やさしい風がうたう − 其の一 俺とラム公 − あれから約半年が経った。 TO BE CONTINUED
アヴェは正式に共和国となり、俺は改めて民衆によって初代大統領に選ばれた。
俺は首都ブレイダブリクを中心に各地の復興作業に追われる日々を過ごしていた。それは嘗ての中間達と旅をしていた時よりも多忙な日々である。
だが今まで通り俺を補佐してくれる、執事の爺と大統領補佐官として俺よりも頭の切れるシグがいるからこそ、俺は今も全力で走って行けるのだ。
俺とシグと爺、そしてユグドラの乗組員だった皆とはそれまでと何ら変わりなく信頼関係の元に意志の疎通もしやすかった。
しかし新たに加わった大統領補佐官、シグとは同等の立場である奴と俺はどうもウマがあわない。
ファティマ城作戦司令室。
シグや爺やそれまで俺と共に行動をしてきた面子は、
「言いたくはなかったが、大統領であるバルトロメイが毎朝遅刻とは呆れて何も言えん。お前の教育もなってないな、シグルド」
今まで眉間に皺を寄せただけで黙っていたアイツ、とうとう言いやがった!
「ラムサス殿、それはシグルド殿だけの責任ではございません。どうも若を甘やかしてしまったのは、この私めにも責任がございます」
この場でのさすがの最年長者、爺の言葉には一同閉口した。
「すまない、カール。その件に関しては、後で」
と言ったシグは俺を一瞥した後、手元の書類に視線を戻した。
「今日の予定だが……」
シグが俺を筆頭に皆の一日のスケジュールを読み上げる。その後、昨日の報告。それについての議論等。
俺は朝の会議では大統領とは名ばかり、常に
そもそも昨夜遅くにジェサイアのおっさんが酔っ払ってやって来るからいけねぇんだよ。俺の知らない時代の先輩後輩として、シグとアイツを呼んでいたにも関わらず、二人はジェサイアをうまくかわした。残るハズレくじを引いた俺は、おっさんの相手をするハメになったんじゃねぇか! あぁ、もう頭いてぇ。二日酔いだなんて誰にも言えねぇよな。ましてやアイツに知られるわけにはいかねぇ。
そんなこんなで俺は今日、いつも以上に最悪の朝をむかえていた。
「若! 若、聞いていましたか?」
「えっ?!」
シグルドの俺に向けた隻眼。しまった! 何も聞いてなかった。
「あ、いや、その。もう一度言ってくれ」
その場の空気が一層冷たくなったのは言うまでもない。
「解りました、では個人的に後程」
「シグルド、もう良いのか?!」
ラム公が急かすように言った。ラム公とは俺の中でラムサスの事をそう呼んでいた。
「あぁ」
シグの返事と共に一同は早々に部屋を後にした。残されたのは俺とシグだけ。俺は口を開きかけたが、無言で座ったままのシグを見てやめた。怒られる!
「若。今日はお休みください」
だが意外なシグの穏やかな声。
「へっ?」
俺は拍子抜けした声を発した。
「ジェシー先輩とハメを外して明け方まで飲んでいたのでしょう? そのような二日酔いでは明日の作戦に支障をきたしてしまいます」
「明日の作戦?」
俺は怪訝な表情になる。
「はい。先ほどは何も聞いてらっしゃらなかったようですが」
今日のシグはやけに冷たい。いや、今日に限らない。近頃相変わらず俺に説教するシグに、これまでのように軽口で返せない、そんな雰囲気を漂わせている。
俺は黙ってシグが続けるのを待った。
「若、困った事に、行き場を失っていた僅かなウェルスが世界の各地で突然異変を起こしました。残念ながら重度な変異体でナノマシンでも修復不可能なほど重症です」
シグの顔が翳る。
俺達は各地のソレイエントシステムを破壊し、そこに収容されていたウェルス達をニサンに受け入れ、エリィやマルーを筆頭に彼等を苦しみから解き放ってやる手伝いもした。
ソレイエントシステム。ソラリスによって創られた生体実験や洗脳することに使われていた施設。
施設にいたヒト達はシグにとっては他人事ではなかった。嘗てソラリスに拉致され、生体実験と洗脳を繰り返されたシグ。俺は今も尚、シグの過去にはあまりにもの衝撃でその事実を完全に受け入れることができない。またシグも当時の事を俺には詳しく話したがらなかった。
「そして彼等は弱き人々を襲っています」
シグの俺と同じ色の瞳がかすかに揺れた。
「そんな! どうしても浄化してやれねぇのか?」
「非常に悲しい事ですが、エトーンであったビリー達が行っていたように、苦痛の肉体から魂を解放してやるしか方法がありません」
俺は小さな溜息をついたが「で、具体的にどうすればいいんだ?」と聞いた。ここで落ち込んでいても仕方がない。アヴェを、いや世界を復興させる為には、俺達でやれる事からやっていく、そう決めたんだ。
「フェイ君やヒュウガ、ビリー達が逸早く彼等を浄化しに行っている。それに続いて我々もアヴェ、及びニサン地域に徘徊するウェルスの浄化にあたる事に。ウェルスは巨大化しておりまして、かなり強暴です。ギアでなくては挑むことも不可能でしょう」
「よし、んじゃ、久々にアンドヴァリ出撃させるか!! で、俺は明日から何処へ行けばいいんだ?」
近頃は財政を主にアヴェ各小国への救援活動及び復旧作業等を行っていた。が、それは大統領である俺は、これまで通り自身の体を使っての活動はないに等しい。
俺の仕事といえば、机に向かってひたすら、それらへの指示と各国の情勢、財政、資料等、山のようにデスクに広げられた書類に一つ一つ目を通して行く事だ。
行動派である俺にはそんな仕事は退屈でつまらなかったのが本音だった。俺は率先して問題のあるところへ向かい、例え小さな事でも俺の手で、その問題について解決したい、ただじっとデスクに向かって報告を聞くだけの仕事なんざぁ俺らしくもねぇ!
ウェルスの浄化活動には心が痛むが、俺は久々にアンドヴァリに搭乗できることに胸を躍らせた。
「ヒュウガとフェイ君がキスレブ付近、ジェシー先輩とビリー、そしてタムズの艦長も加わってアクヴィエリアを。若にはサンドマンズ島付近の海底へ向かっていただきます」
「よっしゃ! 明日から頑張るぜ!」
俺は久々にやる気になった。
が、しかし。
「今朝の作戦で若が来る前にチームを組みました。若は暫くカールと一緒に行動していただきます」
「な、なんだって!? 何で俺がラム公なんかと!!」
俺はひどく動揺して声を荒立てた。
「ラム…?」
シグは眉をひそめた。あ、やべぇ。つい。
「あ、いや。何で俺がラムサスとなんだよ! アイツはエレメンツと組めばいいじゃねぇか!」
俺の豹変ぶりにシグは少し困った表情を見せた。
「エレメンツの4人は他の者よりも元々相性の良い組み合わせですから。既に彼女達には東側の方に向かって頂きました」
「俺とアイツは相性良くねぇだろ!」
あ、言っちまった。ほら、シグの顔が変わった。おまけに小さな溜息までついてるし。
「あなたとカールには困ったものです。もう少し打ち解けていただきたいものです。アンドヴァリとヴェンデッタならゼノギアスとフェンリルにも劣らないでしょう」
「けっ。解ったよ。アイツと行きゃあーいいんだろ。で、今日は何すればいいんだ?」
「あとは私にお任せください。若は今日はお休みください」
「すまねぇ、じゃ頼むぜ」
俺は早々に寝室へ向かった。頭痛が酷い。二日酔いのせいもあったが、明日からラム公と一緒に行動する事を考えただけで更に頭痛が増した。どうも俺はアイツが苦手だ。アイツも俺の事をそう思っているに違いない。いや思っている。俺に対するアイツのあの態度。全く気に入らねぇ。やけにシグと仲良がいいのも。
「くそっ!」
結局は
「若!! 若!!!」
「な、何だよっ!!」
俺は慌てて起きた。
「開けても宜しいですか?」
「ん?」
何時の間にか眠ってしまっていたようだ。ベッドのカーテンを開けたシグの涼しい顔が見えた。
「あ、やべぇ! 俺、また寝過ごした?」
「いえ、その前に今日はいつもより早く起こしに参りました。お支度しても宜しいですか?」
「あ、あぁ。頼む」
いつものように俺はベッドから出て鏡台の前に座った。俺の背後で手際良く長い金髪を梳かして編み込むシグの手は、子供の頃から見慣れているのにいつ見ても感嘆してしまう。
器用な手先。俺にはできない。同じ兄弟なのに、どうしてこう、何もかも違うんだろう。時折ふとそう思う事がある。シグは親父の良いところをそのまんま受継いでいる。とても頭が良くて、親父の綺麗な銀の髪。俺はシグのそんな髪が大好きだ。綺麗な褐色の肌は母親譲り。きっとシグの母さんは素敵な
「体調はいかがですか?」
「大丈夫、気分爽快!」
俺はそう答えた。本当はラム公と今日うまくやれるのか不安が残るが、シグに心配させるのも癪に障る。
「ユグドラシルでお待ちしております。カールは既に艦で待機しているでしょう」
ブリッジには既にシグとラム公が待機していた。
「よ、宜しくな」
とりあえず無表情なラム公に挨拶。
「相変わらず遅いな。シグルド早速出発だ」
けっ! ますます気にいらねぇ。下手に出てやったのによ!!
「じゃ、シグ着いたら呼んでくれ。ガンルームで待機してる」
俺はこれほど、ブリッジにいたくないと思ったのは初めてだった。俺の艦なのに、何を遠慮する事があるんだろう?
何だか近頃そんな事ばかり考えている。俺らしくもねぇ。溜息ばっかりなんて。
「若、お気をつけて。カール頼んだぞ。私は後方支援させていただきます」
「行くぞ、バルトロメイ」
そう言ってラム公はさっさとギアドックへ行っちまいやがった。
「あ、おい、待てよ! シグ行ってくる」
俺は慌てて奴の後を追った。
海底に潜って約1時間探索。俺とラム公はその間一言も喋らなかった。こんな気まずい雰囲気でコイツと息合わせて戦えるのかが心配だ。アイツは何考えてんだろう?
「来たぞ! バルトロメイ!」
「まかせておけ!!」
巨大化したウェルス。どこでだったか忘れたが以前遭ったウェルスのように目を背けたくなるような不気味な容姿。
ヒトの心を失った哀れなウェルス。早く苦痛から解放してやりたい、改めて強くそう思った。
俺はWGを構えた。ラム公は水鏡の構えで決めてやがる。ムカツクけれど、この構えには凄味がある。
俺は早々にウェルスに攻撃をしかける。
おっしゃーー! クリティカル。けっ、ラム公を出しぬいてやったぜ!!
ん?
グァンと鈍い音がした。ウェルスが何やら吐き出してきた。アンドヴァリの外観に触れられた嫌な音。
「しまった! カウンター攻撃で、毒息を吐きやがった!!」
「敵の様子も見ないで、浅はかに行動するお前、よくもそんなそそっかしい行動でデウスを倒しに行ったものだ」
「な、何だと!!」
俺の頬は紅潮する。
「お前はワイルドスマイルを発動しておけ! 俺が一気にやっつける」
ラム公は更に俺の怒りを煽るような事を言った。
「何!! どういう意味だよ!! もう一度言ってみろよ!!」
「ワイルドスマイルだけをやっておけ」
俺の中で、プチッという音がしたような気がした。俺が憤怒した時に鳴る音だ。
「てめぇ!! 黙って言わせておけば……くそっ! お前なんか、ここでケリつけてやる!!」
俺はラム公にWGを一振りかましてやった。
「何をする!!」
後ろへよろけたヴェンデッタ。これで少しはこたえたか?
「若! 何をしているのですか!!」
とユグドラからのシグの声。やべっ!
「危ないっ! カール!!」
「うわぁーー!!」
俺の隣ですごい音がした。ウェルスがヴェンデッタに大腕を振り下ろした。同時に警報装置の音が鳴った。
『装甲破損、コクピットに浸水。操縦者生命反応低下中』
「若! ヴェンデッタ共に後退してください! 爆雷投下します」
「あ、あぁ」
俺は上の空で返事をした。とにかくラム公を連れてユグドラへ戻らねば!
ギアドックへ戻るなり、ベンデッタのコクピットを開けると、激しい流水とともに、気を失ったアイツが転がり落ちた。
元々色白だが、これこそ蒼白って言うんだろうな。生気を感じさせないほど透き通った肌。たっぷりと海水を含んだ髪は、一層濃い象牙色を放ち綺麗な色をしている。俺はぼんやりと気を失っているラムサスを眺めていた。
「カール!!」
シグが血相を変えてやってきた。俺はシグの勢いに気圧され、少し後方へよろめいたようだ。
「カール!!」
シグがアイツを抱き上げて体を揺さぶっている。完全に気を失っているようだ。俺はようやく正気に戻った。俺がアイツに意地はったせいで、こんな事になってしまった。
「息をしていない」
そう言ったシグは静かにラムサスを下ろして、大きく息を吸った。気絶しているラムサスにシグの顔が重なった。
「シ、シグっ!!」
俺はまたもや動揺を露にする。懸命に人工呼吸をするシグ。だが、人工呼吸とはいえ、今シグとアイツの唇が重なっている。シグの唇は軟らかいんだろうか?
あは、俺はこんな時に何を考えているんだろう? 自問自答で自嘲した。
「若! 何を突っ立っているのですかっ!! 私が酸素を送っている間、心臓に刺激を与えてください!! このままではカールは!」
こんなに乱れたシグを見たのは久しい。
「あ、ああ」
慌てて俺はラムサスの心臓めがけてマッサージをした。その間も何度もシグとラム公の唇が重なっているのを不思議な思いで見つめていた。
俺はわけもわからず、ぽっかりと心に空洞ができてしまったようだ。
ラムサスが意識を取り戻すまで、とてつもなく長い時間のように思えたのはきっと俺だけだろう。本当は数分だったのに、俺には何時間にも思えた。急に何かが込上げてきた。
アイツが意識を取り戻したと同時に俺は、シグに謝りもせずに無言でギアドックを後にし、部屋のベッドへ掛け込んだ。
ようやく一人になって意識を手放すまで、込上げていたものが容赦なく俺の中から溢れ出した。毛布にくるまって嗚咽していたと思う。
そして俺は知らない間に深い眠りについていた。