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見渡す限り書物で埋め尽くされた部屋。それはプレファレンス王国の歴史そのものだった。 過去の記録がすべてここにある。プレファレンス王国が誕生してから今まで約400年間の歴史が。 そして、色褪せた書物に囲まれ、ひときわ鮮やかに際立つセオドールの姿があった。 彼が調べているのは、ここにある書物の中でも最も古い時代のものだった。建国当初、ロサ・リカルディーの治世であった頃の記録である。 昔話として、あるいは歴史の知識としてこの時代のことを聞いたり、学んだりしたことはあったが、こうして実際の記録を見るのは初めてである。それもそのはずで、ここは国の機密にも関することから、入るために国王の許可を必要とする、秘蔵の書庫なのだ。 「…………」 セオドールは黙々と記録を読み続ける。初代女王の様々な功績のほか、とうてい公文書とは思えないようなものまでがあった。面白いのは、ロサ・リカルディーの人物評が真っ二つに分かれることだ。 ひとつは、ごく一般的に伝わっているイメージと同じもので、優美で気高い、才能溢れる女王というものである。 もうひとつは、彼女は確かに美しいが、それは仮面であって本性は魔女であるというものだ。その優しげな微笑みの下では、氷よりも冷たい心が常に打算的な計算をしているというのである。 どちらが本当か、それともどちらとも違うのかはわからない。しかし、どちらかといえば後者の方であろうとセオドールは思った。思ったというよりは、理解したというほうが正しいかもしれない。何故なら、そのことが妙にすんなりと自分の中に刻まれたからだ。……もっとも、魔界を度々訪れるような人間がまともであろうはずもないのだが。 どちらにせよ、彼女の功績は疑いようがない。また、美しさも然り。 ただ残念なのは、建国以前のプレファレンスの記録がないことだ。国として成り立つ以前だとはいえ、プレファレンス家自体はかなり古い家柄であるから、記録は当然無いわけがないのだが、当時の大戦争でそれまでの記録が全焼したらしい。 つまり、セオドールにとって最も知りたい部分のひとつである、ロサ・リカルディーの成人前の記録も無いのである。幼い頃に母を亡くし、継母とは折り合いが悪かったことや、幼少時代から優れた才能を見せていたというような表面的なことの記録はある。しかし、具体的なことはひとつもないのだ。 「……ふう」 ため息をひとつつき、セオドールは他の資料を調べる。もうひとつの最も知りたいこと、魔剣についてである。 王位を継ぐときに受け継がれる剣、これについてはロサ・リカルディーの時代にすでに『プレファレンス家に代々受け継がれてきた家宝』と呼ばれているのである。ということは、ロサ・リカルディーが魔界から持ち出した魔剣である可能性は低い。 ならば、魔界から持ち出した魔剣というのは何なのだろうか。考えられるのは、記録には無い、ロサ・リカルディーの成人前の出来事であろう。しかし、その頃を知る術は無い。 悪魔にでも尋ねればわかるのかもしれないが、条件として契約を、と言われそうである。それに、自分から呼び寄せて尋ねる気にはならない。 「…………ふう」 再びため息をつくと、セオドールは読み尽くした建国当初の資料を片づけ始めた。 「何ですって! セオドールお兄様がルテールお兄様を口説いていた、ですって!?」 前日の廊下での出来事を噂する侍女たちの声を聞きつけ、アルメリアはヒステリックな叫び声をあげた。 「ああ、何てことかしら……。近親相姦、しかも同性……禁断の二重苦……セオドールお兄様がもとから変なことはわかりきっていましたが、これほどまでとは!」 落ち着きをなくし、うろうろと部屋の中を歩き回るアルメリア。あちこちにぶつかり、テーブルの上のカップが床に落下し、音を立てて壊れていく。アルメリア自身にもおそらく痣などができているのだろうが、とりあえず今の彼女にそのようなことを気にしている様子はない。 「姫様、どうかお気を確かに!」 侍女たちが悲痛な声をあげ、アルメリアを静めようとする。 おそらく、彼女たちの本音は『物を壊さないでくれ。自分たちの仕事が増える』であろう。 「……何てことでしょう」 侍女たちによってようやく椅子に安置されたアルメリアは、深いため息をもらした。ふるふると頭をふり、金色の髪が弱々しく揺れる。青い瞳には涙が浮かんでいる。 「しかし……あえて茨の道を歩むセオドールお兄様を、せめて私くらいは応援して差し上げなくては……。ええ、それが妹としての正しい道ですわ。そうは思わないこと、お前たち!」 涙を拭き、一人で盛り上がっていたアルメリアに突然、同意を求められてしまった侍女たちはびくっと身を震わせながらも、何とかひきつった微笑みを浮かべることに成功した。 「え……ええ……」 「ご……ご立派ですわ……姫様……」 やや白々しいながらも、賛意を述べる侍女たち。そうしなければ、自分たちの首が危うい。例え本当は『やめておけ』と思ったとしても、口に出すわけにはいかないのだ。宮仕えの悲しさ、である。 「不肖、このアルメリア、及ばずながらご協力させていただきますわ……」 すでに目がどこか遠い世界を見つめている。うっとりと胸の前で手を組んで呟く彼女を、侍女たちは悪寒を押さえきれずに見ていた。 過去の経験から、アルメリアは何をしでかすかがわからない人物であることを侍女たちは知っている。ある意味、セオドールに近いのかもしれない。 さらに、彼女は策略を好む上、他の者が知らない奇妙な人脈がある。プレファレンス家の能力が低下して凡庸な人物ばかりになってしまったといっても、それはプレファレンスの国主としては凡庸だということだ。一般人から比べれば、未だその能力は驚異である。セオドールには及ばないとはいっても、彼女もしっかりプレファレンス家の伝統を保持している。 「うふ……うふふふ……」 頭の中を何かがめまぐるしく巡っているようである。周りの侍女たちのことなどお構いなしにアルメリアは含み笑いを漏らしていた。 「……寒いな。風邪でもひいたのだろうか……」 自室に戻ってくるなり何故か感じた悪寒に微かに身を震わせながら、セオドールは何か暖かい飲み物を持ってくるよう命じる。 すぐに運ばれてきた暖かなハーブティーの香りを楽しみながら、半日を費やして読み上げた資料についての考えをゆっくりとまとめてみる。 何か、他に糸口となるものはないだろうか。明日からは地下室なども探してみようと決め、セオドールはハーブティーを口に含んだ。 「何か、気分が悪い……」 本を読みながら、ぽつりとルテールは呟いた。 昨日のセオドールに抱き寄せられ、妙なことを囁かれたことが思い出される。もちろん、本気などではなく、からかわれただけであることはわかっていた。しかし、それでもあのおぞましさは忘れがたいものがある。 「まったく……あいつは私の弟だろうが。兄は私のほうだ。なのに奴の態度……ああ、思い出しただけで腹が立つ……」 ため息をつきながら吐き捨てるように呟くと、ルテールは胃の健康を考えて、そのことについての思考を打ち切った。 ――その日の夜。 「おい、何か緊急で極秘の依頼だぞ」 「なになに……うっ! 依頼主、プレファレンスの王族じゃないか!」 「何!? 確か、プレファレンスの王族って……あの、こないだ帰国したばっかりの……」 「いや、奴の妹らしい……」 「何だ……。驚かせるな」 「……安心するな。内容をよく見ろ」 「…………所詮、変人の妹は変人か……」 このような会話がとある場所で交わされていた。 |