|
――最近、セオドールが初代女王ロサ・リカルディーについての情報を集めている。 別に悪いことではないのだが、何かがひっかかる。これをルテールあたりが行っているのであれば、初代女王の政策にあやかろうとしているのかもしれないな、ということで終わっただろう。しかし、セオドールのすることには何か裏があるようにしか思えない。 国王はセオドールの帰国早々、軽い頭痛を覚えていた。 昨日、過去の資料が見たいと申し出てきたときに、断ってしまえばよかったのかもしれない。だが、せっかく礼儀正しく許可をとりにきたというのに断ったとすれば、セオドールがどういった反応を見せただろうか。断るためのれっきとした理由があるのならばまだしも、そのようなものはない。折角、礼儀というものをわきまえるようになってきたセオドールに対し、これ以上の彼の性格破綻を望まぬ親として、そのような仕打ちが出来ようはずもない。 突き詰めて言えば、彼の不興をかったときに自分の身がどうなるのだろうかという恐怖に負けた、ということである。 「まさか……奴は、王位を狙っているわけではないだろうな。そういえば、初代女王は様々な策略を使って諸国を支配下に置いている……。それにあやかろうというわけでは……」 プレファレンス王家は、長子相続制である。つまり、次期国王はルテールであって、セオドールではない。 「いっそ、奴をどこかの国に婿として送り出してやろうか……いや、そんなことになったら、その国を率いてプレファレンスに攻めかねん……」 セオドールがまだ幼いといっていい頃、戦争を起こそうとしたことが思い出される。今なら、あの頃よりも格段に優れた戦略を考えることだろう。 それに、プレファレンス王家はその優れた能力の流出を防ぐべく、他国との縁戚をあまり望まない傾向にある。特に国主ともなれば、原則として国内から結婚相手を選ぶ。例外として、プレファレンス王家の血をひいているのならば他国の者でも認められることはあるが。 セオドールがいかに人格破綻者とはいえ、優れた能力を持つプレファレンス王家の人間であることにかわりはない。むしろ、能力だけならば群を抜いている。他国に縁付けることなど考えられない。そのようなことになれば、外国の脅威が増すだけである。 「……そういえば、奴は魔剣に興味を持っていたな。もしかしたら、我が王家に代々伝わる剣を狙っているのか……?」 国王の推測はなかなか真実に近づきつつある。だが、そこまでだった。 「うーむ……考えてみれば、奴が王位に興味を持っているような素振りを見せたことなどないし……。あの剣なのだろうか……。そのうち『王位はいらん。剣だけよこせ』などと言い出すのではないだろうか……」 まさか『初代女王が魔界から持ち出した魔剣を探している』などというようなことは、正常な思考を持つ国王には考えつかないだろう。国王はただ、『プレファレンス家に代々伝わる剣』の心配をしていた。 こればかりは、真実に突き当たらないほうが幸せであろう。例え国王の苦悩が深まるとしても、真実の恐怖よりはましというものである。 「まったく……いつから使われていないのだ、ここは」 そこはセオドールが思わず漏らした通り、埃にまみれ、蜘蛛の巣がはっているという、王城の一部らしからぬ場所だった。 暗く、複雑に入り組んだ地下道。城外への抜け道の他、昔は罪人を閉じこめていたといわれる部屋も立ち並んでいる。しかし、セオドールの言葉通り、いったいいつから使われていないのかはわからない。ここは地下の中でも最も深まった部分であり、今の平和な時代において、ここまで立ち入る必要などないのである。 闇と静寂が支配するこの空間を、セオドールはただ進んでいく。セオドールの前方には、彼の魔力によって生み出された光球が、彼を先導するかのように漂っている。その光球とセオドール自身の足音によって、長い時に渡って続いた闇と静寂の支配は破られていった。 複雑に入り組んだ道を、まるで何かに導かれるようにセオドールは進んでいく。もちろんセオドールもここに来るのは初めてなのだが、何故か道を知っているような感覚に陥る。 やがて、最奥らしき場所に突き当たる。そこには薔薇をモチーフとした紋章の刻まれた扉があった。その扉だけが、今までの道の途中にあった扉とは明らかに違っていた。新しいのである。 だが、新しいはずがない。ただ、今までの扉と違ってまったく老朽化しておらず、汚れすらないのである。だから一見、新しく見えるだけであろう。 「…………」 セオドールは指を伸ばし、扉にそっと触れてみる。 その扉から、確かに魔力が感じられた。おそらく、その魔力によってこの扉は守られているのだろう。外界の時間から、そして侵入者から。 静かにセオドールは呪文を唱え始めた。 この扉に秘められた魔力の種類を調べるためである。セオドールの魔術学院での専攻は、物体に魔力を与える付与魔術だったのだ。こういったことは専門分野である。 「……そうか」 ややあって、セオドールはため息をつき、再び呪文を唱える。 最初の呪文である程度のことはわかった。この扉に保護のための呪文がかけられていること、そしてこの扉を開くためには合い言葉が必要であることが。しかし、その合い言葉まではわからなかった。 保護の呪文がかかっていることや、合い言葉が必要であることは特に隠されてはいなかった。だが当たり前とはいえ、合い言葉そのものだけは隠匿されている。 「……駄目か」 セオドールは短く舌打ちする。 再び唱えた呪文も、合い言葉を解析するには至らなかった。この扉に込められた魔力の強さは、尋常ではなかった。セオドールの魔力は高い。その彼に断片すら覗かせぬほどに強力な隠匿だった。 これでこの扉の奥が怪しいことはわかった。これだけの魔力が込められている扉の奥に、何もないはずがない。 しかし、この扉を開く方法がわからなければ、そのような推測は無意味である。 「…………疲れた」 セオドールはぐったりとして寝室に入った。 あれから幾度も呪文を試み、すべて失敗に終わった。呪文を使ったことによる疲労と、結局報われなかったという精神的な脱力感によって、セオドールはすぐにでも眠ってしまいたいような状態だった。それでも、埃だらけの地下道を歩いたので気分が悪く、湯浴みだけはすませたのだ。 やっと眠ってしまえる、と彼はベッドに潜り込んだ。 しかし、そのとき不意にドアをノックする音がした。 「……明日にしろ」 不機嫌の絶頂といった声で言い放ち、セオドールは構わずに毛布を身体にかける。 だが再びドアをノックする音が響く。 「…………」 セオドールは無視して、目を閉じる。 それでも、ドアのノックは止まらない。 何度も、何度も繰り返される。 「……いいかげんにしろ!」 彼にしては珍しく大声をあげ、セオドールはベッドから身を起こしてつかつかとドアの前まで歩いていき、乱暴にドアを開ける。 「珍しいな、お前が声を荒げるとは」 そこには、闇に包まれた訪問者がいた。 その声は笑っている。セオドールが疲れ切っていることを知っているのはほぼ間違いない。その上で、セオドールの反応を楽しんでいるのだ。 「……貴様こそ、わざわざドアをノックしてやってくるとは珍しいな。礼儀という言葉を少しは知っていたか、悪魔」 まるで自分の心の内を見抜かれようとしているようで、それを覆い隠すようにセオドールは不機嫌ながらも言葉を返す。 本当はすぐにでも無視してベッドに戻りたいところなのだが、いつもの冷静さを欠いて、つい感情を剥き出しにしてしまった理由をこの相手にだけは知られたくなかった。この自分が一日を費したすべてを徒労に終わらせてしまったことを知られるなど、屈辱以外の何ものでもない。 「ずいぶんとご機嫌斜めだな」 そのようなお前の考えなど知っているぞと言わんばかりの態度で、悪魔はからかうように言う。 「貴様には関係ない。早々に去れ」 悪魔の態度にもとからの不機嫌がさらに増大され、セオドールは問答無用で背を向ける。 「……烈しき怒りと」 悪魔は構わずに言葉を発する。 セオドールはベッドに向かって歩き出す。 「苦き思い」 歌うように言葉は続けられる。 セオドールは一瞬、ぴくりと肩を震わせたがその歩みは止まらない。まるで自分を揶揄されているようで、不愉快だった。 「心なく」 さらに続く言葉に、セオドールはぴたりと足を止める。何か、違和感を覚えたのだ。 「虚ろなる運命」 ゆっくりと、セオドールは振り返る。その内容が自分に向けられたのではないことに気が付いた。悪魔は内容ではなく、表面をなぞっているだけだ。 「来よや、来よや、愛しの人よ……」 決してその言葉をセオドールに宛てているわけではないのだが、どこか響きが切ない。 その言葉に吸い寄せられるかのように、セオドールは悪魔に向かって半ば夢遊病者のような緩慢な動作で歩き出す。驚愕に凍った表情のまま、ゆっくりと、ゆっくりと。 「……来ずば焦がれて死のうものを」 両者の距離が近づき、手を伸ばせば触れられるほどになり、悪魔の歌声は余韻を残して止んだ。 セオドールの大きく見開かれたアイスブルーの瞳が悪魔を捕らえる。いつもの射抜くような鋭さはない。何かを恐れているような、怯えにも似た眼差しだった。 「それは……」 セオドールの薄く、紅い口唇が微かに震える。 もしかしたら、という期待の入り交じった不安。声が途切れてしまう。何の代償もなしにそのようなことを悪魔が教えるはずもないと、期待を押し殺そうとする。 「知りたかったのだろう?」 しかし、そのようなセオドールの心中を嘲笑うような声。しかし、その声に腹を立てている余裕などセオドールにはなかった。今日一日の無駄な努力を知られてしまう屈辱も、心の内から綺麗に消えていた。残ったのは、ただ驚愕のみである。 「何故だ?」 問いかける。 「何故、貴様は……」 言いかけた言葉は、最後まで紡がれることはなかった。 悪魔がそっとセオドールの額に手をかざすと、セオドールの瞼が閉じられたからである。 意識を手放したことにより、倒れそうになったセオドールの身体を支え、悪魔は喉の奥で笑った。 「何故、貴様は『そのようなことを知っている』か? それとも『そのようなことを私に教えるのだ』か? ……何故だろうな?」 悪魔は自分が支えている者の耳元で、優しさを滲ませた冷たい声で囁く。 「……お前は、感謝してくれるのか? セオドール……」 |