裏切りと陰謀
「英雄は常に単なる敵によっては倒れない。彼らを倒せるのはキリストがユダに行わせたように、ただ彼らが信頼し、彼らの弱点を教えた裏切り者の手にのみ可能である。」

「このような男に立ち向かうには別の手段が必要だ」

ワラキアに戻ってきたラドゥはドラキュラの専制の弊害と対トルコ外交の硬直性、そして峻厳さと残虐さに対する寛大及び穏健性を旗印にして兄の支配に反抗的な貴族層を集め、ヴラドに強固な忠誠を保っていた「斧」隊や、彼に解放され、富裕にされたワラキア商人や農夫たちの勢力を退けた。彼はトルコの大軍が外から出来なかったことを内側から行った。ラドゥは「軽微な貢納」と引き換えにトルコとの友好を保つことができると唱え、戦争に疲弊した民衆にも「愚かにも」その言葉を信じる者が増え始めたのだった。彼らは十字架と半月旗の違いなど意に関しなかった。(Children of the Inquisitionによると、ドラキュラの妻であるリヴィアが城から身を投げたのは、ラドゥの軍勢に囲まれて生きて虜囚の辱めを受けるよりは死を選んだからだとされる。いずれにせよ、メフメトの失敗に終わったワラキア武力侵攻と、ラドゥの帰還と煽動は間を置かず行われ、詳しい記録は失われている。)

ドラキュラはやむなくハンガリーとの同盟関係を頼んで西方に走ったが、西欧諸国は分裂し、彼に密かに手を貸してきた血族達も分裂してカマリリャとサバトの戦争に足を取られ、人間の世界に必要以上に手を出そうとしなかった。1462年11月、かつてドラキュラによって被害を受けたドイツ商人達の誣告を信じた、ハンガリー王にトルコ軍に内通したという容疑で逮捕され、ブカレストの獄につながれた。それでも彼は自分の信念にたいする姿勢を崩さず、己の牢獄を己の領土とみなした。「暗闇の世界」では、彼は依然として目を閉じずに情勢を伺い、配下の「斧」達を動かして彼に敵対的な血族達を狩り、己のグールの血を保っていた。

兄ドラキュラの位を奪ったラドゥ美男公はトルコ軍との「友好」を保つことには成功したが、すぐに隣邦モルダヴィアやハンガリーの侵攻を受けるようになり、トルコの傀儡と化していった。モルダヴィア公シュテファンはドラキュラの援助もあって位についたのでラドゥには敵対的であった。そして彼は何度もラドゥの軍勢を打ち破り、ワラキア人はすぐにラドゥへの支持を後悔するようになった。ハンガリー王はそれでもドラキュラの悪行と裏切りを喧伝する活動を長く続け、ラドゥと結び、ドラキュラの釈放を要求する教皇庁やヴェネツィアと対立した。求心力の欠如によりワラキアはトランシルヴァニア、モルダヴィア、トルコにそれぞれ支持されたダネスティ家、ドラキュレスティ家の係争で分裂した。これは全ての者に望ましくない展開だった。その一方でトルコ軍はヴェネツィア領に進出し、徐々に北上していった。

ハンガリー王の虜囚としてブタペストに幽閉されている間に、ドラキュラはローマン・カトリックに改宗し、ハンガリー王家の娘の一人を内縁の妻として囲っていたらしい。(彼女の記録はハンガリー王室史から抹消されている。彼が正教からカトリックへ転向したことは多くのかつての支持者の幻滅の元になった。)彼の扱いは虜囚から軟禁された賓客へと変わっていった・・・・それはハンガリー王がかれへの嫌疑を次第に晴らしていったことがあり、また従兄弟であるモルダヴィア公シュテファン・チェル・マーレの工作も預かっていた。シュテファンはラドゥ美男公と幾度も戦って、数多くのヨーロッパ側に立てられたワラキア公がことごとくスルタンに退けられるか無力化していく経緯を眺め、もはやドラキュラだけが唯一の希望であるということをハンガリー王に説得した。「龍の息子」が最終的に縛めから解き放たれたのはようやく1474年になってからだった。(Transylvania Chronicleによると、彼はこの時期に「人肉の大聖堂Cathedral of Flesh」を訪問して何らかの啓示を妖魔クパーラから受けた。)

1475年、ドラキュラの頭脳の加わったモルダヴィア軍は常に対トルコ戦に消極的だったマティアシュのハンガリー軍と結んで散々にトルコ軍を打ち破った。トランシルヴァニア軍とともに、ドラキュラはブカレストまで行軍し、そこでルーマニア全軍の推戴と共にワラキア公に復位した。しかし彼の復活は束の間の話だった。(「暗闇の世界」ではすでに彼はこのことのあるのを予期して殉教者の仮面をかぶり、血族の社会に向かう準備を進めていた。)「ドラキュラはシュテファンに十分なだけのモルダヴィア兵を残していくように頼んだが、200人しか彼の元には残されなかった。」

正史によると、ブカレストの郊外でヴラド・ツェペシはトルコの刺客に急襲され(奇しくもそれは彼の父と兄の小ミルチアが殺された場所の近くだった。)、首を討たれて、コンスタンティノープルに晒されたそうである。(胴体は修道院に埋葬された。)しかし暗闇の世界ではいち早くその知らせを受け取り、彼のためには命も投げ出す「斧」の一人を《造躯》で彼の替え玉に変え、自分は血族の同盟者の元にグールとして隠れたことになっている。Children of the Inquisitionによると、ドラキュラはこの時期にデュルガ・シンに初めて直接対面し、長時間語り合った。これが彼の「不死の世界」への転身のきっかけとなったらしい。

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暗闇の生の正体