14.懐疑



 天より白き光が舞い下りた。

 気高く、清冽なその姿は畏怖の念をかきたてるほど。

 その光と対峙しながらも、光に呑まれることなく存在する者が一人。

「……そなたは何者だ?」

 白き光は問う。

 だが、答えはない。

「答えよ!」

 声を荒げた追求。

「あ…………て……いる」

 ようやく答えが返る。

 掠れた声で、言葉の端々を途切らせながらも、それだけを繰り返す。

「なっ……」

 白き光は絶句する。

 推定した答えのどれにも当てはまらない答えは混乱を招いた。

「…………」

 ばさり、と純白の翼がひろがる。

 天から舞い下りた光は、再びあるべき場所へと戻っていった。

 白き光が残したものは、たった一枚の羽根――。










 理事長との約束の日がやって来た。

「俺、今日はテストですので……」

 ここ数日の猛勉強で憔悴しきったクラレンスがおそるおそるセオドールに言う。

「そうか……。頑張ってこい」

「は……はいっ」

 あっさりと答えたセオドールに、クラレンスはやや拍子抜けしながらも、ほっとしていた。

 理事長との面会に自分もついていかなくてはならなかったら、テストはどうなるのだろうとずっと不安だったのだ。

「ここ数日、私が勉強を見てやったのだから、当然それなりの成績をとれるな?」

「うっ……努力します……」

 ほっとしたのもつかの間、すぐに新たなプレッシャーをかけられる。

 この数日間、胃の休まる暇はなかった。予想通り、セオドールの教え方についていくのは困難を極めた。幸いにもセオドールが腹を立てたのはほんの数回で済んだが、その分寝る暇もないほどに勉強しなくてはならなかったのだ。

「どうもお前は即断力に欠けるところがある。これでも持っていけ」

 そう言ってセオドールはクラレンスにペンダントを渡した。

「これは……?」

「ロードナイトのペンダントだ。ロサ・リカルディーの時代から伝わる、まあ、御守りだな。絶対になくさないように」

「あ・ありがとうございます!」

 クラレンスはそのような大事なものを自分に貸し与えてくれたということに感激していた。いつものつらい仕打ちもこの時ばかりは頭から消え失せる。

「これだけのことをして、いい点数がとれないはずがないな? 楽しみにしているぞ」

 クラレンスの感激に水を差すように、やはりとどめの言葉を忘れないあたりがセオドールだった。










 理事長の部屋の前。

 クラレンスを連れてこなかったのには理由がある。ロサ・リカルディーの日記によれば、理事長は魔界とも関わりがあるらしい。そのことをクラレンスに知られては都合が悪かった。彼が今日テストだったのは、幸運なことだったとセオドールは思う。

 ドアをノックすると、中から『入れ』と声がする。

 言われたとおりセオドールが中に入ると、そこには理事長がいた。

「やっぱり来たか……」

 ため息混じりに呟くが、以前、館で会ったときほどの刺々しさはない。

「もちろんだ。聞きたいことは山ほどあるからな」

「……まあ、座れ」

 理事長は来客用のソファーを差し、自らもその反対側に座る。

「で、何が聞きたい? さっさと話してさっさと終わらせたいんだ。お前に奴の血が流れていると考えただけで腹が立つからな」

 嫌そうな理事長の声に、セオドールは軽く首を傾げる。

「そもそも、何故ロサ・リカルディーのことをそれほどに嫌う?」

「いや……そう言われると、直接恨みがあるのはアル・アーディルのほうなんだよな……。よく考えると、ロサ・リカルディーには嫌がらせをされたくらいか……でも、半端じゃない嫌がらせだったからなあ……」

「……嫌がらせ?」

「ああ、聞かないほうが身のためだぞ……」

 悲愴な表情を浮かべて言う。

「……では、アル・アーディルへの恨みというのは?」

 何とも言えぬ威圧感を感じ、セオドールはそれ以上の追求をやめた。

「そんなこと、思い出したくもない。そんなことより、もっと別に聞きたいことはないのか?」

 苛々したように理事長は言う。

「わかった。ならば、この『想いが池の水』について聞きたい」

 単純な好奇心から尋ねたことだったので、正直たいして興味も無いセオドールはあっさりと話を切り替え、持参した鞄の中から瓶を取り出す。

「……そうか、裏研究室に行ったんだったな。まったく……何の因縁だか……。それは、大昔にロサ・リカルディーが置いていったんだよ。そいつは一方通行でな、思い描いた場所に導いてくれるはいいが、水自体はそこから動かないんだ。だから、ロサ・リカルディーがここからその水を使ったときに『取っておけ』と言い残していたやつだ」

「ロサ・リカルディーの日記によれば、魔界で手に入れたとあるが……?」

「……奴の日記なんて読んだのか。……ちょっと待て。何か、とんでもないことが書いてなかったか……?」

「……とんでもないこと?」

 セオドールは記憶を探る。魔界に行ったこと自体、とんでもないことだとは思うが、理事長の言いようからするとそれ以上のようだ。生憎、思い当たる節はなかった。魔界編は完全に解読できたわけではないので、その中にあるのかもしれないが。

「いや……別に……」

「そうか。それならいいんだ。……とにかく、その『想いが池の水』はその名の通り、想いが池というところの水だ」

 理事長は話をそらすように、話題を『想いが池の水』に戻す。

 セオドールはふと、この『想いが池の水』のことを口にのぼらせた途端に悪魔の態度が変わったことを思い出した。

「その『想いが池』というのはどこにある?」

「魔界だ。……しかも、魔界の中枢部、魔界帝王所有の特殊な場所という話だ」

「魔界帝王所有? 何故そのようなところにロサ・リカルディーが……」

「ロサ・リカルディーは魔界帝王にけっこう気に入られているようだったからな……」

 理事長は嫌なことを思い出した、というように首をふるふると振る。

 何故理事長がそのようなことまでを知っているのか興味はあったが、尋ねたところで答えてはくれないような気がした。

「この話はもうやめにしたい。他に何かないのか?」

 予想通り、理事長はその話題を終らせようとする。

 悪魔が何故態度を変えたのかは何となくわかるような気がしたので、これ以上のことはあきらめることにした。

「ロサ・リカルディーの夫について知らないか?」

 この間から抱いていた疑問をぶつけてみる。

「……知らないな、そんなもの」

 理事長は顔をしかめながら答える。

「国で見たどの記録にも載っていなかった」

「……そりゃそうだろうな……」

 しみじみと呟く。

「何か知っているのではないか?」

 セオドールの追求に、理事長は激しく首を横に振った。

「知らんと言ったら知らん。……だいたい、奴の結婚の公式発表なんてなかったぞ。その時代から生きている奴に聞いてみろ。誰も知らないから」

「……無茶を言うな……」

 セオドールはこめかみを指でそっと押さえる。

 400年以上も生きている人間など、驚異の存在だ。ただ、この理事長がそうなので、決していないわけではないのだが。

「さ、次の話」

 理事長は早々にこの話を切り上げたいらしい。

 セオドールは何か釈然としないものを感じたが、素直に従うことにした。

「……ロサ・リカルディーが魔界から持ち出したという魔剣について何か知らないか?」

 いよいよ、最大の疑問を投げかける。

「……ああ、あの何だかの遺跡を開くための剣か? 剣の行方は知らないな。遺跡を開くことには成功したって聞いたけど」

「そうか……では、その遺跡はどこにある?」

「もしかして……行くつもりか? やめておけ。あんなところ、まともな人間の行く場所じゃないぞ。それに、もうあの遺跡は空っぽのはずだ」

「そうなのか……?」

 遺跡を開いたということは知っていた。だが、その部分は冒険終盤だったので難解な魔界語で書かれており、あまり詳しくはわからなかったのだ。

「お前、ロサ・リカルディーの日記を読んだって言っていたよな。それには書いていなかったのか?」

「いや……」

 どう答えていいものか、セオドールは悩んだ。

 難解な魔界語で書かれていたので、完全に解読できませんでしたと言っていいものか。

 理事長が魔界と関わりがあるということはロサ・リカルディーの日記に書かれていたが、それも詳しくはわからなかった。ここで不用意に自分が悪魔と関わりがあるなどということを漏らしては、立場の崩壊にも繋がりかねない。

 最悪、生命の危機すら招く。さすがに一国の王子が悪魔と関わりを持っているなどということが露見してしまってはまずい。

 しかし、魔術学院の理事長が魔界と関わりを持っている、と言ってもたいして気にならないのは何故だろうか。

「そういえば……考えてみれば、奴の日記は魔界語で書かれていたような記憶があるが……お前はそれを読んだということか? 何故、魔界語なんて知っている?」

 理事長の不審の眼差しがセオドールに向けられる。

「まさか……悪魔と繋がりがあるなど、言わないだろうな……?」





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