<<<平安の闇と鬼>>>

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その1「堤中納言物語」



子供の頃、ワタシは昔話の本が大好きでした。
買ってもらった中に「○○色の童話集」というシリーズがあって 渋い古典や狂言から収録した話が数多く収録されており、 その本で見た平安・室町・鎌倉あたりの雰囲気は大変になじみのあるもので、 大きな門の上にはたいてい鬼が乗っており、はかまだれさんが笛を吹いており、 小者は主人とろくでもない会話を交わして暮らしているのでした。
そのせいかマンガ描きになってから「平安あたり」(?)と「思われる」(!) マンガを何本か描いています。
(坂田靖子は歴史に大変弱いので、どのへんが平安でどのあたりは鎌倉なのか ほとんど認識ができていません。読んでてヘンだと思った場合は笑って許してください)

さて、何を間違えたのか中央公論社さんから「堤中納言物語」を描きませんか?という 依頼が来たことがありました。
ちなみに、ワタシはそれまで「虫めずる姫君」のダイジェストを読んだだけであります。
「こりゃ困ったなー」と思いながらも「なんとなく面白そうな設定だったから大丈夫だろう」 ・・・と思った私がいけませんでした。
「堤中納言物語」とは、中身は平安時代のベストセラー作品のパロディ集なのであります。
あのとんでもなく有名な「源氏物語」以外、そんな時代のベストセラーの原本なんぞ 1000年も経った今の<日本に残っているはずがありません。
おまけに中に出てくる歌まで(というのはこの時代、小説の中身の半分は「和歌」で、 ほとんどミュージカルに近い狂乱状態)
どれも「本歌取り」の連続技であります。 そんなもん、本歌が残っているはずないだろうーーーっっ!
−−>本歌取りとは、皆が知っていると思われる和歌をベースに、新しく展開したり ひねったりパロディにしたりして新作を作っていく歌の製作法で、元の作品を知っている 事が一応基本条件になります。
今で言うと「いちご白書をもう一度(古すぎるか・・・)とか、「ジャニスを聴きな がら」とか、そういうような、名前を聞けば知っているようなものの雰囲気や時代や シュミなどを前提に自分の歌を展開して行くのに少し似ています。<−−
おまけに・・・これを公言するのはナンなんですが、ワタシは源氏物語を読んだ事が ありません。中央公論社のサポーターさんが慌てて「あさきゆめみし」を全巻届けて くれました。
ありがとうっ! 読みやすい上にめちゃ面白かったですうっ!
−−−しかし、読んで読者として面白いのと、自分が描けるのとは全く全然違うわけで、 「ど、ど、どーしよう、こんな、女と別れるの別れないので家庭内争議に何百頁も続く 展開なんか描けないぞ・・・ワタシの主人公が自己陶酔したらただのギャグになるし・ ・・」
源氏を読んだ時、仕事を引き受けた時の3倍冷や汗が出ました。
それでも、パロディ作品とはありがたいものです。ワタシが困っていた部分はすべて 「堤中納言」ではすさまじいギャグになって、独自の展開をしていました。
美人(のはず)の姫君を大喜びでさらってきたら、しわくちゃのおばーちゃんだし、 いかにもモテそうな少将は、相手の寝所にまで忍び込んだのに睨みつけられて泣きながら 帰って行くし(そこで美形の少将が自分の悲劇に自己陶酔して憂いに沈んでしまうところが、 源氏物語のもじりになっています。)
よくできた本妻追い出して新しいいいとこの奥さん をもらおうとしたダンナ(光源氏の状況のパロディですな)は、さっさと元の奥さんとよりが 戻っちゃって、新しく奥さんになるはずのねーちゃんは、顔に灰炭まで塗りたくってしまう。
「これホントに意地悪いなぁ・・・」と笑ってしまいましたが、この「はいずみ」は、パロディ (つまり本歌どり)といいながらそれ自体非常にクオリティの高い作品になっていてステキでした。
当時としては源氏のパロディとして読まれたんでしょうが、元ネタを離れても完全に独立した 作品に仕上がっていて、本歌取りのテクニックの面目躍如といったところ。
やはり本歌取りはここまでいかないとウソですね。

パロディの話で盛り上がってしまいましたが、さてこの平安時代を描く時に、ものすごく 困ってしまった事があります。日常生活と町の風景がわからないのです!
源氏物語にあんなに長い巻数があるじゃないか・・・とお思いでしょうが、ほとんどの 描写はうつくしいものと風情のあるものに集約されていて、つまりは「うつくしきもの」 などという「ものはづけ」の世界であります。
日常生活や日々の食べ物なんぞ、わざわざ美しい紙に書き留める値打ちはなかったので しょう。興味がなかった様子です。
公式記録といえば儀式や会合や法律や・・・つまりまぁ役所とかの書類で、 これにも日頃の生活とか庶民や召使いの暮らしとかそういうものはありません。
名所や絵巻に描けるような場所以外の風景だって、見たいと思ってもそうそうはみつから ない・・・
・・・アウトです!
ワタシはマンガを描く時にほとんど資料を使いませんが(使うような絵じゃないですが) 「朝起きて服を着てトイレに行って飯食って出かけて、ミゾからカエルが飛び出して 牛車に曳かれて死んじゃったけど、牛飼童が川から水汲んできて車輪にかけて流しました、 でも縁起悪いからちょっと厄落としに何とかの枝挿して歩こうっと・・・」とか、そういう ごく平凡な日常生活(?)が(たとえ真実や事実とは違っててもいいから)頭の中に完全に できあがって、その世界の中を何をするにも制限なく自由に主人公が歩き回れないと、 マンガとしては一歩も先に進めません。
その上「堤中納言」は正式な古典マンガ書としての依頼で「自由に書いてもいいけれど、 まちがいは書かないでください」という依頼条件がついています。うひゃーーっ!
なにしろ1000年前だからなぁ・・・とは思いましたが、ビジュアル歴史の本なんかで 西洋文明の1000年前がかなり克明に庶民生活まで研究されているのを見ると「や、やれば できるじゃん!」と叫んでしまいました。この台所が、この洗濯場が、この「ふだんの食事 一覧」が、なぜ日本の本にないか! せめてこれを本にして出してくれ・・・!
しょうがないので装飾文様集の気に入った本を古本屋さんで探し出してもらい、その世界で 埋める事にしました。
日本の装飾美のデザインセンスについては世界でも最高のランクに位置しているよなぁ・・・ と思っているので、作品の仕上がりとしては気持ちのいい出来になりましたが、やっぱり 平安の街頭風景やら寝殿造りの板床の感覚なんかは、描ければ描きたかったなぁ・・・と 思います。

・・・で、ワタシはデビュー以来の岡野玲子さんのファンですが、「陰陽師」を見て 「これだ・・・ワタシがずっと描きたかった平安の生活と風景は・・・」と、うるうる してしまいました。
牛車が行く大路のがらんとした夜景とか、雨に煙る薄野の光景とか、そんなにきっちり手入れ されているわけでもないが板床の清潔そうな晴明君のお家とか「これだ・・・これなんだよ、 ワタシが描こうとしてどーしても描けなかったのは」と、見るだけで涙が出てくるのであり ます。
完全正装で博雅くんに瀬を渡られた日にゃ・・・(ワタシはぜったいこの衣装で動けなかっ たぞ・・よくもこんな軽々と・・・!)
これ以上書くとファンレターに変化してしまうので岡野さんの話はここでやめますが、 とりあえず、古く離れたしかも実在の場所を描くのは勇気がいります。
それでも描いてしまうのは、小さい頃の平安の闇の記憶がどーしても頭の中に実感として 残っているからのようです。子供時代をバカにしてはいけません。


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***−−−[版権についてのコメント]−−−***

ここで「陰陽師」の博雅くんの正装の絵を入れたいところですが、掲載許可の問い合わせを していませんので、ビジュアルは入れません。
同じく、パバロッテイのコーナーも、版権・肖像権があると思いますので、写真は入れて いません。よろしくご了承ください。

−−なお、坂田靖子個人は、
「自分の作品」に関して、個人のホームページ上では「出版社の利益を損なわ ない範囲」で、小さいものなら、なるべく自由に使っていただきたい。−−−と考えています。

いろんな考え方の人がいますので、私自身のホームページ上には本人の許可を得たものかフリーのもの以外は載せませんが、
「坂田靖子の」絵や作品の一部を、個人のホームページ上で好意や紹介で自由に載せていただくのは、私はかまい ません。

「坂田靖子のこれが気に入った」とか「こんなのを読んだ」と個人的にカットを載せてもらったり、本の表紙を小さく入れてもらうのはまったくOKです。
「坂田靖子の何々より」と、作品名や書名を横に入れて頂けたらカンペキです。

ダメな例−>たとえば、作品全ページを掲載するのは、出版社の利益に 反するのでご遠慮ください。
作品1コマづつを毎日1コづつ載せて、最終的に全部つなげると一本になる・・・ なんてのも丸ごと載せるのと同じなのでご容赦ください(そんな手間のかかる事を、 わざわざやる人はいないと思いますが)
インターネットのホームページ以外で印刷して販売したりするのも、 出版社の利益を阻害するので不可です。(やっても売れないとは思うけど・・・)

「私のなんか売れないけど、ピカチューだったら絵を拾ってきて勝手に印刷して学校 の表でレターセットにして売ってたら、けっこう収入あるかもしれないもんなぁ」 なんて思うと、不便ですが全部OKと「私が」言うワケにいかないのであります。
どうかよろしくおねがいします。





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