短編小説選

受験


 わが家では、もはや受験には縁がないと思っていた。末っ子の良介ですら、まもなく大学を卒業し、就職が決まっている。
 ところが、あすから2週間、大学受験のために上京する姪の浩子を泊めることとなった。わたしは突然、受験生を抱える親のような気持ちで迎えた二月である。責任重大。
 できるだけリラックスさせてやらなきゃ、でも浮かれすぎて気がゆるまないようにしなくてはだめだわね。花柄の布団カバーを用意する。これがあれば浩子も安心だろう、と勤め帰りに小さな東京全図を買ってきた夫も、気になって落ち着かないらしい。
 どうしよう、もうあしただわ。深刻になっているわたしに、良介が言った。
 「あまり気を遣いすぎると、浩子だって緊張しちゃうよ。受験当日はおぞうにでも食べさせて、ポンと送り出してやればいいんじゃないの」
 そういえば、良介の受験の朝は「力もち」の縁起をかついで、おぞうににしたんだっけ。そんな小さなことを覚えてくれていたのがうれしい。ふっと肩の力が抜けていくのがわかる。そう、浩子にも「東京のおばちゃんの味」、わが家のおぞうにを食べてもらいましょうね。

山長味ごよみ」1993年2月号


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