鹿友会誌(抄)
「第十五冊」
 
△記念会
 左記二篇は、去る六月九日上野見晴亭に開かれたる記念会席上に於ける湯瀬・青山両先 輩の演説なり
 
△開会の辞   湯瀬禮太郎
 来賓の皆さん並に会員諸君、本日は鹿友会創立廿五年記念祝賀会を開きまするに就て 斯く賑々しく御出で下されましたのは、準備委員を初め我々一同の深く感謝する所であ ります。徳に南部家よりは態々御家令松橋氏を御遣はし下されたのは、本会の深く光栄 とする所でございます。
 
 我が瑞穂の国開闢の折には、八百万の神、即ち八百万の神様が御座いましたさうです 、八百万と云へば台湾と北海道との人口を丁度二倍した勘定になりまして、中々大変な 数でございます。それと事変りまして我が鹿友会開闢の際はたッた三人の神様があった 丈けで、しかも其の神様は男神ばかりで女神は一人もございません、又此の神様の一と 方は既に九天の上にましまして、会を守って下さいますが、残りの神様二人は、活き神 として本会を助けられて居ります。其後段々神様の子孫が殖ゑまして、今は二百八名の 氏子がございます、此の氏子即ち会員の生ひ立に就て申しますると、昔しは尽く学生の みで、中頃は瘤付、即ち家庭的となり、近頃は又第二の会員、即ち子供が出来、更に進 んで将に第三の会員、即ちお孫さん達が続々顕はれ様として居ります、又既に顕はれ若 くは顕はれかゝって居る方があるかも知れません、此の席上に御出での様に、令夫人令 息令嬢方が異彩を放って居らるゝは何よりの証拠で、この次の祝賀会には必ず愛らしい お孫さん達が大勢見えらるゝことゝ信じます、
 
 又会員の成功に就て言ひますれば、爵位を有せらるゝ人、博士号を有せらるゝ人、学士 号を有せらるゝ人、其他官私の専門学校を卒業してそれぞれ業務を執らるゝ人、若くは 大学其他の学校に居らるゝ人等目出度い事を数へ上れば数限りもなく、所謂八百万の多 きに達するかも知れません、以上の事柄は祝賀会を催ふした第一の根本義であります、 更に縁組、即ち結婚上の祝典より云ひますると、外国に銀婚式なるものがあって、我国 にも此頃之れが流行って居る様であります、結婚後の祝典は七十五年間に跨がッて其の 数が十一種ございます
 二年紙婚式、三年皮婚式、五年木婚式、七年羊毛婚式、十年銅婚式、十二年リンネル 婚式、十五年水晶婚式、二十年瀬戸婚式、二十五年銀婚式、五十年金婚式、七十五年金 剛石婚式
 
 畏れ多くも我が皇室に於かれまして、去る明治廿七年三月一大祝典を挙げられまし たのは、恭しく察しまするに銀婚式の意味であったことかと存ぜられます、本日の祝賀会も一 方から云へば銀婚式と年数が相当して居ります、先頃新聞の伝へる所によれば、横浜の 富豪平沼専藏氏が金婚式を挙げられたとの事でございます、本会も今後廿五年の後には 、当然金婚式を挙げらるゝでありませうが、夫れは第二の問題として、近き五年に於て 三十年祝賀会を行はるるだろうと思ひます、其際は一層盛大なる事を期待して居ります 。
 
 改めて皆さんに報告したいのは、此の祝賀会の記念として御神様の一人男爵石田八彌 氏が金壱千円を本会々員中の苦学生に奨学金として寄附すると云ふ申込であります、之 に就ては其の手続順序等委員を設けて、十分協議する積りで、其の委員の選み方は、幹 事に任せられんことを、会員諸君に願って置きます。之れより会務の報告、会員の挨拶 、来賓の演説、続て余興御馳走等がありますから、充分目を悦ばせ耳を楽しませ御口に 味はせて、充分に御愉快を尽さるゝ様希望致します、終りに望んで賛成員並に会員諸君 より祝賀会及記念号発行の費用として多大の寄附金を下された事につき、難有御礼申上 ます

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