グーグルマップによれば淸凉里驛が7年前の2003年の時と大きく様変わり、行かねば!ということで急遽行くこととした”淸凉里”
新幹線
VSKTX、そして大曾根淸凉里実行!

大曽根→千種→金山→名古屋→(新幹線のぞみ)→新大阪→大阪→関西空港→(大韓航空)→金海空港→釜山→(KTX)→ソウル→龍山→往十里→淸凉里
  
 
 

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右上の青いピンの所が淸凉里、その下、緑のピンの所が往十里、
左下の
赤いピンの所がソウル駅
 
1.七年ぶりに行く”淸凉里”(チョンニャンニ)、どう変わっているのか?実際に確かめるためそこへ行く 
 平成22年6月4日、午前10時20分に釜山より出発した韓国の新幹線・KTX、午後1時過ぎソウルに到着。地下鉄ソウル駅改札機に7年前に購入したキョトンカードをタッチしアームを腹で押し構
7年前に購入したキョトンカード
内に入る。地下鉄4号線で明洞(명동・ミョンドン)まで行き、宿泊するホテル・街の中心にある「イビスアンバサダー明洞」に入りチェックイン。30分ほど休憩した後2時半頃ホテルを出る。さきと同じくキョトンカードを使用して地下鉄1号線市廰(
시청・シチョン)より乗車し龍山(용산・ヨンサン)で乗り換え。龍山驛はターミナル駅なので、淸凉里へ行くのに間違って別の路線に乗ってしまわないよう「왕십리방면・往十里方面」と書かれている標識を確認して一番東側の岸式ホームに降りる。往十里(왕십리・ワンシムニ)は淸凉里の一つ手前の駅で、名古屋・千種に相当すると思われる。名古屋駅から千種や大曽根まではJR中央線直通で行けるが、ソウル駅から往十里や淸凉里へ行くには金山に相当するここ龍山で乗り換える必要がある。
 龍山始発の国鉄中央線(京元線という人もいる)電鉄線車両がやって来る。乗車しようとすると、50~60歳代の男性だろうか、突然現れ「
왕십리(ワンシムニ=往十里)……?」と私に尋ねてきた。往十里に停まるかどうか尋ねているのだろう。自分も(淸凉里に行く前に)往十里で降りることだし、停車駅案内図(ハングルとローマ字表示、漢字はない)が乗って真正面のドア上にあり、ハングルは読めるのでそれをさがした結果「왕십리」を見つけそこを指差し「아 왕십리 있습니다.(ア ワンシムニ イッスムニダ=あ、往十里あります)」と答え、その人は安心したよう。暫くして発車。車両は新しい。7年前に乗ったのろのろ走るような江ノ電に似たボロ電ではなく、日本のJR並みに快適だ。前回(7年前)の梅雨入り直前の曇りや雨の天候と大きく異なり、雲ひとつない真っ青な空の中に輝く太陽に加え、ソウルの大河・漢江(한강・ハンガン)に日光が反射しているのでなおさらまぶしい。気になっていたことに、車体等に書かれているロゴが”逆三角形”から”KORAIL”に変わっていた。調べたことによれば2005年に鐡道廰(철도청)から鐡道公社(철도공사)に改めている。
2.途中、ソウルの千種・往十里(ワンシムニ)で下車 
 漢江に別れを告げ鷹峰(응봉・ウンボン)驛を過ぎ往十里に到着。ソウル駅と同様に新築したばかり。7年前は大都市周辺の田舎に近いような駅で島式1面(東京の板橋駅に似た雰囲気だという人もいた)、鉄板で囲まれた箇所があり、近々工事が行われるように思えた。古い国鉄駅と新しい地下鉄駅とが共存しているため、つぎはぎだらけとも言えていた。現在は島式2面{但し、使わ
    國鐡(KORAIL)往十里驛 標識        往十里驛 新築したターミナルビル        地下鐡・電鐡專用1回用キョトンカード
れているホームは1面のみ、もう1面は現在未開通の盆唐線(분당선・プンダンソン)乗り入れ用として使われる予定}。駅上には「ピトゥプルレクス(비트플렉스)」と称される9階建ての駅ビルまで出来ていて(駅上ビジネス)、その中にユニクロもあった。このためホームは暗い。駅上にビルがあるので、まるで東京の目黒や恵比寿(アトレ恵比寿)のよう。B1Fと1Fはショッピングモール「Enter6」、2Fと3Fはスーパー「Eマート(마트)」になっている。こうなると恵比寿や往十里に相当する名古屋・千種は負けている。駅前も大きく様変わりしていた。公園のような広場ができていて、広場向こうには城東警察署(성동경찰서・ソンドンギョンチャルソ)。
 今度は主目的の淸凉里(청량리・チョンニャンニ)へ行くため地下に降りて国鉄中央線の乗り場をさがす。ところがなかなか見つからない。このため一旦外に出直し、駅ビル2階に上がった所に改札口があることがわかり、そちらへ行った。ガラス扉を開けて改札機へ向かい、キョトンカードをタッチ。えっ、エラー?何度やり直してもダメ。充填機(チャージ機)で確認しても1万ウォンはある。応急処置として紙切符を買おうと券売機をさがしたが無い!ハプニングだ。さあどうする。思いついた。ソウルナビで紹介されていた1回用のキョトンカードだ。あった!その販売機が。日本語操作もできるからありがたい。淸凉里までの運賃1000ウォンと保証金500ウォンを入れたらカードが出てきた。そして改札機は見事パス!仮の解決だ。ホームに出て、淸凉里方面行き電鉄線電車が来るのを待った。午後2~5時の時間帯の本数は1時間に4本位と少ない。その間、学生風の男性が何か尋ねてきた。韓国ではつきものだ。私は「저 일본사람이에요.미안합니다.(チョ、イルボンサラミイエヨ.ミアナムニダ=私、日本人です。すいません)」と言ったら「감사합니다.(カムサハムニダ=ありがとうございます)」と言って去って行った。約5分後電車がやってきて乗車した。
3.ソウルの大曽根・淸凉里も再開発工事中だった 
 乗った電車は淸凉里へと快走。さて、置屋街”588(오팔팔・オーパルパル)”どうなっているのか。見えてきた。解体工事が行なわれていた。そして淸凉里驛に到着。7年前はホーム3面だったが、1~2本増設されていた(列車が止まっていたのでよくわからない)。最も西側のホーム(1・2番線)も造り替えたばかりでまだ使われていなかった。中央線の電鉄線ホームは以前と変わらず西から2番目のホーム(3・4番線)。往十里と同様に上にはビルができているので駅は暗い。2階に昇り、自動ガラス扉が開いた所を通り、改札機に1回用キョトンカードをタッチ、通ることができた。自動アナウンスで何か言っているようだった。1回用なので「残高はありません」とでも言っていただろうか。
 改札機を通ったら空港や新しいソウル駅を思い出すようなきれいになったコンコースに出る。釜山駅やソウル駅にもあったコンビニ[StoryWay]がここにもあった。平日の日中だし旅のシーズンオフ、連休でもないせいか人の数は
 淸凉里驛標識(工事中のため天井から下がった物はまだなかった)        新築工事中の淸凉里驛                ロッテ百貨店淸凉里店
まばら。外に出て階段を降りる。やけにコンコースは高いところにある。その分階段は長い。降りると、かつてだだっ広い広場だった所は鉄板に囲まれていた。工事真っ最中である。駅上のビルは形はできているが開業していない。降りて左側にあるロッテ百貨店は営業している。そのロッテ百貨店が、駅上のビルに移転するらしいのだ。つまりここも駅上ビジネスとなる。こうなると今までの建物は取り壊され、跡地はどうなるのか?まだ細々と588は営業しているというが、再開発完了後は消滅するのだろう。健全化を期待しよう。あるテレビ番組で見た。神奈川県川崎に韓国人がやっている置屋が最近増えたそうだ。店構えは588そっくり。淸凉里等の再開発でそこから追われ川崎に移ったに違いない。また、追われた売春婦は中国へ(北へ行くと言う)、日本へ(南へ行くと言う)と次の働き場所を求めに行くとも聞いた。
 さて今回は今まで通らなかった道、
山路(왕산로・ワンサルロ){その道は淸凉里駅前から北は憂路(망우로・マングロ)}を西に行き、東大門へと行くこととする。ロッテ百貨店西はバスターミナルとなっている。マクドナルドマークをさかさまにし2本線を引いたウォンマークと임대(イムデー=賃貸)の看板を目にする。不動産か貸し金業者か?また、宿泊施設・뉴부림텔(ニュー富林觀光ホテル)も見えてくる。表通りから少し入った所にそびえているのですぐわかる。風俗街に近いが、ラブホテルではなく普通のホテルだ。その辺りから露天商が増え始める。野菜等、農産物が多い。また、海辺で用いる傘を備え付けてある。今は日差しが強いから日よけのためでもある。聖パオロ病院前を過ぎると今回は近くへは寄らなかったが道路南東側に淸凉里水産市場(청량리수산시장・チョンニャンニスサンシジャン)がある。更
左:ロッテ百貨店南西にあったマクドナルドをさかさまにしたマークと임대(賃貸)の文字、その左は유디치과의원(ユディ齒科醫院)1階は신한은행(新韓銀行)。
中:ロッテ百貨店西はバスターミナル、付近は渋滞している。大曽根駅前も環状線の渋滞がひどい。
右:
山路を南西へ歩くと、露天商が多くなる。写真は山路から東に延びる淸凉里水産市場、ビルを挟んだ左側の道・踏十里(タプシムニギル)に入ると置屋がわずかに残る588の入口か。また、水産市場入口前はスクランブル交差点になっている。
に西へと進む。もう歩道は露天商で埋め尽くされている。きゅうり(
오이・オイ)は太めで真ん中は白っぽい。黄色い白縦縞いりのマクワウリ(참외・チャメ)も多かった。他にナス(가지・カジ)、ジャガイモ(감자・カムジャ)、長さが15cm位の小さな白菜(배추・ペチュ)など。牛豚肉の塊や鶏肉(닭고기・タッコギ)、豚足(족발・チョッパル)を売っている肉屋や季節外れの梨(・ペー)や林檎(사과・サグァ)もあった。そういえばその先は京東市場(굥동시장・キョンドンシジャン)、淸凉里とつながっているのだ。この辺りは他にも市場が集中し、淸凉里市場(청량리시장・チョンニャンニシジャン)、淸凉里靑果物卸売市場(청량리청과물도매시장・チョンニャンニチョングァムルドメシジャン)、東部靑果物市場(동부청과물시장・トンブチョングァムルシジャン)などがある。そのまま進むと、高麗人参など薬草類の店がちらほら見え始めた。藥令市場(약령시장ヤンニョンシジャン)だ。赤い門、その先がそう。地下鉄祭基洞(제기동・チェギドン)駅あたりに来たら、露天商はピタッとなくなった。道路交通法等により日本と同様に出店は禁じられているのか?東大門(동대문・トンデムン)まで更に歩き続ける。
 以上、今回の淸凉里調査を終えた。時間が限られているのでごく簡単に済ませたが、また行く機会を作って調査の続きを行いたい。
4.同年秋、再び淸凉里へ...駅ビルは完成。駅の東側へも行ってみる。
 同年8月、駅上のロッテ百貨店がOPENしたことをあるサイトで知った。つまり駅ビル完成だ。そこでその2ヶ月後10月22日、再びソウルを訪れ、翌23日に淸
往十里驛のホームドア、向こうに増設ホーム
凉里の変化を自分の目で確かめた。機会に巡り会えたのだ。
10月23日(土)、まだ夜が明けていない5時に起床、6時半に明洞のホテルを出、乙支路入口(을지로입구・ウルチロイック)より地下鉄2号線で往十里へ行き、国鉄中央線に乗り換える。まだ盆唐線は往十里まで延びていないのでもう1本のホームは未だ開業していない。が、中央線のホームには転落防止のフルスクリーン型のホームドア(スクリーンドアともいう)ができている。方向を間違えないよう、ドア上の表示{濃く書かれている次の駅名・淸凉里(ハングル、漢字、ローマ字)}を確認して電車を待つ。地下鉄1号線と国鉄線は日本と同じ左側通行だ。右側通行である他の地下鉄になじめば方向を間違えがち。しかし間違えることなく乗車。淸凉里駅に近づいて来ると夜が明け始めてきた。しかも良い天気。時刻は7時頃。撮影ができる!到着。ホームドアはなく柵が取り付けられていた。天井から下がった標識はあった。だが청량리역(淸凉里驛)と、なんでが付いているんだろうか?不思議でたまらない。そう考えながらコンコースへ上がる。今日は土曜なので朝早いながら旅行に行くため列車を待つ人たちでいっぱいである。かつては西口しかなかったが、新築後は東口もできており操車場を渡り駅東側へ行く陸橋もできている。駅ビル南は公園となっている。眺めが良い。今回は市場や例の置屋街588(オーパルパル)はどうなっているのか調べるのであえて陸橋は渡らず西口へと向かう。長いエスカレーターを下る。かつてのロッテ百貨店は取り壊す気配はなく「LOTTE PLAZA」に看板が改まっている。完成した駅ビルには南端にLOTTE、北端Hanwhaという表示がある。つまりロッテ財閥と韓火財閥との共同出資か?そのあと旺山路に出てニュー富林觀光ホテル、聖パオロ病院の前を通り、踏十里ギル(답십리길・タプシムニギル)に曲がる。588側でしつこい客引きの被害に遭うといけないから反対側の歩道を歩く。
國鐡(KORAIL)淸凉里驛の標識完成した駅ビル
東部靑果物市場が見えてきたので寄ってみる。大きな白菜(배추・ペチュ)が売られている。が、韓国も日本と同様に猛暑のせいで野菜が高いそうで、特にそろそろキムチを漬けるシーズン(김장・キムジャン)なのに白菜だって高く、悲鳴をあげているという。なるほど市場は”白菜だらけ”とは言い難い。例年よりずっと少なめだろうと思う。そこを後にして再び踏十里ギルに出る。怪しい所・588が近づいてくる。見えてきた見えてきた。なんと7時代だとういうのに2軒程ピンクの照明がついている♥♥♥。早朝営業、モーニングサービスか?しかし店の数が減り、細々と営業、やがてそこも消滅することだろう。尚そこには立て札があり「청소년통행금지구역」(=青少年通行禁止区域)と書かれてあり思わずニヤリ。後日、この辺りは全面開発される計画があることを知る。旧ロッテ百貨店、ニュー富林觀光ホテル、聖パオロ病院は取り壊され30~50階建級のビル数棟が建つ案がある。ハンギョレHPリンク
そして中央線ガードをくぐって東側に行くこととする。今回の訪韓前は予めコネストの地図でどんな建物があるかを調べておいたが、ガイドブックやインターネットで淸凉里驛東側は殆ど紹介されていないので、そちらへ行くのは”度胸”かと思っていた。が、ガード下は意外ときれい、小便臭いこともないしホームレスが寝ていたり酒盛りしていることもない。孫がいそうな女性3人が歩いているのみ。市場からの帰りだ。野菜を縛った車を引いている。ほっと一息。ガードをくぐり抜ければ、コネストの地図の通り庶民的な店舗あり、消防署あり、薬局あり、教会あり、銀行あり、派出所あり。変な店はないようだし。道は閑散としている。踏十里ギルを更に東へ進めば中華料理店など商店が建ち並んでいる。
左より、コンコース、駅ビル南の公園、駅ビル南側、LOTTE PLAZA(旧ロッテ百貨店)、ニュー富林觀光ホテル
またこの辺りは再開発が行われていて住宅密集地だったのが取り壊されていた。コネストの地図によれば「典農・踏十里ニュータウン(전농.답십리뉴타운・チョンノンタプシムニニュータウン)」と書かれている。つまり高層団地が建つ予定があるのだろう。片側2車線のバス通りで”東口のメインストリート”・拝峰路(배봉로・ペボン
[588より線路東側へ]左より、細々と営業している588、踏十里ギルを東へと行き中央線ガード手前、同ガードをくぐって東側に出る、踏十里ギルの交差点より拝峰路の北方面を見る、踏十里ギルを更に東へと行くと庶民的な店が建ち並ぶ。
ノ)に戻り北へ進む。「HONDA」と書かれた看板が目に入る。まだシャッターが閉まっていたがバイク屋だろう。その辺りは小規模な商店が並んでいる。西口にも「YAMAHA」のバイクが止まっていた。日本製バイクは人気なのか?その向かいは派出所、その北にはとんがり屋根の典農教會(전농교회・チョンノンギョフェ)。神様が守ってくださる。ホッとしながら歩き続ける。新星(신성・シンソン)ミソチウムアパートと称される高層団地を過ぎると駅ビルが見えてくる。児童遊園のそばに駅へ行く陸橋の入口がある。塀の向こうは操車場だ。その北へ行った所には操車場入口があり、更
[駅東側]左より、典農・踏十里ニュータウン建設予定地、拝峰路と新星ミソチウムアパート、典農教会、駅ビルの東側
に進めば上り坂、また、新しくできた道へ行く曲がり角がありその道は歩行者も車も通れるようになっている。東西連絡道路だ。やがて飲食店がちらほら見え始めてくる。ソウルナビで紹介された豚カルビ専門店・トンプデ(돈푸대)がある。ソウル市立大学が近いので学生御用達の、安くて量の多い店だという。そして歩き続けると車の通行の多い広い道・典農路(전농로・チョンノンノ)を左に曲がる。中央線の上に架かる淸凉第二高架橋(청량제이고가교・チョンニャンジェーイゴガキョ)を渡り忘憂路に出る。商店の多い賑やかな通りだ。時刻は8時頃。平日であれば今頃はスーツ姿の人たちでいっぱいだろう。再び駅ビルの前を通り、京東市場と藥令市場
[駅東側より線路上の橋へ]左より、東口へ行く陸橋入口、操車場入口、拝峰路から典農路に出る(向こうはソウル市大や初・中・高が多い文京地区)、典農路(淸凉第二高架橋)より見る国鉄線と地上に現れた地下鉄1号線線路
へ行く。途中淸凉里靑果物卸売市場前を過ぎる。前回の6月と同様に旺山路歩道は露天商でいっぱい。林檎(사과・サグァ)、梨(・ペー)、大粒の黒い葡萄(포도・ポド)、柿(・カム)、小さめの蜜柑(귤・キュル)といった季節物の果物が多いのが秋らしいところだ。勿論韓国にいるという実感を沸かせるニンニク(마늘・マヌル)や高麗人蔘(고려인삼・コリョインサム)も売られている。ただ、ニンニクは一粒一粒バラバラにされ皮がむかれた状態でビニール袋に詰められている。肉屋も営業していて塊で売られている。豚肉(돼지고기・トウェジゴギ):牛肉(소고기・ソゴギ)は4:1の割合だろうか?韓国人も普段は牛よりも値段の安い豚を多く摂っているようだ。その通り11月10日の朝日新聞によれば、豚バラの焼肉・サムギョプサル(삼겹살)が食されているように、韓国で消費される肉類の半分以上が豚肉だという。藥令市場はまだ朝早いので店は開いていないが伝統の飾り付けがされている。そして祭基洞驛に到着、地
淸凉里驛より藥令市場へ左より、駅東側へと行く新しくできた道路、淸凉里靑果物卸売市場、藥令市場の門、藥令市場にはG20が近いためか赤青のランタンが飾られている
下鉄1号線に乗車し淸凉里に別れを告げた。怖い所かと恐れていた駅の東側、いざ行って見れば、危険とは言い難く、駅からは直接来れるし、団地ができるようなので、賑やかさはそちら東側の方にも及ぶのではないのか、と思う。なかなか良い淸凉里の思い出となった。淸凉里へはまたいつの日か。その時は東口より陸橋を渡って拝峰路に出ようかと思う。

5.翌年秋、淸凉里地名由来の寺へお参り。
 平成23年10月15日(土)、淸凉里の地名由来は「淸凉寺(청량사・チョンニャンサ)」だということをあるサイトで知ったので、現地へと赴いた。早朝7時30分、宿泊しているホテルを出て、乙支路入口(을지로입구・ウルチロイック)驛より地下鉄2号線で往十里(왕십리・ワンシムニ)、そこから国鉄電鉄線中央線(중앙선・チュンガンソン)で淸凉里へと向かう。国鉄往十里驛のホームドア上に駅名が電光表示されている。ハングル(왕십리)、ローマ字(Wangshimni)、漢字(往十里)、そしてなんと「ワンシムニ」と片仮名の表示が次に現れるではないか!電光表示の駅名でカタカナを見るのは初めてだ。8時丁度初の電車はなかなか来ない。遅れているのだ。待っている間、反対側の線路をKORAILと書かれたジーゼル機関車が通過する。もう1本のホームは未だ使われていない。盆唐線(분당선・プダンソン)の開通はまだだ(帰国後10月29日に開
淸凉里驛東口から出た後の調査。左より、拝峰路へと行く通路、そこから見る駅ビル、駅ビル南側の公園より典農・踏十里ニュータウン建築工事のクレーンが遙か向こうにあるのが霞んで見える。
通することを知る)。約3分位遅れて電車が来て乗車。山登りの客もいる。道路(踏十里답십리길・タプシムニギル)上を通過し、操車場そしてホームが見えてきて淸凉里驛に到着だ。ここは前と同じように安全柵のみでホームドアはない。しかし初めて淸凉里へ行った2003年の時とはダイヤが大幅に異なる。中央・京元線の電鉄線区間はは龍山-淸凉里-議政府北部(의정부북부・ウィジョンブブップ)のみだったのが、中央線の淸凉里-龍門(용문)及び冬ソナで有名になった春川(춘천・チュンチョン)へ行く京春線(경춘선・キョンチュンソン)も電鉄線化。更に京元線区間は逍遙山(소요산・ソヨサン)まで延びている。それらに伴い、淸凉里始発だった京春線の列車「無窮花(무궁화・ムグンファ)と統一(통일・トンギル)」は廃止、また一部路線の変更があり春川行電鉄線は中央線の淸凉里から3駅さきに行った上鳳(상봉・サンボン)が始発となっている。またソウルメトロ(ソウルの地下鉄)HPによれば、京元線の逍遙山方面行は京元線と相互乗り入れしている地下鉄淸凉里驛{路線図では지하(チハ=地下)}から、中央線の上鳳・龍門方面行は国鉄淸凉里驛{路線図では지상(チサン=地上)}から出るダイヤとなっている。もし乗り間違えたら隣駅・回基(회기・フェギ)で乗り換える必要がある。
 さ、今回の淸凉里の調査だ。エスカレーターを上がりコンコース。Tマネーのタッチでエラーはなく改札機を通過。今日は土曜なのでやはり長距離列車を待つ客が多い。私は東口に出る。典農・踏十里ニュータウン(전농답십리뉴타운・チョンノンダプシムニニュータウン)の再開発は進んでいるようで、クレーンがたくさん備わっているのが見える。また駅東の拝峰路(배봉로・ペボンノ){現在はソウル市立大へと行く道なので서울市立大路(서울시립대로・ソウルシリプテーロ)というらしい}から来る通路を通る人は結構いる。登校途中の制服姿の女高生もいる。正面口(西口)へと回り、今回の目的・淸凉寺へと行く。ウリ(우리)銀行北にある曲がり角を曲がり、旺山路43길(왕산로43・ワンサルロサシプサムギル)と称される道をまっすぐ行った先にある。左側は高層団地、右は数軒の店舗と一般住宅。人通りはまばら。幅5~6メートルほどの住宅地の道路で片側(団地側)は車が縦列駐車。このため右端を歩く。坂を上ると祭基路(제기로・チェギロ)を渡る橋”淸凉橋(청량교・チョンニャンギョ)”。そこを通るとまた別の高層団地が見えてきて道が二股に分かれる。右側の突き当りに門が見えてきて門柱は「天藏山淸凉寺」と彫られている。間違いない。合掌して境内に入る。奥に大雄殿があるが改修工事をしているようで、2~3人の工事人がいたので敢
左より、淸凉寺が見えてきた。同寺の門柱。大雄殿方面を望む、右の低い所に児童遊園がある、手前は観音殿
えて行かなかった。児童遊園もあるが子供の姿はない。門を入って右側に説明書きがあることに気づき、ありがたいことに日本語もある。「付近に清涼な川があった」とかかれてある。清涼な川があるから淸凉寺、そして淸凉寺があるから淸凉里となったのだろう。合掌して門外に出る。牛乳等を売っている1軒のパン屋がある以外は住宅ばかり。一人の老人がベンチに腰掛けている。一匹の小さな犬も遊んでいる。飼い主はその老人だろう。付近に精神病院があってそれでも淸凉里が知られているらしい。淸凉里はその精神病院と置屋街だけではない。ソウルの東のターミナル駅、副都心化への再開発、そして地名の由来の淸凉寺、世宗大王記念館(세종대왕기념관・セジョンデワンギニョムグァン)、ソウル市立大学などがある文京街、京東(경동・キョンドン)など多くの食料品市場も挙げなければ。これで今回の淸凉里調査は終わり。来た道をまっすぐ戻り地下鉄1号線淸凉里驛へ。東大門(동대문・トンデムン)へ向かうため駅の階段を下りる。外に出ず国鉄淸凉里驛に乗り換えられる通路ができていた。雨の日の乗り換えは楽だ。また地下鉄淸凉里驛にもホームドアができていた。淸凉里驛からの地下鉄乗車は2003年以来だ。

6.二年ぶり、淸凉里と再会
 平成25年10月23日(水)、市廰(시청・シチョン=市役所)近くのホテルを朝6時40分頃出て、地下鉄1号線に乗車。いつもなら2号線で往十里왕십리・ワンシムニ)、そこから国鉄電鉄線中央線のルートにするのだが、1号線で乗り換えなしで行けるのでそれにした。ラッシュ前であるので立っている人は少ない。空席はあっても各ロングシートに1席あるかないか。高齢者が来れば譲らねばならないからそのまま立ち続けた。8つ目の淸凉里驛には7時15分頃到着。最も西の東大門동대문・トンデムン)寄りの出口を出山路(왕산로・ワンサルロ)を国鉄(KORAIL)淸凉里驛へと向かう。飲食店が立ち並ぶ。店外のメニューに日本語を添え書きした店も2軒ほどあった。ロッテプラザを過ぎるとエスカレーター付きの長い階段だ。エスカレーターにはMITSUBISHIと書かれていた。大曽根に三菱電機の工場があるため、そういう意味では大曽根と淸凉里とが近いと感じる。エスカレーターを上り、駅ビル南の公園を経て東口へと出る。2年前は工事中だった団地「典農・踏十里ニュータウン(전농답십리뉴타운・チョンノンダプシムニニュータウン)」は完成しているよ
左より、完成したとみられる東口の典農・踏十里ニュータウン。東口の通路より駅ビルを望む。東口通路階段一部には屋根を設置。淸凉寺に続く道・旺山路の道路名表示。改築完成した淸凉寺。
うだ。やはり高層団地だ。東側通路・ソウル市立大路通路(서울시립대로・ソウルシリプテーロ)に出る階段には透明の屋根が取り付けられている。通勤・通学時間だから人通りが多い。東口調査はここまで。西口に戻り、ここも工事が完了しているだろうと思われる淸凉寺(청량사・チョンニャンサ)へ行く。行く道は忘れていない。2年前撮り損なったが道路名や町名が書かれた札が取り付けられている。ハングルとローマ字のみだが南大門市場(남대문시장・ナムデムンシジャン)
など中心部となると漢字(中国式か日本式)も加わる。旺山路が駅前で忘憂路(망우로・マングロ)と分岐していて旺山路の方に入っていく。駅前通りよりずっと狭くなっていて路地ともいえる。その道を北へと進む。駐車車両が多い。パトカーが巡回している。職務質問はされない。一安心だ。淸凉橋(청량교・チョンニャンギョ)を渡ってしばらくすると淸凉寺が見えてきた。工事はとっくに終わっていた。2年前は工事が行われていた大雄殿の前で合掌。扉は閉まっていたが(事件に遭うことがないよう)お祈りして淸凉寺を後にする。同じ道を通り地下鉄淸凉里驛に戻り、今回の淸凉里調査を終えた。

 
Click あの街天国「大曽根」 韓国ソウルで見つけた「大曽根」(大曽根VS淸凉里)2003年 訪韓一週間2013