鹿友会誌(抄)
「第四十一冊」
 
△亡友の思ひ出
…亡友逸事彙…
 
三、櫻田英吉君
 逸事の多いこと、君の如きは稀なり、毎日の言動は、悉く君の逸事として伝へて興味ある もののみなり。花巻出身の同型人物中島某と毎日の血みどろの喧嘩、其の他数は余りに多くて、 却て書き難きを思はしめらる。既に前年一度陸軍中央幼年校を失敗せる君は、今年一度より 陸軍中央幼年校を受験すること出来ぬ年齢上の制限の時であった。君の為めには此一戦こそ、 浮沈を決するの大切なる受験であった。製図器械を持って来て貸せとの葉書なるを以て、 態々小石川久堅町より本郷の菊坂の君の居に持って行きたるに、其の日は奠都三十年祭の 満都お祭気分横溢の日であった。明日の受験なるを以て定めし勉強して居るならんと考へて、 行きて見れば、これは抑も何事ぞ、奠都お祭気分で乱酔し、鉢巻して剣舞し、放歌詩吟 大乱痴気で騒いで居るでありませんか。
 
 余は余りに呆れて、明日試験で忙しいだろうと思ふて、態々器械を持って来たのに、其の態は 何事だ、馬鹿野郎と詈ったるに、先づ怒るな、入学試験など学力が有り余ると却て失敗する ものだ、今知ってる程度で試験は沢山だよ、過ぎたるは及ばざる如しだからな、との放言で、 私は二度呆れた。幸だ、君も呑め、とミイラ取りはミイラに取られ、負けずと騒いで大団円、 其の年君は千何百人かの中より六十幾番にて入試合格せるものにて、北支事変の今日、黒溝台 戦史の花と散りし君を思ふの情、切なるものあります。
 
四、内田守藏君
 内「月居! 離縁状は三行半に書くものだそうだな……」
 月「離縁の理由に依りては三行半では書けないときもあるだろうね!」
 是れは今より三十年前、某月某日、余と神田三崎町の素人下宿同室中の内田君の奇問で、 其れに答へる余の返事であった。其の日の午後五時頃、一枚の葉書に先妻鈴子廿七の実家に、 三行半の離縁状は投函せられたのであった。
 
 某年某月某日、本郷彌生亭にて鹿友会総会を開いた。席上内田君、怒髪冠を衝くの形相凄く、 会員某君の品行を弾劾し、除名すべしと意気捲いたのであった。其の事あって数年にして、 君自身相似たるの過失を犯したのであった。アレデ真面目なる君は、当時を追憶して自責に 堪へずと為し、鹿友会に除名出願をすると申出て、孔明馬稷の罪に依り、自ら位三等を下げた 故智を学びたいとの事であった。
 君の質屋哲学も伝ふべきものあれど、他日に譲るべし。

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