〜 5 〜
移動する艇の中で、ガフはカイン達の疑問に一つ一つ答えていった。
「セントラっていうのは、国の名前だ。世界国家セントラ。
その名が示すようにセントラ大陸を中心に、世界のほとんどを牛耳ってる。」
「表向きは共和制議会政治ってことになってるが、実際に権力を握ってるのは軍部だ。
軍の上層部が、イコール政治のトップてワケだ。」
「セントラがここまで強大な国になったのも、軍が権力を握ってからだ。奴らは、逆らうものは容赦しない。
そして、他の国や民族を併合、もしくは殲滅していった。」
「もちろん、セントラの国民全てが賛成していたワケじゃない。軍の内外から、反戦論も出た。」
「しかし、奴らはそれも、力で押さえつけた。」
「奴らは自らの力に溺れてる。だから、より力を誇示しようとする。」
「反対者達は、対抗するためには自分達にも力が必要であると知った。」
「彼らは、力を蓄え始めた。兵器・人材の両方だ。」
「集まったのはセントラの反論者だけではない。
滅ぼされた者達、軍に嫌気がさした元セントラ軍人も集った。」
「そして、やっと戦えるところまできて、行動を開始した。それが、オレ達革命軍さ。」
(力に力で対抗……それが要るのは解るが、それで本当に変わるのか?)
「G.Jってのは、ガーディアン・ジュエルのことだ。オレも持ってるぜ。」
ガフは懐から、手のひら大の宝石を取り出した。薄い土色だ。
「こいつは、セントラの魔学研究所で作られたもんだ。」
「セントラは魔法学の研究がさかんで、他国を抜きん出ている。」
「飛空艇にも、ある程度応用されてる位だからな。」
「とにかく、その研究所では、自然界等から魔力に程近いエネルギーを抽出することに成功した。」
「そしてそのエネルギーを集中、安定させることで、精神生命体が生まれた。
それらは、ガーディアンと呼ばれた。ガーディアンは、人間を遥かに超えた力を持っていた。」
「始め、研究所は彼らを強力な兵士にしようとした。
しかし、精神生命体を常に安定させるのは難しく、また、彼らにも自我があったため、操るのは困難だった。」
「そこで、その精神生命体を物質にまで還元し、その“能力”だけを利用することにした。」
「つまり、物質化したそのガーディアンがこの宝石・G.J.ってワケだ。」
「このG.J.の装備者は、各G.J.固有の能力が使えるようになる。」
「だが、装備者にも条件がある。能力に見合う精神力と身体能力、そして相性。
誰でもいいってワケじゃないんだな。」
「俺が何で持ってるかっていうと、モスコー博士がセントラ脱出の際に何個か持ち出してくれたおかげさ。」
博士の名が出たとき、ルシアンとリッキーが一瞬身を堅くしたのを、カインは見逃さなかった。
「ああ、博士は革命軍の元になった人ってとこだな。詳しくは、また。」
(G.J.…召還獣に似てるな。……だが、命を石に変え、利用するなんて、許されるのか?)
「次は……魔女だ。」
「魔女ってのは、神話でいうところの神『ハイン』の分身を祖とするハインの末裔らしいが、
詳しいルーツはさっぱりだ。」
「ただ、強大な魔力を持ち、その力は血縁ではなく“器”となるべきものに継がれるらしい。
俺が知ってるのはこのくらいだ。はっきり言って、謎の存在なのさ。」
(……ルシアンは、『魔女の血をひく者』と言われていたな。
ということは、彼女自身は魔女ではなく、先祖か、もしくは親が魔女ということか?……)
「後は……ああ、魔法玉だな。」
「魔法玉ってのは、魔力を凝縮して作った、水晶玉だ。さっきのG.J.も、この技術を応用してる。」
「普通、魔女以外の人間に魔法は使えないが、こいつを装備すれば誰にでも使えるようになる。
ただし、玉一つにつき一種類だがな。」
「基本的には手のひらに装備して、『魔法を放ちたい』と念じるだけで使える」
「だが、使用制限はある。魔力を注入しないと、何回か使うとただの水晶玉になる。」
「なるほどなー、それでタメなしで魔法が使えたのかー」
パロムが納得したように頷く。
「あ、そういえばお前、さっきファイラを使ったな?あんな強力な魔法玉、どこで手に入れたんだ?」
「あん?オイラ、そんなもん使ってねーぜ。」
「な、なにぃ!?」
ガフが驚いてパロムの手をとる。確かに、手のひらにはなにもない。
「ど、どうなってんだ?…もしかして、お前、魔女!?」
「だーーーっ!そんなワケないだろ!?オイラは男だぞ!」
「…確かに、男の魔女は聞いたことないが…」
クラーレットも動揺は隠せない。
「パロム君はね、すごいのよ、サンダラもできるんだから。」
ルシアンがあっけらかんと言う。
ことの重大さに気付いてないわけではないが、彼女は、そういうことも有り得るだろう、と思える人間なのだ。
いや、気にしない人間と言った方が正しいか。
それに、カインのジャンプを目の当たりにすれば、何があっても不思議ではなくなる、という部分もある。
だが、ジャンプを見ても、納得はできない人間もいる。むしろ、そっちの方が多いだろう。ガフ達もそうだ。
「一体全体、どうなってんだ??」
「……俺達の世界では、魔法はもっと一般的なんだ。無論、特別な才能が必要だし、俺にも使えない。
だが、この世界のように使用者が限られてはいないし、魔道士も多い。」
カインが説明する。
「うーむ、さすが異世界人ってとこか。もうなんでもありだな。」
ガフはそう片付けた。ガフとて、そう物事を気にする方ではないのだ。
クラーレットはそこまで気楽ではないが、事実がある以上、それを認める柔軟さはある。
リッキーに至っては、目を輝かせている。
「すごいや、魔法構造まで異なる世界だなんて……
ひょっとしたら、大気中のミスト含有率が違うのかもしれないな。
いや、もっと根本的に四大元素の発現力が違うのかも……
でもそれだと、パロム君は何故こっちの世界でも魔法が使えるんだろう?
ひょっとして、世界そのものより、身体に何か違いが……」
ブツブツ言いながら、ペンを手に、紙に何やら書いている。
彼は、機械であれなんであれ、物事を研究・追求するのが好きらしい。
「…やれやれ、巡航中は自動操縦でいけるからいいものの…こいつの場合、操縦中でも忘れそうだからな。」
さすがのガフも呆れて溜め息。リッキーは気付きもしない。
恐らく、さっきの敵に追われた時の恐怖も、もう忘れているのだろう。
「ガフ、もうそろそろランデヴーポイントじゃないか?」
クラーレットがモニターを見て気付く。
「ああ、そうだ。なんとか日が落ちるまでに間に合ったから、見捨てられてはないだろう。」
ガフはそう言いつつ、操縦系統周辺の計器をチェックする。
「………おッ、強力な反重力振発見!前方近くに居るぜ!」
「前方?何にもいないですよ?」
ポロムが首を傾げる。もう大陸の端だ。先には、海しかない。
「ふふ、アタシ達のお家は目立つからね。隠れてるの。」
ルシアンが意味ありげに片目を瞑る。と、同時に、前方の海に異変が起こった。
「う、海が盛り上がる!?」
パロムが声をあげる。そう、目の前の海がまるで山のように盛り上がったのだ。
だがすぐに海は割れ、やがて巨大な物体が姿を現す。
「な、なんだありゃ!?」
「あれがアタシ達の家、“エスタール”よ!」
物体は完全に海から出、空中に浮かぶ。そう、エスタールとは巨大飛空艇だったのだ。
「で、でかい………」
そのパロムの言葉が、エスタールを最も端的に表していた。とにかく大きいのだ。
もはや、艇と呼べるレベルではない。要塞。空中要塞だ。
「……魔導船の比じゃないな……」
さすがのカインも、これには驚いた。浮いているのが信じられない。
「エスタールはね、飛空艇最大クラスの“キャッスル級”の中でも、特に大きいの。
居住空間だって広いんだから。」
ルシアンが得意げに言う。
確かに、城と呼ぶにふさわしい巨体だ。
だが、決してゴテゴテしてはおらず、洗練されたフォルムと、
艇下部のゆっくりと回転する円盤は、美しささえを感じさせる。
「……綺麗な船でしょ……パパが作ったの。」
「パパ?」
「ああ、ルシィの親父さんで、最高の科学技師といわれたモスコー博士の製作なんだ。
完成してから5年も経つのに、いまだに出力・装甲、ともにトップレベルさ。
武器が少ないのが難点だがな。」
ガフが代わって説明した。モスコーとは、ルシアンの父だったのだ。
「……パパは、これを戦争になんか使いたくなかったんだよ。だから、武器なんて……」
ルシアンが、目を伏せる。
『使いたくなかった』…その言い方に、カインはモスコーがすでに亡くなってることを知った。
「ルシィ……」
リッキーも、すでに紙への書きこみをやめ、心配そうにしている。
それに、彼にも彼女の父には思うところがあった。
「ルシィ、気持ちは解るが、オレ達にはエスタールがどうしても必要なんだ。解ってくれ」 ガフが宥める。
「……ん、大丈夫、解ってるよ。それに、アタシだって、戦ってるんだし。」
ルシィは顔をあげ、笑顔を作った。
「おい、着艦するぞ!リッキー頼む。」
クラーレットはディサローノがすでにエスタールへの着艦モードに入っていることに気がついた。
「あ、うん!」
リッキーが慌てて操縦席につく。
着艦は難易度の高い技術を要するため、自動操縦だけでは危険なのだ。
リッキーが操縦桿を手に、ディサローノをエスタールへと近づけていく。
と、同時に、エスタールの前部ハッチが開いた。
ディサローノはエスタールの甲板に降りる。一瞬の揺れ。
そして、そのままハッチへと向っていく。下部のタイヤを使っているのだ。
エスタールのハッチへと入っていくその様は、さながらクジラに食われる小魚といったイメージだ。
やがて、ディサローノは完全に静止した。着艦完了というわけだ。
「ふう、やっぱ着艦は緊張するなぁ。」
ガフが大して緊張した風でもなく言う。
リッキーは額の汗を拭った。こっちは本当に緊張したようだ。
なにしろ全員の命を預かるだけでなく、失敗すれば母艦にも損害が出るのだ。
パロムやポロムにはその重要さ・難しさが理解できず、キョトンとしている。
カインとて、そう変わるものではないが、緊張感は伝わってきていた。
「よし、そんじゃ出るか。」
ガフは上部ハッチを開け、顔を出す。
「よぉガフ!また生き残りやがったのか、悪運の強いやつだ。」
外にいたメカニックが声をかける。
「減らず口を叩く暇があったら、きっちり整備してろ!」
ガフもやりかえす。メカニックはおどけて走っていった。
「……へ、やっぱ家ってのはいいもんだ。……さて。」
ガフはディサローノから出ると、勢いつけて飛び降りた。
皆も続いて出てくる。
「わぁ…」
ポロムが感嘆の声をあげた。そこは、艦のドックだ。
初めて見るような恐ろしく高い天井。整然として並べられた数艇のシップ級飛空艇。
開かれたままの巨大ハッチからは、夕焼けの空が飛び込んでくる。何もかも、新鮮な景色だった。
子供二人は、そうやってキョロキョロしながら、珍しいものを眺めている。
「さて、オレはちょっと艦長の処にいってくる。作戦の報告もしなくちゃならんし、
それに、こっから先へは部外者はオレの一存じゃあ入れられないからな。」
ガフのその言葉に、一番反応したのはルシアンだ。
「あ、あの、ガフ、艦長にはアタシのこと……」
「ん、さすがにバレてるだろ。ま、一応黙っとくよ。そんじゃクラレ、後は頼んだぜ。」
クラーレットが頷く。彼女が部外者の監視役、というわけだ。
ガフはドックの先の出入り口へと向っていった。
「ルシアンさん、どうかしたんですか?」
ポロムがリッキーに聞く。
「ルシィはね、元々今回の作戦に加えられてなかったんだよ。それを黙ってついて来ちゃったから…」
「余計なこと言わな〜い!」
ルシアンの声に、思わず直立のリッキー。
「ゴ、ゴメンッ」
「ま、いいや。そうだ、皆、いいもの見せたげる!来て!!」
そう言うとルシアンはそのまま駆け出す。
「あ、待ってルシィ!」
リッキーが後を追う。パロムも続いた。
「カイン様、行きましょ?」
ポロムもカインを促す。
「……ああ。」
実際カインには気になることがまだあるのだが、今は付いて行くしかないと観念した。
駆けて行くルシアン達の後姿を見ながら、クラーレットは大きく溜め息を吐いた。
「…………私はお守りか?」
ルシアンは、ハッチを飛び出て、甲板に出た。風は穏やかだ。
「ルシィ、見せたいものって……」
「これよっ」
ルシアンが両手を広げる。その先には、何処までも続く海と空。沈む夕日と水平線。
前にも右にも左にも何も無い。まるで、飛んでいるかのような感覚になる。
「わあ……」
子供達は再び感嘆するが、感動は先程の比ではない。
カインも、空には一入の想いがある。
何もかも忘れ、変わる景色を瞳に映す。
(……空は、いつでも、どこでも、供にあるんだな……)
そんなカインに、ルシアンが寄って来る。
「ここ、アタシのお気に入りの中でも、ベスト3には入る場所と景色。どう?」
「……悪くないな……俺の知ってる空と同じ、優しい空だ。」
めずらしく素直な言葉が出たのは、空に近いからか、それとも。
「…優しい空、か。いいね、そういうの。悪くないよ?」
そう言って笑ってみせたルシアンに、カインはローザの面影を『見なかった』。
やがて日は沈み、その世界で初めての夜を迎えた。