鹿友会誌(抄)
「第十五冊」
 
△四年間の思ひ出   法学士 小田島信一郎
 自分が幹事に選挙せられし事、已に四回に及んだから、今幹事としての此四年間の思 ひ出を書いて見る。
 
 此四年間で最も盛会だったのは、四十一年の正月開いた大里法学士の結婚披露を兼ね ての総会だった。海上は丸山福山町にあった大里法学士宅で、出席者は四十一名もあっ たし、お祝だといふので、左のきく人は盛んにやったので、いろんな余興が出たっけ。そ うそう豊口甚六さんの十八番のカラメ節、川村十二郎さんのブラック、青山中佐の謡曲 、内田法学士の浪花節などは大喝采を博したものであった。豊口さんなどは、今でも月 の好い夜などには得意のカラメ節でも口吟んで、辺境に於ける無聊を慰めて居られるで あらう。
 
 川村法学士が内務書記官に栄転された時、祝賀会として目黒のヱビスビール会社の庭園 で開いたのが、一寸風変りで面白かった。戸外で、テントの中で会を開いたのは、四年 間を通じて此時ばかりであった。丁度新緑の頃で、郊外の青葉若葉の生々しい風趣を味 ひながら、元気溌剌たる川村法学士の前途を祝したといふ事は、頗る愉快なる事であった。た ゞ青山中佐が幹事として斡旋せられ、軍人式に一人前五拾銭と決めっちまったので、ビ ールはコップにたゞ一杯。グイとやっつけると夫れっ切りなので、物足らなそうな顔を して居た人は数人あったのはチト……いや実は自分も其一人で隣の人と妥協して、お代 りをやったっけ……オットこれは秘密々々。
 
 四十二年と四十三年の総会は、お馴染の本郷の弥生亭で開いたのだが、どういふわけ か出席者が非常に少く、両回共十五名に過ぎなかった。幹事として何となく心細く感ぜ られたので、四十四年、即昨年の総会は大に考慮を回らして、湯島の魚十でやってみた 。会場がよかった為めか、幹事の勧誘が其効を奏した為めか、遺骸にも二十四名といふ 大多数の参加者を見ることが出来た。去年の正月の事だから、如何に盛会であったかは 出席せられし諸君の記憶に新なる所であらうと思ふ。
 歓迎会だとか、送別会だとかいふと、屹度成功する。之れは人情の上から言って、当 然の事で、別に怪しむに足らないが、幹事の方からいふと、出席会員の一人でも多いと いふことは、一層嬉しく思ふのである。
 
 青山中佐が吾妻艦副長に栄転された時、芝の川村法学士宅で送別会を開いたことがあ った。此時は二十六人集まった。二月の末で、未だ可なり寒かったし、而も川村法学士 の宅は、高輪の南町にあったので、頗る不便な所なのにも拘はらず、以上のやうな多数 の参会者を見た時は、矢張嬉しくてたまらなかった。
 
 川村法学士は、官海に身を投ぜられて居るので、始終彼方此方と駆け回って居られる 。鹿友会で送別会だの歓迎会だのを開いたのは、これまで幾度あるか知れない。今後 も官海に居られる間は、度々そういふ会を開かねばなるまいと思ふ。然しそういふ会が 開かれる毎に、同氏が発展の段階を一歩づゝ踏まれるのだといふ事を聯想する時には、 実に言ふ可らざる愉快を覚える。
 
 四十一年五月に同氏の内務書記官栄転祝賀会を開いたのに、翌年の十月には大里法学 士をも加へた渡台壮行会を清水谷公園の皆香園に催さねばならなかった。所が其又翌年に は、同氏の歓迎会と内田法学士の東北行の送別会とが、一緒に開かれて居る。此時は自 分は帰郷中で出席することが出来なかったが、非常なる盛会であったらしい。今度は又 送別会だ。去年の九月上野の見晴亭で開かれたのがそれだ。愈々兼ての希望通り地方長 官の椅子を贏ち得たので、同氏の得意思ふ可しであった。未だ残暑が上野の森を去らな い暑い時分だったが、参会者二十八名、自分が幹事をやってから未だ曾て無い程の多数 だったのは、川村法学士の人気の如何に大したものであったかといふことを証拠立てゝ 居る。
 
 遠足会をやると、何時も参会者が少かった。甚だしきに至っては、幹事たる自分たっ た一人っきりといふこともある。青梅の吉野梅林に観梅旅行をやった時は、自分の外に は誰も行なかった。然しあの薄ら寒い初春の風に顔を吹かせながら、米代川の上流を思 ひ出させるやうな、面ももっと優美な多摩川の岸を往復した時の愉快だったことは、容 易に忘れることは出来ない、況んや海抜数千尺もある御嶽山に登って、凱々たる白雪を 踏みしめつゝ、関東の大平原を睥睨ヘイゲイした時の壮快さに至っては、到底這般の趣味を 解する人でなければ味ふことは出来まいと思ふ。
 
 玉川に鮎狩をやった時は、大里法学士と川村十二郎さんと自分とたった三人、小金井 に花見に行った時は川村法学士と佐藤賢治さんと自分とたった三人、音速会で成功した と思ふのは、四十二年の春に荒川堤から飛鳥山に花見に行った時(参会者十五人)と、 去年の秋滝の川に紅葉狩に行った時(参会者十人)位に過ぎない。 (四一、八、二五)

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