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鹿友会誌(抄) 「第二十七冊」 |
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△故人を偲びて 奈良一藏 承はれば、故石田男爵と關達三様の追悼号を御発行なさるゝ由、故人のお方には誠に 失礼に当りますが、小生としては、御両所に対する追憶も、何も、お話するだけの 持ち合せのないのを遺憾と存じます。 強いてお話すれば、石田男爵とは、三四回鹿友会の例会で御目に掛りました。その時の 印象はブラないで、親しみのある温厚篤実の君子であるやうに感じました。 ある時石田男爵は、小生に対し『あなたは、何処の奈良さんですか』と。 小生はすぐ、頗る通俗的に『傳助、半助、与野大工などの内の煙草屋半助であります』 と答へました。石田男爵は、しきりに頭を傾けて居られましたから、祖父の話をその儘 『何んでも佐庄?の本家であると云ふて居ました。』と申したことを覚えてゐます。 關達三さんとは、花輪小学校に在学中、達三さんと云ふお方がありましたな、 と思ふ程度の知り合ひであります。その後、ほとんど三十年来お目に掛りませんが、 役人といふものは妙なもので、職員録がある為め、達三さんのお名が、青年の鹿角や、 鹿友会雑誌に出る毎に、ハア郡役所に居らるゝな………オヤ県庁に………ホー内務省に ………こん度は東京市役所の主事に………お立身遊ばされ、唯だ唯だ感服して居りました。 皆様からさまざまな追憶談があろうかと思はれますから、このくらいで擱筆します。 「想起す故人十三氏」 |