第一章  出逢いの日

 

      ……生きていれば、数え切れない出会いがある。

       生きていれば、数え切れない別れもある。

 

      …ただ、この出会いだけは特別なんだと思いたい。

       例え、限りない出会いの一欠片に過ぎないとしても…

      ……あなたは、私にとって………。

 

 

 〜 1 〜

 

      「う………ん?」

       目を覚ましたとき、そこは薄緑に覆われた平原だった。…憶えはない。

      「何が……どうしたっていうんだ??」

       カインは以前、似たような経験をしたことがある。

       あの時は何か夢のような、はっきりしない感覚だった。

      しかし、今のはより鮮明だった。どこかに「飛ばされた」と強く実感できた。

       そして今居る処も、確かに在するという、現実がある。

      何より、今回は一人ではない。

      「そうだ、二人は!?」

       カインは辺りを見渡すと、パロムもポロムもすぐ側に倒れていた。

      「おい、しっかりしろ!」

       ポロムを抱き上げ声をかける。やがて、目を開けた。

      「…あ、あれ?カイン様……」

      「無事か。パロムは…」

       見ると、パロムも目を覚ましたようだ。

      「うーん、よく寝た。」

       そして伸びとともに、勢いよく立ち上がった。

      「とうっ…ありゃ?ドコだ、ココ?」

       見たこともない景色に、目をパチパチさせる。

       ポロムの方も、ようやく意識がハッキリしてきたようだ。

      「…確か、デビルロードに白い光が……」

      「デビルロードが故障でもしたのかな??」

       パロムも首を傾げる。

      「……俺にもよく解らんが、何らかの力でどこかバロン以外の処に飛ばされたのは確かだな。」

       そこまで言って、ふと、あの「声」のことを思い出す。

      (あの呼び声の主が、俺達を引き寄せた力の源?それともただの幻聴か?)

      しかし、幻聴にしては妙にリアルだった。

      (……それに、確かな意思を感じた……)

      考え込むカインの傍らで、子供達もそれなりに考えていた。

      「……ひょっとして、これも巨人の欠片のせいかしら?」

      「あ、それっぽいな!他に理由も無さそうだし……って、その欠片はどこだ?」

       しかし二人が辺りを探しても、どこにも例の欠片はみつからない。

      「なあカイン兄ちゃん、あの黒い石は?」

       パロムの問いかけに、一人思い悩んでいたカインはハッとする。

      「そういえば…」

       手から吊していたはずの石は、いつの間にか消えていた。

      「どういうことだろ?」

      「別の場所に飛んでいったか、あるいは……」

      「くきゅるるるるるるるるるええーーーーーっ」

       突然、ルーザのけたたましい声。

       三人がその方へ向くと、ルーザは小高い丘の上にいた。

      「ルーザ? いないと思ったら、そんなとこに…」

      「とにかく、行ってみよっ!」

       パロムを先頭に、ルーザの下へと駆けつける。

      「ルーザ、お前何を……!!」

       言いかけて息を呑む。驚き。

       丘の先の眼下には、見たこともない光景が拡がっていた。

       まるで地平の彼方まで続くような、大都市。

       連立する建造物は天にでも上るかのように、一様に高い。

       さらに地を走り行く機械の乗り物と、建造物の間を縫うように飛ぶ船。

       そして街の中心には、他のそれの何十倍も高い、巨大な塔のような建築物があった。

      「な、何、コレ?」

       ポロムの声が震える。

       自分たちの科学を遙かに超越した文明は、先の戦いにおいて、何度か目撃した。

       しかしそれを操るのは魔物であったり、古代人であった。

      だが、目の前に拡がる都市には、自分たちと変わらない「人」が生活しているのである。

      「ひょ、ひょっとして、タイムリープとかじゃないの?未来とか…」

      「いや、時代とかそういうのを超えて、俺達の文明とは異質な感じがする…」

       パロムの問いかけにそう答えながらも、確証はない。

      もはや、カイン達の想像の範疇では処理しきれないのだ。

      「夢にまで見た」などと言うが、この世界はもう、夢にさえ見ないレベルなのである。

      「……だが、この世界には何かが足りない気がする……」

       つぶやいたカイン本人も、その“何か”がなんなのか解らない。

      ただ、フワフワとした不安定さを感じるのだ。

       それは単なる異世界への不安なのか。それとも…

      「あっ、誰か来る!」

       パロムが叫ぶ。街の外れに位置するこの丘には、それまで人の気配は無かった。

      だが、確かに街から駆けて来る者達がある。

       先頭を行くのは、一人の少女。少し離れて、数人の男達。

      しかし、その様子は連れているという雰囲気ではない。

      「あれって……追われてるんじゃ…」

       やがて少女はカイン達の丘のすぐ下にまで来た。

      丘の街側は切り立った崖になっていて、登ることはできない。

      追いついた男達が、少女を取り囲んだ。

      「…ここまでだな、忌まわしき者め」

       リーダーらしき男の声は、数メートル上のカイン達にも届いた。

      (……イマワシキモノ? 何だ?)

       そしてそのリーダーが片手を上げると、他の男達…武装した兵士らしき者達は、一斉に剣を抜いた。

      「ちっ」

       カインは思わず飛び出しかける。しかし、先に飛び降りた者がいた。

      「待て待て待て待てぇ〜い!!」

      「パロム!?」

      パロムは少女と兵士達の間に降り立つ。

      「うっ…ジ〜〜〜〜ン」

       足の痺れに、そのまま固まって動けない。

       兵士達も突然の来訪者に唖然とするばかり。

       しばらくの後、パロムは気を取り直して大見得を切った。

      「やいやいやいっ大の男がよってたかって女の子をいじめるなんて、情けないとは思わないのか!? 

      そんなヒドーな奴らは、このパロム様が相手になるぜ!」

       そして、振り返って一言。

      「大丈夫、オイラが守ってやる!」

       自信満々といった表情である。

      「え?えーと…」

       言われた少女の方は、ただただ困惑するばかりである。…無理もない。

       パロム以外の全員が呆然とする中、いち早く状況を認識したのは、例のリーダーだ。

      「小僧、何者かは知らんが、その女を庇い立てするなら、容赦せんぞ。」

       だが、パロムもそんなすごみに屈するほどヤワではない。

      「へんっ、やれるもんならやってみやがれっ!!」

      「…そうか。反乱分子の者ではなさそうだが、我々に逆らうは、政府に逆らうと同義!

      女子供と言えど、生かしてはおけんな。」

       そう言うとリーダーの男は左の掌をパロムに向けた。

      掌の中心には、小さな水晶玉がグローブにはめ込まれている。

       それを見て、少女はハッとする。

      「へ、来るならきやがれっ」

      「だめ、逃げてっ!!」

       少女が叫ぶ。と同時に、男の水晶が輝く。

      「もう遅い…ファイアッ」

      男の掌から、炎の玉が飛び出した。

      「なっ!?」

      パロムはとっさに飛び下がってかわした。炎は地面を焦がす。

      「な、なんだ今の?…タメ無しで魔法を撃ち出した??」

      パロムの言う「タメ」とは、呪文詠唱により魔力を集める“間”のことである。

      例え下級魔法であっても、一瞬のタメは必要なのだ。

       だが、目の前の男は魔力を集中させる様子もそぶりもなく、いきなり魔法を放ったのである。

      「そんなバカなことが…」

      「ふ、よくかわしたな。だが、これならどうだ?」

       リーダーが再び手を上げると、周りの兵士達も一斉に掌を向ける。

      どの手にも、例の水晶玉があった。

      「げげっ、いきなりあんなに撃たれたら…」

      かわしようは、無い。

       そのパロムの前に、少女が立つ。

      「な、何やってんだよ!?」

      「…奴らの狙いはアタシよ。キミは逃げて!」

      「そんなことできるかよ、オイラはオトコだぞっ」

       そんな二人の様子を、リーダーの男は一笑する。

      「仲のイイことだな。なら一緒に死ねばいい。撃てっ!」

       かけ声と共に、数個の炎の玉が撃ち出される。

      「!!」

       四方から飛んでくる炎に、逃げ道は……。

       そして爆音と共に、その地に炎の柱が上がる。

      「ふ、これで忌まわしき血も消えて…」

      「た、隊長!!」

       声をあげた兵士の方を見る。彼は、空を見上げていた。

       それにつられ、見上げてみる。そこには、信じられない景があった。

      「な……飛んでいる、だと!?」

       そこには確かに人間が飛んでいた。いや、跳んでいたというべきか。

      少女とパロムは抱えた、蒼い鎧の騎士―カインだ。

      「ウ・ソ……」

      少女は先程よりさらに目を丸くさせた。

      こんなに高く跳べる人間がいるなんて、信じられなかった。しかも、自分を抱えて。

       それは下の兵士達も同じだ。皆、驚きの声をあげている。

      カインはそのまま、丘の上に降り立った。

      「ちぇ、どうせなら、もっと早く助けてくれたっていいのにさ。」

      パロムが不平そうに言う。

      「こんな異世界で、敵も味方も解らないままに飛び出すワケにはいかないでしょ?

      すぐ勇むパロムがいけないのよ。」

       ポロムがいつもの如くお小言を言った。内心、カインは苦笑する。

      パロムが行かなければ、とうに自分が行っていたはずだ。

      「敵も味方も関係あるかよ。女の子をいじめる方が、悪いに決まってんだろ?」

      「そりゃ、良くはないけど…考えナシに突っ込んだって、ケガするだけでしょ?

      今だってカイン様が居なかったら…」

      「へんっ、アレくらいメじゃないぜ!」

       そう言い争う二人の傍らで、カインは呆れる反面、そのマイペースさが羨ましくもあった。

      「あの…」

       少女が声をかける。まだ、抱えたままだったのだ。

      「ああ……!!」

      カインはそのとき、初めて少女の顔を見た。

      「ローザ!?……あ、いや……」

      「?」

      少女は確かにどことなくローザに似ていたが、髪と瞳は深い黒色だった。

      「あの…?」

      「あ、ああ、すまない。」

      カインは少女を下ろし、地に立たせた。

      少女はぴょこんと御辞儀を一つすると、

      「どうもありがとうございました!」

       と、元気良く礼を言った。そして、笑顔。

      「あ、いや…」

       一瞬ローザとダブらせていたカインは、多少の戸惑いがあった。

      「ちゃんとしたお礼もしたいんですけど、アタシに関わるとイイコトないから、ここで失礼します。

      ホント、ありがとうございました。」

       そう言ってそのまま駆け出そうとする。

      「お、おい…」

      カインが声をかけようとしたその前に、彼女は立ち止まることとなる。

      「…………!!」

      「ふ、逃がしはしないぞ。」

      兵士達が、裏手から回ってきたのだ。

      「アンタ達、しつっこいのよ!」

      「しつこくもなるさ。反乱分子の中でも、お前は特別だからな。」

      例のリーダーが歩み寄る。

      「ルシアン…忌むべき魔女の血をひきし者め。」

  

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