農村パラダイス『第四章』

 一郎のあばらやの、すぐ脇に、誰が植えたとも分からぬ樹齢百年以上の柿の古木が立っている。「がんざん」という柿だそうで関東の百匁柿に似た大きな実をつける。甘柿ではあるが残念ながら寒くなると渋がもどってしまう。柿の木に似ず、こずえは真直ぐ天に伸びていて、人を寄せつけない。

「ぐわんざん は 実をば雲居にあぐるかな ひよどりども の 食うにまかせて」
「うまい、源三位頼政の、もじりじゃな」
と、なべから送られてきた、まて貝をそのまま蒸したのを、つつきながら小泉はほめたが「それにしても、がんざんとはいい名じや。想いを雁山の暮雲に映す、、か」と勝手にきめている。

 「ところで、、、」小泉の、ところでのあとには、面白い話が続くので、みんな固唾を呑む。

「この地方のご婦人は、立って後向きに、おしっこするのが上手での、、」
「、、ああ、あれだけは、、」真似出来ないを言外に、澄子が笑う。
「あれだって年期がいるんじや、紙を使わんで済むから経済的でもあるし汚すこともない。便所のことは、せっちん うん、せっちんづめのせっちんじや。雪隠がなまった綺麗な言葉じゃが、そのせっちんには大のときしか入らん。小学校なんかでも、男の子も女の子もみんな並んでたれとったもんじゃ。わしなんか、女の子達と並んでしよると、よう出んようになってしもうての、そのころから前立腺肥大の気があったのかもしれん。たまたま東京からきよったミヨちやんがおっての、その子だけは毎回せっちんにいくもんじゃけん、みんなミヨちゃんは、いつになったら腹具合がよくなるんじやろうかと心配しとった。」

「それで大のほうは、どうなんだ」
まあ食べ物の前で、と澄子が嫌がるのも聞かず、一郎が促す。
「それが大のほうは、こんな山のなかでも厳重でな、なにしろ便所のことを雪隠というくらいだから野糞などと汚い言葉は使わん」
「野せっちんか」まぜかえす一郎に
「うん、あたらずといえど遠からず、野べっちんと、さらになまるんじや、野べっぢん 野べっぢん はよう垂れんと人がみる。といってな」

 小泉の話は、どこまでがほんとなのか分からない。しかしすっかり過疎化してしまったこの辺りに地元の人影はまったく無く、わずかに小泉の昔話に頼る以外無いのであった。