15.追念



 理事長の訝しげな視線がセオドールに突き刺さる。

「…………」

 セオドールは無言でその視線を受け止めていたが、不意に目をそらして吐息を漏らす。

「……これだ」

 鞄の中から『よくわかる魔界語』の本を取り出し、理事長に見せる。

「これは……。何ていう物を残しておくんだ、あの女は……」

 理事長は頭を抱え込む。

「そういえばあの女は、何をしでかすかわからない奴だった……。家を継ぎたくないだの言っていたと思ったら、いきなりゲームと称して王国を仕立て上げるし……日記だってわざわざこんなところまで見せに来るし……」

 理事長がぶつぶつと呟くのを聞き、セオドールは悪魔との関わりから話はそれたようだと安堵した。

 同時に、その内容に興味をひかれる。

「ゲーム?」

「そう、命を賭けたゲームだと言っていた。失敗すれば反逆者やら簒奪者だの言われて処刑されるという悲惨な運命が待っているからこそ、面白いとな。こいつはろくな死に方しないな、と思ったもんだ。……結局、成功したわけだがな。確かに奴は性格が悪かったが、優れた能力を持っていたことは認めざるを得ない」

 軽く肩をすくめながら言う。

「……で、お前はその本で魔界語を学んだのか?」

 理事長は話を元に戻す。

 セオドールは一瞬、虚を衝かれて黙り込んだが、すぐに思考を戻した。

 もう少しロサ・リカルディーの話を聞きたかったが、どうやら理事長はこれ以上話したくないらしい。だから話を元に戻したのだろう。

「……そうだ。この本だけでは難解な魔界語を解読できなかったのだ」

 それは嘘ではなかった。実際、魔界語は独学で学んだのだ。悪魔に教わったわけではない。

「なるほどな……」

 理事長も納得したようだった。

「……それにしても、ロサ・リカルディーがわざわざ日記を見せに来たのか?」

 セオドールは意外そうに尋ねる。

「そうだ。奴はそうやって俺に嫌がらせをするんだ。忘れた頃にやってきては俺を精神的に叩きのめして行く……。奴が帰りの通路として備え付けていった『想いが池の水』だって処分したつもりだったのに、こうして奴の子孫に巡るなんて、何の因縁だ……」

「何故、もっと早くに『想いが池の水』を処分しなかった?」

「呪われそうだからに決まってるだろ。今回だってやっとの思いで処分したんだ」

 顔をしかめながら理事長は言う。

「呪われそう……」

 思わず理事長の言葉を繰り返してしまう。

 今までロサ・リカルディーに対して抱いていたイメージと、理事長の言っていることは何かが違う。

「聞きたいことはそれで終わりか?」

 理事長は一刻も早くこの面会を終わらせたいようだった。

「ロサ・リカルディーについて、他に何か知らないのか?」

「……俺だって、奴についてそんなに詳しく知っているわけじゃない。俺がまだ理事長になる前、奴が何だかを探してルーンキングダムに来たとき以来、たまに現れては嫌がらせをしていくだけなんだ」

 そこで言葉を区切り、理事長はしばし考え込む。

「……お前、『ロードナイト』を知っているか?」

 軽く眉根をよせ、声をひそめて理事長は問いかける。

「……ロードナイト? 宝石の? ロサ・リカルディーが好んだ石だと伝えられているが……」

 セオドールは何故このようなことを聞くのだろうと疑問に思いながらも、素直に答える。

「……なるほど。だが、それではない。……どうしてもロサ・リカルディーについて知りたければ、『ロードナイト』にでも尋ねるんだな」

「ロードナイトとは、人の名か?」

「う〜ん……まあ、生物だな。知能は高いらしいぞ」

 理事長ははぐらかすように答える。

「どこにいる?」

「……お前の国に手がかりがあるんじゃないか?」

 セオドールは城の地下に封じられていた部屋を思い出した。

 難解な魔界語が刻まれた鏡や、未だ解読できなかった様々な本があったはずだ。

 しかし、それも今見たところで解読できようはずもない。

「高度な魔界語を、あなたは知っているのか?」

 目の前にいる人物は、魔界語を知っているはず。もしかしたら、解読できなかった難解な魔界語をも知っているかもしれない。

「……まさか、俺に教えてくれなんて言わないよな……?」

 理事長の顔がひきつるが、セオドールはかまわず首を縦に振る。

「えーと……」

 冷や汗を流し、セオドールから顔をそらすと理事長は立ち上がる。そして机の引き出しを探し始めた。

「……あった。これだ」

 一冊の本を手にとり、それをセオドールに渡す。

「……『魔界語・上級編』?」

「これで勉強できるな? さあ、そいつはやるから帰ってくれ。そして二度とその顔を俺に見せないでくれ」

 そう畳み掛け、理事長はセオドールに退室を促す。

 セオドールは何か釈然としないものを感じながらも、立ち上がった。これ以上は聞いても無駄のようだ。魔界語の本が手に入っただけ、よしとしよう。

「それじゃあ、気を付けてな。喧嘩に巻き込まれたり、馬車に轢かれたり、川に落ちたりして死ぬなよ」

 上辺だけが温かい理事長の言葉が響く。

 相当嫌われているようだ。セオドールはため息を漏らして、部屋から出ようとする。

 しかし、ドアを開けたところで思い出したように一度だけ振り返った。

「……あの館で何をしていた? あの羽根はいったい……」

 答えを期待しない問いかけ。

「…………」

 理事長は答えない。予想通りだった。

 セオドールは軽く瞬きをすると、理事長に背を向け、部屋から出た。そしてドアを閉めようとする。

 そのとき、微かに聞こえた。

「……待っているんだ。……今でも…………て……いる……」

 今にも泣き出しそうなほど、悲しみを帯びた声が。

 セオドールは目を伏せ、何も言わずにそっとドアを閉めた。










「セオドール様、どうなさいました? お加減が悪いのですか?」

 ずっと黙ったままソファーにその身を沈めているセオドールに、クラレンスは心配そうに声をかけた。

「ああ……いや、そうではない」

 ゆっくりとセオドールはクラレンスに向き直る。

「あ……これ、お返しします。ありがとうございました」

 今朝、セオドールが預けたペンダントをクラレンスは主に返す。

「……試験はどうだった?」

 ペンダントを受け取りながら、問う。

「うっ……い・いえ、多分、大丈夫だと……」

「自信がなさそうだな。結果はいつ出る?」

「……明日です」

 うつむきながら、上目遣いにそっとセオドールの様子を伺う。

「そうか。確か、今回の試験に合格すれば、最終の卒業試験を受験できたな?」

「はい……」

「ならば、早々に卒業試験に合格しろ。私はもうすぐプレファレンスに帰る」

「えっ? もう、お帰りになるんですか?」

 はっと顔をあげるクラレンス。

「用件は済んだ。今度はプレファレンスに用がある」

「はあ……」

「だから、二週間以内に卒業しろ」

「……そんな、無茶苦茶な……」

「私が勉強を見てやろう」

 茫然とするクラレンスに、セオドールは迷いのない言葉をかけた。

「…………」

 もうクラレンスは何も言えなかった。

 セオドールは本気である。本当に二週間以内で卒業させる気だ。

 クラレンスはこれからの勉強地獄を考えると、眩暈がしてきた。

「……申し訳ありませんが、気分がすぐれないので休ませてください……」

「そうか。体調には気を付けろ。これから勉強ができなくなっては困るからな」

「失礼します……」

 追い討ちをかけるセオドールの言葉にふらふらとしながら、クラレンスは部屋を出ていった。

「…………」

 一人になり、セオドールは先ほど返ってきたロードナイトのペンダントを眺める。ロサ・リカルディー自身が身につけていたという、数百年の時を経て未だ色褪せることのないペンダントを。

 ややあってふと顔を上げ、視線を宙にさまよわせながらため息を漏らす。

「……今日は、来ないのか……」

 ぽつりと呟く。

 いつもなら、ここで悪魔が現れるはずだ。そして契約をと言いつつ、結局はセオドールの知りたいこと、その大部分を教えて行く。

 しかし、今日は現れない。

 セオドールは掌中のペンダントを軽く握る。指の隙間から微かにのぞく、鮮やかな薔薇色を見つめ、そっと吐息を漏らした。

「ロードナイト……か」





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