23.選択



「…………!?」

 セオドールが顔を上げると、目に入ったのは肖像画で見たロサ・リカルディーに酷似した顔だった。

 長い銀色の髪、切れ長の銀の目、そしてまるで造形物のように整った顔立ち。

 ただ肖像画のロサ・リカルディーは柔らかな微笑みを浮かべていたが、こちらには表情というものが一切伺えず、その美貌も彫刻のように無機質に感じた。

「お前が誰かを気遣うような言葉を発するとは、珍しいな。アステール」

 微かに感嘆の吐息を漏らしながらロードナイトは呟く。

「それが必要だからです」

 読み上げるように、感情のこもらない声でアステールは答え、ロードナイトの斜め後ろに移動する。

「アステールとは一度、会っているんだったな。確か、腕か足を一本よこせと言われたんだろう? 災難だったな」

 ロードナイトはセオドールの方に振り向き、軽く笑ってそう言う。

 セオドールの脳裏に嫌な記憶が蘇る。

「だいたい、腕や足を一本失ったところで再生させる術があると言わないから、怯えられるんだ。そういったことは、しっかりと説明すべきだ」

 至極真面目にロードナイトはアステールに言う。

 そういうものではないとセオドールは思うが、相手を刺激したくはないので黙っていた。下手に何かを言って、では腕か足を一本、ということになってはたまらない。

「私としては精神的脅威を与えたつもりなどないのですが。……ああ、そういえばあの植物には血を注いでおいてくれたかな」

 あくまで無表情のままアステールは呟き、思い出したようにセオドールの方に振り向いて問いかける。

「…………」

 注いでいるはずがない。

 言いたいことはある。しかし、それを口に出したことによって被る被害のことを思うと、沈黙せざるを得ない。

「アステール」

 幸いなことに、ロードナイトが咎めるような口調でアステールを制した。

「お前は無意識のまま相手に脅威を与えるからいけない。また奴が怒り狂うぞ」

 ため息と共にロードナイトは言う。

「そういえば、私の研究室を破壊しかねない勢いでしたな。まあ、なかなか興味深いといえば興味深い現象でもありましたが……」

 考え込むアステールを横目に、ロードナイトはいっそう深いため息を漏らす。

「奴?」

 思わずセオドールは口を開くが、ロードナイトは口唇の端に軽く笑みを浮かべただけで、何も言わなかった。

「……とにかく、改めて紹介しよう。この変人が俺の弟、アステールだ。そして、カリーナはさらにこいつの下の妹になる」

 その言葉にセオドールは納得する。

 あの鉢植えに刻まれていた3人の繋がりがこれで解けた。

「さて、君に協力してほしいことがあるという話は聞いただろう。もちろん選択権は君にある。君の意思で協力してもらうか、それとも君の自我を奪って協力してもらうかだ。さあ、選びたまえ」










 アステールの言葉に、セオドールはしばし固まったまま動けなかった。

 結局、どちらにしろ協力しろということではないか。

「私とて、好んで自我など奪いたいわけではない。できるなら、君の意思で気持ちよく協力してほしいものだ」

 説得というより、脅迫である。

 自我を奪うというのも、アステールの魔力を考えれば恐らく造作もないことなのだろう。

「アステール……どうしてお前はそうやってすぐに恐怖を煽るようなことばかり言うんだ。何に協力してほしいかも言わないうちからそれはないだろう。悪いな、セオドール」

 ロードナイトが詫びる。

「俺達がやりたいのは、お前が城の地下で見た魔剣の解明だ。あの剣については色々あってな……。まあ、それはおいおい話していくとして、とにかくカリーナに似た波長を持つ人間が必要なんだ。で、お前に協力してほしいと」

「…………」

 セオドールは何も言わず、ロードナイトを見る。

「ところで、お前は魔力の込められた品が好きだそうだな。この館にはそんなもの、ごろごろしている。好きなだけくれてやる。人間界では得られぬ知識もここにはある。だが、お前が協力したくないというのなら、仕方がない。このまま帰してやる。さあ、どうする?」

 ロードナイトはセオドールに選択肢を突きつけると、後は黙ってセオドールの様子を伺う。

 セオドールにとっては、ロードナイトと会うことは望んでいたことだ。だが、こういう状況は望んでいなかった。

 だからといって、ここで帰ったとしたら、次にロードナイトと会う機会を得るのは難しいだろう。魔力が込められたという品、そして知識も魅力的である。

 それに何より、今までロードナイトやアステールが解明できなかったという魔剣には興味がある。

「……わかった、協力しよう」

 しばしの沈黙の後、セオドールは頷いた。別段、契約をしろと言われているわけでもなし、それほどの危険はないだろうと踏んでのことだ。

 その言葉を聞いて、ロードナイトが口唇の端に笑みを浮かべる。

「快く頷いてくれて感謝するよ。まあ、後で案内するがこの館内は好きに歩いてくれ。数日間滞在してもらうことになるだろうが、館内であればどこで何をしていても構わない。ただし、外には出ないように。危険だからな」

 細かいことは後で案内しながら話すと言って、ロードナイトはこの話を終わらせる。

「それで、詳しいことを話してもらいたいのだが」

 セオドールが尋ねる。

「……そうだな。まず、基礎知識から……プレファレンス王国のことから話そう。俺達が生まれた時、プレファレンス王国という国は存在しなかった」

 一呼吸置いて、ロードナイトが話し始める。

「本来、母上は国を興す気などなかったらしい。それどころか、プレファレンス家を継ぐことにすら乗り気ではなかったようだ。だが、アステールとカリーナが生まれたことにより、事情は一転した」

 ロードナイトは意味ありげな笑みを浮かべる。

「アステールとカリーナは双子だった。アステールの魔力は凄まじい。俺よりも、さらに単純に魔力だけならば魔界帝王をすら凌ぐかもしれない。それは、片割れの魔力を全て奪った故の力だった。……つまり、魔力を奪われた側、カリーナには魔界で生きて行くことは難しかった」

 いかに貴族の子とはいえ、魔界では力がない者は生きて行けない。恐らく、館から一歩も出ることなく匿われてでもいれば生きていられるだろうが、ロサ・リカルディーはそれを由としなかった。

「母上は、カリーナを人間界で育てようと思った。だが、ここでも問題があった。当時のプレファレンス家の当主は、まだ母上ではない。そして次期当主の座を巡って、母上を陥れようとしている輩がいた。……ここからが、俺にも理解し難いのだが」

 ロードナイトは大きく嘆息を漏らす。

「何を思ったか、母上はプレファレンスを王国に仕立て上げることにした。母上を陥れようとしていた輩をねじ伏せ、家を継ぐとそれを実行したのだ。建国のごたごたでカリーナのことも紛れるだの言っていたが、あれは絶対に楽しんでいるだけだったな……」

 遠い目をするロードナイト。

「多分、最初にカリーナのことを考えていたのは本当だろう。だが、どこかで何故か建国という案が出て、その時点で完全にそっちに気をとられたんだろうな。あの頃の母上は実に楽しそうだった……」

 ぼんやりと呟くような調子のロードナイトを見ながら、セオドールはそっとこめかみのあたりを指で押さえた。

 もうこれ以上幻想を抱くのはやめようとは思いながらも、これまで生きてきた17年間の思いをそうそう簡単にふっきれるものではない。

「……そういえば、城の地下にあった子供部屋。あれはいったい何なのだ?」

 今の話では、人間界で育てられたのはカリーナ一人ということになる。だが、あのような地下に世継ぎの姫の部屋があったとは考えられない。

「あれは、俺とアステールの部屋だよ。俺とアステールは魔界で育ったが、たまに人間界にも遊びに行っていたからな。その時に使ってたんだ。俺とアステールは存在しないことになってたから、ああいう目立たない場所にあるんだ」

「あのような暗い場所に? あなたはそれで良かったのか?」

 閉じこめられていたわけではないようだが、それでもセオドールは何か釈然としないものを感じた。

 しかし、ロードナイトは不思議そうな顔をしてセオドールを見る。

「……だって、俺、太陽嫌いだし」

 何故このようなことを聞くのかわからないというようにロードナイトは呟く。

「我々は半分は人間だが、もう半分は悪魔の血を引いているのだよ。君とは種族的な価値観の相違がある」

 アステールが説明する。

「…………」

 そういうものなのかと、セオドールは眉根を寄せて黙り込む。

「さて、それではそろそろ君に協力してもらうことについて説明……と言いたいところだが、今日のところは君にしてもらいたいことはほとんどない」

 アステールが淡々と話し始める。

「そうなのか?」

 ロードナイトが意外そうに呟く。

「少々時間を要するのです。……本日、君に頼みたいことは一つだけだ」

 アステールはセオドールを見据え、短剣を取り出す。

「血をもらおう」

 反射的にセオドールは逃げ出そうとするが、この部屋の出入り口はアステールの後ろのドア一つだけのようだった。

 逃げられない。

「安心したまえ。この短剣は特別製だ。これで切られたことによって生じるべき苦痛は、全て快楽へと転化されるのだよ。傷もすぐに治療する。ほら、問題はないだろう」

 確かに問題はないかもしれない。しかしそんな理屈ではなく、本能的に嫌だ。

「……お前、本当に変な物ばかり作るな……」

 呆れ声でロードナイトが呟く。

「さあ、君に逃げ場はない。おとなしくしていれば、すぐに終わる。怖いことはない」

 ロードナイトの呟きを無視して、無表情のままアステールは言う。

「いや、充分怖いと思うぞ。……ところで、血はどれくらい必要なんだ?」

「だいたい二、三滴もあれば何とかなるでしょう」

「……それでそんな短剣取り出すなよ」

 大きな嘆息を漏らすと、ロードナイトは立ち上がってセオドールの前まで歩いていく。

「少しじっとしてろよ」

 そう言いながら、ロードナイトは小瓶を取り出して片手に持ち、もう片方の手でセオドールの手の甲に触れる。人差し指と中指とで探るようになぞっていき、ややあって動きを止める。

 すると、小瓶の中に赤い液体が出現し、ぽとぽとと数滴こぼれ落ちる。

 それを確かめると、ロードナイトはセオドールから手を離して、アステールに向かって小瓶を投げる。

「数滴でいいなら、こういう手があるだろうが。傷をつけてその後治療するよりよほど効率的だ」










「うう……」

 セオドールは自分のために用意されたという寝室に入るなり、ベッドに倒れ込んだ。

 とにかく疲れた。

 今日は本当に色々なことがあった。朝にルテールから何だかんだと言われたことが、随分昔のことのように感じる。

 今、自分は魔界にいるのだ。

 そのことについて考えを巡らせる前に、睡魔が襲ってくる。それに抗うことなく、セオドールは目を閉じた。

「……おや、残念。もう眠ってしまった後か」

 穏やかな寝息をたてているセオドールの横に、突然黒い影が現れる。

「まあいい。夢の中まで押し掛けていくというのも無粋な話だしな」

 黒い影はセオドールの横に白い薔薇をそっと置く。

「良い夢を」

 微かに笑うように呟いて、黒い影はすっと辺りに紛れ込むように姿を消した。





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