鹿友会誌(抄)
「第十四冊追悼録」
 
△お医者さんと僕の鼻
 お医者さんが、初めて東京から帰って、鹿角唯一の医学士様として開業された当時の こと、まだ設備も何も整って居らず、盆坂の御宅の中の間をそのまゝ客間兼診察室にし て居られた時分、僕も一仕切り鼻の療治をして頂きに通ったものだ、座敷の真中に座っ て手術を受けるので、手術台も椅子も何も無い、珍しいから母堂様や子供達が見物に来 られる、反射鏡を人相見然と御自分の眼と僕の鼻との中間に支へて、光線の焼点を丁度 僕の鼻孔の中へ拵へて、内部を診察される、そして此処と見当をつけて置いて、ギザギ ザの附いた釘抜の様なヤツを鼻孔の中へグッと突込んで、遠慮会釈も無く、ガリガリ と贅肉をムシリ取るのだ、ア痛いッと叫びたいのを無理に我慢はするが、トチのような 大きな涙がポロポロッと滴れて来る「痛てどがんし」と云ひながら、お医者さんは、黒 い鉄緑眼鏡をキラキラと光らし、顔を少し斜にして、エッヘンヘンヘヽヽヽと歯を見せて 大きな声で妙に力を入れて笑はれたものだ、回顧すれば早や二十年の昔となってしまっ た、が、今アリアリと僕の眼の前にみえるやうな気がしてならぬ。(川村五峰)

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