マイケル・ムアコックについての覚書
Note about Work of Michael Moorcock


注:この記事にはムアコックの物語のあらすじだけでなく結末や重要な秘密など
これから読む人にはあまりありがたくない記事が書かれていますので、
そのような方は目を通さないほうがよろしい。


永遠の戦士Eternal Championについて
                 Michael Moorcockの宇宙

ムアコックについての知識
当方のムアコックについての知識は、今のところ(00年/10月現在)日本語訳関係
に限定されており、彼の後半の仕事における歴史小説/SFについての知識は依然として
貧弱なままです。ここで解説できるのはあくまで原著者のヒロイック・ファンタジ
ーへの功罪と否定についてです。(そしてケイオシアム社から出版されている
Stormbringer、Elricの是非についても)

ある人間が、「静止した時間」という仮定のもとで自分自身を見つめ直すことに
否定的な考えは格別目新しいものではありません。また、このような欲求に駆ら
れる人間がもっともとらえやすい過去の自らの事業を、意識的な次元においても
統一された一大事業(実際のところどうであったかは別としても)と使用とする
ことは常人でも理解できる欲求です。ムアコックの場合、自らの小説における主
要人物をケルト的と言ってよいかもしれない宇宙観で結び直そうとする顕著な一
例であります。

著名な例でいえば、ゲーテがロマン主義から新古典主義に移っていったように、
青年時代の人物像が、経験を増した中高年の人物像と矛盾なく調和することは稀
であり、それがムアコックの愛する暴力を否定する複雑な人格、良い意味でイギ
リス的な理想像を生み出します。英雄崇拝について「剣の中の竜」で著者寄りの
解説者があれほど排撃していることからもわかるように、子供っぽいゲームに
おける残虐性、単純な理想主義や美における陥穽や罠、現実における戦争の
悲惨さや荒廃という暗黒面を戒めとしています。

多元宇宙Multiverse
「紅衣の公子コルム」の訳者の手で指摘されていることですが、
ケルト人に回帰する魂の概念があってそれが「永遠の戦士」の物語に合致し、
適合していくことによって輪廻の概念や世界の見方などが変容していく形が理解できます。
われわれはもちろん物語を内側から読むべきですが、外側から見たムアコックがどのような姿をして
いるか観察するのも楽しいものです。「百万の天球の合」やら「十五次元界」
(コルムの隣接する次元界)など、そもそもこういった枠組みを最初から開示する
ことで新たな着想を得ることもあるようです。そしてタネローンという焦点ともなるべき
都市あるいは思想が各次元を襲うものに拮抗して存在し、戦士たちはそれを守るため
あるいは図らずも破壊するために戦うのです。
「混沌」と「法」、「天秤(抑制)」と「剣(過剰)」が英雄達をめぐって競い合い、「忘却(リンボ)界」が
タネローンの対極の悲惨な世界として常に敗北した戦士の行く場所として
用意されているようです。

エルドレン(メルニボネ人、ヴァドハー)
エルドレンは、いわゆる北欧の神話伝説、ケルトの伝統に沿っている人間より
「美しく優雅で魂がなく、理想的かつ精神的、それでいて情緒的で非人間的」
な存在です。「人間との交配」ができるかどうかは世界によって異なるよう
ですが、吊り上がった目や人間とは異なった体型などで容易に人間と区別できます。
彼らが登場する際には「運命の天秤」Balance of Fate、法と混沌Chaos & Lawなど彼独特の
ファンタジー世界の展開による華麗な情景が広がって作者の面目躍如と
いうところです。
エレコーゼの「剣の中の竜」、ホークムーンの「タネローンを求めて」、エルリック
の「未来への旅」は中間世界での似たエピソードを扱ったものですが、その中に
出てくる「妖精」の盲目の船長、及び舵手の言うには、「我々は人間という者だ」
これが理想化された、元来人間にポテンシャルとして備わっているはずの人間性
をさしているものと愚見します。その逆に人間の元来備わっている負の部分を
体現しているのがマブデン族(コルム年代記に出てくる蛮人やエルリックにおけるパン・タン人)
のようです。

黒の剣Blacksword
北欧伝説に出てくる凶運の魔剣テュルフィング、カレワラのクッレルボKullervo
の持っている「持つものに比類のない力を与えるが、結局は持ち主に不運を呼び寄せる」
剣は、ムアコックの暴力に対する幻滅と「悪を悪でもって制する」ことへの考察を
目にあらわな例として具体化しているものです。男性的シンボルとしての役割は、
「英雄」たちがいわゆる(コナンのような)男性性を欠いているだけ実体を備えて
いくことになります。また調和に対する過剰、抑制に対する熱狂をも混沌と法の
対立とは異なった次元で捉えることが可能です。

戦士Champion、介添人Champion's Companion、賢者Sage、妻Wife
儀式化された古代の慣習の中で、共同体間の紛争を代表者同士の一騎打ちで解決
する慣習は、ゲルマン、ケルトの小王たちによって統治される共同体の中で、
王や神官などの文化的な役職に代わって職業的にこれらの裁判を司る人間が
いました。これを英語でチャンピオンといいます。
(ただし日本語には適当な訳語がありません)
「永遠の戦士」は「天秤」もしくは「ルーンの杖」、「聖杯」のような均衡を導く
宝器に仕えており、世界の争いを調停する活動を行う役目を負わされて
いるようです。彼らはみな同じ「魂」を
持っているようですが、同じ時間と空間に位相を違えて活動することもある
ようです。また、彼の堕落した転生であって均衡を破壊しようとするゲイナー
などの存在もいます。
介添え人は彼と同じくさまざまな転生を行い、そのいずれにおいても彼を支援し
啓発し、忠告する役目を「天秤」から与えられています。中でも記憶を
エレコーゼと同じように保っているジャリー・ア・コネルのような登場
人物もいます。賢者たちは天秤に仕えており、洞察力で「戦士」の活動を導き、
また時には彼らの幸福の障害となります。
「戦士」の妻もしくは恋人については詳しい記述がありませんが、
全化身を記憶として担うエレコーゼにとって妻のエルミザードがしばしば
理想のふるさととしての「タネローン」と重ね合わされていることをも理解できます。
ムアコックのヒロイック・ファンタジーにあまり女性が描かれることはありませんが、
それは他の大半の男性作家でも同じことです。
他にも多元宇宙をさまざまな理由でさまよっている人物(コルム3巻に出てくるボローリアグや、
ジャーメイス、前述の船長と舵手など)
がいるようです。


ドリアン・ホークムーンDRIAN HAWKMOON
ルーンの杖秘録
「悲劇の千年紀」遠未来の、テクノロジーが魔術として異様な変容を遂げた世界。
邪悪で非人間的なグランブレタン(グレート・ブリテン)帝国と戦う南部フランス、カマルグ
のレジスタンスとケルン公ホークムーンの物語。ルーンの杖は伝説上の神秘的な聖遺物だが・・
黒い宝石の巻The Jewel In the Skull (1967)
赤き護符の巻Sorcerer's Amulet (1968) The Mad God's Amulet (1969)に改題
暁の剣の巻Sword of the Dawn (1968)
杖の秘密の巻The Secret of the Runestaff (1969) The Runestaff (1969)に改題
「交叉」:特になし。強いていうならルーンの杖は「天秤」に似ており、ソリアンダムの住人
はエルドレンに近い。

ブラス城年代記
妻を除いて盟友たちの全てを失いつつも帝国との戦争に勝利したホークムーンだが
彼はここで時間と空間の知覚の不確かさと、自らの正体について洞察を得ることになる。
ブラス伯爵Count Brass (1973)
ギャラソームのイリアンThe Champion of Garathorm (1973)
タネローンを求めてThe Quest For Tanelorn (1975)
「交叉」:前シリーズと異なり、このシリーズは完全に「戦士」が舞台に上る。イリアン
においてはジャリーに、エルドレン族や混沌の大公アリオッチ、百万の天球などの言葉が出てきており、
時間帯としてはコルムの前半部と後半部の中間に入る。
また「タネローンを求めて」はエレコーゼの「剣の中の竜」と同じく「永遠の戦士」のいわばまとめを
行っている物語であり、ここではコルムは過去の時代のエレコーゼとエルリックと出会って
自らの幻想を洗い流し、自らの死を甘受する。エレコーゼは捜し求めていた妻の姿をかいま見ながら、
剣と天秤を破壊することで死に至る。
そしてもっとも重要な黒の剣の秘密について仄めかされている。

エルリックELRIC SAGA
作者の最初の創造人物である(きわめて個人的な意見では、彼以上の異常で高名
なペルソナはそれ以降のムアコックの著作に現れていません)白子の皇子の物語
は特に初期の形におけるいくつもの短編の再編集および改題、加筆により足跡を
追うことがほかの主人公の状況と比較して困難です。またこの場合、日本語版はエ
ルリックの遍歴の時代順に編纂することで六集にまとめられた形で翻訳されてい
るので、著者の意図と考え方をこの方向で探査するのは無意味です。(ただし真珠
の砦、薔薇の復讐はかなり後になって加えられたものなので作者の作風に断絶があ
るのは仕方がなく、求めるべきでもありません。)

1万年の長きに渡って「新王国」を支配してきたメルニボネの邪悪な428代目の皇帝にして
最強の魔道師、龍使いの長にして魂をすする「嵐を呼ぶ剣」の
所有者であるエルリック8世が友を裏切り、妻を見捨て、祖国を滅ぼし、
最終的に世界の破滅を見取りながら死を迎える物語。(もちろんこれらの言葉には
彼の内面についてはまったく触れられていない)

後半は翻訳されたテキストの原典を意味します。
メルニボネの皇子Elric of Melnibone (1972) 長編
この世の彼方の海The Sailor on the Seas of Fate 短編集(間隔なし)
白き狼の宿命The Weird of the White Wolf (1977) 短編集「魂の盗人」、
「歌う城砦」より一部
暁の女王マイシェラThe Sleeping Sorceress (1971) 短編集 (間隔なし)
黒の剣の呪いThe Bane of the Black Sword (1977) 短編集「魂の盗人」、
「歌う城砦」より一部
ストームブリンガーStormbringer (1965) 1977年に改訂版が出る 短編集 
(間隔なし)
真珠の砦:年代順からいうと一巻と二巻の中間The Fortress of the Pearl
(1989) 長編
薔薇の復讐:年代順からいうと四巻と五巻の中間。The Revenge of the Rose (1991) 
長編
「交叉」:二巻、「未来への旅」および五巻において他の戦士の化身達と出会うことになる。
ただしコルムとエルリックやエレコーゼの時間軸は逆になっている。「混沌」と「法」の戦い。
またメルニボネと「絶望して堕落した」エルドレン族については
第二巻、「過去への旅」に書かれている。彼の物語はまだあるらしいが、
日本語には翻訳されていない。またメルニボネ皇朝は
多元宇宙でも重要な役割を果たしているらしい。


エレコーゼErecose
唯一転生の記憶を失わずに持っている「戦士」の化身。いわばエルリックが戦士の
「顔」ならば、「魂」。理想の女性にして恋人であるエルミザードを追い求めるが、
結局果たせない。(「タネローンを求めて」を参照のこと)
しかし結論はそのようなところにはなかった。

永遠のチャンピオンThe Eternal Champion (1970)
(永遠の戦士が流離をはじめる前の名前はジョン・デイカー、ロンドンの人間。
彼は戦士エレコーゼとしてエルドレンとの戦いに挑む)
黒曜石の中の不死鳥Phoenix In Obsidian (1970)
(二巻でのエレコーゼの転生の名前はウルリック・スカーソル)
アメリカ版タイトルは The Silver Warriors 銀の戦士(1973)
剣の中の竜The Dragon In the Sword (1986)
(三巻でのエレコーゼの転生の名前はフラマディンだが、彼が戦士の記憶
を得る前の唯一のアイデンティティであるデイカーへと彼は回帰する。)
「交叉」:「剣の中の竜」では、ウルリッヒ・フォン・ベックというベック族
のドイツ人と出会うことになる。彼はムアコックのほかのシリーズを牛耳っている
一族の人間らしい(詳しくは不明。)またメルニボネ帝国とルリン・クレン・ア?
の歴史の曙を物語る「混沌」と「法」の戦い。「二つに折れた剣」やアクトリアス石、解放された龍
エルドレン族=メルニボネ人、賢者セピリズ、曲がりのジャーメイスなどが顔を出している。
彼が他の化身と出会う場面はブラス城の3巻、エルリックの2巻及び4巻、コルムの3巻を参照のこと。


紅衣の公子コルム・ジャエレン・イルゼイ
CORUM JHAELEN IRSEI
ヴァドハー族は安寧に浸り、野蛮人たちが彼らを憎んでいることにも
気づいていなかった。文明は常にその価値を認めない野蛮に踏みにじられる。
失った右目と左手を魔神のもので補うことに成功した
コルムは混沌と法の争いとその不毛について学び、最終的にある力をタネローンで解き放つ。

剣の騎士The Knight of the Swords (1971)
剣の女王The Queen of the Swords (1971)
剣の王The King of the Swords (1971)
「交叉」:彼はエルリックの後塵を拝する存在だが、コルムの戦う「混沌」と「法」の戦いは
別の展開を見せる。エレコーゼと同じく全ての記憶をもつジャリー・ア・コネルは
コルムの年代記の介添え人であり、裏切り者ゲイナーもコルムの鏡像として姿を現す。
またコルムは3巻でジャリーを救い出すのに魔術でエルリック(4巻と重なる)とエレコーゼを召喚する。

銀の腕のコルム・ルロウ・エレイント
ケルト世界を独自のやり方でアレンジした「銀の腕」の三部作はある人々には
きわめて魅力のあるものになっています。

妻ラリーナを喪い、無為な生活を続けるコルム。ある日未来からの呼びかけを聞いて応える
決心をする。そこには滅びの世界が待ち受けていた。
「忘却界」の神々フォイ・ミューアとクレム・クロイクの民の戦い。
コルムは姿の見えない脅威と自らの影に悩まされつつも絶望的な戦いを続ける。
雄牛と槍The Bull And the Spear (1973)
雄羊と樫The Oak And the Ram (1973)
雄馬と剣The Sword And the Stallion (1974)
「交叉」:前半に引き続いてジャリーやゲイナーがまた姿を見せる。エルドレン族は「地精(シー)」
という巨人族としてマブデンに手を貸す。謎の人物ダグダーや「丘の神」クレム、そして「愛」
最終的に破滅をもたらすのは自らを知らないから。最後の巻にはどうやら中期メルニボネ帝国
の追放者である幻術師たちが登場してコルムと取引をするよう。「真実をゆがめる力を持つ彼らの
手を借りたことでお前達は後々まで悪い影響に悩まされることになるだろう」
最終的にコルムがどこに行ったかはブラス城年代記「タネローンを求めて」を読むこと。

火星の戦士WARRIOR OF MARS
野獣の都(1972) 
蜘蛛の王(1972) 
鳥人の森(1972) 


この人を見よBehold the Man (1969)
現代の生活に価値を見出せないある男が、
「救世主の物語」を実感しようとして時間移動し、
史劇の渦中に身を投げ込む。しかし傍観者が何時の間にか
嵐の目となり、主人公は絶望と狂気の果てに意味の意味を求めることになる。
(主人公の名はカール・グロガウアー)

白銀の聖域(1996)
遠未来の氷河時代、伝説の都の探求に
世界の秘密と 死に場所を見出した主人公の物語
(主人公の名はコンラッド・アルフレイン)

関連サイト
Elric Timeline
http://www.dodgenet.com/~moonblossom/elric.htm
Guide to Eternal Champion Material
http://www.users.globalnet.co.uk/~zcz/elric/tindex.html

未翻訳シリーズリストに戻る
螺旋回廊へ