〜 カイン・サーガ(2)〜

 

  序  世界の触れ合う日

……そこには、きっとたくさんの世界があって……

……それぞれに、たくさんの人々がいて……

……それぞれに、たくさんの物語があるのだろう。

………もし、その世界同士が少しだけ重なりあったら、

   新しい物語が、生まれるのかもしれないね。

……例えそれが、喜びであっても、また、哀しみであっても……

 

  〜 1 〜

 森。深い、森。

 鬱蒼と茂った森は、時に昼間だということを忘れさせる。

 しかしその緑の空間には、静寂と平和がある。

そしてそれは、彼の心にも平穏をもたらしていた。

 森を歩く、一人の男。

 深緑の世界に、彼の蒼い鎧と、束ねられた金色の長い髪は、際だって映る。

 彫りの深い顔立ちは、以前よりさらに精悍さを増している。

それは彼の成長を表すものだろう。

 肩には、小さな竜。まるで鎧に併せるかのような、蒼い竜。

その竜が小さな欠伸を一つ。森は、静かである。

 この森は平穏であるが、この森の外はどうであろうか?

 そこには、自分以外の他人が在るのである。

 独りなら、楽であろう。そして彼は、事実今まで独りでいることを選んでいたのだ。

「……だが、それでは前に進めない……」

 だから、彼は山を下り、麓の森を歩く。

彼は、その決意をする強さを得たのだ。

……彼は、カイン。

 その行く手にはなにが待つのであろうか。

不安は、ある。けれど、それ以上に大きな何かも、ある。

 だからカインは、森の外を目指すのだ。

…………だが、始まりはすでに、森の中にあった…………

 

 〜 2 〜

「きゅるるるっ」

 突然、竜――ルーザが声をあげる。

「?」

 カインは、森に漂う空気の異変に気がついた。

魔力のような、そうでないような、何か得体の知れない力の存在を感じるのだ。

「この感じ……前にどこかで……む!?」

 カインは身近に気配を感じた。先程の“力”とは別の、生物的な気配。

「…だが、無関係とは限らん…な。」

 そう呟きつつ、腰の短剣に手をかける。さらに空いた右手で、足元の石を拾った。

いつでも剣を抜けるように構えをとりながら、辺りの様子を窺い、気配の出所を探す。

(……一つ、か。しかし、強いな。)

 気配の質から、かなりの力を感じる。しかも、人間的なそれだ。

より慎重に位置を探る。

 …………………………。

「そこだ!!」

 察知した気配の方へ石を投げつける。石は藪の中へ。

   ……ビシッ

「あ痛ッ!」

 子どもの声だ。しかもカインには、その声に聞き覚えがあった。

「何? パロムか??」

 藪を掻き分けると、そこには頭を抱える一人の男の子がいた。

「アイタタタタ……」

それは確かに、ミシディアの双子の魔道士の片割れ、パロムだ。

「何やってんだ、パロム?」

 カインが声をかけると、パロムはハッと顔をあげ、急いで飛び離れた。

「??」

「妖しい奴め、なんでオイラの名前を知ってる!?」

 パロムは手のロッドを構え、凄んでみせる。

 カインにはワケが解らない。

「は?…何言ってるんだ、お前?」

「とぼけるな!この森のオカシな“力”は、お前の仕業だろ!?」

「“力”? さっきから感じる、妙な空気のことか?」

そう言ってカインは辺りを見廻した。

「ムキーッ、どこまでとぼける気だ、お前!!」

「とぼけるも何も、俺は本当に何も知らない。だいたい、山を下りたばかりなんだ。」

「うがあああっ!そうやってシラを切って……って、山!?試練の山か?」

 パロムはふと思い当たって、目の前の男をよく見てみる。

 その鎧と、あと、顔にもちょっとだけ見覚えがあった。

「も、もしかして、カイン兄ちゃん!??」

 今度はカインが驚く番だ。

「な、なんだお前、誰だか解らなかったのか??」

 パロムは大きく頷いた。

「だって、金髪なんだもん。顔だって、いつも兜でよく見えなかったし。」

 カインは呆れたように溜め息を吐いた。

「……いくらなんでも解るだろう? そそっかし過ぎるぞ。」

「えーッ、ワカンねーよ、絶対!だって金髪だぜ、金髪!!」

なにやら力説するパロムに、カインは力が抜ける思いだった。

が、今はそんなことよりも気になることがある。

カインは気を取り直して、パロムに尋ねる。

「……パロム、この感じ…さっき言っていた“力”とは、一体何だ?」

 まだ金髪に拘っていたパロムも、さすがにそのことを思い出したようだ。

「あ、うん、オイラもよく解んねーんだ。

最近になって急にこの森におかしな気が発せられ出したんだ。

だから、長老が調べて来いって、オイラ達に。」

「オイラ達?他にも誰か来てるのか?」

「うん、うるさいのが一人。」

 そこまで話した時、どこかでパロムを呼ぶ声がしてきた。

「……パロムー、どこー?……」

呼び声は段々と近づいてくる。

「げ、噂をすればだ。」

「ポロム、か?」

「ま、ね。」

 そうこうしてるうちに、近くの藪がガサガサと揺れたかと思うと、一人の女の子が飛び出してきた。

 双子のもう一人、魔道士のポロムだ。

 ポロムはすぐさまパロムを見つける。

「あ、パロム、こんなところに!!一人で勝手しちゃ駄目だって、あれほど……」

その時ポロムは、パロムの傍らに立つ、長身でブロンドの青年に気がついた。

 (……やだ、ちょっとカッコイイかも……♪)

 一年も経てば、ポロムも、より女の子らしくなろうものだ。

なにげに服についた草葉を払い、姿勢を正す。

「あの……パロム、そちらの方は?」

 それを聞いたパロムは、思わず吹き出した。

「アハハハハハハッ、ほら、ポロムだってワカンナイじゃん!アハハハハハ……」

 笑い転げるパロムを後目に、カインは、また溜め息。

「な、何? 何が可笑しいの?」

 ポロムだけが一人、ワケも解らず、呆然とするだけだった。

 

 〜 3 〜

 カインと、パロム・ポロムの三人は“力”の正体を調べるために、

その“力”の気配の流れてくる方へと、向っていた。

「先程は大変失礼しました、カイン様。なんとお詫びしたら良いのか…」

 ポロムはずっと謝りっぱなしである。

「…そんなに気にするな、大したことじゃない。

それに、攻撃しようとしてたパロムに比 べたら、ずっとマシだ。」

「え、パロムったらそんなことを!?」

「わー、言っちゃ駄目だってば!!」

 だが、もう遅かった。ポロムの鉄拳(ゲンコツ)が飛んでくる。

   ボカッ

「イテぇぇぇぇッ」

「反省なさい!」

 そんなやり取りをしている間にも、“力”の気配は、より強くなっていく。

「! 到着のようだぞ。」

 二人のやりあいの最中、カインは「それ」に気付き、足を止めた。

「え、何何??」

「…あれだ。」

 カインの指した先には、小さなクレーターがあった。

半径一メートルほどの、そのクレーターの中心には、赤ん坊の頭位の石がある。

 石は黒いのだが、薄っすらと紫の光を放っている。

“力”の出所は、間違いなくそれだった。

「な、何、あれ…」

「さあな。見た感じ、どこからか飛んで来たようだが…」

 カインには、やはり「知っている」感じがした。

「なにかの欠片かしら?」

「どっちにしろ、オイラ達じゃわかんねーよ。長老に聞こーぜ。」

 そういうとパロムは、石に近づいていく。

「パロム、どうする気!?」

「決まってんだろ、持って帰るんだよ。」

 パロムはそのまま、石を拾い上げようとする。

「待てパロム。そんな得体の知れない物に触れるのは危険だ。」

「じゃあ、どーすんのさ。このままじゃ、意味ないじゃん。」

「…俺がやる。」

 カインもまた、石へと近づく。

「駄目ですカイン様ッ! それではカイン様に危険が!!」

 ポロムが止めに入った。

「だが、このままでは…」

「ほら、やっぱりオイラがやるって。」

「だから、それも駄目だってば!」

 平行線。そうした言い合いが少しの間続いた。

 そして、パロムがふと石を見ると、

「あああっ石が浮いてる!?」

「何!?」

 全員が注目する。

石は、確かに浮いていた。…正確には、吊り下げられていた、だが。

「ル、ルーザ!」

そう、ルーザが何処からか蔓を持ってきて、石にくくり付け、引っ張りあげていたのだ。

「な、なるほど、これなら直接触れなくてすむ…」

「……いいのかしら、こんなので……」

「くきゅるるるるるるっ」

 カイン達の不安に応えるかのように、声をあげた。

 さらに、バサバサと飛び進む。

「……なんか、本人やる気みたいじゃん。」

「仕方ない、任せるか。疲れたら、代わってやるさ。」

 カイン達も、ルーザに続いて歩きだした。

 もっとも、子竜のルーザはそうはもたず、すぐカインが代わることになったが。

 

  〜 4 〜

「と、いうわけでこれがその石です。」

 カインは、手から吊り下げていた石を長老の前に置いた。

「長老様、何だか解りますか?」

 長老はしばらく眺めていたが、やがて顔をあげた。

「これは、科学と魔法学によって作られた、太古の物質じゃ。」

「太古? それって……」

「恐らく、バブイルの巨人の核の欠片じゃろう。」

「バブイルの巨人!?」

 皆、一様に驚く。

 バブイルの巨人。かつて世界を滅亡の危機にまで陥れた、闇の側の究極兵器。

 しかし、セシル達と、世界中から終結した勇士達によって、破壊されたのだ。

「だから、覚えのある感じだったのか…」

「だけど、ありゃあ一年も前にぶっ壊したんだ。

そんとき跳んできた欠片なら、なんだっ て今頃動きだしたんだよ??」

「それは、ワシにも解らん。そもそも、クリスタルなしで発動するハズはないんじゃが。」

 世界でもっとも太古の文明に詳しい長老をしても解らないのであれば、カインに解るハズもなかった。

「だが、ワシが観れるのは魔法学の分野が主じゃ。科学的に観れば、何か解るかもしれん。」

「科学??科学といえば…」

 皆の頭の中に、やたら元気のいい爺さんの姿が浮かぶ。

「シド、か。」

「そうじゃ、もっとも科学の進んだバロンでなら、何か解るかもしれん。」

「ってことは、久々にセシル兄ちゃんに会えるんだな?元気にしてっかなー」

 パロムが嬉しげに思い浮かべている。ポロムも同様のようだ。

だが、カインには違った感慨があった。

(バロン、か。帰るのは、もう少し後にするつもりだったがな……)

喜びと不安の入り混じる心。俺は、セシルに会っても……ローザに会っても、平静でいられるだろうか……

「……何事もやってみなくては、解らんぞ。」

 カインの想いを見透かしたように、長老が言った。

「…ええ、そうですね。いずれ、会うのだから、今だって同じことですし……」

「そんじゃ行こうぜ!」

 パロムが跳ねる。彼には、カインの想いは解らない。

「うむ。デビルロードを使えばすぐじゃ。」

「おうし!」

 パロムがすぐさま駆け出していく。

「あ、パロム待ちなさい!」

 ポロムも、後を追いかけた。

「……行くか。」

 カインも、続く。そんな彼の後姿を見ながら、長老は満足げに頷いた。

 

  〜 5 〜

 三人は、デビルロードの入り口まで来ていた。

亜空間の道、デビルロード。

特定の場所と場所を繋ぎ、空間の距離を縮めることで、移動時間を大幅に短縮できる。

いわば、簡易ワープのようなものだ。

 そして、この道の先は、バロン。

「よし、早速いこうぜ!」

 パロムは今にも飛び込みそうな勢いだ。早くセシル達に会いたくて仕方が無いらしい。

「パロム、少しは落ち着きなさい!」

そう言って宥めるポロムも、本心は同じだろう。

 カインは、やはり二人のようにはいかないが、それでもバロンを訪れる決心はついていた。

「……それじゃあ、行くか。」

「おう!」

「はい!」

 返事をそのまま掛け声よろしく、パロム・ポロムは飛び込んだ。そして、カインも続く。

 三人は、亜空間を緩やかに流れていく。

「うひー、楽しみ楽しみっ」

 パロムは本当に楽しそうだ。大方、セシルをからかう言い回しでも考えているのだろう。

 そんなパロムの企みをアヤシく思いながらも、ポロムもやはり楽しみなようだ。

「……故郷か……」

 カインの脳裏に、いろいろなこと、もの、人が浮かぶ。

 バロンの城、町並み、竜騎士団の仲間たちのこと、亡くなった父や王のこと、

そして、やはりあの二人のこと……。

「……だが、思い出せることがあるってのは、いいことだ……」

 何もかもが良い想い出というやつではないが、中々に感慨深い。一年も離れていれば、尚更だ。

 そんなことを考えていたそのとき、

   『…………………………………………………!!』

「!?」

 カインの心に何かが走った。

「何だ、今のは?」

「どうしました?」

 カインの様子を不思議に思ったポロムが、声をかける。

「……今、誰か俺を呼ばなかったか?」

「私は呼びませんけど……パロムは?」

「オイラ、知らねーぞ。」

 パロムも首を振った。

「空耳か?……いや、耳に聞こえるっていう感じじゃなかった。直接、心に……」

 そのとき、再び、

   『………………き………て!』

「呼んでる……確かに、俺を呼んでる!」

「カイン様?」

「おい、なんか、おかしいぜ!!」

 パロムの声に、一同は前を向く。空間の先から、白い光が迫ってきている。

「何、これ?こんなの、デビルロードじゃ……」

「来るぞ!!」

 その叫びとともに、白い光が三人を包み込む。さらに光の先に、別の空間が現れた。

「どうなってんだ??」

「…バロン以外のどこかに行っちゃうの!?」

「……吸い込まれていくッ」

 三人の体は、そのまま光の先の空間へと流れ込んだ。

「……く…………うッ?また…?」

  『……来て、あたしの処に………』

 

第一章へ