飛翔



Chapter 2 <arrival>



蒼い月が一段と美しく見える
乾燥地方のお決まり・・・夜は日中と変わって気温が下がる
しかし、今日に限って蒸暑い
眠れない
マッシュはベッドから起き上がって、机の上のランプをつけると
静かに椅子に腰を下ろす
「ふう、しかしこう暑いとなかなか寝付けないもんだな」
窓を全開に開くと風があるものの、居心地良いとは思えない
「まだ続きがあったな。怪しくなってきた・・・」
ほったらかしていた日記を再び手元に持ってくると、視界は日記のみ
活字を追い始めた




二月二十五日

今日はとても騒がしい一日だった
朝早くからロックが窓から忍び込んできたのだ
泥棒のしそうな事だ。おっと、トレジャーハンターだったな・・・失礼
彼は来るなり、私の体をつかみ強引に動かしてきたのだ
「頼む!起きてくれ!大変なんだ!」
私は無理やり上体を起こされて気分はブルーだ
「何だ?こんな朝早くに・・・」
その時、時計を見たら朝の四時だった
「聞いてくれよ!ナルシェの炭鉱山から幻獣が出てきたらしい。
リターナーメンバーは直ちに本部へ集合だってさ」
そんな馬鹿なと思いながらも
やはりロックが嘘をつくはずがないなと片隅にあった
「わかった、表で待っていてくれ」
私は大臣を呼ぶと、この書類をなんとかしてくれと頼み込んだ
もちろん、状況を理解していない大臣は
「何処かへ行かれるのですか?」
と訊ねてくる
仕方ないから、私のお得意の説得で・・・
何とか了承は得たものの
「帰ったらちゃんと説明してください!」
わかっているよ。今は急いでいるんだ、と何とかごまかした
もしかしたら帝国がそいつを狙っているかもしれないし
ナルシェが中立国だとしても、そこにはリターナー組織もあるのだから
目をつけられたらただじゃすまない
「待たせたな。チョコボがあるから、コイツに乗っていけ!」
「よし!行こうぜ」


リターナー本部に行くには洞窟を抜け、コルツ山を越えなければならない
「もう少しだな、しかし・・・さっきから誰かが後をつけているような気がする・・・」
ロックが殺気を感じている・・・ように見えた
「ここは、モンク僧が修行にやってくる場所だからね・・・其処ら辺りにいるんじゃないか?」
「やめてくれよ・・・俺はモンク相手に戦えないぜ」
こういうのはロックの最も苦手とするものだな
私たちがリターナー本部に着いた時、ジュンがなぜかお酒を飲んでいた
この真昼間から、なんという人だ。この人は!
酒を飲んでいたわりには、あまり酔っていないようだった
「こんな大変な時に、なんで酒を飲んでるんだよ!?気楽だなあ!」
「待っているんだよ。どうですか?一杯」
ジュンが私の目の前にグラスを突きつけた
「遠慮するよ。ウォッカはきつくて飲めないからな」
私はグラスをジュンに返した。昼間から酒というのはやめて欲しい
「じゃあ、ロック・・・は飲めそうにないな」
「失礼な!これでも俺は二十五だぜ!」
私は二人の会話の邪魔をしないように、こっそりとバナン様のもとへと急いだ
バナン様はこの反帝国組織リターナーの指導者で
私の最も尊敬する人だ
各国の状況を逸早く知り、判断力は並みのものではない
そこに当事者がいれば、すっと飛んでいく積極性もある
「バナン様、よろしいでしょうか?」
おそらくこの会議室に居られると思った私は、部屋のドアを軽く叩いた
「うむ。入ってくれ」
私は言われるがままに中に入った
「バナン様、ナルシェから幻獣が見つかったそうですね」
「うむ、もしかすると帝国が狙っているかもしれないのでな・・それで皆を集めて」
「どうするおつもりですか?帝国が黙っているはずはありません」
私は何を言っていたのだろう・・・まるで自分かバナン様に挑戦状を送っている
「そのことなのだが・・・ナルシェは中立国だ。我々が説得しても考えは変わらないだろう
だから万が一のため、フィガロを拠点に兵を置いてもらいたい
帝国がナルシェに攻め込まれてはただでは済まないからな」
「しかし・・・我がフィガロはまだ帝国と同盟ですから、逆に反感するのでは?」
フィガロが潰されては困るのは、バナン様も招致のはず
私が今までに機械技師達を帝国によこしてしまったから、各地で悲惨なことも起こっているんだ
帝国の犬なんて御免だ。罪を償うためには・・・フィガロを守るには
リターナーと共に早急に、対抗しなければいけない
「心配はいらない・・・それはこちら側で処理しよう
おそらく情報を取るために、皇帝はまずフィガロに将軍を派遣してくるじゃろうな」
「口で止めろということですか?」
私には理解できなかったが、そのように言っているように思えたのだ
「わかりました。もう一つ気になることがあるのですが、魔導の力を生まれ持つ少女をご存知ですか?」
「伝書鳥で聞いておった。兵士五十人をたったの三分で・・・」
「詳しいことはまだわかっていませんが、今のうちに対策を練った方がよろしいのでは・・・?」
「そうじゃな・・・考えておくことにしよう」
バナン様は近くにいたリターナー兵士を呼びつけ
「すまんが、ロックとジュンを連れてきてくれ」
「はっ、かしこまりました」
兵士に命じられた
私はその時、この世界に何かとんでもない事が起こるのではないかと思った
最近では帝国の魔導の話題が後を絶たない
幻獣の存在・・・
おとぎ話の獣が実在していたというたった今入手した知らせは
世界の人々を驚かせている
私もそのうちの一人なわけだ
「バナン様、お呼びでしょうか?」
ロックとジュンが会議室に入ってきた
ジュンはさっきのウォッカのせいで、立っているのも精一杯だった
足がフラフラなのでバレるのは当たり前
それでも姿勢を正そうとする意欲は認めたいところだ
「お酒を飲みすぎました・・・」
「おいおい!大丈夫かよ?」
ロックにお酒を飲んだという形跡はなかった
いたって普通の顔
平然としていた
「二人に命ずる!ナルシェの観察だ。
特に、ジュン!お前は内側の観察だからよく目を配るように」
「了解(ラジャー)!」
ロックは状況を理解していたようだが、ジュンは果たして理解していたのだろうか・・・
「お前はどうするんだよ?」
「私も様子見だ。兵を結集させなければ・・・」


帰り道のコルツ山
よく、『行きは良い良い。帰りは怖い』とか言うが
逆のほうが正しいように思う・・・のは私だけか
「なあ・・・お前はどう思う?」
いきなりロックはまじまじと私を見つめて呼びかけてきた
「何がだ?」
「帝国だよ・・・アルブルクの方はあれからどうなんだ?」
「貿易が・・・切れかけているのは確かだ。二ケアとはまだ続いているが、
この先、帝国に占領されたらどうなるかな」
「ドマも怪しくなってきた・・・リターナーに組していれば
いずればれるのだろうか・・・だとしたら、お前も気をつけろよ」
「わかってる」
この日記が、平和の文字で埋め尽くされるのは
いつになるのだろうか
平和が・・・なかったら?
人々は、新しい快楽を求めていくのだろうか

『そんなことは分からないけど、いつか来ると信じている』




三月十二日

フィガロにも漸く春がやってきたな
各地では桜の観光に出かける人も多いのだろうが
小さい頃は父に連れられて、花見に行ったことがある
桜があんなに美しいものとは思ってもいなかった
私の寝室にも、花瓶に花が添えられているが・・・
「陛下。帝国の方から使者が参りました」
「誰かな?」
「セリス将軍です」
ついに来たかと言わんばかりに、彼女を王間へと迎え入れた
常勝将軍セリス
勝気で男勝りの女性だが、レディー扱いしないとな
だが、帝国の身だからそれなりの監視も必要だと認識した
「久しぶりだな」
「相変わらず美しいレディーだね。今日は何の用かな?」
「レディーと呼ぶな!まったく・・・お前は身近だから知っているだろう?」
「何かな?」
「とぼけるな!ナルシェで氷づけの幻獣が発見されたそうじゃないか!
まさか、知らなかったと言うことはないだろうな?」
ああ、やっぱりこれか・・・
口止めしたほうがいいな。バナン様の作戦だから
「噂には聞いていたが、本当かどうかは定かではないのですよ」
「ふん・・・まあいい。直接確かめればいいことだ」
彼女が私の視線から離れた
「お帰りですか?レディー。」
「フィガロ王!隠し事はせぬことだな。レディーと呼ばれると
虫唾が走る」
「・・・」
彼女は視線から逃れていた私を睨みつけてきた
不意に逃げると、そのまま去っていった
獲物を追うような目つきに見えたが
私にはどうも彼女が帝国に対して満足しているようには感じなかった
無理しているのか?
私の中を意味ありげなものがぶつかってきた
「お前もたいへんだなあ」
正面からロックが入ってきた
「聞いていたのか?」
「ま、素直に盗み聞きしましたーっと言っておくよ」
相変わらず笑顔だけは隠さないんだな
「まさか本当に将軍が来るとはね」
そう言うとロックは呆れた顔を私にぶつけた
「まだケフカじゃなくてよかったよ、あの人だけは苦手でね
無気味な笑いにはたまらないよ」
「確かにな。あいつ・・・うひょうひょしやがって」
ロックはケフカを見たことあったな
私が地方会議に出席していた時、窓の外から監視していたからだ
その時はケフカを見ていたのではなく、『私』というものを見ていた
ロックとはかれこれ六年くらいの付き合いで、以前はそういう事もなかった
もちろん最初はロックが帝国の者なのか、それともリターナーの者なのかはわからなかった
だが、自然と私は受け入れてしまった
なぜだろうか?
ロックがどこか悲しい目をしていたから?
いや、彼は私と同じような過去を持っているような気がしたからだろうな
大切な人を・・・
「もしかすると、ナルシェがやばいかもな・・・」
「次はこのフィガロかもしれないぞ。ジュンの奴、大丈夫かな?
この間はお酒飲んでて、放浪してたしな」
ウォッカの飲みすぎだ
「ちょっと俺、ジュンの所へ行ってくるよ。心配だ」
「気をつけろよ。帝国がきているかもしれないからな」


その夜にロックは監察の仕事を済ませ、私の元へと報告に来た
「どうだった?」
「まだ、来てねえみたいだな。それから情報を取ってきたぜ
どうも帝国は、マランダとツェンとアルブルクを占拠したらしい。お前の所には何もこなかったか?」
「・・・やはり・・・貿易が途絶えたから、怪しいなと思っていたが」
ロックが私の机にある書類に目をつけると
暫しの沈黙が訪れた
「お前・・・この山の書類は何だよ?」
ロックが沈黙を強引に破った
「ああ、帝国からの書類と、財政の書類と、それから基地調査の書類と・・・・」
「もういい・・・耳にタコができそうだ」
ああ、ロックは財政は嫌いだったな
めんどくさいとかよく言ってたっけ・・・
「・・・・?これ・・・誰だ?左にいるのはお前だよな?右にいるのは誰だよ?」
ロックは私の机の右壁にかかっている絵を指差した
私の最も気に入っている華やかな絵画である
「ああ、隣りは弟だよ。十歳くらいの時かなあ」
「似てるなあ。顔も形もそっくりだ!」
興味津々だったな。あのときの目は
「当たり前だ。双子だぞ・・・それも一卵」
「ふ・・・ふ・・たご?まじかよ?そういや、名前聞いてなかったな」
「・・・マシアスだ。今は名を変えてマッシュと名乗っている
自由の身になった証に、本名を捨てたんだ
あいつはマッシュ・レーン・フィガロとしてきっと何処かに生きているさ」
ロックが私の傍に来て、軽く肩を叩いた
「生きている・・・確証はないんだろう?分からないって言っていたじゃないか?」
「ないさ・・・しかも生まれつき病弱だったから、何処かで身体壊してないかとか心配だよ
でも、私はマッシュには自由があってると思って望んだことだから・・・これでいいんだ」
「やれやれ、まあ過去に何があったかとはきかねえよ
お前が話したくなったときに話せばいい・・・だけどな」
グイっと親指でガッツポーズを作ってくれた
「お前が言ってたよな。過去は切り捨てろ、と・・・」
「ああ、あのさあ」
「なんだよ?」
「・・・・ありがとう。きいてくれて」
嬉しかった
誰かに聞いてもらいたかった
悲しくて・・・今すぐにでも会いたいのに、会えない
だから、せめて誰かに打ち明けたかったんだ
ドス黒い過去を刻んで欲しかったんだ


『マッシュ・・・お前は、きっと生きているよな?』




「へ・・・余計なこと考えてやがる」
マッシュの目から一滴の水がこぼれ落ちる
ふと、マッシュは絵画を見る
あの時と同じように、双子揃って笑顔を見せていた
「俺がマッシュ・フィガロだとしても・・・はは・・・俺はマシアス・フィガロなんだな
俺を・・・見抜いていたんだな・・・?
でも俺と再会したあの時、俺をマシアスだと・・・
分かっていながらマッシュと呼んだ
なぜ?
俺が名前を捨てたから?自由を手にしたから?」
蒼の月を自分の目にあわせると、どこか寂しい気分になる
(俺は・・・何も分かっていなかった。形見のコインが表裏一体だったことさえ)
「マッシュ・・・起きてたのですか?」
ドアが開いたままだったので、神官長が易々と入ってこれた
「それ・・・何ですか?日記のようですが・・・」
神官長のカンが良かったのか、マッシュの目が飛び出る
図星だ
顔を見ればよく分かる
「え・・・?ああ、これは・・・いや、その」
「見せてくださいよ。それとも、見せられないものですか?」
隠しても無駄だ
仕方無しにマッシュは神官長に日記を渡した
神官長は、表紙に書いていた名を目にする
「こ・・・これは!」
「分かったみたいだな。それは兄貴の日記だよ
倉の中に入れていたんだ
俺に・・・詩集と一緒にくれたんだよ。この日記を」
「な・・・なぜですか?どうして言ってくれなかったのですか?」
神官長が真剣な目でマッシュを見つめた
そのどこか揺らめいても強く突く眼差し
マッシュは暫く黙っていたが、やがてゆっくりと口を開く
「言えるわけないじゃないか!・・・だって兄貴が・・・」
やがて、二人の中に同じものが流れ出した

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