** 英国式朝食 **






まだ日本からあまり海外旅行に行く人がなかった頃の話です。
バブルのはしりというか、そろそろ海外旅行というおリッチな楽しみも いいかな・・・なんてみんなが少し思い始めていた頃、 情報雑誌などでも 「海外旅行をしたときは」 というような特集が出始め、 我々は 「いいなー、海外旅行行ってみたいなー」 なんて夢想しながら、 そういう特集記事を読んでおりました。

で、そういう記事には 「海外のホテルの宿泊の仕方」 とか、 豆知識がよく載っていたんですが、その中に  「ホテルの朝食ではコンチネンタルとイングリッシュブレイクファストが選べます」  という説明があって、 「コンチネンタルはクロワッサンとカフェオレ、 イングリッシュブレイクファストは、トーストとマーマレードと目玉焼きと 紅茶かコーヒーにフルーツなど・・・」 なんていう説明になってました。

これで見ると、「イングリッシュブレイクファスト」は、 日本の旅館の朝食(ごはんとみそ汁と卵とお魚の干物・・・など)に 近い印象の内容で、その時はどちらかというと コンチネンタルの方が不思議(「クロワッサンとカフェオレだけ???」) な印象でしたが・・・
さてその内に、売れっ子の漫画家さんが、 いろんな取材の為に海外旅行に行くようになりました。
知り合いも英国に行ったりなんかして、土産話を聞かせてくれたのですが、  「イギリスの朝ご飯はスゴイんだ。 ホテルで注文しておくと、食べきれないくらいたくさん出るので、 半分残してそれでサンドイッチ作って大英博物館に行って、 お昼はそれを食べるから、毎日お昼ゴハンがいらなかったんだよ」

そんなに大食の友達じゃないからな・・・とは思ったものの、 なんとなく腑に落ちない気分のワタシでしたが、 その後、「本格的な」イングリッシュブレイクファストの写真を見て、 「わ、わたしが悪かった・・・! あなたを甘く見ていましたーーーっ!」  と叫んでしまいました。

もう、さすがに英国でもこんな物を実際に見ることはないのでしょうが・・・
古風にして本格的な物が・・・これです!






「イギリス人だけ、なんでそんなに朝ご飯食べるんだ???」  という状態ですが、これが19世紀、大英帝国時代の遺産だという事を 知ったのはだいぶ後でした。

学校で「産業革命」というのを習った方が多いと思いますけど、 その「産業革命」でうんとお金持ちになった19世紀のイギリスでは、 一気に市民生活(この当時の”市民”は、 下層階級(労働者階級)は含みません。 大まかに言うと  ”家に「使用人」がいる人達” のクラスだと思ってください。  最低でも女中さんと料理人がいて、 子供がいる場合はそこに乳母さん(ナニー)が参加します。)  が向上し、食生活も一気に向上して、 この「イギリス式朝ご飯」という豪華な食事形態が確立したようです。

朝食のあとは、外国人に言わせると 「何回もお茶飲んで夕食を軽くつまんで、 湯たんぽと寝るだけ」 なので、つまりは朝食が一番豪華な気はするんですが。  (とはいえ、”午後のお茶”なんかになると、”お茶”を片手に 大スナック&デザート大会になっちゃうので、 なにをかいわんやですが・・・ >>ちなみに中国の ”飲茶” という形式 この ”英国式お茶の時間” のごくごく至近距離にあると思うんですけど、 成立課程はどうなんでしょうか? ワタシは中国の方は全然わからないのですが、 興味深いところです)

とにかくこの「英国式朝ごはん」、 けっこうモノスゴイので、ちょっとご紹介してみようと思います。






* 英国式朝食のご説明 *

パン

朝食はとにかく種類と量が多いのですが、 何を置いても焼きたてのトーストは必須です。
これは薄くなくてはいけません(サンドイッチ用スライスくらいの 厚みを考えれば近いかも・・・)。んでもって、カリっと香ばしく焦げていること。 もちろん白の食パンです。(今の日本のパン屋さんで買い物をし慣れてると ちょっと混乱しそうですけど、胚芽パンみたいな茶色いパンよりも、 白いパンの方が高級品です。 麦飯や玄米よりも、白い白米ご飯の方が うんとお金持ちっぽく豪華なのと同じ時代の感覚です。)


ベーコンエッグ

「フライドベーコン(カリカリタイプ)とフライドエッグ」です。  ベーコンと卵(目玉焼き)は別々に焼きます。 (というか、ベーコンをカリカリに焼いて取り出し、 フライパンに残った香り油で卵を焼くという料理です)
脂で焼き上げにした薄いパンの上にこの卵を乗せ、 焼けたベーコンを飾って出します。

スクランブルエッグというパターンもあって、 弱火でカタマリを作らないようにトロトロに作っていく独特のものを、 宇野重吉さんが好きだった・・・という話を聞いた記憶があります。
卵料理では他にボイルドエッグ(ゆで卵です。殻ごとの半熟卵を卵立てに立てて、 上部をカットして、そこに揚げトースト(細長く棒状に切ってこんがりカラっと 揚げたもの)をつっこんで、ディップのようにして食べる・・・というのが いかにもおいしそうです。 切り目の所に揚げパセリを振ってあるやつなんか、 ちょっと涙出そうなくらいですね。) とか、 ポーチドエッグ(落とし卵・・・少し酢を入れたぐらぐらのお湯の中に、 新鮮な卵を割り込んで、柔らかい半熟状態に固めます。 バタートーストの上に これをのっけて少し塩をふって食べればいいんですが、フランス料理では サラダ系の料理の上に乗せて、黄身を崩してソースとして使います。 アンチョビーの塩味にも合います。) などがあります。  ちょっと不思議ですが、日本の「卵焼き」に類する、 かき混ぜて固く焼き固める調理法を、西洋料理ではあまり見かけません。  やはり料理にお国柄というか、好みが出るようです。


キドニー

「なぜこんなに腎臓が好きだ?!」 と追求したくなるくらい、 イギリス料理によく出てくる「腎臓(キドニー)」料理。  キドニーパイとかキドニープディングとか、もうイギリスのモツ料理というと キドニーしかないんじゃないかと思うくらいですが、 もちろん朝食にもしっかり出ています。
料理の説明には「特有の臭みがある」と書いてあるのですが、 私はまだ食べたことがありません。 (だいたい、 フランス料理やイタリア料理の紹介で、 あまり腎臓料理を見ないんですけど・・・???  腎臓はやはり”家庭料理”系なのでしょうか・・・???)
で、この朝食用の腎臓料理は、マスタードや唐辛子で炒めてあるようです。  なんだか辛くておいしそうです。(ちなみにワタシは、  「おいしいシロとハツがなければ焼き肉屋に行く甲斐がない!」  というタイプなので、腎臓料理もおいしくいただけるかも???)



燻製のたら

イギリス人は、かなり「たら」が好きなようです。
生のたらを、ビールで溶いた衣をつけて揚げ、揚げイモと一緒に お酢をかけて食べる、イギリス名物の屋台ファーストフード  ”フィッシュ&チップス” が一番有名ですが、 朝食にもタラは欠かせないアイテムのようで、頻繁に出てきます。
朝食に使われるのはもっぱら燻製のタラで、マスタードソースを添えた 牛乳煮になっていたり、お米とカレー煮にした有名なケジャリー (インド統治の遺産のような雰囲気です)なんかがあります。
余談ですが、イギリスは日本と似た島国でまわりが海のためか、 魚料理はかなり多いみたいなんですが、特にタラとひらめ(ドーバーソール)と 牡蛎とウナギとエビ、ニシンや川で釣るマスなどに目がないようです。
朝食ではありませんが、 ひらめはソテーやムニエルにして焦がしバターやレモンバターをかけるだけ。  日本の刺身と同じくらい素材勝負でシンプルなのが英国料理の面目躍如です。 (フランスなら漁港マルセイユのブイヤベースですら、 魚を煮込んだ後で手の混んだアイオリソースを参加させるのに、それすらナシだ!)
牡蛎は生ガキとか焼きガキ(どっちもレモンかけるだけ)、 ウナギ(日本のと違ってすごく太いです!)は、ぶつ切りにして ハーブ入れて湯がいて、冷やして煮こごりにしたやつにお酢かけるだけ (もう少し手の混んだ食べ方はないのか・・・???) マスも確かハーブと茹でるか塩焼きかそれくらいだった気がするんですけど・・・

そうそう、牡蛎料理でひとつだけけっこう凝った(?!?!) やつがあります。
「カーペットバッグステーキ」と言って、ステーキ肉の真ん中に包丁で ピタパンサンドのように横に切れ目を入れ、ポケット状になった肉の中に 生牡蛎を入れて焼きます。
適度に焼けたステーキを切ると、中の牡蛎の汁がこぼれますので、 その牡蛎のスープがステーキソースになる・・・という料理です。  シンプルですが、なかなか豪華そうな料理です。
「メアリー・ポピンズ」の本を読んだことのある方は、彼女が持っていた 「カーペットバッグ」をご存じだと思いますが、分厚くてしっかりして、 中からわくわくするものが出て来そうな謎のかばん。  そういうイメージがうまく入り込んでいます。
たぶん(私の想像ですが)、この童話が書かれた当時、 ”カーペットバッグ” という語感だけで、 何かウレシイ楽しいものが閉じられた中から出てきそうな、 そういう連想イメージが、出来上がっていたのではないでしょうか。


ハムとベーコンと冷製肉とチーズ

このあたりからは保存食。冷製肉はタン(舌肉)や雷鳥などです。 ベーコンは「肉の燻製」ではありますが、肉と言うよりはむしろ 「脂」としての重要度が高く、18世紀あたりでは「ベーコンの脂身をもらう」 というのが、庶民の贅沢だという記述を読んだことがあります。  動物性の脂身は極端に高カロリーですから、その日の食べ物にも事欠くような 暮らしをしてた労働階級の農民や庶民には、 ベーコンの脂身を食べるというのがものすごいご馳走だったろう事は、 容易に想像できます。

果物

乾燥プラムの甘い煮物とかメロン、プラムや桃、ラズベリーなど、 デザート代わりの甘いフルーツです。 イギリス人はやけにフルーツにうるさいので、 どのみちドカドカ食べたあげくにポケットに持って出たりしたんじゃないか と思います。 (有名な コックス<コックス・オレンジ・ピピン>  というイギリス特産のりんごは、 どうもそうやって背広のポケットから出して食べるもののようです。)


ポリッジとスコーン

ポリッジは小麦のお粥(牛乳の他、蜂蜜や砂糖を入れたりもします)で、 これは「朝食の前」に食べて、そのあとサンポなんかして、ゆっくりと 「英国式朝食」にとりかかるようです。(つまりポリッジが、 立場的にはホンモノの”朝食”です)
スコーンは朝食の最後にコーヒーやお茶と一緒に食べるようなんですけど、 ・・・すごい食欲だなぁ(ポリッジとトーストも食べたのに)

ビール

イギリス人と言えばビールです。 そんなわけで、ビールが朝食にも出ていたり したみたいです。(これもスゴイ・・・)  ちなみにワタシは、イギリスの黒ビール(ロンドンパブギネスなど)は、 香りが良くてとても好きなんですけど・・・ ほんとにイギリス人て ビールが好きみたいですね・・・!







<現代の朝ご飯>



現代のイギリスでは、さすがにこんなものすごい朝食はとらないらしくて、 まずポリッジを食べて、英国風ソーセージ(ものすごくマズイという説と、 これがないとイギリスに来た気がしない という説を聞いたんですが、 「ものすごくおいしい」という話はまだ聞いていません。  ・・・真実はどうなんでしょうか?)と、 かりかりのトーストに マーマレードを山盛りに塗りつけたやつと、熱い紅茶を飲んで、 デザートに果物を食べて出かける(・・・豪華版とあんまり変わらないか・・・?!)  のだそうです。

ちなみに、マーマレードは朝食に、ジャムはお茶の時間に・・・ という区別がなんとなく習慣化しているようです。
マーマレードは、大昔にはマルメロや花梨の実で作っていたそうで、 柑橘類が一般的になってから、現在の材料になったらしいのですが、 朝、この香りを嗅ぐと、なんとなく目が覚めてスッキリしそうな気がするので、 朝はマーマレード・・・という選択も自然な気がします。
植物の栽培技術や温室が今ほどではなかった19世紀以前、 オレンジとかレモンとか南国に実る柑橘類は、 富と豊かさを感じさせる果物として喜ばれていたらしく、 英国産クリスマスティーを買うと、紅茶の葉と一緒に クローブなどのスパイス類と、柑橘系フルーツの皮の乾燥したのが入ってて、 配合がいいとなかなかいい香りでオイシイです。






<スコットランドとアイルランドの朝ご飯>


英国の朝食は、スコットランドの朝ご飯にかなり影響を受けているらしく、 ポリッジやニシンやマーマレードなども、元はスコットランドの朝食にあるようです。
(そしてポリッジは、遠くケルト族の食卓までさかのぼる事ができます)

スコットランド風のポリッジは甘みを加えずに、スプーンですくっては 冷たい牛乳に浸して口に運ぶ・・・ という食べ方だったようです。 (イングランド風では、砂糖や蜂蜜を入れます)  糖分がない牛乳味のおかゆも、さっぱりしておいしそうです。

さて、以前 「エデンの園」 という作品の中で ”嫁さんの焼くソーダパン”  の話を描いたところ、「ソーダパンてなんですか?」  というご質問を頂きました。
ソーダパンというのは、アイルランドで朝食やお茶の時間に よく食べられるパンで、アイルランドらしく 泥炭の火で焼くものだそうです。



上の写真が、泥炭の暖炉にかけた鍋でソーダパンを焼いているところ。
オーブンでも焼けるそうですので、作り方を写してみます。

アイルランド風ソーダパン
Irish Soda Bread

<材料>  直径20cmのパン1個分
バター(柔らかくする)  大さじ1杯
小麦粉     5カップ(強力粉と薄力粉を半々に混ぜたものを使う)
とり粉用の小麦粉少々
重曹      小さじ 1+1/4杯
塩        小さじ 1+1/4杯
バターミルク  1+1/4から1+3/4カップ
バターミルクの代わりに、スキムミルクを使用法通りに 水で溶いて使うとよい。

<作り方>
オーブンを約220度に熱し、天板に柔らかくしたバターを刷毛で塗っておく。
深めのボールに、小麦粉、重曹、塩をふり入れる。
バターミルク1+1/4カップを少しずつ加えながら、 大きなスプーンで全体がひとかたまりになるまで、絶えず混ぜ合わせる。
まとまらない時は、さらにバターミルクを、 大さじ1杯ずつ1/2カップまで加え、生地を作る。
軽く粉をふった板の上に生地を乗せ、軽く叩きながら、 直径20センチ、厚さ3.5センチくらいの円形に伸ばす。
これを天板に乗せ、その表面を4等分するようなつもりで、 深さ1センチくらいの切れ目を、小さなナイフの先で十文字に入れる。
オーブンの中段に入れ、表面がきつね色になるまで45分くらい焼き、 すぐ食卓に出してすすめる。
下の写真が 焼き上がり です。

焼きたてでも冷めてからでも、スイート・バターと、ジャムかゼリーを 添えて出す・・・ というのが伝統的な食べ方。  パンやケーキを焼く方なら簡単にできそうなレシピなので、 興味のある方はおためしください。

*> 「エデンの園」 は 「バジル氏の優雅な生活.2 (白泉社文庫)」 に収録されています。






このページのレシピと図版は、タイムライフ社の「世界の料理/イギリス料理」 の中から、引用/使用しています。
この「世界の料理」シリーズは、写真と記事が素晴らしく、 私の持っている料理の本の中でトップクラスの物ですが、 残念ながらタイムライフ社の書籍通信販売が販売終了のため、 現在、通常の販売方法では入手できません。
古本屋さんに出回ることはあるかと思いますので、 料理好きの方で、海外の料理文化に興味のある方は、 ぜひ、ご一読をおすすめします。


2001.7.22.



お料理ブックもくじにもどる
お楽しみ箱メニューに戻る
トップメニューに戻る