DESIRE 9 ロックは、思った通り直ぐさまコーリンゲンの村へ向かった。 目を開けると視界が金で染まっていた。 みんなレイチェルの遺体がある家の前にいた。 飛空挺に帰るまで、セリスはずっと私の手を握っていた。
1
飛空挺の中で、ロックは嬉しそうに自慢げに・・・
”魂を蘇らせる秘宝”とやらを見つけたときのことを話していた。
・・・セリスもいるのによくもそんなこと嬉しそうに話せるものだ。
「エドガー、聞いてんのか??」
何もない空間を見つめる私にロックが呼びかける。
「いや、聞く気はないな。」
私はそう言うと、自室に戻ろうと立ち上がった。
「何だよ、エドガー・・・。」
ロックが舌打ちしているのが聞こえた。
「エドガー殿の気持ちも分からなくもないでござる。」
そう言うと、カイエンもマッシュとガウを連れて別の場所に消えた。
セリスも、おとなしく座っていたのに立ち上がる。
残ったのは、ストラゴスとリルムだけだった。
セッツァーは元から、ここには居なかったから。
背中から会話が聞こえる。
「どうする?ロック。リルムに自慢話する?」
「いや・・・いいよ。」
調子に乗りすぎたのを反省したのか、ロックの声が沈む。
そこまで聞くと、私は自室に戻った。
部屋にはいると、体が自然とベッドに倒れた。
緩く結んでいたリボンがはずれる。リボンを手に取り、目の前に寄せる。
「セリス・・・。」
このリボンを見るとセリスを思い出す。
オペラ座で・・・セリスのリボンと自分のリボンを交換した。
あの時のセリスは・・・言いようもないほど綺麗だった。
リボンを視界の外に投げ捨てる。
寝るのには邪魔な鎧をゆっくり取り外した。金色の髪が揺れ、視界に入る。
「セリスの髪と・・・似ているんだな。」
自然に目から涙がこぼれる。
あの綺麗な髪の毛が目に入ったら・・・いつも触れていた。
セリスが気づいても・・・気づかなくても・・・。
自分の髪の毛が視界に入らないように切ろうと思った。
剣があるはずの腰に手を回しハッとする。
そう言えば、魔大陸に行く前に預かったセリスの剣のままだ。
手にしっくりくる割と小型な剣を取り出す。
「セリスの剣で切れば・・・想いも切れるかな?」
そんなわけないと解っているが・・・気休めにはなるだろう。
私は、髪の毛をつかみ剣をあてた。
その時、ちょうどドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
私は、髪と剣をそのままにして訊いた。
「・・・私。セリス。」
思ってもみない訪問者に冷汗が背筋を通る。
いつもなら、嬉しいはずなのだが・・・今だけはそうじゃない。
「入ってくるな。」
かなり声を押し殺してそう言った。
「・・・エドガー・・・ごめんなさい。謝りたくて、来たの。」
「聞こえないか?入ってくるな。」
しばらく、ドアの外のセリスは何も言わなかった。
「ゴメンね、エドガー。」
セリスは、そう言うとドアを開けて俯いて入ってきた。
「入ってくるなと言っただろ!!」
セリスは、私の声に驚いて顔を上げる。
「何やってるの??エドガー!!」
剣を、ちょうど胸の当たりに垂れた髪の毛に当てている私を見て何を勘違いしたのか、
セリスが駆け寄り、私の手の中の剣を払い落とす。
そう言えば鎧も脱いで、服一枚だからそう見えなくもないのだろう。
「何って・・・髪の毛を切ろうとしてたんだよ。」
「え?」
セリスは、呆けた顔をする。
「自殺しようとしてると思った?」
セリスは返事の代わりに安堵の溜息をもらす。
「でも・・・どうして?」
「・・・君の事を忘れるためって言ったら満足?」
私の言葉にセリスは顔をしかめる。
「何言ってるの?」
「だって、そうだろう?ロックもいるし、オレは要らないだろう?君は、都合のいいときだけオレに頼るんだ。ロックがいれば、もう用済みじゃないか!!
それとも・・・レイチェルが生き返ったら、ロックの心が君から完全に離れてしまうから・・・寂しい思いをする前に、オレをキープしておくのか?」
頭に血が上って、わけがわからない。
拒絶されたことが、相当ショックのようだ。
「エドガー・・・・何言って・・・。」
「安心しなよ。レイチェルは生き返ることはない。ずっとロックには言わなかったけど、アレは、レイチェルを蘇生させることは絶対出来ない。噂とは無情なモノでね。アレは、ただの力を失った魔石だ。だから・・・レイチェルが生き返るはずがない。
良かったね。これでロックは君だけのモノだ。おめでとう。わかったら、出て行け!!!」
私は、自分の側に居るセリスをドアの方へ押し飛ばす。
セリスは、軽くドアにぶつかった。
「エドガー・・・非道いよ。どうしたの?」
「非道いのはどっちだ・・・。いいから、出て行け。顔も見たくない。」
セリスは、何も言わずに出ていった。多分・・泣いていたのだろう。
「クソ・・・何やってんだ。」
私は、ベッドに泣き崩れる。
そう言えば・・・セリスの前で”エドガー”としての一人称に”オレ”を使ったのは初めてだ。
ジェフの時は使っていたが・・・。
ずっと、感情が爆発しそうなときも必死に・・・
いつものように”紳士的”であろうとしたから・・・。
でも・・もうそんな努力も要らない。
あんな非道いこと言って・・・
もう二度とセリスは私に笑いかけてくれることはないのだろう。
「バカだな・・・。」
涙で濡れた服を脱いだ。
ふと、自分の胸に目をやる。
マッシュと違って傷一つなく・・・それなりに引き締まっている。
いつもここにセリスを抱き寄せていたかと思うと悲しくなってくる。
「抱き寄せていたのもここだったら・・・拒絶されたのもここなんだよな。」
いっそ・・・死んでしまおうかと思った。あのセリスの剣で。
セリスの剣で死ぬ・・・セリスに殺されるなら本望だなんて・・・
そんなありきたりなことは言わないけど。
私は、落とした剣を拾い上げると胸に恐る恐る近づけ、傷一つない体に剣を軽く突き刺す。少し血がにじんだ。痛みはない。
今度はもう少し深く左胸から右腹まで斬りつけた。
血が・・・たくさん出るのに痛みは少しも感じない。
指で傷を触ると、手のひらまで血が滴った。
突然気が遠くなる。体がしびれて動かない。
忘れていた・・・。セリスはよくこの剣に毒を仕込んでいた。体に回ってきたのだろう。
「セ・・リス・・・・。」
朦朧とする意識の中で彼女の顔を思い浮かべる。
私はベッドに沈んだ。
2
何をしていたのか想い出せない。
胸の当たりになま暖かい感触が走る。胸が非道い激痛で頭まで響く。
視界の金が消え、蒼に変わる。蒼い・・・瞳・・・?
「セリス・・・?」
力無く呟いた。
セリスは、私に向かって微笑むと、胸の傷に唇を寄せた。
驚いて、私は跳ね起きる。
「何やってるんだ!!!」
「何って・・・消毒よ。毒回ってるじゃない。毒は抜いたし、止血もしたけど。一応・・・。」
「そういうことじゃなくて・・。消毒なら・・・消毒液があるだろ。」
「前に、ケフカが・・・”消毒するなら唾液が一番利く”って言ってたよ。あ、コレは本当みたい。レオ将軍もおじいちゃんも横で聞いてて何も言わなかったし。」
セリスは無邪気にそう言うと、唇を私の胸に戻す。
「ロックに見られたら、誤解されるぞ。」
「どうして?」
「わからないのか?」
「私は、エドガーの傷を手当してるだけよ。おかしい?」
セリスは本当に気にしていないようだ。
「私が・・・・嫌なんだ。手当をする必要もない。コレくらいで私は死なない。」
「でも・・・エドガーここに倒れてたよ。」
「少し休めば治るんだ。それに・・・”出て行け”と言っただろう?何故入ってきている。」
「一応、ちゃんと一度出ていって入ってきたんだけど・・・。」
「何をバカなことを・・・・」
私は、セリスを払いのけ起きあがるとセリスを痛いほど抱き締めた。
「い・・痛いよ!!やめてっっ!!エドガー!!!」
セリスは、両腕で抵抗しているが・・・痛くもかゆくもない。
いや・・・胸の傷は痛むのだが。
私は、気が済むまでセリスを抱き締めておくとパッと離した。
セリスは、膝をついて咳き込む。
「嫌だろう?私に触れられるのは。力いっぱい押しのけるほど・・・。」
「違っ!!」
「もう・・・私に構うな。私が死のうと生きようと、私の勝手だ。」
「エドガー・・・。そういう言い方って、ないでしょ?」
「五月蠅いな。君と一緒にいたら、バカがうつりそうだ。そんなのうつされたら一国の王なんてつとまらないからね。出ていってくれ。」
セリスは、顔をしかめると
「もうコーリンゲンに着いてるよ。」
と言ってドアを勢いよく閉めていった。
私は溜息をついてベッドに座る。
さっきまでセリスが触れていた胸の傷に触れる。
セリスがよっぽど頑張ってくれたのか、傷はだいぶふさがっていた。
私は傷口を服に触れないように包帯で巻くと、軽装で飛空挺を降りた。
3
セリスは、中にいるのか見当たらない。
私が現れると、マッシュが駆け寄る。
「兄貴・・・。」
マッシュは、言葉が出てこないようだ。
「ロックは中に?」
私の問いにマッシュは頷く。
私は、何も言わずに家の中に入った。
「エドガー。」
玄関の辺りにセリスが居た。
目があったが、返事はしなかった。
私は、ロックとレイチェルが居るであろう部屋のドアに寄りかかり中の様子をうかがう。
『ロック・・・あの人を大切にしてあげて。』
中にいるはずのない女性の声が聞こえる。
―――レイチェル???何故彼女が生きかえっている?
「レイチェル!!!」
ロックの声だ。
しばらく中がシーンとなった。
私は玄関口に戻ろうと足を進めたが、目の前に無表情のセリスが居た。
「ロックはどうなったの?」
セリスが無表情のまま私に問う。
「さぁ?」
私はそう言うと、もうすぐロックが出てくるだろうドアのそばから離れた。
ドアとセリスに背を向けて。
「ロック・・・」
セリスが呼びかける。
「大丈夫だ、セリス。行こう。」
ロックが沈みがちに言う。おそらく、レイチェルは最終的には死んでしまったのだ。
大丈夫だと??
そりゃ・・・ロックは大丈夫だろう。
レイチェルが居なくてもセリスが居ると決め込んでいるから。
大丈夫じゃないのは、セリスの方だ。
ロックとセリスが私に構わず玄関に向かう。
いや・・・ロックがセリスの手を引いて向かっている感じだ。
「ロック?」
セリスが呼んだ。
「セリス・・・。オレ、レイチェルとセリスを守るって約束した。だから・・・。」
ロックの言葉に反応したのか、私の体は反射的に振り返る。
ロックは、セリスを抱き締めていた。
「オレに、セリスを守らせてくれ。」
レイチェルと・・・約束したからセリスを守る?
レイチェルが・・・セリスとは一緒になるなと言えば、そうするのか?
「レイチェルさんが・・・そう言ったから?」
セリスも私と同じ事を考えていたのだろう。
「そんなので、守られるのって・・・迷惑だよ。」
ロックは、セリスの言葉が予想外だったようで、顔をひきつらせる。
「オレはお前のことが・・・セリスが心配だから・・・セリスが好きだから・・・」
ロックの言葉にセリスは首を振る。
「セリス?」
セリスは、ロックから離れると私の方に歩み寄ってきた。
「エドガー、行きましょ。」
セリスは、私の手を握ると怒気の入った眼差しで私を見るロックの横を構わず通った。
「エドガー・・・見損なったよ。」
ロックは小さく呟いた。
もちろん・・・私にはロックを見損なう覚えはあっても、
見損なわれる覚えはないのだが・・・。
4
本当は、手を払いのけて走って一人で帰りたかったのだが・・・。
セリスの様子を見ると、そうもいかなかった。
飛空挺に着くと、セリスは何も言わず・・・握った手はそのままでセリスの部屋に入った。
ようやく私の手を離す。
私もセリスも何も言わない。
私はセリスから目をそらしていた。
長い沈黙が流れる。
「エドガー・・・・。」
先にセリスが口を開いた。
セリスを見ると、滝のように涙を流していた。
顔中涙だらけで・・・。子供のように泣きじゃくっていた。
声は抑えていたが・・・。
ようやく解った・・・。いや、知っていたけど知らないフリをしていただけかもしれない。
セリスは、私が思っていた以上に・・・思いこんでいた以上にロックが好きだったんだ。
私が入り込む隙もないほど・・・。
口では、ロックが本当に愛してるのはレイチェルみたいな事を言っていても・・・。
セリスは本当にそれを思い知らされた。きっと・・・セリスは凄く傷ついてる。
でも・・・私も傷ついている・・・。
「エドガー・・・。私・・・ロックが本当に好きなのはレイチェルさんだって、いくら、ロックが私に好きだと言っても・・・
ロックが好きなのはレイチェルさんだって解ってたのに・・・。だから私も・・・入れ込むほどロックに執着しないようにしてたのに・・・。何でこんなに悲しいの?」
「それを・・・私に言うのか・・・。」
やっと絞り出せた声は、いつになく低かった。
「エドガーしかいないじゃない。こんな事・・話せるの。」
セリスは・・・歳の割にそういうことに鈍すぎる。
それを可愛いと思うときもあるが・・・この場合私には残酷だ。
「私の気持ちを知ってるのに?」
セリスは何も答えない。
また長い沈黙が続く。
「いいよ。気がすむまで話して。」
いつまでも子供のような事をしていたら、ますますセリスとの距離が開いてしまう。
セリスは、遠慮がちに頷くと口を開いた。
「結局・・・ケフカもロックも・・・本当に私を愛してはくれなかった。ううん。今まで会った人・・みんなも。私を本当に愛してくれる人は一人も居なかった!!」
参ったことに・・・彼女の頭の中には、ケフカとロック・・・。
私は居ない。
「友達と思っていた人すら・・私を出世の道具に使ってた。信じていた人は、みんなことごとく私を裏切っていく。
私の部下として、私に尽くしてくれてるって思ってた人も・・・私が帝国を裏切ったら冷たい鞭で・・・私の体を何度も何度も・・傷つけた!!私・・・そんなに悪いコトしたのかな?」
整ったセリスの顔が情けなく歪む。
そんな顔も綺麗で・・・。
諦めようと思っていたのに・・・無理だと思い始めてしまう。
「エドガー!!!」
不意にセリスが私の名を呼ぶ。
「エドガーは・・・本当に私を愛してくれる?私・・・信じてもいい?それとも・・・最近冷たいのは・・・私が嫌いになったから?」
私は頭の中が真っ白になった。
さっきまで、私はセリスに捨てられていた。
ほんのついさっきまで・・・・。
なのに・・・
最後にはセリスは私を頼るのだ。
私に・・・セリスが好きなのはロックだと・・・こんなにも解らせておいて。
それでも私に助けを求めている。
私は、そっとセリスを抱き締めた。
もう、何がどうでも・・・どうなっても、どうでもいい気がした。
セリスが望むなら・・望んでくれるのならセリスの側に居ようと思った。
それが、セリスのためにならないと解っていても・・・。
「セリス・・・、僕が信じられない?」
セリスは、必死に首を横に振った。
「エドガーなら・・・エドガーだけは信じられる!!」
セリスは解ってくれていたのだろうか。
私が、セリスが一番辛いときを狙って側に居たことを・・・。
あるいは、解っていなかったのかもしれない。
少なくとも自分に好意を抱いている可能性のある最後の男だからと・・
信じようとしているのかもしれない。
鈍感な少女は、ギャンブラーの気持ちには気づいていないようだから。
私は、セリスの左手を自分の手の中に納め、セリスと自室に向かった。