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鹿友会誌(抄) 「第二十七冊」 |
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△科学者としての片影 關様は、春を非常に待たれた。暖かい春が来たら、暖かい春が来たらと。 今、春もすでにすぎ、夏を迎へやうとしてゐるのに、關様はもう居られない。 去るの日の温容、今、眼にあざやかにして、追想すれば限りなく、万感交々、胸をつき悲しみの 情に堪へない。 初めて關様にお眼にかゝった一昨年の五月二十日、最後にお会ひした昨年の八月二十五日、 私が關様に接し、その御教訓をいたゞいた間は、かやうに短いものであった。 しかも、この短い間に私の受けた印象は、私にとって不断の刺激であり、また忘れ難き − なつかしき − 思ひ出である。 關様が臨終の日まで、心にかけられた郷里の青年が、今や結束して、つよき信念と勇気と熱情とを もって新しき時代の建設にいそしみ、はげみつゝあるを思ふとき、關様を偲ぶの心、いよいよ深きを 覚ゆる。 私は、關様が最も愛された故山の地に於て、眠られたことをもって、せめてもの慰めとしたい。 あゝ数々の憶ひ出よ、 永く我等が同志の心に生きよ。
(二五、六、八)
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