馥郁という言葉 B



 日本人にとっては卵焼きの香りも味噌汁や沢庵の匂いも先の童謡の文句ではないが、すべてがお母さんの匂いに通ずる母親の味であって、そこではギスギスした味は禁物である。

 ずっと以前ニッパイ飼料がハイポー豚をやったとき、どうも生ハムの味が違う。むこうではヨーグルトを使うからだなどという話もあったが、やはり飼料のライムギとトーモロコシの差であったと思う。トーモロコシばかりで飼うと肉も卵の味もこころなしツンツンしてくる。それにダイズカスが入ると青臭さは倍加し、そこへ更に緑藻類でも加わるともうどうしようもない。熟成したうまい味噌でも、ただなめるだけならいざ知らず一旦味噌汁にして香りを先立たせることになるとダシを入れなければどうしようもなく、その時のダシ加減が何より重要になってくる。卵つくりもある意味調理と同じだといえなくもない。

さて古文書にもどる。良いと悪いとにかかわらず卵の[にほひとかをり]は強くかき混ぜると飛んでしまう。卵焼きでもカステラでも卵かけご飯でもそうだが今の卵では逆に青臭い匂いを吹き飛ばす効果がある。その昔、東京鶏卵の水野さんが「これからは液卵の時代になる」と講演した。とことんかき混ぜてしまう液卵ほどまずいものはないと思っていたからそんな馬鹿な、とそのときは思ったが結果は水野さんの言ったとおりになった、さすがである。

まあこんな時代にはなったが、それでもまだ卵の味や匂いにこだわっている人も居るには居る。特にお年寄りやお子さんに多い。だからもう低エネルギー配合をつかった卵自体は本当にまぼろしになってしまったが、愛用者が残っていてくれるうちは細々ながら生産を続けていくつもりで居る。

今回は馥郁と言う意味での古文書にある[卵のにほひとかをり]についていささかのこだわりを述べたが、このほかに地卵つくりには[渡るべき多くの河]が横たわる。無論それらは薀蓄と称するような大げさなものではないが、安全性一つをとってもハセップがどうのこうのという以前に間違っても事故などを起こさないような自然の摂理にかなったやり方があるからこそ続けていけるのでそんなことをメモしておいたものを紹介していこうと思う。

(地卵つくりあれこれ)から
しのはら いちろう