やさしい風がうたう


− 其の三 親友と弟 −

 私は資料作成のためイグニスの歴史をコンピューターで検索していた。
 モニターに流れる数百年続いたキスレブとアヴェとの戦争での悲惨な映像の数々。しかしこれらの全てはソラリスが仕組んだ戦役であった。
 ソラリス。
 私はそこでカールと出会った。短い期間だったが夢について語り合った。彼の人間不信について、私はあまり気にならなかった。
 だが思えば、私が接していたカールは、ユーゲントの優等生でもなければ、ゲブラー総司令官のカールでもなかった。
 カールがアヴェへ来て約半年、新大統領補佐官として私達と任務を遂行しているが、若とは常に険悪であった。
 無理もないか。この半年間の我々の激務。若とカールは語り合う時間さえない。
 若から見たカールは、人間不信の元ゲブラー総司令官、カーラン=ラムサスなのであろう。
 いつのまにか私は、モニターに映るファティマ王家の系図をぼんやりと眺めていた。ロニ=ファティマ、レネ=ファティマより広がる偉大なる碧玉の血。



――なんで、ここに名前を載せてはダメなんだ、シグ?――
――私は正式に認められたファティマ家の者ではございません――
――そんな、お前はファティマ家の者だよ、代々守り抜いてきた至宝を二人で守ったじゃねぇか! それに親父だってきっと喜ぶぜ――
――前にも言ったでしょう、母が隠しておきたかったのですから……それだけです――



 すっかり暗くなった執務室は、大きなモニターの明かりだけとなっていた。背後のバルコニーから入ってきた月明かりが冷めたコーヒーの上に落ちている。
 カップを持ち上げようとしたその時、訪問を知らせる音が鳴った。
『俺だ』
 私は扉のロック解除キーを押す。
 入ってきたカールはモニターを一瞥すると、つかつかと私の前へやってきた。
「資料は出来たのか?」
「いや、まだだ。わざわざ取りに来るとは珍しいな」
 と私は肩を竦める。
「仕事の速いお前だからな…」
「それは誉め言葉と受け取っておこう。だが俺も、いつもそうとは限らない」
 カールは何も言わず私を凝視していたが、座るように促すと静かにそれに応じた。いつもなら、『そんな暇はない』などと言い放ち、踵を返すところなのだが。
「あいつを……バルトロメイを放っておいていいのか?」
 私はカールの問いには答えず、冷めたコーヒーを飲んだ後、浮かんだ月が形を崩しながら揺れているのを眺めた。
「カール……。俺に失望したか?」
 私はゆっくり視線を戻すと、相変わらず眉間に皺を寄せた険しい表情のカールがあった。
 暫時、私とカールは目線を合わせたまま沈黙を刻んだ。
「……お前が、バルトロメイの幼少の頃からの教育係だと聞いたから、そう言っただけだ」
「つまり……」
 私は最後まで言わずに言葉を切った。
――甘えかせ過ぎたという事だな……
 そう言おうとした言葉を呑んだ。
「いや……参ったな」
 かわりに口をついて出て来た言葉。私は深く椅子の背もたれに身を預け、右手を額の上に乗せたまま天井を仰ぎ、暫くそのままでいた。
 再びカールへと視線を戻すと、金の瞳が私へと向けられたままであった。カールは辛抱強く私の次の言葉を待っていた。
「歯に衣をきせぬ言葉…。若の教育係、、、、、)としての俺に失望しそうになったと言われてはな…」
 私はやや自嘲の笑みを浮かべた。
「どういう意味だ、シグルド?!」
任務、、)? を忘れて、私的な感情に流される事はないか? いや、俺は気付かずに流されていたようだ……」
 私は自身の中で納得し、独りごちた。
 カールは眉間の皺を残したまま怪訝な表情を崩さない。モニターからの、やや青みがかった光が金の瞳に淡く塗り重った。光を受け異様な輝きを放っているその瞳から、私は視線を外せずにいた。
「俺はアヴェ東方にあるノルンというところで生まれた。母は俺が11歳の時に病気で亡くなったが、俺の父は立派な人だったと常に聞かされていたな。母の葬儀の時にその父に初めて会い、俺は王太子付近衛士官としてここへやってきた。そして生まれたばかりの王子、バルトロメイに会った」
 カールは表情一つ変えず、私の話に耳を傾けていた。
「初めて見た若は、何も知らず父の腕の中で幸せそうに眠っていたのを今でもよく覚えている。正直、複雑な気持ちだった。親子の名乗りを許されなかった俺は、子供心に嫉妬さえ抱いていたかもしれなかった」
「嫉妬だと?」
 カールはやや驚いたように眉尻を上げた。私からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのであろう。このような話をしたのは初めてであった。
「だが、そのような感情を抱いたのは愚かだとすぐにわかった。父、いや国王は、若と変わらぬ実の息子のように俺によくしてくださった。若の母、王妃もそうであった。今になって思えば全て父のはからいであったと、知らぬは俺ばかりだったがな」
 私は王都を取り戻した日の夜を思い出した。
 若に私の母や父の事を聞かれ、初めて若に自身の事を少し話した夜だ。



――お前が得たものは、兄と分かち合いなさい。お前と兄が得たものは、すべての民と分かち合いなさい――



「当時、父は俺を息子だと知らないと思っていた、いや、つい最近までな。だが、そんな事はたいした問題ではなかった。俺は次第に父の優しさ、温もりを知った。
 そして若の無垢な瞳を見た時には驚いたな。自分と同じ色の瞳、まだはっきりと俺のことが見えていなかっただろうが、その瞳と愛くるしい笑みを向けられ、俺の中の小さな世界が一瞬にして打ち砕かれたような感じだった」
 私は11歳だった。だがその時の事をまるで昨日のことのように、その感情、情景までが鮮明に浮かんでくる。
「若の人懐っこい笑顔が、あまりにも汚れなく、あまりにも愛くるしかったのに俺は戸惑った。だが、父からの優しさを感じたのと同じように、赤子の若にだんだんと愛情が芽生えてきた」
 まだ視界がはっきりしていない頃の若は、私を色と匂いで記憶していた。泣き叫ぶ若を私が抱き上げると泣き止み、安堵した表情となった。
 そして漸く国王夫妻を"パパ"、"ママ"と呼べるようになったと同じくして、私の事を"シグ"と呼ぶようになった。
「同じ色の瞳、そして、半分とはいえ同じ血が流れている唯一の弟。俺はいつしか、この幼い弟を守ると心に誓っていたのを覚えている」
「守る?」
 カールは怪訝そうにそう呟いた。
「そうだ、守るべき者ができた……そして、幸せだった」
 最後の私の言葉に、カールは微かに瞳を見開いた。
「ソラリスへ連れて行かれるまではな」
「シグルド……」
 カールは再び眉間に皺を寄せたが、金色の瞳からは驚きと戸惑い、そして僅かな悲哀の色が見えた。
 そして私はまた、冷めたコーヒーに浮かんだ月へと視線を落とした。
 ソラリスでの被験体だった頃の事は、今でも思い出したくはない。だが、カールが一番よく知っていた、当時の私の心と身体の疵を。
「お前に出会わなかったら……俺は、全てを失ったまま戻る事も出来なかったのだろうと思うと……。俺は……お前には感謝している」
 私はカールに視線を戻すと、案の定、、、)カールは固い表情のまま上目遣いで私に視線を投げ返した。
「感謝などされる覚えはない」
 カールのその表情とぶっきらぼうな声に、私は禁じえない笑みをもらした。
「何が可笑しい」
「いや、何でもない」
 私はカールのこういった表情がとても好きなのかもしれない。自身の感情をうまく表現できなくて、しかめ面やぶっきらぼうな声などで、その表現しにくい感情を隠してしまうカール。
 私はそんな仮面の下にあるカールの素の表情が手に取るようにわかった。
「お前と語り合った日々も悪くはなかった。シャーカーンによるクーデターがなければ、俺はソラリスにずっといたかもしれないな」
「それはないな…。お前はいずれ、ここへ…バルトロメイの元へ戻って来ていただろう」
 カールは間を置かずに返答した。
 私は暫時沈黙し、自身に問い掛けた。
 あの頃は若かった。そして希望に燃えていた。だが、結局のところカールとは思想の違いがあった。もしあのままソラリスに残っていたら、カールはああはならなかったのだろうか? 
 いや、それは何とも傲慢な考えだな。もう過ぎた事だ。今はこうして道を正したカールがいるではないか。多少の性格にまだ問題はあるが。
 それは私が離れて行った事により、更に人間不信に拍車がかかったとヒュウガに言われた事があった。
「ソラリスを去る時、俺の背後でお前が叫んだ『裏切り者!』という言葉は痛かったがな」
 私は苦笑する。
「お前が何も説明しないから悪いのだ」
 そう言いながらカールは鬱陶しそうに前に垂れた髪をかきあげた。
「まぁいい。先を続けろ」
 頷いた私は大きく息を吐きながら腕を組んだ。
「想像を絶するほどの酷さだった」
 それは、私にとっても悪夢であった。
「監禁の上、鞭による拷問だ。若は、まだ6歳だった」
「奴のやりそうな愚劣な行為だ」
 カールは小さな溜息をついた。トラウマによる精神の破綻がなければカールは、手荒な真似や汚い手を使うの事に非常に嫌悪を抱いていた実直な軍人だった。
「何とか二人を救出できたが、幼い二人は心身ともに傷ついていた。若に至っては相当酷いものだった。幼い子が受けるには、あまりにも残虐な拷問だった!」
 救出後の若を見るのは、私にとってあまりにも痛々しかった。ソラリスでの被験体として家畜のように扱われた以上の苦痛だった。
「守ると誓った人を守れなかった悔しさや怒りに、俺はどうにかなりそうだったよ、カール」
 私は当時を思い出し複雑な微笑を浮かべた、若かった頃の自分に。
「シグルド……」
 カールの金の瞳に困惑と驚きの色が表れた。
「何とかして幼い二人の心の傷を癒すのに、メイソン卿と協力して成功した。その後、王都奪還、若をアヴェの王座に就かせるべく、ただそれだけに俺は必死だった。先代王に恥じぬ王となるべく教育を心がけてきたつもりだったが……」
 私はそこで言葉を切って深い溜息を零してしまった。
「お前の言うとおりだ。俺が間違っていたのかもな。私的な感情に流されていたようだ。お前に言われるまで、はっきりと気付かないとは愚かだな」
「いや、お前はわかっていたはずだな。わからないふり、、)をしていただけだ。その私的な感情とは……それは、同じ血が流れる者、肉親への愛情というやつなのか?」
「肉親への愛情?!」
 カールから出た意外な言葉に、今度は私が困惑した。
「俺にはわからんな」
 不機嫌そうに答えたカール。無理もないが。カールには肉親、、)と呼べる人はいない。
「いろんな事に於いて、守りたいと思う大事な人は肉親じゃなくてもいるとは思うが…。エレメンツだった彼女達もそうではないのか?」
 私の問いにカールは短く返答し、微かに頷いた。
「それに……俺はそうじゃないのか?」
「何がだ!?」
 仏頂面のカールに私は思わず悪戯な笑みが出た。
「俺はお前にとって、大事ではないのか?」
「何故だ?」
 カールの仏頂面に更に磨きがかかったのを私は思わず声をたてて笑った。カールは眉間に皺を寄せ私を睨んだ。少しからかい過ぎたようだ。
「親友だからだ」
「……親友」
「ああ、そうだ。親友だ」
 私は復唱した。カールの顔からは険しい表情が少しずつ消えていった。私はカールからゆっくりと視線を外し、モニターへと移した。系図末端のバルトロメイの名を映す。
 昨日の若の言葉が耳から離れない。



――俺はどんな事をしたって、どれほどお前といても、一生お前の親友なんかなれない――



 若がそう言ったのが正しいのかもしれない、ふと私は思った。
「シグルド…」
 カールが静かな声で私の名を呼んだ。私は若が言った事について考えながらも、カールが私を呼ぶ声は耳に入っていた。少し沈黙を刻んでいたのであろう。視線をカールに戻すと何とも穏やかな金の瞳がそこにあった。
「お前の名は…そこに入らないのか?」
 カールは整った白い顎先をほんの少し動かして、モニターの系図を指した。
 私はカールの問いに軽く頷きを返したが、閉ざした口をすぐに開こうとはしなかった。カールは続いて何か言いたいようであったが、あえて口を閉ざしたようだ。
 私は手近にあるキーを操作した。
 バルトロメイの横にシグルドと名が連なった。
 父、エドバルト4世から引かれた一本の筋、更に左右に別れた線に若の母、マリエル王妃と私の母、シャリーマ。二人の女性から伸びた線上。王妃マリエルから、バルトロメイ。シャリーマから、シグルド。
 先ほどまでモニターに映っていた正式、、)な系図に付け足された、シャリーマとシグルドという名。
「若にも同じ事を言われたが……」
 私は追加した二つの名前を削除した。
「俺は正式にファティマ家の者ではないし、それに……」
 そこで私は言葉を切った。もう一度、若が言った『親友にはなれない』という言葉が脳裏に響いた。
「若とは兄弟ではなく、以前のままでいたい。若を助け出した頃は、血の繋がった弟だからと必死だった。だが、それ以来ずっと一緒に過ごしてきて、兄弟だから、、、、、)守りたいと思ったのではなかった。バルトロメイという人が俺にとって大事だったからだ」
 私はカールが視線を外すのを見守った。カールの金の瞳は再び系図を映した大きなモニターへと移る。
 暫時押し黙ったカールは、再び険しい表情を私へと向けた。
「バルトロメイがお前にとって大事な奴だとはわかった。だがな、シグルド。お前ほどの能力のある奴が、何故、バルトロメイの補佐をしているのだ? アヴェは王制廃止。正当な後継者ではないお前にも大統領になる権利はあるはずだ。お前がアヴェを統べるべきだと俺は思う」
「カール……。お前が俺の能力を昔から認めてくれるのは嬉しいが、俺は補佐の方が最大限の能力を引き出せると自負している……」
 カールは眉間に皺を寄せたまま怪訝そうな表情を私へ投げかけた。
「若は、ヒトを惹きつける限りない暖かさと優しさを持っている。傷付いた人々の希望だ。若の魅力を理解すれば、お前も納得するのだろうな」
 カールの金の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。モニターの微かな蒼白い光と混じり合い、一層輝きを帯びていたが、その瞳の奥はまるで少年のように純真であった。
 ただ、その純真さ故にストレートで見る者にとっては鋭く近寄りがたいものを思わせる。その瞳が語っているのは、私の言った事を理解しようと努めている。
 が、しかし――。
「やはり、俺にはわからん」
 カールの口から出てきた言葉は、瞳の奥にも顕著にあらわれていた。
「そのうち、わかるさ。時間を取らせてしまったな。資料は今夜中に仕上げておく」
「朝までに間に合えばいい」
 カールは高圧的な口調でそう言いながら機敏に立ち上がった。そのまま無駄のない動きでドアの方へと向かった。
 私はカールのそんな口調と踵を返した後姿に笑みをもらした。いつまで経ってもユーゲントのエリート候補生のままであった。
「それと……」
 カールはドアの前で背を向けたまま、私へと声をかけた。
「もう少しバルトロメイの事を理解するよう努力しよう」
 そう言い放つと足早に部屋を後にした。
 廊下からの微風に煽られた、象牙色の淡い髪の色が私の視界へと束の間の残像となった。



 月が西へ傾き始めようとするまで、まだたっぷりと時間はあった。我ながら早々に仕事を切り上げたものだ。
 部屋の外へ出るとテラスからの蒼白い光が差し込み、しんと静まり返っている。
 私の足は自然と、メイソン卿のバーカウンターのあるプライベート用の客間へと向かっていた。
 いやな予感というものは当たるものだ。ドアを開けると真っ先に視界に入ってきたのは、ワイングラスを持ったジェサイア先輩の姿だ。
「よぉ、シグルド、珍しいなぁ、今日は仕事は切り上げか?」
「まだ、終わってませんが」
 咄嗟に嘘がでた。
「嘘はいけませんよ、シグルド」
 ジェサイア先輩の向かいに座っているヒュウガ。私は観念してヒュウガの隣に座った。
「若くんがいないと、私ばかりですよ、先輩のお相手は。たまには付き合っても良いでしょう」
「アイツは俺の良い飲み友達だからなぁ、いなくなって寂しいぜ」
「ニサンにいますが、すぐに戻ってくると思います」
 ジェサイア先輩にワインを勧められたがグラスに注がれるよりも早く、私は空のグラスの口を手で塞いでいだ。
「相変わらずつれねぇなぁ…」
「やはり明朗な若くんがいないと、何だか物足りませんね」
 とヒュウガが言ったあと、ジェサイア先輩は豪快に笑った。
「アイツは兄貴と違って、飲みっぷりに男意気を感じるからなぁ。たのもしいぜ」
「しかし、ほどほどにですね、先輩。あまり若くんに飲ませすぎると、そのあとのシグルドが大変でしょうから」
「放っておきゃいいんだよ、死にやしないって。お前は過保護にしすぎなんだよな、シグルド」
 私は閉口してしまった。カールに言われるまで気付かぬふり、、)をしていた私を改めて愚かに思う。なかなか私に助言してくれる者はいないが、ジェサイア先輩の一言も今の私には身にしみる言葉だ。
「カールとは、うまくいってないようですね、若くんは」
「二人でシグルドの取り合いだから、うまくいかねぇよ」
「何を言っているんですか、先輩」
 先輩のからかいにも慣れているが、こればかりは正直深刻な問題でもあった。
「まぁ、そんなに怖い顔しなさんなって」
「一度、カールと若くんを二人きりにしてみればどうです?」
 ヒュウガが妙な提案をした。
「そう思って、前回のミッションは二人に組んでもらったのだが…」
「シグルド、お前も一緒だったんだろう? それがいけねぇんだよ」
 だんだんと先輩が絡み酒になってきたようだ。
「そうです、少し二人だけに任せたらどうです? あなたは、暫く休暇をとるといいでしょう」
 私は答えず、怪訝な瞳をヒュウガへと向けた。
「たまにはパーッと遊べよ。仕事ばっかりしているから、未だに酒も飲めねぇんじゃねぇか」
「何を言ってるんですか、先輩。こんな時に」
 私は呆れたように小さな溜息をついた。
「こんな時だからこそ、カールと若くんが揉めていては良くないでしょう」
 ヒュウガの言うことは尤もだ。若とカールは、もっとお互いを知った方がいい。だが、二人だけに任せるのも正直不安が残る。
「確かに、ヒュウガの言う通りだが」
「心配なのはわかりますがね」
「なぁに、俺に任せておけって」
 私は二人を交互に視線だけを向けた。信頼の置ける二人だ、考えるまでもない。
 一抹の不安は残るが、私は素直に二人に任せてみようと思った。
「先輩にお任せするのが一番心配だったりしますが…若を宜しくお願いします」
「可愛くねぇ野郎だぜ」
「若に…くれぐれも飲ませすぎないように、お願いします」
「シグルド…。あなたは…いつからそんなに心配性になったのです?」
 とヒュウガに一笑されてしまう。
「そんな心配している暇があったら、さっさと避暑地へでも行く支度をしろよ、シグルド」



 部屋を後にすると、すっかり西へ傾いた月が、来た時とは反対のテラスより蒼白い光を足元に照らしていた。
 私は立ち止まって、中庭の向こうにある正面のバルコニーを眺めた。
 初めて第19代アヴェ国王として国民の前に姿を現し、父の遺言によって王制廃止を告げた若。最期のアヴェ王として立派な姿であった。
 そしてその夜、遺言の続きを私へ聞かせるべく、さりげなく言い去った若の横顔は何と輝かしい表情だった事か。
   私は若の事をわかっているつもりだった、勝手にそうおもっていただけだ。若は何時の間にか、私の想像を超える素晴らしい人となっていたのだ。
 私は少し複雑さを含んだ満悦な笑みを浮かべながら自室へと向かった。


 月が白くなり始めた頃に、ファティマ城を後にした。

TO BE CONTINUED

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