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朝食をとり終え、地下に向かおうと王子宮を歩いていると、ルテールに呼び止められた。 「お前、城の地下に出入りしているそうだな。いったい何をしている?」 ルテールは問う。 セオドールは一瞬、何かを勘付かれたかと思い、ぴくりと眉をつり上げる。しかし、ルテールの表情を見る限り、そのようなことではなく、単純な好奇心のようだったので、ひとまず胸をなで下ろした。 「……地下にはまだ、私の知らぬ場所がある」 セオドールが当たり障りのないようにそう答えると、ルテールはふうんと気の無い返事を返す。 「そうだな。お前はそういうわけのわからないもの、好きそうだからな」 いまいち釈然としないが、ルテールはすんなりと納得したようだ。 「だが、あの昔は地下牢として使われていたという場所は出るという話だぞ。気をつけるんだな」 ルテールの言葉にセオドールは軽く眉根を寄せる。 「出る、とは?」 「決まっているだろ。怨霊だよ。昔の罪人の恨みが……」 「下らん」 途中でルテールの言葉を遮る。 「……本当に失礼な奴だな。ああ、そうか。お前はそういった怨霊のような輩とは仲良くなれそうだからな。いらぬ心配だったな」 少し腹を立てながらルテールは言う。 もっとも、あの悪魔のことを考えれば、この言葉は当たらずとも遠からず、なのかもしれないが。 「言いたいことはそれだけか?」 冷たくセオドールが言う。 「ああ、私が馬鹿だったよ。お前にこんなことを言うなんてな」 ため息を漏らしながらルテールは呟く。 「……そうそう、あの地下には秘密が封じられているとの話もあったな」 セオドールに背を向け、去り際にルテールはそう漏らす。 「何だと?」 その言葉に興味を引かれ、セオドールはルテールを呼び止めようとする。 ルテールもそのようなセオドールの反応は予想していたようで、背を向けたまま立ち止まる。 「おや、私の話など聞きたくないのでは?」 「……いいから、言え」 意地悪そうに向けられた言葉に歯噛みしながら、セオドールは話の続きを促す。 「なに、王家には表沙汰に出来ないことがつきものだろう?」 「どういうことだ?」 「例えば、生まれながらにその存在を抹消された者もいるだろう」 「…………」 地下の奥にあった、あの子供部屋が頭に浮かぶ。ルテールは何かを知っているのだろうか。 「もっとも、不思議なのはお前が正規の王族なことだ。私と兄弟とはどうも思えない」 「安心しろ。私も貴様と兄弟とは思えん」 取りあえず憎まれ口を返しながら、ルテールの様子を伺う。 「……それはさて置き、あの地下牢はそういった者を一生幽閉していたこともあるそうだ。生まれてから死ぬまでの間、一生太陽の光を見ることもなく、暗闇と無機質な壁に囲まれた部屋で過ごしていたのだろうな。怨霊となるのも無理はないと思わないか?」 「…………」 「まあ、実際はいつまでそのようなことをしていたのか、私も知らないのだがな。ただ、あの地下牢にはそういった暗い念が染み付いている。誰もいないはずなのに足音が聞こえただの、扉の閉まる音が聞こえたとの話もある。せいぜい、気をつけろ」 そう言って、ルテールは去って行った。 セオドールは考え込み、その場に立ち尽くす。今、ルテールが言っていたことと、あの子供部屋、そして何かが繋がりそうだった。そして、もしやその足音や扉の閉まる音を作り出した者は、アステールではないだろうか。 考えながら、セオドールはふと別のことに疑問を抱く。 「そういえば……ルテールは結局、何を言いたかったのだ……?」 思わせぶりな態度ではあったが、地下牢の秘密についてさして知っているようでもなかった。途中でセオドールの気を引くためにその言葉を出したのだろう。 もしや、わざわざそのようなことをしてまで、気をつけろと言いたかったのだろうか。この程度の話でセオドールが怖がるとは思わないだろうから、ただ単に脅しに来ただけどは思えない。 口では兄弟とは思えないなどと言いながら、実はしっかりと弟の心配をしているのではないだろうか。 「……おめでたい奴だ……」 苦笑を浮かべながら、セオドールは呟いた。 ルテールの話は一応聞いたものの、当然忠告は無視し、セオドールは地下にやって来ていた。 子供部屋と思しきあの部屋はやはり可愛らしいままで、鉢植えの蔓には白い花がまだ咲いている。 自分の血を養分にしたと考えられる白い花。よく見れば、やや銀色がかっているようにも見えた。セオドールの生み出した光球の輝きに応えるように、うっすらと燐光を放っている。 「ここは許されざる子の部屋。光の道を閉ざされ、闇の道を歩んだ初代王子の部屋」 突然、低い声が響いた。 「なっ……」 驚いてセオドールは声の方を振り返る。誰かはわかっているが、ここで現れるとは思いもしなかった。 見慣れた黒い陰を認めると、セオドールは次なる疑問に捕われる。 「初代王子、だと? どういうことだ?」 記録上、ロサ・リカルディーの子はカリーナ姫一人だけだ。三代目に王位を継いだカリーナ姫の息子が、最初の王子のはずである。しかし、彼のことを言っているわけではないだろう。 「知りたいか?」 「当然のことを聞くな」 悪魔のじらすような態度に苛立ちながら、セオドールは先を促す。 「本来ならば契約を、と言うところだが、今日は少々事情が違う。おとなしく話してやるとしよう」 その事情とは何かと疑問には思ったが、それよりも今は初代王子についての話が優先だった。セオドールは黙って続きを待つ。 「初代女王の最初の娘は、次期女王となった姫だ。それは違いないが、彼女は初代女王の最初の子ではなかった」 「何……だと?」 それは、衝撃的な話だった。 その可能性を示唆するような材料は今までになかったわけではない。しかし、あえて考えないようにしていたのだ。 「お前の尊敬する初代女王は、自らの子をこのような地下に封じ込めていたというわけだ。これも王家に生まれた者にしてみれば、当然のことと考えるか?」 セオドールは答えなかった。ただ、両腕で固く自らを抱きしめるだけだった。身体が小刻みに震えている。 幼い頃から彼女こそ自分の母と思い、憧憬の対象となってきた。その彼女が、そのような仕打ちをするなど考えたくはなかったのだ。 「……信じない、そのようなこと」 ようやく、掠れた声でそう呟く。 「愚かな幻想に捕われるとはな。お前も所詮は、ただの人間というわけか?」 悪魔はセオドールに近づき、顎に手をかけてやや乱暴に持ち上げる。 まるで置いていかれた子供のような、困惑した表情のセオドール。これまで決して誰にも見せたことのないような表情だった。 「……何という顔をする。最近のお前は、以前のあの高慢な美しさが欠けてきている。もはや牙は折れたか? 氷は溶けたか?」 嘆息とともに悪魔が言う。 「お前は初代女王が自らの母であればと願っていたのだろう? その能力故に特別扱いをされた自分を、彼女ならば普通に愛してくれたのではないかと。……だが、仮に彼女がお前の母親だったとしても、本当にお前を愛してくれたか?」 優しい口調で悪魔は言い、そっとセオドールの頬を撫でる。 しばらく茫然と焦点の定まらぬ瞳を向けていたセオドールは、ややあって悪魔の手を乱暴に振り払って俯いた。 「そして、ようやくお前のことを気にかける者が現れたと思えば、その者も今はお前の側におらず、心までもが遠ざかりつつある。哀れなものだな」 「……黙れ」 低く呟き、ゆっくりと顔を上げる。 もはや先程の困惑した表情は消え失せ、激しい怒りだけがあった。 「貴様ごときに哀れまれる筋合いなどない! 失せろ、悪魔!」 鋭いアイスブルーの瞳で、相手を射殺さんとばかりに睨み付けながら、セオドールは叩き付けるように叫ぶ。 「……冷たい炎、だな。やはりお前はこのような時が最も美しい……」 感心したように悪魔が呟く。 「さて、もう少し遊んでいたいが、そうもいかない。そろそろ刻限だ」 言いながら、悪魔は周囲の空間を歪ませて行く。 「早々に去れ!」 セオドールは吐き捨てるように言い、悪魔から顔を背ける。 「だが」 悪魔はセオドールの腰に手を伸ばし、引き寄せる。不意を付かれたセオドールは、あっさりと悪魔の腕に捕われてしまった。 「今日は、お前にも来てもらうぞ。……さあ、行こう。魔界へ」 世界が回るような、吐き気をもよおす感覚に襲われる。 高位の術者が使用する空間移動、それをさらに強力にしたようなものなのだろう。打ち破ることなど出来ず、身をねじられるような不快な感覚にただ耐えるしかなかった。 悪魔は自分を魔界へと連れて行こうとしている。今まで、微かに手掛かりらしきものを与えはしても、導こうとはしなかった。それが、どういう変わりようだろうか。 ややあって、ようやく不快な感覚が途切れる。 「……」 「…………」 何か会話が聞こえる。しかし、何を言っているかわからない。よく聞こえないのではなく、言葉自体が聞いたことがないものだった。 セオドールはソファーらしきものの上におろされるが、まだ気分が悪く、身体を動かすことは叶わない。ゆっくりと目だけを開けてみる。 すると、向かいのソファーにはセオドールよりいくらか年上に見える美貌の青年が腰掛けていた。ブルーグレイの髪に淡い紫色の瞳という、およそ普通の人間には見えない容貌を持つ青年だ。 その端正な口元に浮かぶ薄い笑みはどこか背筋を冷たくさせるものがあり、同時に揺るぎ無い自信が表れていた。 そして何より、その圧倒的な存在感。明らかに格が違う。あの悪魔よりも、そしてアステールよりも強い威圧感を感じた。 彼はセオドールと目が合うと、口元の笑みを深くし、ソファーに腰掛けたままゆっくりと手を差し出した。 「ようこそ、魔界へ。俺が魔界宰相、ロードナイトだ。……それとも、プレファレンス初代王子と言ったほうがいいかな?」 |