〜 4 〜

 

       風が、強い。

      それもそのはず、そこは地上1000m以上の高度なのだ。

       見上げれば、果てしなく続く、空。

      「……この世界も、空は青いんだな……」

      カインはつぶやいた。戦場には似つかわしくない言葉だ。

       ただ、カインは限りなく空に近いこの場所に、懐かしさに似た落ち着きを感じていた。

      やはり、空こそ、彼のいるべき処なのだ。

       だが、そう浸ってばかりもいられない。

      前方には、扇型に拡がるようにして、敵の艇が自分たちを囲んでいる。

       最初の攻撃以来、撃ってはこない。

      様子見、といったところだろう。

      『カイン!どうする気だ!?』

      自分の立つ艇の中から、声が響く。ガフだ。

      「……出来るだけ、近づいてくれ。一瞬でいい。俺が飛んだら、急いで離れろ。」

      『離れろったって、お前はどうするんだ?』

      「…大丈夫だ、飛空挺戦は慣れている。」

       そう言いつつ、カインは既に己の気を高めている。戦闘準備。

 

       艇の中では、未だ不安な面々。

      「……本気、みたいだな。」

      「どうする、ガフ。」

       クラーレットの訝しげな表情。カインの素性を怪しんでることもさることながら、

      実際に飛空艇がおとせるのか?という疑問の方が強い。

      「……アタシ、信じてもいいと思う」

       ルシアンが言った。先とはうって変わって落ちついている。

      「ルシィ?…だが…」

      「あの人なら、出来る。そう思う。」

       どうやらルシアンは、見ず知らずの男を完全に信じ切ってしまったようだ。

      (ルシィをここまで信じさせるヤツ、か。)

       ガフは、その男ではなく、その男を信じる彼女を信じることにした。

      「ぃよ〜し、リッキー、こっちの射程限界まで全速前進だ!」

      「え、でもそしたら敵の射程圏内には入っちゃうよ??」

      「どのみち近づかれたら終わりなんだ。だったらこっちから行ってやるぜ!」

       ガフに不敵な笑みが戻った。

      「ガフ、正気か?」

       クラーレットが呆れたように言う。

      「へ、思い出したのさ。オレもアイツと同じ、バトル野郎だってなァ!!」

       喜々として応えるガフを見て、溜め息。

      だが、戦士としての部分は、クラーレットにもある。退く気は無い。

      「ってなわけだ!頼むぜリッキー!!」

      「ど、どうなっても知らないよ?……ディサローノ、全速前進!!」

       ビクりながらも、リッキーはペダルを踏み込んだ。

      艇は、高速で敵陣に向け、進みだす。「おもしろくなってきたぜ!!」

 

      「…動きだしたか。」

      カインは、凄まじいまでの風圧を前方から受けながらも、ジャンプの体勢のまま微動だにしない。

      「…風は、悪くない。いけるな。」

       前方の敵艇はグングン迫る。

       そして、カインの射程。

      「……………飛ぶッ」

      瞬間、カインはその場から消えた。まるで撃ち出された砲弾のように。

 

      「艇長!敵目標艇が突っ込んできますッ!」

      慌てたオペレーターの声。

      「突っ込むだと?バカなそんな自殺行為……!?」

      艇長はモニターを見て愕然とする。敵の艇が正面から、しかも全速で迫ってくるのだ。

      「き、気でも狂ったか!?……主砲、撃て!」

      「ま、まだ弾の装填が…」

      砲手も動転している。敵は降伏でもするしかないと、タカをくくっていたのだろう。

      「馬鹿者、急げ!! 機関砲で牽制しつつ、主砲で狙いを定めろ!」

       艇長の言葉に従い、艇の左右両側に付いた機関砲が火を吹く。だが、機関砲ではまだ遠い。

      そのとき、オペレーターが何かに気付く。

      「ん?…何だ、今の?」

      「どうした!!」

      「て、敵艇から上空に向けて、何かが放出されましたッ」

      その応えに艇長は首を傾げる。

      「何か? 砲弾ではないのか?」

      「は、はい、砲弾にしては上を狙い過ぎで……」

      そんな中、砲手がその準備を終える。

      「主砲、弾装填完了しました!」

      「よし、撃てッ!……何!?」

       その叫びと、艇に衝撃が走ったのはほぼ同時だった。

      凄まじい衝撃に、艇が揺れる。

      「な、なにごとだ?」

      「わ、解りません!艇上部に何かが降ってきたような……」

      そのとき、砲手が異常に気付いた。

      「て、艇長!しゅ、主砲が……」

      「どうした!!」

      「主砲が、破壊されましたァ!!」

      「な………なんだと??」

 

       その真上には、カインが立っていた。目の前には、槍によって貫かれた砲身。

      「……次は、心臓部!」

      カインはエンジン音から艇の動力部を判断し、そこに槍を突き立てる。

 

       ガシィンッ

 

      だが、槍は少し装甲にめり込んだだけだ。

      「さすがに、そう簡単にはいかないか…なら!」

      カインは飛ぶ。隣の艇に向けて。

 

      「人!?人が飛んできます!!」

      「何だと? トルーパーでも装備してるのか??」

      「い、いえ、バーニアの噴出炎は見えませんが……」

      「いいから撃ち落とせ!!」

      「だ、駄目です、速すぎて……うわっ!?」

 

       カインの一撃は、今度は確実に動力炉を貫いた。ジャンプは、彼の攻撃力を数倍にまで高める。

      すぐさま、飛ぶ。

       次の瞬間、艇が誘爆を起こしながら沈んでいった。

      「………………人の声!?」

      カインは、確かに聞いたのだ。

       カインは軍人だ。死に至らしめたのは初めてではない。

      だが、今の彼は『あの戦い』を経験した者でもあった。

      「……ちぃッ」

       カインはさらに次の艇目掛けて降下する。

      「はぁッッ」

      今度も、動力炉を貫く。しかし、真芯ではなかった。

       カインは飛ぶ。

      誘爆までは、間があった。

       ハッチが開き、兵達がパラシュートで脱出するのが見える。

      「………俺は、何をやってる?」

      戦場において、迷いは死に繋がる。そう幼い頃から叩き込まれた。

       だが、今のカインには、そうできなかった。

      それに、まだ正確に敵味方の判別が出来ていない。

       生きる為、救う為とはいえ、進んで命を奪う気にはなれなかった。

      だがその迷いは、確実にカインを窮地に陥れる。

      「うッ!?」

       機関砲が四方からカインを狙う。

      敵艇がばらけた状態から、集まってきていた。そのことに気付かなかったのだ。

      「ちっ!」

      それでもカインは三艇目を落とし、再び飛ぶ。

      が、弾幕の為高く飛べず、隣の艇に飛び移るのがやっとだった。

       すぐさま機関砲二門を破壊するが、ジャンプしなくては動力炉を破壊する程の威力は出せない。

       艇の上にいる以上、敵も直接は撃ってこれない。だが、激しい弾幕で身動きが取れなくなっていた。

      「………竜騎士が飛べないんじゃ、話にもならんな……」

      笑ってみせる。だが、そう余裕のある状態でもない。

      「一瞬だけでも飛ぶチャンスがあれば……」

      そうはいかない。敵の艇は、じょじょに近づいてくる。

       近づけば、艇に当てずカインを狙えると考えたのだ。

      弾幕はより緻密になる。

      「クッ…」

      もはや弾にあたるのを覚悟で飛ぶしかない、そう思ったまさにその時。

      「ファイラ!!」

       炎の柱が敵艇の間を切り裂いた。

      一瞬、弾幕が薄れる。それを見逃すカインではない。

      「はァッ!!」

       最大級のジャンプ。そして、降下。

      「…四つ目!!」

      その言葉通り、四つ目の艇を貫く。無論、すぐには落ちない。

      再び飛び立とうとしたとき、

      「兄ちゃ〜ん!!」

       振り返ると、パロムがハッチから顔を出して、手を振っている。

      カインには、ファイラの主が解っていた。

      「あいつ…任せろと言ったものを…」

      勿論、非難ではない。笑みがこぼれる。

      さらにハッチから、ガフが顔を出す。

      「カイン、潮時だ!三艇位なら振り切れる!!」

      それに頷き、彼らの方へと飛ぶ。少しの間の後、艇が沈む。

       カインはガフ達の艇に出来るだけ衝撃を与えないようにして、着地した。

      「よし、乗れ!!」

       ガフが内部へ消える。カインもすぐに続いた。

      ハッチが閉まると同時に、艇は加速する。

       そのまま敵艇の間を突っ切り、最大艇速で飛び去る。

      無論、敵も黙って逃がすわけはない。主砲を放つ。

      だが、残った三艇のうち、一艇の主砲は破壊されているので、二門分だけだ。

       艇は砲弾をかいくぐって飛ぶ。

      「う、うわっわっ」

      リッキーの操縦が乱れる。

      「落ち着けリッキー!たかが二艇、ディサローノのスピードなら振り切れる!!」

      ガフが激を飛ばす。

       艇の性能は、リッキーとて把握していた。

      彼らの艇―ディサローノは武装こそ少ないものの、

      艇そのものの性能ではセントラ最新鋭のそれに引けを取らない。

       だが、頭で解っていても、感情はそうはいかないものだ。

      リッキーのような気弱な少年なら、尚更だろう。

      「リッキー、大丈夫。当たったりしないから。」

       ルシィが隣の席について言った。彼女の言葉に、リッキーは無言ながらも頷いた。

      「あれ、もう追ってこないぞ?」

       パロムが気付いた。確かに、砲弾の振動も来ない。後部モニターにも、敵艇の減速する様が映っている。

      「……落ちた艇の何人かが脱出していたからな。救出を優先したんだろう」

       クラーレットは冷静に分析する。そして、それは当たっていた。

      「つまり、助かったてこと?」

      ルシィがサブ操縦席から身を乗り出す。ガフが大きく頷き、

      「ああ、そうだぜ!信じられねぇ、オレ達は助かったんだ!!はっはっは!!」

      と、大口を開けて笑う。クラーレットもさすがにホッとしたのか、席に座り込んだ。

       ポロムも同様、へたり込んでいる。慣れない戦いは、いつも以上の緊張を強いられたのだろう。

       パロムの方はというと、ガフに負けじと気負ってみせている。

      「へへん、あんなのどうってことないぜ!!オイラにかかればちょちょいっと……」

      そんなパロムに、カインが歩み寄る。

      「パロム、さっきは助かった。礼を言う。」

      「あ、兄ちゃん?なんだ、らしくないなー。一番活躍したのは兄ちゃんだろ?」

      「おお、そうだそうだ、礼を言うのはこっちだぜ。」

       ガフが割ってはいる。

      「お前、とんでもないヤツだなあ。実は人間じゃないんじゃないか?」

      「……かもな。」

        ガフのおちゃらけも、軽くいなす。

      「へへ、ますます気に入った!!オレ達の『家』に来ないか?歓迎するぜ!」

      「ガフ!!」

      すぐさまクラーレットが非難の声をあげる。

      「いいだろ、別に。こいつがいなけりゃ皆やられてたんだ。それを今さら、敵だっていうのか?」

      「…くっ」

       クラーレットも渋々承知した。ガフの言うことは、最もなのだ。

      それに、カインがこれからの戦力になるかもしれないと思うと、無下にも出来ない。

       ガフとクラーレットのやりとりの間、ルシィがカインに近づく。

      「……ん?」

      「あの、ありがとう、カイン君。おかげで、助かったよ」

       ちょっとしおらしい態度。だが、カインは態度を変えない。

      「……言っただろう?別にお前らの為じゃない。」

      「………ふーん、やっぱりそうなんだ。」

       そう言ったルシィは、すでにいつもの元気な調子だ。

      「……?」

      「…強さって、そういうのばかりじゃないと思うよ、アタシ。」

       そう言うと振り返って、離れていく。

      カインは彼女のペースが嫌いではない自分に気付く。

      「………ルシアン=ミュールか。……つかめんな。」

 

      「いよおし、リッキー、全速前進!!目指すは東、エスタールとの合流地点だ!」 

      ガフが号令よろしく声をあげる。リッキーも呼応する。

      「了解ッ!!」

       艇は日の傾き始めた空を、真っ直ぐに飛んでいった。

 

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