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「……プレファレンス初代王子?」 たっぷり数十秒間の沈黙の後、やっとのことでセオドールは口を開いた。 具合の悪さも驚愕の大きさに覆われてしまう。 「そう。驚いたか?」 意地の悪そうな笑みを浮かべながら、ロードナイトは問う。 セオドールは呆然とロードナイトを見つめることしかできなかった。 ロードナイトのブルーグレイの髪に淡い紫色の瞳は、ロサ・リカルディーの容姿からかけ離れている。ただ、言われてみればその顔立ちにはどことなく肖像画のロサ・リカルディーの面影があるようにも思えた。 このことは完全に予想外のことだった。ロードナイトのことは『魔界宰相』としか考えていなかったのだ。 プレファレンス初代王子であろうと思ったのはむしろ……。 「まあ、そう焦るな。お前が望み、承諾するのならば全て話してやる」 セオドールの疑問を封じるようにロードナイトは言う。 「さて……」 ロードナイトはセオドールの横に視線を移す。 思わずセオドールはその視線の先を追う。自分のすぐ横だ。するとそこに立っていたのは、見覚えのない長い黒髪と金色の瞳を持つ青年だった。 セオドールは微かに眉根をよせ、青年をまじまじと見るがやはり見覚えはない。 ロードナイトは青年に向け、軽く笑いながらセオドールのわからない言葉で何かを言う。 これがおそらく、魔界語なのだろう。文章であればある程度理解できても、実際の発音まではよくわからない。 両者の間でいくつか魔界語らしきやり取りがあった後、青年はロードナイトの言葉に苦笑しながら頷くと、空間を歪ませてその姿を消した。 この去り方には、見覚えがある。 セオドールはロードナイトに視線を戻す。するとロードナイトもセオドールに視線を戻したところのようで、目が合った。 「さあ、何から話してほしい?」 セオドールが口を開くより早く、ロードナイトがそう言う。 先手を封じられ、セオドールは口をつぐむ。 聞きたいことは山ほどある。だが、改めてこう言われると、何から聞いてよいのかわからなくなってしまう。 「……私をここに招いた理由は?」 少し考え、最も大きいであろう問題から尋ねてみる。 「そうだな。お前に協力してもらいたいことがあるからだ」 口元の微笑を絶やさずにロードナイトは答える。 「協力? 魔界宰相ともあろう方が私に何を協力してほしいと?」 セオドールは信じられないというように問う。 「それがわけありでな。お前が城の地下で見た魔剣にも関係があることだが、俺たちでは力が強すぎて駄目なんだ」 「……どういうことだ?」 「まあ、その話はもう少しで詳しい奴が来るから、それからだ。長い話になるしな」 ロードナイトははぐらかすようにそう言うと、次の質問を促す。 セオドールはしばし黙り込む。 「……あなたは、ロサ・リカルディーの息子なのだろう?」 ややあって、意を決したように口を開く。 「ああ、そうだな」 あっさりとロードナイトは答える。 「そのように生まれて、幸せだったか?」 「……くっ」 セオドールの問いに、ロードナイトは何度か瞬きを繰り返した後、俯いて笑い出した。 「…………」 問いかけた本人は憮然と、笑い続ける相手を見る。 「……いや、まさかそんなことを言い出すとはな」 ようやく笑いをおさめると、ロードナイトは呟く。 「確かお前は現プレファレンス第二王子だったな。王と王妃の間に生まれた、正当な子。隠されなければならなかった俺とは違う。……俺の答えの前に、お前に尋ねよう。お前はそのように生まれて、幸せか?」 ロードナイトの言葉に、セオドールは口唇を噛んで俯く。 自分の血には誇りを持っている。だが、今までの生い立ちを考えて幸せだったとは言い難い。 セオドールが沈黙していると、ロードナイトは笑って軽く両手を広げる。 「……つまり、そういうことだ」 この答えに、セオドールはやや顔をしかめる。 その表情を見て、ロードナイトは苦笑しながら足を組み直す。 「俺は魔界公爵である父と、人間界の貴族の娘である母との間に生まれた。確かに珍しいことではあるが、それはそれだけのことだ。……本当の不幸とは、こういうことではないのさ……」 俯き加減に、ロードナイトは低い笑い声を漏らす。 その笑い声に含まれた不吉なものに、思わずセオドールは身震いする。粟だった肌を鎮めるように自らの両腕をさすり合わせる。 「……聞きたいか? 俺の生い立ちについて……」 地の底から響くような声に、セオドールは反射的に首を横に振っていた。 確かに興味はあるのだが、恐怖が好奇心に勝ってしまったのだ。 「残念だな……」 ぼそっとロードナイトは呟く。 この場の暗い雰囲気から逃れるため、セオドールは何か別の話はないだろうかと、記憶を探る。 そして、はっと気が付いた先程のロードナイトの言葉、『魔界公爵である父』。 つまり、どの記録にも載っていなかったロサ・リカルディーの夫のことだろう。 セオドールはそっとこめかみのあたりを指で押さえる。ある程度予想していたこととはいえ、初代女王の夫が悪魔などというのはあまり楽しい話ではない。 ロサ・リカルディーの夫が不明なのも、当然のことだろう。夫が悪魔であるなど、絶対に公表できるはずがない。 そういえば、魔術学院の理事長もロサ・リカルディーの夫のことを尋ねた時、動揺しているように見えた。もしかしたら、理事長はこのことを知っていたのかもしれない。 「…………」 そのようなことを考えているうちに、最も嫌な考えにたどり着いてしまった。 初代女王の夫が悪魔ということは、自分にも悪魔の血が流れているのではないだろうか? 「……尋ねたいことがある」 セオドールは思い切って、ロードナイトに声をかけた。 ずっと俯いたままだったロードナイトが、訝しげに顔を上げる。 「……もしかして、私にも悪魔の血が流れている……の……では?」 ひきつった笑みを浮かべながら、セオドールは呟く。声が強張っているのが自分でもわかった。 ロードナイトはそれを聞いて、今までの沈んだような表情を打ち消し、実に楽しげににっこりと笑う。 「もちろん」 セオドールは頭を抱えてソファーの上にうずくまる。 自分に悪魔の血が流れているなど、どうして考えられるだろうか。よく鬼だの魔物だと言われてはきたが、本当にそのようなものだったとは。 以前、理事長に言われた『悪魔の子孫め』という言葉は、比喩でも何でもなかった。言葉通りの意味だったのだ。 さらに自分がそうだということは、あの頼りない父王も、間の抜けたルテールも、そしてアルメリア……は妥当として、とにかく皆が悪魔の血を引いているのだ。 以前、神殿での儀式に出席した時に、どうも落ち着かなかったことがあった。しかもルテールまでもがあまり落ち着かないと言い出し、珍しく意見が一致したことは、この血が原因だったのだろうか。 このことを国民が知ったら、どう思うだろう。神殿に知られたとしたら、悪魔狩りでもされるのだろうか。 そして、クラレンスがこのことを知ったとすればどうするだろう。悪魔と外的に関わりを持っているどころか、この血そのものが悪魔と関わっているのだ。 「……お前、意外に道徳心があるんだな」 苦悩するセオドールを見て、感心したような、呆れたような口調でロードナイトが呟く。 「……そのようなことを言われたのは……初めてだ……」 妙に悲しくなってくる。 「大丈夫だ。父上はとにかく嫌な奴だが、誰もが認める上級悪魔だ。そこいらに転がっている下級の連中とはわけが違う。お前も胸を張っていいぞ」 「うう……」 一応、慰めているのかもしれないが、もしかしたら単にセオドールの反応を楽しんでいるだけなのかもしれない。泣きたくなってくる気持ちを押さえ、セオドールは呻き声を漏らす。 「今日までのプレファレンス王国の繁栄を見てみろ。これも母上が最高の子孫をと、夫を決めた結果だ」 さらにセオドールの傷をえぐるようなことを言うロードナイト。 ずっと憧憬を抱いていた初代女王が、実は自分など足元にも及ばぬほどの背徳者であり、これほどの苦悩を自分に与えるとは思いもしなかった。 セオドールは頭を抱える手に力を込める。 「目的を果たす前に、使い物にならなくされては困りますな」 さらにロードナイトが何かを言おうとした時、それを遮るように別の声が響いた。 「この者は兄上の戯れに耐えられるほど、心が強くないと見える」 無表情な声が響く。 この声は聞いたことがある。 声の主を見ようと、セオドールは頭に置いた手をはずし、引き寄せられるようにゆっくりと顔を上げた。 |