〜 2 〜

 

      (魔女?……魔道士か何かか?)

       カインはルシアンと呼ばれた少女の方を見る。

      だが、17,8の普通の女の子にしか見えないし、大した魔力も感じない。

      「…魔女が忌むべき存在だなんて、誰が決めたのよ!?

      平気で人殺しをする、アンタ達の方がよっぽど悪党よ!!」

       少女―ルシアンは思わず声を上げた。それだけで、過去の憤りが伝わってくる。

      「ふん、国に仇なす者が、良く言う。お前らが反乱行為などしなければ、殺す必要など無いのだぞ?」

       例のリーダーが言う。

      立てた紫の髪と、それに合わせるような紫のライトアーマーが目を引く。

      そしてアーマーの左胸には、手の平大の宝石がはめ込まれていた。

      それ以外は、他の兵士と同じ軍服だ。

      但し腰から下げた剣は、一回り大きめではあるが。

      「アンタ達が反乱させるようなコト、するからでしょう!?アタシのパパやママだって…」

      「奴らこそ反乱分子の元凶ではないか!我らこそが正義なのだ!」

       平行線。争いなどというものは、大抵こんなものだ。

      どちらにも、正義があり、信念がある。

      そして、どちらが間違ってるなんて、簡単には決められないのだ。

      いや、決めるのは不可能なコトの方が多い。

       だが。

      「どんな理由があろうと、女の子をいじめるなんて、悪いことだぜ!?」

      パロムが再び前に出る。そして、

      「そうですわ、ハンランだろうがなんだろうが、人の命を奪うことは許されません!」

      今度はポロムも歩み出る。

      「……何か、言ってたことと違わない?」

      「気にしない!!」

       そんな子供達の様子を、紫髪の男は嘲るように笑う。

      「ガキめ…言っただろう?子供といえど容赦はしないと……」

      そう言って剣を抜こうとする男の前に、突然、一人の騎士が立ちふさがる。

      「……貴様か。」

      先程、宙を舞って見せた騎士、カイン。

      「……女子供も容赦なく、か。まるで昔のどこかの帝国を思い出すな……」

      「なに?」

      「だが貴様は“あいつ”と違い、救いようがなさそうだ。」

      「何をワケのわからんことを……反乱分子ではなさそうだが、貴様、何者だ?」

      「さあな。俺は、ただの迷い人さ。」

      「ほざけっ!!」

       紫髪はいきなり剣を抜くと、大上段に斬ってかかる。

      しかし、その刃がカインに届くことはない。手にした短剣で、受け止めたのだ。

      「くぅ…コイツ……ちっ!」

      紫髪が跳び下がる。

      「どうした、もう終わりか?」

      紫髪にとって、このカインの余裕も気に入らなかった。

      剣において、自分に敵うものなどいないハズ。

      さらに、数の上でも自分たちの方が圧倒的に有利なのだ。

      なのに、目の前の男は、顔色一つ変えないどころか、まるで有利不利を意にも介さない様子なのだ。

      (……虚勢……なんてレベルじゃない。揺るぎない自信……)

      しばし、状況は均衡しようとする。しかし、そうはならなかった。

      動いたのは、ルシアンだ。

      「ダメよ、アナタ達まで奴らに狙われちゃうわ!」

      だが、カインは平然としている。

      「…俺が好きでやってるコトだ。気にすることはない。

      それに、今更見逃してくれそうもないしな。目の前の敵は、自分で払いのけるまでだ。」

      「そんなナイフ擬きで、払えるかッ!」

       一瞬の隙をつき、紫髪が斬りつける。しかしそれも、短剣に阻まれる。

      だが、今度は一撃では終わらない。直ぐに剣を退くと、再び繰り出す。

      剣と短剣の間合いの差を利用した、絶妙な連撃だ。

      「もらったッ!」

       が、紫髪はまた信じられない光景を目にする。

      カインの手の短剣が蒼く輝いたかと思うと、一瞬の内に槍へと変形したのだ。

      「な!?」

       カインはその槍を以て、剣撃を軽く受け流した。

      「……悪いな。俺の剣は特別製なんだ。」

       ブレイブブレイド。試練の末、カインの愛器となった、神秘の刃。

      その刃は、使い手の意思と心によって、その威力と姿を変えるのだ。

      「な、なんだ、コイツは?」

      得体の知れない目の前の男は、考えられないようなことを次々とやってみせる。

       カインの後方のルシアンにしても同じことだ。

      突然現れた謎の騎士は、何故か自分を助けてくれる。

      喜びよりも、不思議さの方が先に立つのは当たり前だ。

      ただ、彼女に騎士に対する不信感は無かった。

      (……悪い人では、ないものね……)

      そう感じるのは、カインの行動からだけでなく、彼女の、一種独特のフィーリングであった。

      だが、そう感じるからこそ、自分のせいで迷惑をかけたくなかった。

       しかし、この状況を変える力は、彼女には、ない。ただ、「待つ」のみだ。

       戦いの場に戻る。

      紫髪の男は、多少尊大ではあるが、馬鹿ではない。こと、戦闘に関しては超一流だ。

       その彼だけに、カインの強さは十分に認識できた。

      (…しかも、奴の「能力」は未知数だ。あの超人的な跳躍や、変化する武器……)

       さらに何が出てくるかは解らない。退くべきか。

       しかし、彼にも切り札はあった。

      「……みせてやるぜ、俺の“能力”を。」

      その途端、紫髪のアーマーにはめ込まれた宝石が緑に輝く。

      「G.J.ファントム! バニシングボディー!!」

      「なに!?」

      今度はカインが驚く番だった。紫髪の剣士が、叫びと共に姿を消したのだ。

      「なんだ、魔法か?それとも…」

      「いけない、ガーディアン・ジュエルよ!」

      ルシアンが叫ぶ。

      「ガーディアン・ジュエル?」

      「様々な力を封じた宝石によって、特殊な力を使うの。」

      「特殊な力?」

      『こういうことだよ!!』

      突然、声が響いたかと思うと、カインの背後に紫髪が現れ、斬りかかる。

      「くっ!」

      カインは間一髪で転がってかわした。

      「今のタイミングでかわすとは……やはり、ただ者ではないな。だが、いつまで保つかな?」

      そういうと、再び姿を消していく。

      「……確かに、このままでは……」

      気配すら、非常に微量なほどまで消えている。

      しかも回りにいる大勢の兵士達のせいで、その微量な気配も感じることは出来ない。

      「…えーい、めんどくせー!!一気にやっちまおうぜ!!」

      パロムがいきなり騒ぎ出す。そして、魔力の集約。

      「ちょ、パロム、どうする気?」

      「こうすんだよ……サンダラ!!」

      気合いとともに、分散した稲妻が、何もない大地を焦がす。

       しかしその稲妻をもってしても、紫髪を捉えることはできなかった。

      「ありゃ、やっぱだめか。」

      だがそれは、別の意味での驚愕をもたらす。

      「ば、ばかな、魔法玉ナシで魔法を??」

      兵士達に動揺が走る。そしてそれは、姿を消している剣士にしても同じであった。

       その動揺が、一瞬の気配の乱れを生む。

      「……そこかぁ!」

       カインの振った槍は、わずかだが、確かに手応えがあった。

      「ぐっ……お、おのれ…」

       紫髪が姿を現す。その右頬には、鋭い刃傷。

      「おおっ、オイラのおかげ? やっぱ天才!」

      「……偶然でしょ。」

      だが、紫髪にはそんな子供二人は目に入らない。狙いはただ一つ、カインのみ。

      「……まぐれがそう続きはしない!次に消えれば…」

       しかしその言葉は途中で途切れた。凄まじいまでの風圧が上空から巻起こったのだ。

      「来た!」

       ルシアンが叫ぶ。その見上げる先には、巨大な機械の物体が浮いている。

      「……なんだ、ありゃ?」

      「さっき街で見た、飛んでるものみたいだけど……」

      「ちっ、エスタール付属の小型艇かッ!」

      紫髪が舌打ちする。

      その小型艇が降りてきて、上部ハッチが開く。

      中から、少年が顔を出した。

      「ルシィ、無事かい!?」

      「リッキー、遅〜いッ!危なかったじゃない!!」

      「ご、ごめん、ジェネレーターの推力がイマイチで……」

      少年が本当にすまなさそうに言う。まだ幼さの残る顔立ちで、気が強い方ではなさそうだ。

      「そう、いじめるなよ。大体ルシィが予定の場所に居ないのが悪いだろ?」

      また別の男が顔を出して言う。リッキーと呼ばれた少年より、ずっと逞しい。

      『いいから早く乗りなよっ!敵さんがいるんだろ!?』

      今度は、中からスピーカーを通して声が響く。勝ち気そうな、女の声だ。

      「ひええ、おっかねえ。黙ってれば可愛いのに…」

      そう言いながらも、逞しい方の男は顔を引っ込めた。

      だがリッキーはルシアンが心配らしく、まだそのままだ。

      「ルシィ、早くッ!!」

      「解ってるって!……アナタ達も、行きましょ!」

      ルシアンは、呆然としていたパロム達に手を伸ばす。

      「え、でも…」

      「……ここはついていくしかなさそうだな。」

       カインが言う。先程の消える剣士と戦い続けても、どう転ぶか解らない。

      敵も慌てている今が、退くチャンスと判断したのだ。

      ただ、その先にいる者達が味方とは、限らないが。

       カインに促され、パロム・ポロムも艇へと向かう。

      「ムッ、逃すか!!」

       紫髪か剣を振り上げ、カインを追おうとするが、部下達に止められる。

      「た、隊長、ココは退くべきです!エスタールが近くまで来ているかもしれませんし!」

      「…ク、おのれ……」

      彼にとっても、「エスタール」というその存在は恐るべきものだった。

      今の兵力では勝ち目は無い。

       それでも、彼は部下を振り切り、艇へと駆け寄る。

      艇はすでに、パロム・ポロムを中に乗せ、カインが艇壁をつかんだ状態で、浮き始めていた。

      ルシアンが、ハッチから顔を出して、カインを呼ぶ。

      「アナタも、早く!!」

      「ああ……ん?」

      カインは、足下に駆け寄る男に気がつく。男は何事か叫んでいる。

      「?」

      「……貴様! 貴様の名はなんだ!!」

      「……カインだ。カイン=ハイウィンド。」

      「俺はセントラル治安剣士隊の、キール=アンペリアルだ! 

      憶えていろ、カイン!! 俺は、必ず貴様を…………!!」

       艇の上昇とともに、声が急速に遠のいていく。

      カインは暫く、そのまま眼下を見つめていたが、

      「早く乗って!加速したら振り落とされちゃうよ!!」

       そのルシアンの声にうなずき、ハッチへと向かう。

      「……キール、とか言ったな。」

       この世界がどんなものなのかも解らないままに刃を交えてしまう自分を、カインは笑った。

      「奴も俺も、闘うしか能がないらしい。」

      (もっとも、それが一番俺らしいのかもしれないがな……)

       そしてそれが、カインの新しい世界・未来への道なのかもしれない。

       カインは、まるで新世界に飛び込むように、艇の中へと入っていった。

       ハッチは、閉じられた。……後戻りは、できないかの如く……

 

Back

Next