鹿友会誌(抄)
「第二十五冊」
 
△農村婦人の生活から
森 女
 
興三様 私も此村へ嫁いで来てからもう拾五年も立ちました。其間自分の生活が「農 村婦人」のそれでなかったかも知れませんが、兎に角其生活を間近かに見聞きして、 其中に永い年月を暮らして居乍ら今改めて貴方に「農村婦人の生活は?」と云ふ問を頂 いて何を申上げたらいゝか、一寸まごつかずに居られませんでした。それ丈け自分はぼ んやり暮して来たのだと悲しく自分に云ひかけずに居られません。しかし是からの社会 をいろいろに建てなほして行かるべき貴方方若い人たちには是非聞いて頂かねばならぬ 事ですから、私は只ありのまゝを申上げようと思ひます。農村!かう言ふ言葉は、都会 は住む人たちの耳には美しい自然にかこまれた裕福に善良な人達のみ住む平和な光景を 想像させる事でせうが、さてそこに住んで見ますと想像に反して居る事に驚かざるを得 ないので御座います。嘗つては物語りにあるやうにな善良其者のやうな人たちばかしが、 何の圧迫も受くることなく自由に平和な朝夕を送って来たのてせうが、物質的生活の向 上が此神代にも似た農村へも押し寄せて来るやうになってからは、個人経済がどうして もつり合はぬやうになった結果として、日一日と其内部生活がすさんで来たのです。
 
 「正直にばかしして居ては暮されるもんぢゃない」と云ったやうな考が、もうまだ小 学校の子供の頭にすら入ってしまっているのです。悲しいことですが、私はそれを少し も無理とは思ひません、皆人間ですもの、かう云ふ社会に生れ合せて誰が心のすさまぬ ものがありませう。
 
 年が年中汗と土にまみれて働き通しに、報酬が此人達に真に都だったら乞食にしか見 られぬ衣服と、ほんの腹をみたす丈けの食物と、掃除する閑さへ持たぬ住居、それ丈け の生活を許すばかりなのです。会には裕福らしい自作農者や小地主等が居ても、それが ほんの一部を〆め、それとても日一日と経済上の圧迫に苦しめられて来て居るのです。 近頃世間では漸く労働問題に力を注ぐやうになって来て居るやうですが、それが主に工 業労働者についてであって、此農業労働者は余り省みられず、政府ですらあのジェネバ に開かれた国際労働会議に於て、日本の小作人を労働者と看做さぬと云ふやうな事を云 ったやうに聞いて居りますが、私はそれを不思議に思ひます。いろいろな表面上の規定 は私に分りませんが、其労働に於て其報酬に於て、最も不利益な地位にをかれた労働者 だと私は信じます。
 
 偉大な自然に抱かれて土の恵みによって生きてゆける事を除いたら、農村の人達の幸 福がどこにありませう。自分達の汗によって得たものゝ、大半は地主にとられ、明日食 ふにも差しつかへるやうになって、それを求むべく町に出づれば、そこには比較的新し い着物を着て居ても、立派に暮して行ける商家が並んで居ります。遊んで居ても儲け行 くやうな人も見えます。かうして労農者の心は打ちひしがれて行くのです。
 
興三様 私は遂ひ農村生活の状態を先きに申上げてしまひましたが、其婦人達の生活も、 労働其他に於て少しも男達と変っては居ません。田畑の仕事は勿論のこと、荒れ狂ふ吹 雪の中をも男達を助けて命の糧の一つなる薪を背負ふて、山を下らなければなりません、 こうした烈しい労働の間には子供を育てねばならず、一切の家事をもとらねばならず、 真に都会の婦人のやうに女性の本能らしく身体を飾ることなぞ思ひもよらず、唯一の慰 めなる其愛児をすら慈しむ暇も余り持たぬのです。勿論趣味なぞ持ち得やう筈のない此 人達には、娯楽と云っては野鄙な唄位のもので、すなほな女性の美しさも目に失ひかけ て来て居るのです。かうした婦人の立場として、男達を助けて農事の改良や家政に力を 注がねばならぬと同時に、個人としてはどうしても婦人の使命は「良き魂の創造者」た る事だと信じます故に、又社会的には人々をして快く働かしめて、生活を出来る丈け明 るくし度いと云ふ考へから、どうしても忘れられて居る内部生活を深めて行ってもらひ 度いと思ふものです。どんな社会でもおそらくさうであるやうに、婦人が其主権をにぎ って居る家庭では、子供の教育と其平和に、凡ての点から云って婦人自らに先づ内部生 活を深めて行って、そこから流るゝ暖かい泉によって、年々に荒んとする思想を洗って もらひ度ひと思ふものです。只眼をつむって「善良なれ」とどうしてせめる事が出来ま せう。善悪真偽共に見分け得る心の眼を開いて、今までの「善い事は、善い人達(農村 の人々は自分達より以上の生活ををかう呼びます)ばかしのすることだ」と云ふ考へを 改めて、自分達も皆同じ人間だと云ふ事を分ってもらへば、もう光明は其先きに見えて 居ると思ひます。具体的の事は申上ぐるまでもありませんが、さうするには第一に教育 が必要であり、いろいろな会合を利用して講話なぞもきかし度いと思ひますし、皆無と 云ってもいゝ宗教心をも得させ度いと思ひます。
 
 悲しくも物質的の圧迫によって其心の美しさを失ひつゝある農村婦人の中に居て、只 一つの誇は若い娘達のすなほさで御座います。紺のもゝ引短衣(みちか)に身を固めて、 菅笠の紐を結んだ健康な頬の下にぽっちりと花が咲いたやうに、只一つある赤い半衿! それこそ田舎乙女の優しさのシンボルなのです。何事をも受け入れられる軟かな心!私 達も此純な魂にたよって農村婦人の世界を開拓して行かうとするものです。もう永年を かたくなにすごした中年の女達の前には、只自分達の力の足らなさを嘆く丈けですから ………

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