コンタクトのとり方
−「自閉症」者に接近を試みる際のルール−
1、身体知覚の特異性を見極めること。
- 自己の身体と外界との境目(皮膚による境界線)が知覚できないほど重度の者は、自己の身体図式を認知できていない。頭の位置がどうなっているか・足の先がどこにあるか分かっていなければ、当然、身体の操作に重大な困難がある。
- 幻奇的な身体の動きを常にしている・クルクル回る・つま先立ちで歩く・ロッキングをするといった常同運動がみられるのは、特定の感覚の失調状態を反映していることがある。
- 粗大運動の異常が顕著でない場合でも、協調運動(全身を協調的に使ったり、左右の識別などができない)・協応運動(目で見たものを、自分の身体の操作に関連付けられない)などに困難があったり、微細運動が苦手で不器用なこともある。
- 近受容覚(触覚・味覚・臭覚・痛覚)は、過敏な場合と鈍感な場合とがある。いずれにしても、感覚神経の問題なので、「わがまま」「大袈裟」「我慢強い」といった不当な評価をしないこと。(近受容器による感覚刺激への固執があるかどうかは、特定の物を常に求めて放さないといった行動に顕わされる。逆に、不快刺激に対しては、強い忌避反応を示す。)
2、接触防衛反応の強弱を見極めること。
- 知覚の過敏・鈍感という感覚神経的な特異性とは別に、人が接近すると回避的な行動を取るとか、人に抱かれやすい姿勢をしないという、対人接触に関する運動神経的な防衛反応があることがある。
- 物質的存在としての他者にはさほどの違和感を感じないが、何らかの意図を持って係わろうとする、社会的存在としての他者に侵入されることを極端に(感覚的に)嫌う。
- 常に自分から他者との距離を置いて行動することもあれば、他者との距離には鈍感だが係わろうとすると拒否することもある。また、他者に接触すると反射的・機械的に反応して、叩くなどの行動を取ってしまうこともある。
3、パニックの種類を識別すること。
- 知覚過敏や認知の歪みによって、特定の刺激や物に対してパニックを起こしている場合は、その原因を除去したり近づかないようにして対処する必要がある。
- 「同一性の保持」が阻まれたことによるパニックは、その内容を見極めて、予めパニックが起きることを計算に入れて行動計画を立てる必要がある。
- 「こだわり」行動が妨害されるとパニックを起こす場合は、「強度行動障害」と呼ばれるほどの重度なものでなくても、社会的に許容される範囲に行動を修正させる必要がある。
- 自分の欲求が叶えられなかったことに我慢できずに起こすパニックは、断固とした態度を取る必要がある。暴れたり大騒ぎしたりすれば、要求が通るなどという学習をさせないこと。
4、コミュニケーション障害の原因を探ること。
- 特定の音の聴き取りが困難であるとか、音の指向性の把握ができないために自分に向かって話されていることが判らないとか、聴覚と視覚の統合障害による言語の発達遅滞がある場合には、当然、言葉の遅れによるコミュニケーション障害が合併する。
- 言語の遅れはないのに意思の疎通が図れない場合は、言語化する機能に障害はないのに、言語と状況とを結びつける機能の困難がある可能性がある。この場合、感覚・認知・感情の特異性(個別性)があるので、異文化間コミュニケーションの困難さに匹敵する。
- 自他相互作用による自己意識の欠如という社会性の障害と、言語獲得の問題は別の性質のものである。「本人にとって必要なことを、他者に伝えられない」のか「本人に必要なことしか、他者に伝えない」のか「他者には必要のないことまで言語化して、他者に伝えてしまっている」のか、区別する必要がある。(アプローチの仕方と必要な指導方法が、全く異なるため。)
5、「感情」の共感性や、物や人との関係性にも配慮すること。
- 快・不快の反応が一般的な反応と掛け離れていては、「共感」が成立するはずがない。
- 明らかに普通と違う態度を取ったり、普通と違う感情の表出があったりすることに、「薄情」「傲慢不遜」「無視している」「無感動」「感受性が強すぎる」などという解釈をしないこと。
- 物や人に対する興味の持ち方が異なっていることを、決して忘れないこと。物の全体的な機能や人との係わり合いには無関心で、特定の要素や部分や関係性や法則と名称とを結びつけていることが多い。
- 以下の点を見極めること。:全く「かかわり」を持とうとしないのか、特定の人や物としか「かかわれない」のか、「かかわり」はあるけれど全くの自己流であるのか、また、その対象は何か? 物と人とのどちらに、より親近感を持っているのか? 人と関係性が全く持てずに物に没入的な興味を示しているのか、人と係われるけれど物への興味が優先しているのか?
- 人の行動を模倣しなければならないものだと認識しているか、模倣する意欲があるか、模倣し過ぎて度を越していないか、観察すること。
- どういう場合に不安反応を示し、どういう事柄に恐怖症状を見せるか、よく知って回避させるように心がけること。
6、視覚・聴覚の特異性を知ること。
- 視覚・聴覚に特異性があると(過敏でも鈍感でも)、物事の弁別能力(インプット)に問題が生じて言語の意味の理解や使用に直接影響するので、行動(アウトプット)に反映しやすい。・・・自閉的視行動や耳塞ぎが、「診断」の決め手になることがよくある。
- 自閉的な感覚行動(視覚・聴覚に限定しない)を取っている時は、他者の存在には無関係に感覚刺激に没頭しているのか、人の存在感を消すために物理的な刺激を求めているのか、他者の視線や言葉かけを意図的に回避しているのか、観察すること。
- 視覚と聴覚(遠位覚)を統合して全体を把握することが困難なため、全人的な課題遂行に支障をきたす。しかし、この分野に島上に突出した才能(サヴァン)を持つと、特殊な天才的能力として認められることもある。
7、自我基盤の脆弱性に配慮すること。
- 身体知覚の特異性が大きく、身体的な自他の識別の次元でつまづいていれば、自己意識は完全に拡散しているので、物的な環境の変化に直接影響される。自己の存在を安定させるために常同運動にふけったり、自分で決めた行動パターンに強く固執する。
- 身体的な自他の識別はできても自他の境界線が曖昧な時点では、外界からの影響を受け易いために回避的な行動を取らざるを得なくなる。
- 脆弱ながら自我基盤が形成されて、個人としての自己と社会的な自己を使い分けることができるようになると、社会的な場面での行動は統制されるが、精神的な負荷が増えて情緒的に不安定になりやすい。
◎上記の項目の内どれをどの程度持っているかは、「自閉症」者一人一人によって異なります。
◎どういう「自閉症」者であるか解からなければ、接触する(コンタクトをとる)こともできません。
◎平和的に「かかわり」を持つためには、次のことを守ってください。
- 本人に理解可能な言葉やサインを使って、コミュニケーションを図ること。
- 本人が強く惹かれて興味を持っている事柄を、「おかしい」と否定しないこと。感覚・認知・感情の特異性を、「わがまま」と解釈しないこと。
- 侵入的な態度で接近すると、拒否されやすい。けれど、心理的に同調しながら並行的に係わり、見本や選択肢を示すようにすると、受け容れやすくなる。その際、身体的な特異性にも配慮すること。
- 社会的に価値があると認められる事柄に興味を向けさせるには、強制せずに「場」を共有するにとどめ、本人が自分から飛びついて来る時機を待った方が近道。
- 本人が意欲を示しているにもかかわらず、スキルを持っていないために上手くできないでいる事柄については、環境を構造化して手順を与えてやると良い。
- 他者の愛情が足りないからこうなったのでも、他者からの愛情を受け付けないのが悪いのでもなく、構造的な「かかわり方」が違っているので、愛情の受け容れ方と表出の仕方が異なっているということを理解すること。
外傷的にならずに人といられた経験を持っていなければ、他者との間に「関係」を結ぶことさえできません。現実的な"何か"に「愛着」を感じなければ、自己の存在を肯定的にとらえることはできません。愛着対象が物でしかなくても、生物学的に生命を維持することができれば存続できます。しかし、誰にも承認されずに生きているのは、決定的に不安です。
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