中水野の墓地(瀬戸市下本郷町) ▲瀬戸MENU
舟形高54p 一面二臂 立像
【左】明治5年の馬頭観音 【右】珍しい大きな馬頭墓地のお堂に
現在の所番地は本郷町ですが,もともとは中水野の集落の墓地なのでしょう。旧い石碑や石仏がたくさん集められています。墓地全体を見下ろす場所には,お堂が2つ並んで建てられています。向かって左側,扉のある立派なお堂(祠というには立派過ぎます)の中には,如来像と思われる一体の坐像が座っています。右側の開放型のお堂には,たくさんの石仏が集められています。聖観音,千手観音,如意輪観音,地蔵菩薩etc.一体の聖観音の舟形には「念仏講中」「宝暦十一年」の文字が見られます(宝暦11年は1761年)。古くからの信仰の証となっていたのでしょう。お堂と並べて置かれた「南無阿弥陀佛」の碑には,安永3年(1774年)の年号が見られました。また,2つのお堂の間にも,十一面観音などの石仏が置かれています。
大きな馬頭
開放型のお堂の真ん中に収まっているのが馬頭観音です。何より珍しいのが馬頭の大きさと形。頭上に大きく,直方体を立てたように彫られており,長さは観音の顔と同じだけあります。まるで頭巾を被った人の頭の上に,馬がひょいと頭を出したようですね。馬の鼻はかなり写実的ですが,目は人間のように横長のアーモンド形。耳は控えめな膨らみになっています。像全体はやや稚拙な造りで,観音の顔や合掌した手の造作にも素人臭さを感じます。目は半眼に閉じられており,穏やかな表情を表そうとしたのでしょう。が,見ようによっては遮光器土偶のようでもあったりして…。舟形の向かって右側には「明治五年四月廿九日」,左側には「善心禅定門」と刻まれています。「禅定門」は在家(ざいけ)のままで仏門に入って髪をそり,僧の姿になった者のこと。男子の戒名にも使われるとのことです。この馬頭観音の場合,どんないわれがあるのでしょうね。そういえば像の基壇には禅宗風の数珠(じゅず)が掛けられています。
右のお堂の真ん中に馬頭観音がある※ この馬頭観音は,瀬戸の山上様から情報を頂きました。