〜 3 〜
全長5,6メートル程の鉄の箱船が、空間を切り裂くように進んでいく。
市街地に飛んでいたものとは、桁違いの速さだ。
その中には、六つの座席と、二つの操縦席があった。
そこにいるのは、六人。うち、子供が二人。それ以外に、竜一匹。
「……お前いつも、居なくなったと思ったらいつのまにか出て来るんだな。」
カインが肩のルーザを撫でながら言った。
「きゅえっ」
二人の子供達は、鉄の艇の中を、物珍しげに見回していた。
中は、意外と広い。壁には敷き詰められた計器類。
前方には、目まぐるしく変わる空を写し出すモニター。
床の所々には、火器が置かれている。
パロムは、感嘆の息をもらす。
「す、すげー!!プロペラもないのに、どうやって浮いてんだ!?」
「反重力ジェネレーターのおかげだよ。」
金髪の少年…リッキーが答える。
歳はルシアンと同じだが、優しさと素直さ、と同時に気弱さをも持ったその表情から、
一つ二つ年下のように見えてしまう。
「はんじゅうりょくじぇねれた??」
「反重力ジェネレーター。モーターの力で、星の重力に反発する力場を生み出してるんだ。
つまり、モーターの回転から出る電磁力と、アルカイックガスから取り出したエネルギー、それに……」
リッキーの話はどんどん専門的になっていく。パロムやポロムにはちんぷんかんぷんだ。
ポロムも始めのうちは聞いていたものの、今や聞くフリで精一杯。
パロムに至っては、欠伸などしている。
「……で、高エネルギーが生み出されるんだ。すると特有の反応を示して…」
「もうよしなよリッキー。アタシにだって分かんないのに。」
ルシアンが止める。いい加減にしろというわけだ。
「あ、ご、ごめんよルシィ」
リッキーが頭を下げる。どうにも、かなわないらしい。
「そんなことよりさ、私と代わってくれないか?運転はどうも苦手だ。」
操縦席にいる女が言う。例の、勝ち気な声の主だ。
「あ、うん、ごめんっ」
リッキーが慌てて飛んでいく。
そしてリッキーがもう一つの操縦席につくと、今まで操縦していた女が立ち上がった。
褐色の肌と、ショートの赤茶の髪。細身だが、引き締まった強靱な肉体。
なにより、炎のような真っ赤な瞳が印象的だ。
カインは、一目で彼女が戦士であると知った。
「……さて、そろそろいいかな。」
ルシアンの後方にいた男が言う。
先程の逞しい男だ。逞しいといっても、もの凄い大男というわけではない。
体格は、カインとさほど変わらない。背が少し、高い位か。
浮かべた不敵な笑みは、自信の表れ。彼も、歴戦の戦士のようだ。
「まずは、自己紹介だ。オレは…」
「ちょっと、いきなり仕切らないでよっ!」
ルシアンが男の前に割って出る。
「お、おい…」
「アタシ、ルシアン=ミュール!ルシィでいいよ。
よろしくね、カイン君!!それと、助けてくれてありがとうっ。」
「あ、ああ…」
カインは圧倒される自分を自覚した。初めてのタイプだ。
ただ、カインを見つめるその深黒の瞳には、一片の曇りもない。
「……ま、いいか。オレは、シャンディ=ガフ。見ての通りのモテモテ野郎さ。」
不敵な笑みを浮かべた戦士、ガフはそう言ってポーズをとって見せた。
途端、頭にゲンコツが飛ぶ。
「あいたっ、何すんだよクラレ!!」
ガフは拳の主に向けて叫ぶ。赤茶の髪の女戦士だ。
「…こんなときにふざけているからだ。状況を知れ。」
と言って睨み付ける。
「ひええっ恐い恐い。…ああ、この恐いのはクラーレット=フロート。
名前や顔は可愛いんだけど、腕っ節はハンパじゃないから、ヘタに手ぇ出すと殺され……はっ!?」
再び強烈なクラーレットの視線に、ガフは身を凍らせる。
「………え、えっと、気を取り直して、あとはさっきのメカニックオタクの…」
「リッキーです。ジン=リッキー=トニック。」
先程の金髪の少年・リッキーが、操縦席から応えた。
「……こんなところだ。お前さんは、カインとか言ったな。」
「…ああ、カイン=ハイウィンド。それと、竜のルーザ。こっちのは……」
「天才魔道士パロム様だ!!」
「双子のポロムです。」
二人も名乗った。例によって、約一名ポーズ付きだが。
「ふう、まあいい。とりあえず、ルシィを助けてくれた礼を言おう。助かったよ。」
ガフが頭を下げた。あわせて、ルシアンもお辞儀する。
「……だが、オレはお前さんを完全に信用したわけじゃない」
そう言いつつ顔を上げたガフは、表情こそ変わらないが、目はすでに戦士のそれだった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、カイン君は悪い人じゃないよ!」
ルシアンがガフにくってかかる。
「……私もガフと同じだ。見知らぬ人間を、そう簡単には信用できない。」
クラーレットもガフに続く。腕組みしているが、隙はない。
いつでも、闘える様子だ。「クラレまで!カイン君はアタシを助けてくれたんだよ!?」
「そう言うなよルシィ。オレ達は八方敵だらけなんだ。疑うなってのがムリだろ?」
ガフがそう、ルシアンを諫める。だが、ルシアンは納得いかないようだ。
そんな二人に代わり、クラーレットが口を開く。
「……本当のところはどうなんだ?お前達は何者だ?セントラの手のモノではないのか?」
カインは、頭を振った。
「さあな。俺達には、そのセントラってのも解らない。
自分でも、アンタ達の敵か味方かなんて、解らないんだ。」
「世界国家セントラを知らない?そんなワケがあるか!!」
クラーレットは語気を荒げる。いかに無知なものであっても、国の名を知らないわけはない。
自分たちの戦っている、国の名を。
「本当に知らないんです。私達は、この世界に来たばかりで…」
ポロムが言う。嘘には見えない。しかし、その言葉は唐突すぎる。
「この世界に来たばかり??宇宙人だってのか?」
ガフが呆れたように肩をすくめる。だが、ポロムはいたって真剣だ。
「…そうですね、ひょっとしたら、別の星なのかも……」
「おいおい、勘弁してくれよ。
異世界人だか異星人だか知らないが、そんなこと本気で言ってるのか??」
「いや、ありえるよ。」
そう言ったのは、操縦席のリッキーだ。
「あん?」
「そもそも、世界が一つしかないっていう保証はないんだ。
次元の違う所に、幾つかの世界があるのかもしれない。
それが、何かのはずみや力で、一瞬重なったりしたら…」
「迷子の異世界人が転がり込んでくるってのか?そんなバカな。」
ガフは一笑する。そんな話、普通には信じられない。
「でも、人為的にしろ偶然にしろ、僕たちの理解を超える力が働いたとしたら?」
「理解を超える力?ってえと……」
ガフには、心当たりがあった。常人では考えられない、凄まじい能力の持ち主に。
「……魔女、か?」
一瞬ルシアンが表情を強張らせた。それに気付かないカインではない。
そして、リッキーも。
「そうは言ってないよ!ただ、僕はそういう力も世の中には存在すると……」
その例として、「魔女」は最も適していた。
しかし、そう口にしていい単語ではないと、リッキーは知っていたのだ。
「いいよ、リッキー。アタシ、気にしてないから。アタシが魔女ってワケじゃないし。」
ルシアンは笑顔を作る。
ガフも、そこでようやく気付いた。
「す、すまないルシィ。お袋さんのこと、すっかり……」
「だ〜か〜ら、気にしてないってばっ!大丈夫だから。」
嘘。そうリッキーが見抜けるのは、彼の洞察力が優れているからではなく、幼馴染としてであった、が。
「ルシィ……」
それだけではあるまい。
カインとて、ルシアン達の様子が気にならないわけではない。
だが、今は他に知らなければならないことがある。
「……アンタ達のいうセントラについて教えてくれないか? そして、何故アンタ達が戦っているのか。
あと、あのキールとかいう奴が使ったG.J.とかいう能力。……それに、魔女についても。」
「お前が敵かどうかも解らないのに、言うと思うか!?」
クラーレットがいきり立つ。それをガフが制した。
「ガフ!?」
「落ち着けよクラレ。多分、コイツは敵じゃない。
敵なら、セントラがどうのなんて、間抜けなこと聞くと思うか?」
言われて、考える。確かに、スパイなら相手に不信感を与えるようなことは極力言わないはずだ。
第一、子供連れのスパイなんて聞いたことも無い。
「…………。」
「ま、勿論こいつ等が異世界人だってのを鵜呑みにするわけじゃないがな。」
そしてカインの方を見やる。
「……それでいいさ。俺自身、異世界なんていまだ信じられてないからな。」
目が笑う。ガフにはそれが、不快には映らなかった。
むしろ、戦士として、同じものを感じたのかもしれない。それに、根は陽気な男である。
「フ、気に入ったぜ。カイン…だったな。俺の答えられることならなんでも教えてやる。」「ガフ!!」
二人の女の声が同時に叫んだ。一方は、喜び。一方は、非難。
クラーレットには、まだカイン達が信じられないのだ。
「私は、まだ……」
「いいだろ、別に。オレ達の機密事項をばらそうってんじゃないんだ。誰だって知ってることさ。」
そう言われて、クラーレットは黙る。もっとも、完全に納得したわけではなさそうだが。
「それじゃ、始めるか。まず、セントラってのは……」
ゴウッ
ガフがしゃべりだそうとしたその瞬間、大音響とともに機体が激しく揺れた。
「なんだ、どうしたってんだ!?」
「首都周辺守備艇だよ!感ずかれたッ!!」
リッキーが悲痛な声で叫ぶ。
「なんだと?追いつかれるまで気付かなかったのか!?」
「ご、ごめん、でも奴らはこっちのことを待ち伏せてしてたんだよ。」
言われて、ガフは気付く。自分たちの機体は、すでに敵(キール達)に見られていたのだ。
そこから周辺守備隊に連絡が入るのは、当然の話だ。
「マズったな……どうも、艇戦だと勘が鈍る……リッキー、敵は何機だ?」
「六……いや、七艇だ!シップ級が七艇!!」
「七艇だと?…こいつは……」
分が悪いぜ、そう無言でつぶやく。
なにしろ、同じシップ級とは言っても、こっちにはロクな武装がない。
近接戦闘用の機関砲くらいなものだ。
それは、物資の不足しているレジスタンスにとって、仕方の無いことでもあった。
対する敵は、守備隊といっても正規軍。最新鋭の遠距離砲も積んでいるはずだ。
その状態で、一体七。ガフでなくとも、悲観する。
「どうする、シャンディ=ガフ。」
クラーレットはまだ冷静だ。無論、楽観もしていないが。
「どうするっても……逃げるにも囲まれてるし、戦うにも近づけない……」
さすがに、万事休すか。だが、意外な男が意外なことを言い出した。
「…あれを、落とせばいいんだな?」
カインが、モニターに映る敵艇を指して言う。
「ああ、そりゃそうだ。それが出来ないから困ってるんだろ?」
ガフは呆れた。やはり、コイツは何も解ってない。
だが、ソイツの次の言葉は、もっと仰天するようなことだった。
「俺が、落としてやる。」
「いぃ!??」
生身の人間がシップ級飛空艇を落とす?
「バカ言うな、どうやって落とすってんだ!?」
「……飛び移って、だ。」
そこまで聞いて、ルシアンは彼の超人的な跳躍力を思い出した。
だが。
「無茶よ!いくらなんでも飛空艇から飛空艇へ飛び移るなんて!!」
「そうです、いかにカイン様でも…」
ポロムも止めに入る。
「…確かに、高速移動中は難しいだろうが、奴らはいま静止している。
不可能じゃない。落とさないまでも、囮に位はなれるさ。」
カインはそう言ってのけた。
カインのジャンプを知らないガフ達に至っては、話についていくこともできない。
ただ、カインの自信のようなものを、ガフは感じていた。
(コイツは……諦めちゃいない……)
「囮だなんて!アナタ達は、無関係なのに、アタシ達の為にそんなこと…」
「……勘違いするな。俺が戦うのは、お前らの為じゃない。自分が生きる為だ。
それに、ガキ共を死なせたら、仲間にあわせる顔がないからな。」
ルシアンを制して、ハッチへと向かう。
「カイン様…」
「兄ちゃん、オイラもやるぜ!魔法で援護すれば、少しは…」
そう言って駆け寄るパロムも、カインは止めた。
「空の事は俺に任せておけ。…ルーザを頼む。」
パロムにルーザを預け、カインは上部ハッチを開けた。
「カイン君!!」
「……どうせこのままじゃ死ぬんだ。だったら、好きにさせて貰うさ。」
カインは外へと消え、ハッチが閉じる。
ルシアンが感じたのは、不安でも絶望でもなかった。
「……カイン=ハイウィンド……そういう人、なんだ…」