13.羽根



「ふふふ……俺、いつ卒業できるのかなあ……」

 虚ろな笑い声を響かせながらクラレンスは呟いた。

「まだ卒業試験に合格していないのか?」

 何気ないセオドールの一言。

「……ええ、ええ。俺はハイ・クラスまで飛び級で卒業した貴方様とは違うんです。ハイ・クラスに行くことなんて考えてもいませんよ。でも、卒業はまだなんです」

 クラレンスはセオドールの顔を数秒間無言で見つめ、不意に顔をそらすと投げやりな口調で言い捨て、盛大なため息をつく。

「それなのにこーんな所まで来て、俺、いったいどうなっちゃうのかなあ……」

 乾いた笑いを浮かべながらクラレンスは誰に言うともなく呟く。

 今、彼らは魔術学院の理事長がいるという館に向かい、馬車に揺られていた。

 出発してからすでに3日目である。

「そうか。それならば戻ったら、私が勉強を教えてやろう」

「……ありがたいお言葉……」

 そう言いつつも、クラレンスの顔は暗かった。何故ならば、セオドールは自分と同じ速度で相手が理解しないと、腹を立てるのだ。もちろん、セオドールと同じ速度で理解するなど、不可能である。

「ほら、見えてきたぞ。あの今にも崩れ落ちそうな館だ」

 窓から外を眺めながらセオドールが言う。

「……はあ……」

 クラレンスは楽しそうなセオドールの姿を見ながら、全てをあきらめた。










 夕方頃、ようやくその館にたどり着いた。

 閑散とした館からは、人の住んでいるような雰囲気は感じ取れない。

「本当にここに理事長がいるのか……?」

 思わずセオドールは呟く。

「……どうなんでしょう」

 クラレンスも疑わしげな返事を返す。

 だが、その情報が信用できるのか、どこからの情報なのかといったことは決して聞かない。たとえ尋ねたところで、セオドールは答えないばかりか、嫌な顔をすることがわかっているからだ。

「入ってみればわかるか……」

 セオドールは朽ちかけた扉に手を伸ばした。

 しかし、セオドールの手は扉に触れるか触れないかのところで止まってしまう。

「セオドール様……? 開けないんですか?」

 クラレンスが訝しげに問う。

「違う……。触れられないのだ……。お前がやってみろ」

 セオドールはクラレンスと場所を交代する。

 クラレンスも手を伸ばすが、セオドールと同じように途中で止まってしまった。

「本当だ……。見えない壁があるみたいだ………」

 茫然と自分の手を眺めるクラレンス。

「結界か?」

 セオドールが他に入り口はないのかと周囲を見回したとき、上空から窓を開けるような音がした。

「誰だ……」

 音に反応してセオドールが見上げると、その人物と目が合った。

「……貴様は!? 何故ここにいる!? 立ち去れ、悪魔の子孫め!」

 その人物はそう吐き捨て、乱暴に窓を閉めた。激しい音が響く。

「今のは……理事長か……?」

 閉じた窓を見ながら、セオドールは呟く。

「悪魔の子孫って……」

 そっとセオドールを見るクラレンス。

「理事長はロサ・リカルディーにひどい目にあわされたことがあるらしい」

「はあ……理事長が年寄りっていう噂は本当なんですね……初代女王陛下と面識があるとは……」

 セオドールの先祖だというくらいだから、相当なものなのだろうなとクラレンスは納得していた。正確に言えば、その子孫だからセオドールの性格があまりよろしくない、ということになるのだろうか。

「…………」

 セオドールは足元の石を拾うと、無言で窓に投げつけた。

 すると石は窓の直前で壁にぶつかったように跳ね返ってくる。

「……結界は全体にかかっているようだな」

 確認するセオドールの横では、クラレンスが頭を押さえてうずくまっている。

「……本当にろくなことしないな、この方は……」

 クラレンスは涙を滲ませながら、セオドールに聞こえないように呟いた。

 セオドールが投げた石は跳ね返って、クラレンスの頭に当たったのだ。

「それにしても、一目でわかるものなのか。私とロサ・リカルディーはそれほど似ているのか……?」

 セオドールが誰に言うともなく漏らした呟きは、無論、答えなどなく消えていく。

 風に吹かれた銀糸が自らの頬をなぞるのを感じながら、ただセオドールは立ちつくす。

 その横では、主に気づかれないまま痛みに耐え続けるクラレンスの姿があった。










 その後、いくら呼んでも理事長らしき人物は顔を見せず、日が暮れてしまった。

 ここまで来てあきらめられるかというセオドールの言葉により、今日は野宿することになった。

 とはいっても、あらかじめセオドールはある程度の長期戦は考慮に入れていたので、必要な物資は全て持ってきている。本人は控え目にしたと言い張るが、護衛も一個小隊ほど連れてきている。

 素朴な食事をとり、セオドールとクラレンスは館のすぐそばに張られた天幕で眠りに落ちた。

 ――真夜中。

「……どうも、寝心地が悪くてよく眠れないな……」

 天幕から抜け出して、セオドールは天を仰いだ。

 天気が良く、多数の星が見える。

 軽く吐息を漏らし、セオドールはそのまま星を眺めていた。

 すると、ある一点が一瞬光を放ったかと思うと、そのまますっと光が流れ落ちる。

「流れ星……」

 消えるまでに願い事を言うことが出来たならば、その願いが叶うという言い伝えがある。

「私は……」

 セオドールの呟きは、星の光と共に消える。

 願いを乗せることすら叶わぬというように、光は闇に吸い込まれた。

「…………」

 天を仰いだまま、セオドールはそっと瞳を閉じる。

 しばしの間そうしていると、不意に瞳を閉じたままでもわかるほどの鮮烈な光が走った。

「!?」

 驚いてセオドールが目を開けると、見えたのは一筋の白い閃光だった。

「うっ……」

 その閃光に目をやられ、セオドールは手で目を覆って再び瞳を閉じる。

 目の奥に一筋の線がはっきりと刻まれていた。

 ややあって、目を覆った手をゆっくりとはずしながらおそるおそる辺りの様子を伺う。

 すでに周囲は暗く、星は何事もなかったように輝いている。先ほどの光の原因らしきものも見当たらない。

「ん……?」

 空から何かが落ちてくる。

 ゆっくりと、ゆっくりとセオドールの上空を漂いながら落ちてくる。

 手を伸ばしてセオドールはそれを受け止めた。

 それは一枚の羽根だった。純白の柔らかな羽根。それが空から降ってきたのだ。

「何だ……これは……」

 周囲で見張りをしていた護衛たちも今の光を見たらしく、ざわざわと騒ぎ始めた。

 その騒ぎでクラレンスが目を覚ましたらしく、天幕から出てくる。

「……どうかしたんですか?」

 目をこすりながら、半分寝ぼけた状態でクラレンスは尋ねる。

「…………」

 セオドールはただ手の中の羽根をじっと見つめる。

「……?」

 わけがわからず、クラレンスはただ首を傾げる。

 周囲の騒ぎに合わせるかのように、館からも何やらどたばたとした音が聞こえた。

「どこに行った!?」

 見れば、理事長らしき人物が館から出てきた。取るものも取りあえず、といった様子で、ひどく焦っている。

「理事長……?」

 セオドールが呟くが、理事長らしき人物は聞いていないようで、ひたすら辺りを見回している。

「……ああ、またいなくなってしまったのか……」

 周囲に何も見つけることはできず、愕然と呟く。

「理事長……だな?」

 その隙にセオドールは近づき、確認する。

「……貴様か。もう俺を放っておいてくれ……」

 その場に力無く座り込み、理事長はため息をつく。

「そうはいかない。聞きたいことが山ほどある」

「……どうして俺を放っておいてくれないんだ……ん?」

 理事長はセオドールの手にある白い羽根に目を留めると、突然セオドールの手首を両手で握り締めた。

「これは! これをどうした!?」

 興奮しながらそう叫ぶ。

「……先ほど、空から落ちてきた」

 手首に走る痛みに顔をしかめながら、それでもセオドールは答える。

「これをよこせ!」

「……断る」

 セオドールは理事長をどうにか引き剥がそうとするが、片手ではなかなかうまくいかない。

「貴様が持っていても、何の意味もないものだ!」

「……ならば、これはいったい何だ?」

 理事長の片手を引き剥がしながら、セオドールは問う。

「貴様が知る必要はない!」

「…………」

 セオドールは一瞬、顔を強ばらせたが、すぐに何かを思い付いたようで表情が元に戻る。

「……わかった」

 静かにセオドールはそう言った。理事長は虚を衝かれたようで、わずかに力が緩む。

「取り引きをしよう」

 力が緩んだ隙にセオドールは理事長を引き剥がし、一歩後退した。

「私がこの羽根を渡すかわりに、私の問いに答えてもらおうか」

 羽根を口元によせながらセオドールは言う。

「……何だと……」

「それが条件だ」

 セオドールは薄く笑みを浮かべる。

 歯噛みしながら、理事長はセオドールを睨む。

 余裕を浮かべたセオドールの目と、悔しそうな理事長の目がぶつかり、両者とも無言のまま時が流れる。

「…………本当に、奴の子孫だな……。わかった。話を聞いてやる。だから、それをよこせ」

 長い沈黙の後、深いため息と共にやっとのことで理事長が口を開く。

「そちらが条件を飲むのなら、喜んで」

 思い通りになったことでセオドールは満足そうな笑みを浮かべる。

「……ただし、一週間ほど待て。その後、いくらでも話を聞いてやる」

「一週間……?」

「そうだ。一週間後、学院の理事長室に来い」

「約束を破らないという保証は……?」

 微かに眉根を寄せるセオドール。

「俺の名誉に誓う」

「ならば……クラレンス、あの紙を持ってこい」

 セオドールが命じると、クラレンスは少し考えてから荷物を取りに行った。

「お待たせしました」

 クラレンスが持ってきた紙を見て、理事長は嫌そうな顔をした。

「呪いの誓約書……。裏研究室に行ったのか」

「呪い、とは随分な言葉だな。これに書かれた誓いを破ることは出来ないと聞いたが……」

「それはな、悪魔の契約書並みの強制力を持っているんだよ。まったく……誰がこんなものを売りつけたんだ……」

 ぶつぶつ呟きながらも、理事長はクラレンスから差し出されたペンを取る。

「……では、これは渡そう」

 書き上げられた誓約書を見てセオドールは満足げに頷き、羽根を理事長に渡す。

「では、一週間後にな。……嫌だけど」

 盛大なため息を残し、理事長は今にも壊れそうな館に戻っていった。

「さて、では夜が明けたら帰るぞ」

 セオドールもそう言い残して天幕に戻っていく。

「だが……」

 天幕の前まで来て、セオドールは館を振り返る。

 ちょうど吹き始めた風がセオドールの銀糸を舞い上がらせ、振り返った拍子に彼の視界を覆い隠す。

 それを振り払い、セオドールは館を眺め、そして未だわずかに柔らかな感触の残る自らの手を見つめた。

「あの羽根、何故理事長はあれほどに執着を示した……? ただの羽根にしか見えなかったが……」





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