した。
スクリーンの映像が途切れ、別の場面へと変わる。
《お呼びですか》
映し出されたのは、珊瑚色がかった髪をした、女性である。特殊な軍服を纏っていた。
軍部の者なら、直ぐにそれが“魔研近衛兵隊”のものだと解る。
「…エルクス君、カシュクバール近辺に出向いているミモザ君に連絡を入れてください。
“器”の回収を急げ、と。」
《解りました。お任せください、お美しいアドニス様。》
画面は、エルクスが御辞儀する同時に、再び戦場へと移し替えられた。
「……光が強ければ、また闇も大きくなるが道理。彼の方も、もうひと化けするかもしれませんね。
……さて、その前に邪魔なものは一応壊しておきますか。」
白衣の男…アドニスは再びスイッチを操作すると、満足げに頷いた。
「あれが、カインか…?」
ガフが、空を見上げて呆然と呟く。
「ガフ、下がれと言っている!!」
クラーレットの怒号。とともに、その剣が敵を一人なぎ倒した。
ガフとクラーレットは脱出のため、建物の外に出てきたのだが、
そこが、内部より敵に発見されやすいのは当然である。
「何言ってんだ、オレも戦うぜ。」
言いながら、一本の棒状になった棍…鉄(くろがね)で、敵兵を叩く。
「バカ、その怪我で闘えるものか!」
クラーレットの言うことは事実である。ガフの負傷は、激しい闘いに耐えられるものではない。
しかし、ガフには、クラーレットの疲労も解っていた。
今の状態で、これだけの敵を一人で倒すのは不可能だ。
「オレはそんなにヤワじゃないぜ。オラァッ!!」
ガフは脇腹の痛みも構わず、敵集団に突進する。
「…ええぃっ、無茶者めッ」
サポートに向かおうとするが、敵に囲まれていて、ままならない。
その間、ガフは既に戦闘へと飛び込んでいる。
「はっ!」
奮った棍が、二、三人の敵を吹き飛ばす。
が、同時に激痛が走る。 見ると、包帯の下に、血が滲み出していた。
一瞬、動きが止まってしまったガフに、三人の敵兵士達が襲いかかる。
揃えて、銃剣が振り下ろされた。
「ガフっ!!」
悲痛な声が響く。が、ガフはかろうじて、横にした棍で、三本の銃剣を受け止めていた。
「ぐ、うう…」
だが圧され、血の染みが大きくなっていく。
「こ、こんなことでやられるかよ……モードチェンジ!柔撃棍『黄金(こがね)』!!」
と、長い紺の二カ所が折れ、敵の銃剣のうち、二本が抵抗を失い、兵士の体勢が崩れる。
いわゆる、三節棍である。
ガフは残った一人を打ち倒すと、直ぐさま振り返って、他の二人も殴り倒した。
が、出血の多さからか、瞬間、意識が朦朧としてしまう。
地の揺らぐ様な感覚。だが、倒れずに立ち残った。凄まじい気力。
しかし、敵に隙を与えたのは間違いない。 ガフは、死を覚悟した。
…………だが、いつまでたっても刃が身を刺すことは無かった。
「ガフ殿、諦めるなど、お手前らしくない。」
背後に聞いた声を感じ、振り返る。
「ヨシノ!」
刀を振るう武士の姿が、そこには在った。 それだけではない。
B班のウォルナッツ、アンシャンテ、リッキーの姿も見える。
「お前達、どうしてこんなところに!?」
「説明の前に、周りを静しよう。守護石・沙羅曼陀!!」
ヨシノの叫びに併せ、刀の柄にはめ込まれていた、赤い宝石が輝く。
と、共に、刀身が炎に包まれた。
「ウォルナッツ殿達は先に行かれい!」
「すまない!」
B班の三人は、ヨシノの後ろを走り抜けた。その間、ヨシノとクラーレットが敵を牽制する。
三人が離れたのを確認すると、ヨシノは全力で刀を奮った。
「桜華流・改!『火焔三千盛』!!」
炎の刀の乱れ斬りが、炸裂する。
今までG.J.を使わずに、余力の残っていたヨシノにとって、少々の生身の敵など問題では無かった。
あっという間に、其処にいた敵兵を全て駆逐する。
「さすが、だな…」
「ガフッ!」
よろめいたガフを、クラーレットが支える。
「悪いな…」
さすがのガフも、軽口を叩く余裕が無かった。血は、大腿にまで流れている。
「……さっきの続きだ。お前達、どうしてココに?
B班の連中は、動力炉に行ったんじゃなかったのか?」
「詳しくは、某にはよく解らんが、何でも魔力炉とやらが暴発しそうだから、
管制塔で止めるしか無いらしい。」
「管制塔?」
クラーレットは、ガフに肩を貸したまま、割と近くにあった高い塔を見上げた。
「……?」
一瞬、塔が揺らいだように見えた。
「よし、やっと管制塔だ!」
ウォルナッツ達は、既に塔の入り口を目前にしていた。
「……待って!!」
駆け込もうとした二人を、リッキーが止める。
「なんだよ、もう時間が無いんだぞ?」
「何か変なんだ、管制塔に兵士が一人も居ないなんて。」
言われて、気付く。
「確かにおかしいわ…動力炉並に重要な所なのに。」
「だけど、そんなこと気にしてる場合じゃないだろ!」
ウォルナッツがそのまま直進しようとする。
が、リッキーがその前に駆け出し、立ち塞がった。
「リッキー、お前簡単に死…」
「ダメなんだ!僕達は、最後の希望なんだ!
慎重にならなくちゃ…んじゃ、オーベルさんの遺志が!!」
直視してくるリッキーの瞳は、もう気弱で戦場に脅えていた少年のものでは無かった。
ウォルナッツはフッと笑む。
「解ったよ、お前の言うとおりだ。少し、様子を見るか。」
その言葉に、リッキーも頷いた。
「うん、管制塔の付近の状況を……!?」
背後に、猛烈な圧迫感と危機感。
と、突如、大音響を轟かせ、管制塔が下の方から崩れだした。
「な、何!?」
「危ない、離れてっ!」
アンシャンテの言葉で我に返った二人は、全速力で走り逃げる。
連爆発と、崩れくる瓦礫を避けるため、三人はかなりの距離をとった。
そして振り返ると、もう塔は、その姿を消していた。
「そ、そんな…どうして?」
管制塔は、工場の要である。
革命軍側が破壊するならまだしも、セントラ側が破壊するメリットは無いはずだ。
むしろ、工場にとって最大級の打撃である。
「これじゃあ、魔力炉を止められない!!」
ウォルナッツは悔しさのあまり、大地を蹴った。 それを聞いて、リッキーがふと思う。
「…魔力炉を暴走させたがってるやつがいる…?」