短編小説選

ランチタイム


 「あら、マサオ君じゃないの」
 整然としたオフィス街のまん中で、そんな呼ばれ方をしたものだから、総務課長のマサオはびっくりして立ち止まった。部下をつれての昼食を終え、ささやかな優越感を満喫している最中 だった。面目をつぶされたような気がして、少しムッとしながら、声の主を確かめるべく、マサオは振り返った。
 「あれぇ、ヨシエぇー?」
 今度は、マサオの方が面目も何もなく叫んだ。これはただならぬ関係か!と部下たちは、遠巻きな視線で二人を見つめる。
 「もうずいぶんになるわよねぇ。そう、いなかの高校卒業して以来だもの。すっかり、立派になっちゃって」
 高校のクラスメートとの不意の再会。二十数年ぶりのマサオ君とヨシエちゃんは、お互いの現在について自然に話が弾んでいる。
 部下の視線も和いだ。「社内放送局」のヒトミなどは〈なんだつまんな〜い〉という表情ありありである。部下たちが「じゃ課長、お先に」と引き上げようとしたそのときである。
 「‥‥ヨシエさぁ、覚えているか。‥‥卒業記念に二人で古いお寺を訪ねたときのこと‥‥」
 マサオのおそるおそる切り出す様子から察せられるただならぬ気配を、部下たちは、特にもヒトミは、決して見逃しはしなかった。そうとは知らず、当のヨシエちゃんは眼を爛々と輝かせ、静かにしみじみつぶやいた。
 「ええ、よく覚えているわ。ほら、お寺で出されたあの桜餅の味、忘れられないわね」
 マサオがうなずき、二人の視線は遠い彼方を泳いだ。
 別れはいつも無情で切ない。短いランチタイムも終わりである。
 「それじゃ、どうぞお元気で」
 会社への帰路を、マサオは物思いにひたって歩いていく。ふと我に帰って振り返ってみる。そこにはもはやヨシエちゃんの姿などなく、後ろに従えた部下たちが、あぁそしてヒトミが、ニタニタとマサオの顔を見つめているではないか。
 〈ヤバイ、口封じをしなければ!〉
 かくして、部下たちは、マサオ課長の初恋の味、桜餅のご相伴にあずかる充実のランチタイムの締めくくりを迎えたのである。

山長味ごよみ」1993年3月号


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