8.吐露



「……何と言った?」

 セオドールはゆっくりと悪魔のほうに振り返り、確認するようにそう言った。

「お前の王家に伝わる剣の魔力付与者を知っている、と言ったのだ」

 掌中の銀糸を解放すると、悪魔はセオドールの頬を包み込むように撫でる。

「知りたいか?」

「もちろんだ、言え」

 間髪入れずにそう答える。

「では、表面上のことのみの話と、その者の名前まで詳しく述べる話とどちらが良い?」

「代償は無しで、詳しく述べろ」

 即座にきっぱりとセオドール。

「それは都合が良すぎるというものだ。いい加減、常識というものを覚えろ」

 呆れたような悪魔の声。

「貴様にそれを言われたくはない。貴様の存在のほうがよほど非常識だ、悪魔め」

 無感動な蒼玉を向け、軽く鼻を鳴らす。

「ならば、その非常識な存在と会話をしているお前はどうなのだ? もし、私のことを誰か……たとえば、お前の両親にでも知れたらどうなる?」

「多分、処刑だろうな。以前、私は戦争を起こしかけたことがあるからな。今回は……いくら良くても一生幽閉だろう。まあ、ほぼ間違いなく処刑だ。いくらこの国の神殿の力が強くないとはいっても、さすがに王族が悪魔と関わりを持ったとなれば、黙ってはいないだろうしな」

 肩をすくめながらまるで他人事のようにセオドールは言う。

「そのわりには恐れている様子はないな。で、失敗はしなかったのか?」

 忍び笑いを漏らしながら悪魔。まるで先ほどの一件を知っているかのようである。

「戯れ言を。貴様に心配などされたくはない。それよりも、早くあの剣の魔力付与者のことを言え」

 自分の頬に当てられた悪魔の手を振り払ってセオドールは言う。

 悪魔はやれやれといった嘆息を漏らしながらも、口を開く。

「まず、あの剣は魔界に伝わるという剣ではない。人間界で作られ、魔界の住人によって魔力を込められた剣だ。400年ほど前までは魔剣ではなかった」

「……ロサ・リカルディーか?」

「そう、彼女がある魔界の住人に魔力を込めさせたのだ。魔界でも一、二を争うほどの魔力付与の腕を持つ者にな」

「何故……そのような者と関わりがあったのだ?」

「生憎だが、ここまでだ。これ以上は代償なしに聞かせることはできんな」

「ふん……役に立たないな」

 馬鹿にしたように鼻で笑うセオドール。

「知りたくば、後は自分で調べることだな」

 しかし、悪魔にはそのようなセオドールの態度を気にした様子はない。

 セオドールはため息をつき、悪魔を追い払おうかと思ったが、ふとひとつのことを思いついた。

「……あの剣以外に、ロサ・リカルディーがその者に魔力付与を頼んだ品というのはあるのか?」

 この城の地下にあった、あの扉。そのことを思い出したのだ。

「それは、あるだろう。というよりも、ここの王城にある、彼女の時代から伝わる魔力の込められた品というのは、ほぼその者の作品と思っていいだろうな」

 呆気なく答えが返ってくる。

「そうか……」

 やはり、あの剣の魔力付与者は地下の扉に魔力を込めた者と同一人物らしい。

 だが、いったい何故そのような者と関わりがあったのだろうか。そのことを考えていると、不意に頭に激しい痛みが走った。

「うっ……」

 低く呻き、セオドールは自らの頭を押さえた。

 そういえば、先ほどルテールは『まだ薬が少し残っている』と言っていたが、そのせいだろうか。

「どうした?」

「……何でもない。気分がすぐれないだけだ」

 自白剤を盛られたなど、悪魔に言う気になれるはずがない。セオドールは上半身だけ起こしていた身を再び横たえ、毛布をかぶった。

「私の姿を見たからだ、とでも言いたいのだろう? では、元凶は去るとしよう」

 悪魔はそう言い、セオドールに背を向けて立ち上がる。

「……待て」

 微かな制止の声が響く。

「まだ何かあるのか?」

 悪魔は振り返る。

「……もう少し、ここにいてくれ」

 セオドールの口から漏れたのは、嘆願の言葉だった。










「……は?」

 不思議そうに悪魔はセオドールの様子を伺う。

「もう少しここにいろ、と言ったのだ」

 少々気分を害したようで、今度はいつもの命令口調でセオドールは言う。起きあがりもせず、毛布から顔だけを出したままの姿で。しかし、そのような姿であろうと彼には侵し難い気品と威厳がある。生まれながらにして備わった天性のものだ。

「…………」

 訝しげに悪魔は再びベッドの端に腰を下ろした。

 セオドールがこのように自分を引き留めたことなど初めてだ。ましてや、嘆願の言葉など聞いたことがない。不審と同時に興味がわく。

 自分の言葉通りに悪魔がこの場に留まったことで、セオドールは満足そうに口唇の端をつり上げた。

「……この髪の色、何色に見える?」

 セオドールは自らの髪を一筋すくい、ある程度まで持ち上げて手を放す。銀糸がはらはらとそれ自体が生き物であるかのように宙を舞い、ゆっくりと主のもとへ戻る。

「銀、だろう。月の光を集めたような銀の髪。お前の自慢ではなかったのか?」

 真意を測りかねるといったように、聞かれたことに対し正直に答える悪魔。

「そう、銀。この髪の色は両親のどちらとも違う。しかし、城の連中は喜んだ。吉兆だと。何故なら初代女王をはじめ、歴史に名を残すほどの功績のあった王たちというのは、すべて銀髪だったからだ。初期の頃はほとんどがそうだったようだが、最近は少ない。私の前は……5代前に銀髪の持ち主がいたのだったかな?」

 まるで独白のようにセオドールは呟く。

「皆、古き良き時代を懐かしんでいるのだ。栄光を極めた時代を。……おかしなものだな。その時代を直接知っている者など、いないのに……」

 セオドールはくすくすと皮肉げな微笑を漏らす。どこか不健康で、背筋をぞっとさせるものを含んだ、妖美な微笑。

「…………」

 悪魔は黙っていた。口を開かず、セオドールの言葉を聞いていた。

「私は、特別だった。全ての者が私を特別扱いした。両親ですら一歩引いて私に接した。また、私もそれを疑問に思わなかった。事実、周りが望む程度、いや、それ以上のことがこなせた。周囲の期待は高まっていった」

 そこまで言うと、セオドールはベッドに仰向けに身を横たえたまま、顔に手を当てて忍び笑いを漏らした。

「……私は、その期待を裏切ってやりたかった。周囲は私をまるで初代女王や歴代の名王そのものであるかのように扱った。それは私を心地よくさせる反面、苛立たせた。私は私であって、他の者ではないのだ、と」

 セオドールは這うようにしてベッドの端まで移動した。悪魔のすぐそばまで。

「だから、戦争を起こしてやりたかった。私はお前たちの思い通りにはならないのだと、突きつけてやりたかった」

 瞳に狂気の色を滲ませ、セオドールは悪魔を見上げた。

「だが……止めてほしかった。私はプレファレンスという国を愛していた。美しい国、芸術の国、文化の国、私の生まれた国……。それが傷つくのも嫌だった。……矛盾を抱えたまま、私の企みは発覚した」

 言いながら、今度はどこか頼りなく、悲しげに瞳が曇って行く。

 しかし言葉を区切ったときには、瞳には再び狂気が浮かび、口元に嘲笑がのぼってきた。

「その途端、だ。周囲の態度が覆ったのは。今まで自分たちを導いてくれる天使だと思っていたのが、実は悪魔だったのだと知ったときの、あの連中の言葉に尽くせぬ落胆ぶり。『あなたは変わってしまった』と嘆く連中の滑稽さ。私は、以前から私だったというのに、お前たちが知ろうとしなかっただけだというのに」

 こみ上げてくる笑いを抑えられないというように、セオドールは口に手を当てて嘲りを込めた笑いを漏らした。

「それでも一縷の淡い、浅ましい希望を抱く、あの連中。自分たちでは変わろうとせず、他人にすべてを託す他力本願。腫れ物に触るように私に接し、そして私の『更正』を願っているのだ。いつか、私が連中に変革を来してくれることを願って」

 セオドールは黙ったまま自分の話を聞いている相手の首に軽く両腕をまわす。

「……お笑いだろう? 周りの連中も……私も」

 くすくすと笑いながら、セオドールは悪魔の耳元で囁く。

「お前は……何故、そのようなことを私に言う?」

 今までずっと黙っていた悪魔が口を開く。

「さあ……?」

 本当に、自分でも何故このようなことを言うのかわからなかった。頭の芯が少し痺れている。正直言って、思考があまり働いていないのだ。そのような状態で、これも自白剤のせいだろうかと、頭の片隅で思う。

「……それでも、私には、今の私には目標があるのだ。もう、あの頃とは違う……」

 まるで、自分に言い聞かせるようにセオドールは呟く。

「それで? ……その、目標とは?」

 悪魔はセオドールの腰を引き寄せる。バランスを崩したセオドールの身体が悪魔の腕の中に倒れ込む。それでも彼は身体を預けたまま、抵抗はしなかった。

「私の目標は……言えないな。お前が契約無しで全ての情報を差し出す、というのならば考えないでもないが……?」

 セオドールは抱き寄せられたことによって放してしまった両手を、再び悪魔の首にまわしなおし、目を細めてそう言う。

「それは、取引にはならないな。……残念ながら」

 悪魔は静かにそう言った。

「……知っている。これくらいで言ってしまうようならば、契約とはいったい何なのだろうな?」

 楽しそうに、セオドールは微かに声をたてて笑った。目はどこか虚ろに淀み、いつもの氷の輝きは溶けかかって鋭さを失っている。

 そのまるで壊れかけた人形のようなセオドールに、何か吸い寄せられるようなものを感じながら、悪魔は彼を抱き寄せている手に力を込めた。

「……ひとつ、教えてやる。あの剣の魔力付与者は、魔界の住人だが、完全にそうというわけではない」

 空いた片方の手でセオドールの髪を撫でながら、悪魔は彼の耳元でそっと囁き始めた。

「あの者には、人間の血が混じっているのだ」

 ゆっくりと、告げられた言葉。

「……何……?」

 驚愕が、頭の中にかかった靄を払って行く。先ほどまでの痺れて霞んでいた思考が動き出す。

 目に、氷の鋭さが徐々に甦ってくる。

「そう……お前と同じ色の髪をしていたな……」

 銀糸に口唇を這わせながら囁く悪魔の言葉に、セオドールはいっそう驚愕を深くし、さらにある推測が形になっていくのを感じた。

「……まさか……」

 魔界に入り、無事で帰った人間は過去に5人と以前、聞いた。そのひとりがロサ・リカルディーだと。

 銀髪は珍しい。魔界ではどうか知らないが、少なくとも人間界では滅多にいない代物だ。自分の銀髪は、ロサ・リカルディーから受け継いだもの。

 悪魔の思わせぶりな言い方といい……もしや……その者の、人間の血は……。

「あとは、お前の想像にまかせよう……」

 そう言って悪魔はセオドールの髪から口唇を離し、彼の額にそっと手を当てた。

 その途端、今しがた覚醒したばかりの思考がまた霞み、意識が遠のいて行く。瞼に見えない重みがのしかかり、それに耐えきれない。

 この感覚は、知っている。前にも、確かに同じ事があった……。

 そのようなことが頭に浮かんだが、それも一瞬にして途切れ、後は全てが暗闇に飲み込まれてしまった。

 力無く崩れ落ちそうになるセオドールを悪魔は両手で支え、その身体をベッドに横たえた。優しく毛布をかけてやり、見下ろす。

 なめらかな流線型を描く輪郭に、どこにもひとつとして欠点を見いだすことなど出来ない顔の造形、そして白磁の肌。それを彩るように、光の帯のような銀糸が広がっている。

 まるで神が己の手腕を誇るために造り上げたとでもいうような至高の芸術品。

 その『眠り』とでも題した彫像のような姿を見て悪魔は満足そうに笑い、慈しむようにそっと、目を閉じたままのセオドールの額に口付けた。

「……誰よりも、何よりも美しい……我が、掌中の珠よ……」





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