近鉄養老線
(桑名〜多度〜養老〜大垣〜揖斐)
 
平成15年7月31日に販売された記念入場券。播磨駅〜揖斐駅の各有人駅で販売されました(上の写真は大垣駅のもの)。
台紙の図柄はパソコンで打ち出しているらしく、台紙の裏には「EPSON」のロゴが…


概要

近鉄養老線は桑名駅〜大垣駅〜揖斐駅の57.6キロの単線電化路線です。

これは数ある近鉄の路線の中でも、大阪線、名古屋線に次いで3番目に長い路線となっています。

ただし狭義的な意味で、桑名駅〜大垣駅を養老線、大垣駅〜揖斐駅を揖斐線と呼ぶこともあって(特に地元民)、以下この名称を使っていきます。

近鉄の多くは軌間1435ミリ標準軌を使用していますが、南大阪線系統や伊賀線、そして養老線には1067ミリの狭軌が使用されています。

というのも、平成3年まで養老線では貨物輸送をしており、桑名駅と大垣駅で国鉄・JRに直接乗り入れられるようにしたためです。

車両の全面検査などの時は、桑名駅〜播磨駅の桑名台車振替場(旧東方貨物駅)4線区間で台車ごと履き替えて名古屋線に乗り入れています。

養老線はほぼ全線にわたって国道258号線と併走していて、3回立体交差しています。しかし駒野駅〜大外羽駅については、

養老線が養老市街地を通るために大きな弧を描くのに対して、国道は田園の中を真っ直ぐ突っ切るため、養老線の方がかなり分が悪いです。

有人駅は、桑名、下深谷、多度、駒野、養老、美濃高田、西大垣、大垣、揖斐の各駅、

交換可能駅は、下深谷、多度、美濃松山、美濃山崎、駒野、美濃津屋、養老、美濃高田、友江、西大垣、東赤坂、池野の各駅となっています

CTCが整備されていますが、ほとんどの駅でスプリングポイントを使用して1線スルーを行っていません。

そのため、列車交換がない時でもポイント制限を受けてゆっくり進入して、表定速度の低下の一因となっています。

また脱線ポイントの設置は皆無なので、万が一、暴進した時のことを考えて上下列車が同時に駅に進入できないようになっています。

そのため、どちらかの列車は相手が停車するまで駅の手前で減速、停止することになり、これも表定速度の低下の一因となっています。

線内の運転最高速度は65キロとなっていますが、実際は60キロと随分ゆっくりとしたスピードで走っています。


養老線は近鉄の中ではローカル線の部類に入り、収支も芳しくない(と言うより赤字なので)ので全列車ワンマン運転を行っています。

有人駅では駅で切符の販売・改札を行いますが、無人駅では下の写真のような乗車票発券機が設置されていて、整理券として役目を果たします。

有人駅で切符を買って無人駅で降りる場合は、運転手に切符を渡すか、乗車票発券機の隣に設置してある乗車券回収箱に入れます。

無人駅で整理券を取って有人駅で降りる場合は、改札口で精算することになります。

無人駅で整理券を取って無人駅で降りる場合は、乗車券回収箱に整理券と運賃を入れることになります。

したがって乗客のモラルが問われるということになりますが、それに対応してか、車掌が乗って車内精算している姿もよく見受けられます。 

 
(左)無人駅には乗車票発券機が設置されていて、それを基に精算するようになっています。
(右)乗車票。裏表に発行駅名が印刷されています。


中京はただでさえ乗用車の利用比率が高い地域ですが、その影響をまともに食らっているのが養老線です。

また養老線は名古屋の外環状線的な役割も果たしていますが、都心部から放射状に延びる路線と連絡して初めて価値のあるものとなります。

しかし養老線は、名古屋から放射状に延びる路線とは桑名駅と大垣駅でしか連絡していません。

鉄道だけでなく、ほとんどの途中駅ではバスによる連絡手段もなく、自転車かキス・アンド・ライドで利用する人がほとんどです。

そこで登場したのが「サイクルトレイン」です。

これは三岐鉄道が始めたもので、最寄駅まで自転車で来て、そのまま列車内に乗せ、下車駅からまた自転車を利用できるようにしたものです。

利用駅は播磨駅〜大垣駅の各駅で、当初は烏江駅と大垣駅は利用できないという中途半端なものでした。

しかし烏江駅は専用のスロープを設け、大垣駅はJRとの間に連絡改札を設けることによって「サイクルトレイン」利用可能駅になりました。

桑名駅については、JRと連絡改札を持っておらず、名古屋線とも連絡しているため、JRや名古屋線に持ち込むことがないよう利用できません。

ただし利用時間帯については、土休日と学校休業期間の日中しか利用できないので、利用者はなかなかいないのが現状のようです。

また「サイクルトレイン」という発想はいいのですが、肝心の運転間隔と所要時間で敬遠している人が大勢いるのではないでしょうか。

そんな養老線について取り上げてみました。



歴史

近鉄養老線の歴史は合併、分離を繰り返して近鉄の一路線となった路線で、伊勢電との兼ね合いもあって非常に複雑な経緯を持っています。

設立したのは大垣出身の実業家で、今の京浜急行電鉄の設立(当時は大師電気鉄道)にも尽力した立川勇次郎です。

明治中期の第2次私鉄建設ブームの時に、石津郡多良村(現:養老郡上石津町)の高木貞正が発起人として養老電気設立の申請をして、

明治30年4月21日に桑名〜養老〜大垣〜脛永(現:揖斐)の免許を得ることができました。

しかし資金を集めることができず、免許の更新を繰り返すものの、なかなか工事に着手することができずにいました。

そこへ明治43年の軽便鉄道法の公布によって、多くの私鉄がそうしたように、軽便鉄道に免許を変更しました。

そしてようやく明治44年に着工、大正2年7月31日に養老駅〜大垣駅〜池野駅が開通しました。

大正8年4月27日には残りの桑名駅〜養老駅、池野駅〜揖斐駅を開通させて、養老線は全通を見ています。

その頃、沿線には揖斐川電気という電力会社があって大口の需要を探していました。

そして養老鉄道に目を付けて傘下に収め、大正11年に養老鉄道は揖斐川電気に合併されてしまいます。

そして翌大正12年5月13日に全線を一気に電化させています。

同時に揖斐川電気は、近鉄名古屋線の前身である伊勢電気鉄道も傘下に収めていましたが、これら鉄道部門を1つにまとめるために、

昭和3年4月6日に養老電気鉄道として分離し、翌昭和4年10月1日に伊勢電気鉄道(以下、伊勢電)に合併されました。


ここで伊勢電について見てみると、養老電気鉄道合併当時の開業区間は、津新地駅(津市中心部)〜桑名駅でした。

実は大正8年に四日市〜桑名の免許を申請しているのですが、養老鉄道と競願となって養老鉄道に軍配が上がっています。

しかし図らずも養老電気鉄道の合併によって、桑名〜四日市の免許も讓受して、昭和4年1月30日に念願の桑名進出ができたのです。

これによって揖斐駅〜大垣駅〜養老駅〜桑名駅〜四日市駅〜津新地駅という長大路線ができあがりました。

さらに伊勢神宮進出を計画し、昭和5年12月25日に大神宮前駅まで開通させています。

これにより宇治山田駅まで開業させた参宮急行電鉄(近鉄の前身である大阪電気軌道の子会社。以下、参急)と競争関係になります。

伊勢電は関東から伊勢神宮への利用者も取り込もうと、桑名〜名古屋の免許を申請、認可されて建設に入っています。

しかし桑名〜名古屋には揖斐川、長良川、木曽川という大河川があり、しかも大恐慌の真っ最中で伊勢電の経営は悪化、

遂には伊勢電の参急への合併、養老線の分離、名古屋新線の分離という結果になりました。

これによって養老線は、昭和11年5月20日に伊勢電から養老電鉄(養老電気鉄道と区別するために電鉄としたらしい)として分離されました。

養老電鉄は昭和15年8月1日に参急に合併、翌昭和16年3月15日には参急と大阪電気軌道が合併、関西急行電鉄と改称、

そして昭和19年6月1日には戦時交通統制によって、関西急行電鉄と南海鉄道(現:南海電気鉄道)が合併、近畿日本鉄道が成立しました。

このように養老線は、

養老鉄道→揖斐川電気→養老電気鉄道→伊勢電気鉄道→養老電鉄→参宮急行電鉄→関西急行電鉄→近畿日本鉄道

と目まぐるしく経営母体を変えていった、全国でも稀有な路線として注目することができます。

近鉄になってからは、名古屋線の軌間が狭軌であったために、養老線も共に改軌する計画が持ち上がりましたが、

路線が長いことと、桑名駅と大垣駅で国鉄に貨物列車を直通できるようにするため、狭軌のままで現在に至っています。

その貨物輸送も平成3年に全廃されています。

平成4年〜平成6年にかけては非冷房車から冷房車600系・610系・620系への置き換えが行われています。

しかしモータリーゼーション、景気の悪化、娯楽の多様化などに伴って養老線の利用者は減少傾向にあり、

平成6年10月からはワンマン運転を開始、平成11年からは本格的に行われるようになりました。

平成10年7月25日からはサイクルトレインの運行を開始、当初は下深谷駅〜大垣駅(高架の烏江駅は除く)でしたが、

その後、播磨駅〜大垣駅(烏江駅も利用可)になり、平成15年4月1日からは揖斐線も適用されるようになりました。

このように利用者の減少を食い止めようと努力している養老線ですが、桑名で連絡していた北勢線が廃止(結果的には三岐鉄道に譲渡)され、

養老線も楽観視できない状況にあります。



駅データ

桑名駅ではJR関西本線に接続、近鉄名古屋線と三岐鉄道北勢線(西桑名駅)に連絡しています。

他社であるJRとは線路がつながっているのに自社とはつながっていないのが不思議ですが、これは歴史的な経緯によって軌間が違うためなのです。

関西線がJR型配線で1〜3番ホーム、近鉄名古屋線と養老線が島式ホーム2面4線で4〜7番ホームと連番になっていて、

このうち養老線が使っているのは一番東側の4番ホームだけです。

反対側の5番ホームは名古屋線下り本線、6番ホームは名古屋線上り本線、7番ホームは名古屋線上り副本線となっています。

したがって名古屋線下りは桑名駅での待避できないので、1つ先の益生(ますお)駅で待避できるようになっています。

しかし現状では、名古屋線の下りは桑名駅での緩急接続できません。

そのため4番ホームと7番ホームを4線軌にして、近鉄四日市寄りに養老線の折り返し線を設けた方がいいのではないでしょうか。

ただし名古屋方面から養老線に乗る時、もしくは養老線から四日市方面に向かう時は同一ホームなので乗り換えが便利です。

近年の大きな駅としては珍しく橋上駅舎にはなっていなくて、近鉄側の駅舎(西口)とJR側の駅舎(東口)に分かれています。

そして近鉄とJRとは跨線橋で結ばれていて、中間改札なしで行き来できるようになっています。

この跨線橋はホームの北寄り(名古屋寄り)にあり、近鉄名古屋駅も頭端部に改札があるので、名古屋寄りの車両が混雑しやすい状況です。

桑名駅はJRと共に高架化の計画があるので、高架になったらホームの真ん中にコンコースが来ることになるのではないでしょうか。

さて近年、JRと近鉄では対名古屋駅の運賃格差が逆転していて、桑名駅からだとJRが100円安くなっています。

しかしJRの列車本数はまだ少ないので、改札口で時刻表と睨めっこして、待たずに来そうな時間だったらJRを利用する人も見受けられます。

これは桑名駅では中間改札がなく隣接しているので、四日市などに比べて、この傾向がより顕著に表れています。

乗降客数を見てみると、平成5年に刊行された『JR・私鉄全線各駅停車』によると、近鉄は31,219人、JRは4,014人、

それに対して平成14年度版『都市交通年報』によると、近鉄は24,213人、JRは7,568人(推定)となっています。

三岐鉄道北勢線の西桑名駅は、JR側の駅舎(東口)を出て右に曲がったすぐの所にあります。

同一駅と見なしてもよさそうですが、独立した駅舎を持っていて、改札も別改札となっています。

もともとは近鉄北勢線でしたが、赤字のために廃止の意向を示し、それを平成15年4月1日に三岐鉄道が譲渡したという経緯があります。

桑名駅の歴史は、まず関西鉄道(現:JR関西本線)が明治27年7月5日に開業させたことに始まります。

大正3年4月5日には北勢鉄道(後の近鉄北勢線、現:三岐鉄道北勢線)が大山田駅(現:西桑名駅)を開業、

そして大正8年4月27日には、現:近鉄名古屋線よりも先に養老鉄道が桑名乗り入れを果たしています。

最後に乗り入れてきたのが、昭和4年1月30日の伊勢電気鉄道(現:近鉄名古屋線)で、

実は四日市駅〜桑名駅は養老鉄道の後身である揖斐川電気から免許を譲り受けたものです。

その後、伊勢電気鉄道から免許を譲り受けた関西急行電鉄が、昭和13年6月26日に関急名古屋駅(現:近鉄名古屋駅)まで延伸して、

現在の桑名駅の形ができあがりました。

この桑名市は名古屋のベッドタウンとして発展しているので、養老線から桑名を目的地とする人はそんなに多くはなく、

4分の3以上は名古屋線への乗り換えとなっているのが特徴です。


桑名駅を出ると、左へカーブして名古屋線の下をくぐります。

そして下り進行方向左側に桑名台車振替場が広がります。

もともと東方貨物駅でしたが、平成3年に養老線の貨物輸送は廃止され、現在では狭軌の養老線が標準軌の台車に履き替える場所になっています。

養老線の車両は簡易な検査は西大垣検車区で行いますが、全検は名古屋線塩浜工場で行うので、標準軌の台車に履き替える必要があるのです。

台車を履き替えた車両は、そこから名古屋線の7番ホームに進入できるようになっているのです。


播磨駅は片面ホーム(下り進行方向右側)。

駅舎は桑名寄りにあって、大山田川に沿って走る狭い道路に面していますが、現在では無人駅となっています。

大垣寄りの地面は徐々に下がっていくこともあって、さながら高架ホームのようになっています。

その高架のすぐ横にはNTN工場があって、そこへの通勤者も見受けられますが、大半は自動車での通勤となっています。

桑名駅からわずか1.6キロ、日中以降は30分間隔の運行なので、場合によっては歩いた方が早く、自転車を使う人が多いのかもしれません。

ホームは左へカーブしている所にあるので、運転手からの見通しは悪い駅となっています。


この先でまず最初の国道258号線を下を通って、東名阪自動車道の下を通ります。 


下深谷駅は島式ホーム。 

駅舎は大垣寄りの東側にあって、ホームとは構内踏切で結ばれています。

かつては地区特産物を運び出す貨物施設があったようですが、現在では側線すら残っていません。

駅の東側には下深谷部という集落があり、西側の丘の上には県立桑名北高校があるので、利用者は中間駅の中でも多い方です。


下野代駅は片面ホーム(下り進行方向左側)。

出口は桑名寄りにあり、かつては駅舎がありましたが、現在では撤去されて無人駅となっています。 

駅の西側は丘で、東側は小さな集落があるだけなので利用者は多くありません。

かつては島式ホームの交換可能駅でしたが、今では跡地が花壇になっています。 


この先で西側の丘が一度途切れて、揖斐川の支流、肱江川を渡ります。 


多度駅はJR型配線で、下りが片面ホーム、上りが島式ホームとなっていて、西向きに駅舎があります。

ホームとホームは大垣寄りの構内踏切によって結ばれています。

また桑名寄りには貨物側線を利用した保線基地も設置されています。

多度町の中心地であるために利用者は多いです。

西にはGWに行われる「上げ馬神事」で有名な多度大社があり、この時は臨時列車も増発されるほどです。

東には揖斐川・長良川・木曽川の3本の大河が接近している所にあり、国営木曽三川公園が整備されていますが、バス路線は整備されていません。

その道を更に東へ5キロくらい行くと、名鉄尾西線の佐屋駅に出ることもできます。 


この先で多度川を渡って右カーブすると、今度は左へ急カーブして濃尾平野に下りていきます。 

そしてこの先、石津駅の手前まで直線が続いていて、線形は非常にいいのですが、それでも列車は60キロしか出さないのが歯がゆい限りです。

また2度目の国道258号線との立体交差があり、この付近で岐阜県に入ります。 


美濃松山駅は相対式ホームで、下り列車がポイントによる制限を受ける構造になっています。

駅舎はなく無人駅で、大垣寄りに出口が設置されています。

無人駅ではありますが、駅の東側には新興住宅が続いており、利用者もかなり多いです。

ここから桑名までは20分程度で行くことができるので、十分名古屋への通勤圏ということができます。

そのため、日中を中心に桑名〜美濃松山の区間列車が走っていますが、この先は1時間に1本の運転間隔の閑散線区になってしまいます。

かつては、大垣駅前からこの付近の境(という地名です)までバス路線がありましたが、養老線と並行して走っていたためか廃止されています。

その258号線沿いには大きな店舗も並んでいて、南濃町南部の中心となっているところです。

 
(左)下り1番ホームを望む。(右)上り2番ホームに進入する美濃松山折り返しの区間列車。

 
(左)上り2番ホームを望む。(右)2番ホームに停車中の折り返し列車(606編成)。


石津駅は片面ホーム(下り進行方向右側)。

昭和63年9月に駅舎を改装しましたが、現在は無人駅となっています。

かつては相対式ホームで貨物側線もありましたが、昭和50年7月に撤去されて、現在は花壇になっています。

桑名からの最終列車は石津止まりとなっていて、石津駅到着後に美濃松山駅まで回送されています。

また朝ラッシュ時についても桑名〜石津の区間列車が設定されていて、桑名、名古屋、四日市への通勤通学客を運んでいます。

 

 


石津駅を出ると養老山脈と揖斐川の間の平野部が細くなり、養老線はその間を走っていきます。

一方で国道258号線は、アップダウンを繰り返しながら丘の上を走っていきます。

このあたりは養老山脈から流れ落ちてきた川が扇状地を形成していて、般若谷川が天井川となって養老線の上を通っていきます。


美濃山崎駅は相対式ホームの無人駅で、下り列車がポイントによる制限を受ける構造になっています。

駅舎はなく無人駅で、出口は両ホームとも、桑名寄り・大垣寄り2ヶ所にあります。

付近は養老山脈と揖斐川に挟まれていて、民家もそんなに多くはなく、乗降人員は養老線の中でも一番少ない駅です。

駅西側にはかつて貨物線と駅舎だった空き地があり、小さいながらパーク・アンド・ライドになっています。

 


この先で2つ目の天井川、山崎北谷川をトンネルでくぐります。

そして羽根谷川を渡って左へカーブして北西へ進路を取ると南濃町の中心、駒野に着きます。


駒野駅はJR型配線で、上りが片面ホーム、下りが島式ホームで、北向きに駅舎があります。

上り線は直線になっており、下り線と普段使われない3番線はポイントによって制限を受けて進入、発車します。

そして下りホームと上りホームは、大垣寄りの構内踏切によって結ばれています。

駒野駅は桑名駅〜大垣駅のほぼ中間地点で、どちらへ行くこともできる所です。

通学圏は同じ校区の大垣に向かっていますが、通勤圏は桑名経由で名古屋に向かっています。

大垣経由でも桑名経由でも名古屋まで所要時間はあまり変わりませんが、名古屋まで近鉄の運賃で行ける桑名経由の方が多いものと思われます。

しかし福岡大橋、東海大橋を経由して直接名古屋へ行くこともできることから、鉄道利用者はそんなに多くないのが現状です。

駒野は南濃町の中心で、駅周辺の人が利用する他、福岡大橋を渡った所には海津町の中心である高須があって、そこの利用もあります。

また高須には県立海津高校があって、朝夕の通学時間帯は駒野に向かってくる流れもあります。

養老線の他にも、大垣駅前から駒野(奥条)まで同じ系列の名阪近鉄バスを走っていますが、バス停まで遠くて、本数も1日1往復しか走りません。

かつては桑名駅〜大垣駅の全線通しが1時間に2本の割合で走っていました。

しかしその後、1本が全線通しで、もう1本は桑名駅〜美濃松山駅と養老駅〜大垣駅という2つの区間列車に分かれて、

駒野駅には1時間に1本しか走らなくなってしまい、かなり使いにくい区間となってしまいました。

因みに現在では、養老駅〜大垣駅の区間列車もなくなってしまいました。

ただし大垣駅発の最終列車は、かつては養老駅まででしたが、現在は駒野駅まで走るようになったことは評価できます。

 

 


駒野駅の先で3度目の国道258号線との立体交差があります。

ここまでずっと258号線が沿って走ってきましたが、ここからは田んぼの真ん中を突っ切ってまっすぐ大垣へ向かうルートを取ります。

それに対して養老線は、観光地である養老を通るために大きな弧を描いて、国道と離れて走るルートを取るのです。

そしてこの駒野駅〜美濃津屋駅は、養老線の中で一番駅間距離の長い区間となっています。


美濃津屋駅は相対式ホームの無人駅で、下り線がポイントによって制限を受ける構造になっています。

かつては駅舎や貨物施設(おそらく上りホームの桑名寄り)もあったようですが、現在では撤去されて静かな駅となっています。

ホームへの入口は上下線で別々にあり、上りホームは中ほどに入口があり、待合室も設置されています。

一方で、下りホームは桑名寄りに入口があり、こちらには小さな上屋しか設置されていませんが、

大垣寄りには下りホームと上りホームを結ぶ構内踏切が設置されていて、上りホームの入口から入っても下りホームへ行けるようになっています。

ワンマン後もしばらくは、下深谷駅から下り列車に乗車してきた乗車駅員(車内券売・検札業務をする)がこの駅まで乗車してきて、

養老駅や美濃高田駅で交換した上り列車に乗って、再び下深谷駅まで車内業務をしていた頃がありました。

周囲は古い集落がありますが、利用者は多くありません。

近くを東海自然歩道が通っていて、津屋川に沿ってサイクリングができるなど、リュックを背負った人も見受けられます。

 
(左)下りホーム。こちらのホーム入口は一番桑名寄りにあります。
(右)上りホーム。こちらのホーム入口は中ほどにあります。また待合室も設置されています(下りホームにはありません)。

 
(左)大垣寄りにある構内踏切から桑名方面を望む。(右)駅名表示。近鉄の駅名表示はこんな感じです。


この先から養老山脈の裾野を通るために、カーブが非常に多い区間です。また3つ目の天井川、小倉谷川の下をくぐっていきます。


養老駅はJR型配線で、下りが片面ホーム、上りが島式ホームで、駅舎は西向きにあります。

桑名寄りは3番線が、大垣寄りは2番線が直線になっていて、下り列車は進入・発車共に、上り列車は発車時に制限を受けます。

そして下りホームと上りホームは、大垣寄りの構内踏切によって結ばれています。

ここから池野駅までが最初の開業区間で、大正8年の全線開業時からの駅舎が健在です。

入母屋造り木造瓦葺きで棟が高く、当時は1等・2等待合もあったようです。

屋根の鬼瓦には「Y」と「O」をあしらった養老鉄道時代の社紋がまだ残っています。

路線名になるくらいだから養老線の中心駅で、有人駅というだけでなく、定期券の発行も行っているくらいです(他は桑名駅と大垣駅しか行っていない)。

その改札口には、養老の滝の孝子伝説のシンボルである瓢箪がたくさんぶら下がっているのも特徴です。

駅舎の北半分には喫茶店が入っていて、これがまた開業当初からのお店ではないかと思わせるくらいの喫茶店です(入ったことはありません)。

更に駅舎の北側には、団体用の改札口が設置されていますが、現在では使われている形跡が見受けられません。

一部の列車は養老駅発着となっています。

一時は日中に、大垣との間に区間列車が運転されていましたが、大垣口は桑名口ほど利用者が多くないためになくなってしまいました。

現在は利用者の減少で、日中は1時間に1本の全線直通列車があるだけで使いにくいものになってしまいました。

養老公園、養老天命反転地、養老の滝の最寄り駅となっていますが、歩くには少し遠く、坂を上っていかなくてはいけないので結構大変です。

開業当初、美濃地方の代表的な観光地と言えば、長良川の鵜飼と養老の滝と言われたくらいで、たいそう賑わっていたものと思われますが、

現在では娯楽の多様化や自動車の利用が進んでいることもあって、駅の利用者は予想に反して少なく、駅前も少し寂しい感じがします。

上記の観光地へ行く人も少し遠いことから、自動車での利用が多いです。

また養老町の中心地は1つ先の高田であって、この付近は民家が多いとは言えず、通勤通学客もそんなに多くないのが現状です。

 
(左)養老駅本屋。観光地への入口らしく重厚な造りになっています。現在でも待合室も広く、喫茶店も併設されていたりします。
(右)養老駅の屋根には養老鉄道の社紋である「Y」と「O」をあしらった鬼瓦が鎮座しています。

 
(左)駅舎の北側にある臨時改札口。かつての賑わいが嘘のように、現在では無用の長物となってしまった感があります。
(右)駅の南(桑名寄り)から養老駅を望む。あまり使われない3番線に停車している列車は、養老始発大垣行き列車。


美濃高田駅は相対式ホームの有人駅です。

駅舎は下りホームにあって、ホーム同士は桑名寄りの構内踏切で結ばれています。

かつては貨物列車の待避線が上下線の間にありましたが、現在では撤去されて、上下線の間が広く感じられます。

下りホームの大垣寄りには雑草の生えた空き地がありますが、ここがかつての貨物側線だったものと思われます。

高田は養老町の中心地で、西側には商店街なども広がっていますが、駅舎と反対側の東側には家が1件もなく、田圃が広がっています。

近くには県立養老女子商業高校もあって生徒が利用することも多く、大垣方面から高田までの逆方向の流れもあります。

この先で右へ90度カーブして、進路を東へ変えて牧田川の南を走ります。

 
(左)美濃高田駅本屋。駅前には小さなロータリーがあります。
(右)駅の北西から美濃高田駅を望む。貨物列車が走っていた頃には、右に広がる荒地に貨物側線があったものと思われます。

西向きから南向きに急カーブして美濃高田駅に進入する列車。


烏江駅は片面ホームの高架駅(下り進行方向右側)です。

近代的な駅に見えますが、駅舎はなく無人駅で、鳩の糞でずいぶんと汚れた駅になってしまいました。

かつては盛土の上に駅舎とホームがありましたが、牧田川の河川改修工事に伴い10メートルほど北へ移設、現在の高架駅となった経緯があります。

その頃は牧田川右岸の堤防道路と同一レベルで、大垣寄りにあった駅舎もこの道路に面していて便利でしたし、有人駅にもなっていました。

ワンマン後も、西大垣駅から上り列車に乗車してきた乗車駅員(車内券売・検札業務をする)がこの駅まで乗車してきて、

美濃高田駅や養老駅で交換した下り列車に乗って、再び西大垣駅まで車内業務をしていた頃がありました。

現在のコンクリートの高架になってからは、道路より高い所を走るようになって階段を利用するようになってしまったのは残念です。

また高架駅開業当初は、堤防道路から一度地上に下りて、そこから3階分くらいある階段を昇っていましたが、

現在では堤防道路からも階段とスロープが取り付けられ、車椅子やサイクルトレインも利用できるようになりました。

すぐ大垣寄りで牧田川を渡り、右へ90度カーブして北進します。

現在ではコンクリートの丈夫な橋脚に変わったが、かつては全国でも古い部類に入るワーレントラス鉄橋がありました。

この鉄橋は国鉄からの払い下げで、1888年製のものらしく、鉄道遺産として価値のあるものでしたが、高架化と共に橋ごと撤去されてしまいました。

現在ではトラスの一部が烏江駅のすぐそばに飾ってありますが、落書き対策のためか鉄の柵で囲まれているのは残念です。

1キロほど離れた所に県立大垣農業高校があるため、ここから自転車で通っている生徒も見受けられます。

 
(左)堤防道路からの入口。更に下には地上からの入口があります。
(右)烏江駅ホーム。勾配の途中にああります。後方に見えるコンクリート橋が牧田川橋梁。

 
(左)烏江駅全景。手前をクネクネと昇っているのは自転車(サイクルトレイン)・車椅子用の通路。
(右)駅の東に置いてある、かつて牧田川橋梁に使われていたワーレントラスの一部。1888年製。


大外羽駅は片面ホーム(下り進行方向右側)。

駅舎もなく無人駅となっています。出口は大垣寄りに設置されています。

近くの県立大垣南高校の専用駅といった感があるのも、高校の開校に合わせて作られたからです。

ただし駅から高校を見ることはできず、高校まで歩いて10分以上かかります(それでも利用者は多い)。

また高校の北側には運動公園(アスピック)も作られて、そこへ行く最寄り駅にもなっていて、

他の駅では軒並み乗降人員が下がっているのに、この駅は横ばいで推移しています(本当は横ばいではいけないのですが…)。

開業当初は通学時間帯だけ停まっていましたが、現在では全ての列車が停まるようになっています。

駅から少し離れた所に集落はあるものの、駅の周りには建物が全くないので、交換可能駅にすることはできます(現状では必要ないけど…)。

 
(左)大外羽駅遠景。周りに人家は少ないです。大垣南高校への最寄り駅ですが、駅から校舎は見えません。
(右)駅の北から桑名方面を望む。写真では見にくいですが、高架区間に昇っていく様子が見て取れます。

必要ないですが、ホームの東側に線路を敷いて、交換可能駅にすることもできそうです。


大外羽駅を出ると、名神高速道路の下をアンダーパスして友江駅に進入します。


友江駅はJR型配線で、下りが片面ホーム、上りが島式ホームとなっていて、大垣寄りの構内踏切でつながっています。

下り線は直線になっていて、上り線の2番線と3番線はポイントによる制限を受けます。

もっとも駒野駅などでもそうですが、直線側もスプリングポイントのために制限を受けています。

かつては駅舎もあって有人駅だったようですが、現在では駅舎も取り払われ小さな待合室があるだけです。

下りホームの大垣寄りに雑草が生えた空き地があるので、おそらくここに貨物側線があったものと思われます。

 
(左)駅の北(大垣寄り)から桑名方面を望む。駅舎もなく、上屋も短い簡素な駅。右側には側線もあった(ようです)。
(右)友江駅を発車する大垣行き下り列車。上りホームから撮影。


美濃青柳は片面ホーム(下り進行方向左側)の無人駅で、出口は大垣寄りにあり駅舎はありません。

駅名は「みのあおやぎ」ではなく「みのやなぎ」と読む難読駅名です。また付近の町名は「あおやなぎちょう」となっています。

この付近から大垣の市街地に入ってくるが、利用者はそんなに多くありません。

駅の東側にはイビデンの工場があり、工場への引込線もある比較的大きな貨物駅でだったようです。

また行き違い可能駅でもあったらしく、おそらく島式ホームだったものと思われますが、現在では線路であった場所に待合室が作られています。

この駅が交換可能駅になれば、だいぶん融通の利くダイヤが組めると思います。

 
(左)美濃青柳駅。現在は片面ホーム。バックにはイビデンの工場が見受けられます。
(右)ホーム桑名寄りから大垣方面を望む。かつては左側の草むらに下り線が敷いてあり、島式ホームだったことが分かります。


ここから西大垣までは直線になっています。

東海道新幹線をくぐり、西大垣駅の手前で県道31号線(旧国道21号線)を渡ります。

朝ラッシュ時は西大垣駅で行き違いをするダイヤを組んでいますが、西大垣駅には脱線ポイントがなく同時進入できないようになっているので、

大垣行き下り列車はこの踏切手前で、上り列車が駅に進入するのを待っていることが多いです。

そのため踏切がずっと閉まりっぱなしで、自動車もこの踏切で待たされることが多く、交通のネックとなっています。

上り列車が大垣駅を出発する時間が1〜2分早ければ、同時進入することなく、下り列車が駅手前で待機することもなくなるのですが…

また珍しくなった踏切警手もここにいたのを確認しています(平成8年度現在)が、現在いるかどうかは不明です。


西大垣は相対式ホームで、駅舎は上りホームに接していて、下りホームとは大垣寄りの構内踏切で結ばれています。

上下線の間には中線がありますが、貨物輸送が廃止された現在、使われることはなくなってしまいました。

利用者は多くないですが有人駅なのは、西大垣検車区が併設されているためです。

駅前からは東に向かって中央分離帯のある立派な県道が走っていて、市役所や大垣の中心部である郭町まで行けますが、

バス路線などは設定されておらず、交通量もそんなに多くないので、少々閑散とした駅前です。

西側一帯はイビデンの工場となっていて、そのためか一般客の利用はそんなに多くありません。

また本数の少ない養老線を待って大垣駅へ向かうよりも、直接大垣駅まで自転車で行った方が便利ということもあります。

そして下りホームの西には西大垣検車区が広がっていて、養老線の車両は全てここの所属となっています。

小検査などもここで行い、大検査だけは桑名台車振替場で標準軌の台車に履き替えて、四日市の塩浜まで回送されています。

かつては日曜日の始発列車として、大垣駅まで回送を兼ねて1駅間だけの区間列車が設定されていましたが、現在では設定されていません。

養老線、揖斐線ともに、大垣駅でそのまま列車が折り返すのが基本ですが、日中に一度だけ車両交換のためにここまで回送列車が走ります。


西大垣駅舎。検車区があるので有人駅となっていますが、利用者は少なく、駅前も閑散としています。


この先で90度右カーブして、大垣駅に進入します。

ちょうどカーブを曲がり終える所に揖斐線の室駅が設置されていますが、養老線には設置されていません。

室駅の利用者はそんなに多くありませんが、養老線の方にもホームを設置して、少しでも利用を促進すべきでしょう。

駅南方にはスイトピアセンターという大垣市の複合文化施設があるが、大垣駅から歩くには少し遠すぎますし、

バスを利用にするにも近すぎて本数も多くはないので、もっぱら自動車利用となっているのが現状です。

専用の屋根付き歩道を整備するなどして、鉄道利用を呼びかけてはどうでしょうか。

 
(左)揖斐線の室駅前を通過していく大垣駅から西大垣駅への回送列車。左端に見える架線柱が揖斐線のもの。
(右)室駅前から養老線の踏切と大垣市スイトピアセンターを望む。大垣駅や西大垣駅からそこまでは距離があるので駅がほしいところです。


大垣駅ではJR東海道本線と樽見鉄道と接続しています。

養老線と揖斐線はここでスイッチバックしていて、頭端式の島式ホームという構造になっています。

ホームが頭端式になっていることや、駅手前のポイント制限もあるので、駅進入時はゆっくりと入ってきます。

それぞれの路線は運転が完全に分離していることから、1番ホームが養老線、2番ホームが揖斐線に固定されています。

JRの駅舎は駅ビル「APIO」の中にありますが、近鉄の駅舎は駅ビルの西側にある小さなものです。

当然のことながら有人駅で、定期券の発行も行っています。乗降人員も中間駅の中では圧倒的に多いです。

JRの1番線との間には連絡通路が設けられていて、かつては自由に行き来できましたが、

養老線が本格的にワンマン運転を始め、サイクルトレインを開始したためか、間に連絡改札が作られてしまいました。

連絡改札には券売機などは設けられておらず、連絡定期か連絡切符を持っている人しか通ることができないのが残念です。

連絡定期・連絡切符を持っていない人は、一度正面の改札口を出て、駅ビル2階のJR改札口まで歩く必要があります。

揖斐線用2番ホームには蒸気時代の名残で機回り線が残っています。

その北側、JRとの間には側線が並んでいて、この側線を介してJRと線路がつながっています。

現在では貨物列車の運行もなくなり不要のように思えますが、この側線にはJRの廃車車両と新造車両を留置していることがあります。

大垣市は西濃地方の中心地で、養老線沿線に列車に乗って大垣に出る人も多い。

しかし絶対数としては岐阜や名古屋に出る人が多く、大垣まで自家用車で送迎してもらう人も多いのが現状です。

付近に高校はありませんが、駅前に自転車を預けておいて、それで通学している生徒も多く見受けられます。

また大垣市街に住んでいる人が養老線沿線の高校に通学したり、JR沿線の高校に通うために乗り換えている姿も見受けられます。

駅前は、駅ビル、ビジネスホテル、商業施設のビルが建っていますが、駅から南に伸びる商店街は地盤沈下が激しく寂しい雰囲気です。

一方で駐車場を併設した大型店舗が郊外に進出していて、大垣の中心に買い物をしに来る人も少なくなり、養老線の利用率も悪いのが現状です。

今後は駅の北側にユニー系列のアピタができるようですが、その時に養老線は少しは挽回できるでしょうか。

 
(左)養老線の駅舎。JR南口の階段を降りて右に進むとあります。上屋が付いているので雨に濡れることなく連絡できます。
(右)南口ロータリー。正面が駅ビル(JR南口)、その左側にある建物が近鉄の駅舎。


大垣駅から北は、地元の人にとっては揖斐線と呼ぶ場合がほとんどです。

大垣駅でスイッチバックをして、揖斐線は一路西に向かうことになるのです。

養老線が南へカーブしていく場所に、揖斐線には室駅があります。


駅は片面ホーム(下り進行方向左側)。

大垣寄りには小さいながら駅舎もありますが、無人駅となっています。

養老線もすぐ脇を通り抜けていきますが、こちらには駅は設置されていません。

駅の南には大垣市の複合文化施設「スイトピアセンター」がありますが、自動車利用がほとんどです。

大垣駅では養老線と揖斐線の接続は全く考慮されておらず、養老線沿線からそこへ行くには大変で、養老線の利用者減の一因かもしれません。

養老線にも駅が欲しいところで、ホームを道路の東側に移設すればホーム上乗り換えもできて便利になるはずです。

付近は紡績工場がたくさんありましたが、繊維産業の不振で工場跡地にはマンションも建ち始めています。

なお駅前を通る道路を北へ進んで、突き当りを左折すると大垣電車区をまたぐ跨線橋に行くことができます。

 
(左)簡素な室駅舎。駅舎に入らなくても直接ホームに行くことができます。
(右)室駅前から東を望む。左が揖斐線、右が養老線。両線の間には空間があるので、ホームを移設して養老線からも乗降できればいいが…


この先で右カーブしていき、進路を北へ取ります。JR東海道本線をアンダーパスすると北大垣駅になります。


北大垣駅は片面ホーム(下り進行方向左側)の無人駅となっています。

出口は揖斐寄りにあって、バスの走る県道に面しています。この県道を2キロほど西進するとJR荒尾駅に行くことができます。

駅の西側には桜が植えられた堤防がありますが、これは大垣市街を水害から守れるようにしたものです。

この堤防は途中で途切れていますが、東赤坂駅の北まで断続的に続いています。

揖斐寄りから大垣方面を望む。右に生い茂る木々は堤防。


北大垣駅から北上すると、国道21号線(岐大バイパス)をアンダーパスし、すぐに国道417号線と平面交差します。

国道417号線は、21号線の交差点と揖斐線の踏切でラッシュ時の渋滞がひどく、大垣市北部の交通のネックになっています。

417号線を過ぎると関ヶ原バイパスの延長となる市道をアンダーパスしますが、この市道を1キロほど東進した所に大垣女子短期大学があります。


東赤坂駅は相対式ホームの無人駅です。

下り線が直線になっていて、上り線がポイントによる制限を受けます。

入口はホーム別になっていて、どちらも大垣寄りにあります。

駅舎はなく、上屋も短いものしかありませんが、上りホームには待合室が作られています。

赤坂は大垣市の地名になりますが、駅所在地は神戸町になります。

駅のすぐ南を横切っている道が旧中山道で、ここが大垣市と神戸町の境界です。

この道を2キロほど東へ行った所に岐阜経済大学がありますが、大学へは大垣駅前からバスが出ているので、学生の利用者は皆無です。

更に東進して揖斐川を渡ると、樽見鉄道十九条駅に出て、最終的にはJR穂積駅に出ることができます(9キロくらい離れているけど…)。

 
(左)下りホームへの入口。入口はホーム別になっています。
(右)下りホームから揖斐方面を望む。待合室は上りホームにしか設置されていません。

ホームに進入する揖斐行き下り列車。


東赤坂駅を出ると、次の広神戸駅までほぼ直線が続きますが、途中で築堤上を走るためにアップダウンします。

この築堤は、北大垣駅の項で書いた築堤の延長に当たります。


広神戸駅は片面ホーム(下り進行方向右側)。

かつてはJR型配線でしたが、現在では棒線化されています。

それでも現在まで島式ホームは残っていて、外側の線路(3番線)を利用して保線基地もあります。

東向きに駅舎があって、神戸町の中心であるために利用者は多いですが、現在では無人駅となっています。

 
(左)広神戸駅本屋。有人駅でしたが、ワンマン化によって無人駅となってしまいました。
(右)ホーム大垣寄りから揖斐方面を望む。真ん中にあるのはホーム跡で、かつてはJR形配線だったことが分かります。

下りホーム側の側線は保線車両の基地になっています。


この先で線路は左カーブして、北西に進路を取ります。


北神戸駅は片面ホーム(下り進行方向左側)。

出口は大垣寄りに設置されていますが、小さな駅務室と思われるものが設置されています。

北神戸駅は養老線の中で一番新しい駅です。

これは駅の北西にある県立池田高校への利便を図るためで、設置された経緯は大外羽駅と同じです。

ただし広神戸駅〜池野駅のちょうど中間地点に設けられたため、高校へは北神戸駅からも池野駅からも中途半端な距離になってしまいました。

駅の周辺は田圃が広がっていますが、駅のすぐ北側には町立図書館があります。

北神戸駅本屋。


池野駅は相対式ホーム。

下り線が直線となっていて、上り線はポイントによる制限を受けます。

駅舎は下りホームにあり、池田町の中心であるために利用者は多いですが、現在では無人駅となっています。

上りホームとは揖斐寄りの構内踏切によって結ばれていて、上りホームの更に外側(北側)には、貨物用側線の跡も残っています。

池田高校へはこの駅を利用しても、北神戸駅と同じくらいの距離にあります。


池野駅本屋。広神戸駅と同様、ワンマン化に伴って無人駅となってしまいました。


この先で線路は右カーブして、再び北へ進路を取ります。

そして国道417号線も揖斐線の西側をつかず離れず併走するようになります。


北池野駅は片面ホーム(下り進行方向左側)。

一番大垣寄りに駅舎がありますが、無人駅となっています。

駅舎から道を挟んで南側には池田町役場があり、こちらの方が池田町の中心ということができそうですが、利用者は池野駅の方が多いです。 

 
(左)北池野駅本屋。駅の目の前は池田町役場のすぐ裏手にあたります。
(右)大垣寄りから揖斐方面を望む。次の美濃本郷駅まではずっと直線で、停まっている列車が見えるくらいです。


北池野駅〜美濃本郷駅の駅間距離は0.8キロと養老線で一番短く、しかも直線であるために、列車の様子が隣の駅からでもよく分かります。


美濃本郷駅は片面ホーム(下り進行方向左側)。

かつてはJR型配線となっていて、現在使われているホームは、島式ホームの中線にあたる部分です。

線路の右側(東側)には片面ホームの跡が残り、現ホームの反対側にも線路跡が残っているのが分かります。

出口は一番揖斐寄りにありますが、駅舎は設置されていません。

 
(左)美濃本郷駅入口。駅前には小さいながら車止めもある。
(右)美濃本郷駅を望む。左にある茂みは片面ホームの跡。


揖斐は島式ホームの終着駅です。

もっとも現在は、島式ホーム東側の線路しか使われていません。

その線路はホームを過ぎてからも少し線路が延びていて、暴進してもいいようになっています。

一方の島式ホーム西側の線路は、駅舎に阻まれて頭端式ホームのようになっています。

その西側にもう1本側線があって、貨物用のホームが残っています。

駅の手前には貨物用側線跡、駅の東側には貨物ヤード跡があって構内はとても広いです。

駅舎はホームの西側にあって、揖斐線の中では大垣駅を除いて唯一の有人駅となっています。

貨物輸送がなくなってからは少々寂しい駅構内になってしまいましたが、駅前には名阪近鉄バスの揖斐営業所があって、

ここから揖斐川町中心部、大野町、谷汲山、揖斐峡、藤橋村、坂内村、春日村に向けてバスが走っていて交通の拠点となっています。

駅の北には粕川と揖斐川が横切っていて、揖斐川町の中心はその北側になります。

そのため中心部まで2キロくらい距離があり、歩くにしては遠すぎるし、バスでは近くて本数が少ない中途半端な位置にあるのが現状です。

本来ならばこの2つの川を越えて揖斐川町の中心部に乗り入れるべきでしたが、それは結局かないませんでした。

平成13年9月30日までは、岐阜から揖斐川町の中心まで名鉄揖斐線が走っていて、そこに本揖斐駅がありましたが廃止されてしまいました。

この路線が示しているように、揖斐川町はどちらかという岐阜方面への流れが大きいところです。

現在は名鉄揖斐線黒野駅と揖斐川町中心部を結ぶバス路線が設定されていますが、残る岐阜駅前〜黒野駅も廃止の意向が伝えられています。

こうなると揖斐川町の人にとって、岐阜へ向かうにも余計時間がかかるようになってしまいます。

近鉄揖斐線を揖斐川町中心部まで延伸させる時期に来ているのではないでしょうか。

 
(左)揖斐駅本屋。ロータリーが広がっていて、その北側にはバス乗り場があり、揖斐各地へ向かっています。
(右)大垣寄りから揖斐駅を望む。手前の空き地はかつての側線跡で、貨物輸送が盛んだったことを示しています。 

 

駅名
読み方
開業日
乗降人員
駅間距離
駅所在地
桑名
くわな

大8・4・27

1,844/24,213

三重県桑名市東方97

播磨
はりま

昭14・12・29

967

1.6

三重県桑名市播磨2500−3

下深谷
しもふかや

大10・8・1

1,977

2.4

三重県桑名市下深谷部2279

下野代
しものしろ

大9・6・1

571

2.6

三重県桑名郡多度町下野代3162−3

多度
たど

大8・4・27

2,250

2.0

三重県桑名郡多度町小山1860−2

美濃松山
みのまつやま

昭4・2・24

1,476

3.2

岐阜県海津郡南濃町大字松山字古堤221

石津
いしづ

大8・4・27

864

2.3

岐阜県海津郡南濃町大字太田字町通92

美濃山崎
みのやまざき

大8・4・27

295

2.1

岐阜県海津郡南濃町大字山崎字大立267

駒野
こまの

大8・4・27

1,316

3.5

岐阜県海津郡南濃町大字駒野字横道上617−5

美濃津屋
みのつや

大8・4・27

396

4.8

岐阜県海津郡南濃町大字津屋字借畑2693−5

養老
ようろう

大2・7・31

793

4.3

岐阜県養老郡養老町大字鷲巣字白石道1200

美濃高田
みのたかだ

大2・7・31

1,540

3.0

岐阜県養老郡養老町大字高田字古宮842−4

烏江
からすえ

大2・7・31

941

2.7

岐阜県養老郡養老町烏江1074−1

大外羽
おおとば

昭49・6・1

1,101

1.5

岐阜県大垣市西大外羽3−28

友江
ともえ

大2・7・31

607

1.4

岐阜県大垣市友江町221

美濃青柳
みのやなぎ

昭9・6・1

688

2.0

岐阜県大垣市青柳町425−1

西大垣
にしおおがき

大2・7・31

337

1.8

岐阜県大垣市木戸町910

大垣
おおがき

大2・7・31

11,657

1.8

岐阜県大垣市高屋町1−146

むろ

大5・4・1

317

1.1

岐阜県大垣市木戸町134−3

北大垣
きたおおがき

昭19・7・1

744

1.3

岐阜県大垣市笠木町76−3

東赤坂
ひがしあかさか

大2・7・31

562

2.1

岐阜県安八郡神戸町大字中沢字村西124−6

広神戸
ひろごうど

大2・7・31

1,284

2.8

岐阜県安八郡神戸町大字神戸字西浦122

北神戸
きたごうど

昭61・3・27

610

1.6

岐阜県安八郡神戸町大字北一色字別当野575−2

池野
いけの

大2・7・31

1,122

1.6

岐阜県揖斐郡池田町池野259−4

北池野
きたいけの

昭29・4・1

569

0.9

岐阜県揖斐郡池田町本郷1515

美濃本郷
みのほんごう

大9・6・1

572

0.8

岐阜県揖斐郡池田町本郷550

揖斐
いび

大8・4・27

1,966

2.3

岐阜県揖斐郡揖斐川町大字脛永字山王元434

美濃松山駅〜大外羽駅と東赤坂駅〜揖斐駅の乗降人員については、交通新聞社刊『私鉄全線全駅』より抜粋しました。 
桑名駅については、北勢線西桑名駅の人員は含まれていません。また桑名駅で近鉄名古屋線に乗り換える人は6,111人となっています。

ダイヤ

養老線と揖斐線を直通する列車は1本もなく、接続も考慮されていなくて、全く別のダイヤと考えた方がいいです。

列車種別は全て各停で、かつては大外羽駅を通過する列車もあったようですが、現在では全ての駅に停車します。


養老線

正式な呼称にはなっていませんが、養老線の中でも桑名口と大垣口に分けることができます。

分かれる所は曖昧ですが、高校生の場合だと県境のある多度駅〜美濃松山駅で分かれるようです。

一般客の場合だと、だいたい駒野駅を境に南へ行く人と北へ行く人に分かれます。

と言うのは、名古屋に行く場合、駒野以南の人は桑名駅・近鉄名古屋線経由で、駒野駅以北の人は大垣駅・JR経由で行くのが早いからです。

もっとも駒野〜美濃松山付近の人は、名鉄尾西線の津島駅・日比野駅・佐屋駅に自動車で向かった方が早いですが…


始発

桑名行きが駒野駅5:33発(桑名6:04着)、西大垣駅5:22発(6:29着)、大垣駅5:45発(6:53着)です。

始発列車は桑名駅6:12発の急行に接続して、近鉄名古屋駅には6:32に到着します。

桑名駅6:09発の準急もありますが、近鉄弥富駅で急行に抜かされるので、蟹江や名古屋に行く時は後発の急行に乗った方がいいです。

2番列車は桑名駅6:32発急行に連絡して、近鉄名古屋駅には6:53に到着します。

大垣行きが養老駅5:42発(大垣6:04着)、駒野駅5:40発(6:32着)、桑名駅5:52発(7:02着)となっています。

始発は大垣駅で6:08発豊橋行き各停に接続しています。


朝ラッシュ時

全線直通が11〜48分間隔でランダムに運転されます。

その間に、桑名方面は養老駅・美濃松山駅・石津駅始発の区間列車が1本ずつ運転され、桑名口では15〜20分間隔程度に、

大垣方面は駒野駅始発の区間列車が1本運転され、大垣口でもやはり15〜20分毎程度になります。

しかし区間列車が走らない駅では、列車間隔が30分ほどに開いてしまう時間帯もあり、朝ラッシュ時としては失格です。


日中

かつては桑名駅〜大垣駅の全線直通列車が30分毎に走っていました。

しかし利用者の減少から、2本に1本の列車を美濃松山駅〜養老駅で運転せず、桑名口と大垣口の区間運転にしてしまいました。

つまり桑名駅〜美濃松山駅と養老駅〜大垣駅では30分毎、その間の美濃松山駅〜養老駅では1時間毎としたのです。

更に現在、大垣口の区間運転すらなくして、桑名〜美濃松山が30分毎、美濃松山〜大垣は1時間毎になっています。

ただし美濃松山行き区間列車は多度駅での時間調整はなく、そのまま美濃松山駅まで走って折り返しをしています。

そのため、桑名駅〜多度駅ではきれいな30分毎になりますが、多度駅〜美濃松山駅ではきれいな30分毎にはならず、26・34分毎になります。

これが13時台まで続いて、14時台に一度、全線直通列車が30分毎に走ります。

15時台は全線直通列車と桑名駅〜美濃松山駅・養老駅〜大垣駅の区間列車が1本ずつ走り、16時台以降は全線直通列車が30分毎に走ります。

ここでも駒野駅利用者は、14時台を除いて1時間毎にしか利用できず、テストなどで早く終わった高校生にとっては大変です。


日中ダイヤグラム。10分目ダイヤ使用。


大垣乗り換えで名古屋方面に行く時は、大垣駅での接続が短すぎて15分待つことがほとんどです。

養老線下りの大垣駅着は10時台が53分着、11〜13時台が47分で、14時台は48分の到着である。

東海道本線上りの大垣駅発新快速は毎時48分発なので、11〜13時は乗れそうですが途中には連絡改札があります。

連絡改札にはJR、近鉄ともに券売機がなく、近鉄の無人駅から乗った人は連絡切符が買えず、駅ビルに回るしか手立てがありません。

持っている人でも、養老線の先頭車両に乗って、大垣駅到着と同時にダッシュしなければなりません。

乗れなかったら15分後の快速(毎時03分発)を待つことになります。

大垣駅から名古屋駅まではちょうど30分。駒野駅から大垣駅経由で名古屋駅に行く時は、1時間23分かかることになります。

養老線上りの大垣駅発は毎時11分です。

名古屋駅を毎時40分に出る下り新快速は、大垣駅に毎時9分に到着、これもダッシュすればギリギリと養老線上り列車に乗れそうですが、

名古屋駅では養老線の連絡切符は販売されていない(ハズ)ので、やはり多くの人は切符を買い直さなくてはなりません。

つまりこの連絡はほぼ不可能ということになります。

岐阜駅では養老線の連絡切符を売っていますが、これも大垣駅1番線に停車するとは限らず、少しでも遅れれば間に合いません。

結局は名古屋を毎時25分に出る快速に乗って、大垣で15分ほど待った方が無難ということになります。


桑名駅乗り換えで名古屋方面に行く時は、養老線が30分毎、名古屋線急行が20分毎なので、うまくかみ合わない時があります。

名古屋方面に行く時は、

大垣始発は桑名に16分に到着、19分の特急(近鉄名古屋駅35分着)か22分の急行(近鉄名古屋駅43分着)に乗ることになります。

美濃松山始発は桑名に46分に到着、57分の特急(近鉄名古屋駅14分着)か04分の急行(近鉄名古屋駅24分着)に乗ることになります。

駒野駅から桑名経由で名古屋に行く時は、特急利用で49分、急行利用で57分かかることになります。

駒野駅を利用する人にとって名古屋に行くには、所要時間の面からも運賃の面からも桑名経由の方が良いのです。

名古屋方面から来る時は、01分発の急行(桑名駅21分到着)か10分発の特急(桑名駅26分着)に乗ると、

桑名駅毎時34分発の大垣行きに乗ることができます。

近鉄名古屋駅41分発急行は桑名到着が01分、毎時04分発の美濃松山行きに乗ることができます。

近鉄名古屋駅21分発急行は20分以上待つ必要があり、後発の41発急行と同じ列車になってしまうことからもオススメはできません。

駒野駅に行くには桑名駅での接続が悪くなるので、特急利用で59分、急行利用で68分かかることになります。


さて養老線の特徴の一つである「サイクルトレイン」ですが、下りは桑名8:44発〜16:34発、

上りは美濃松山駅9:32発、大垣駅9:02発〜16:41発、その間に運行されていて、2両目に乗ることができます。

「サイクルトレイン」の対象となる列車は、前面にそれを示したマークが掲げられているので分かりやすいです。

しかし平日は行っておらず、休校日である休日と第2・4土曜、春休み・夏休み・冬休み期間中となっているのが残念です。

一応宣伝はしていますが、残念ながら利用者はほとんど見たことがありません。


夕ラッシュ時

その後は区間列車がなくなり全線で30分毎になります。

パターンは少しずつずれますが、かえって大垣での新快速との接続もましになって、新快速も1番線に到着することが多くなります。

しかし、下り列車は美濃松山駅、駒野駅、養老駅で行き違いによる時間調整があるので、かなり時間がかかるようになります。

もう少し速く走れば行き違いのタイミングが是正されて待ち時間がほとんどなくなるダイヤになります(後述)が、

これは日中に全線直通運転が2本走っていた時から変わっていません。


夕ラッシュ時ダイヤグラム。10分目ダイヤ使用。
かつて、日中でも全線30分毎の運転の時代は、このダイヤをほぼ踏襲していました。
下り列車が美濃松山、駒野、養老の各駅で長時間停車するのが問題のダイヤです。
おかげで全線所要時間は、上り列車は66分に対して、下り列車は84分にもなる。


最終列車

桑名発の下り列車は、

大垣行きが22:05発、これは名古屋21:21発松阪行き急行と接続しています。

養老行きが22:32発、これは名古屋22:01分発伊勢中川行き急行と接続、

石津行きが23:12発、これは名古屋22:46発近鉄四日市行き準急と1分で接続しています。

大垣発の上り列車は、

桑名行きが22:02発、これは名古屋21:25発区間快速と接続、

駒野行きが23:00発、これは名古屋22:25発区間快速と接続しています。

 

揖斐線

行き違い駅が東赤坂と池野の2つしかなく、区間列車もないことから、比較的単純なダイヤです。

だいたい20分・40分・60分間隔になり、所要時間も24〜27分とそれほど差ができるようなことはありません。


始発

大垣駅5:43発、揖斐5:36発である。

大垣駅には6:00着となり、大垣駅6:08発各停に乗り、名古屋駅6:45着(土休日は44分着)となります。


朝ラッシュ時

始発直後より20分間隔となり、朝ラッシュ時終了まで東赤坂駅と池野駅の両駅で行き違いをすることになります。

大垣駅9:01発、揖斐駅9:10発まで20分間隔が続きます。


日中

その後、大垣駅10:18発、揖斐駅11:43発からはほぼ60分間隔となって、1編成によるピストン輸送になります。

そのため、大垣駅、揖斐駅ともに折り返し時間が5分程度となっています。

なお桑名駅から来た養老線下り列車は、毎時47分に大垣駅に到着する。

この養老線列車から揖斐方面に向かう時は30分以上待つことになり、この点を見ても人の流れが大垣で分断されていることが分かります。

しかし逆に揖斐方面から養老・桑名方面へは5分程度の接続となっています。

大垣駅から名古屋方面に向かうには毎時18分の新快速に乗り、名古屋駅48分着となり、揖斐駅からはほぼ1時間の所要時間となります。

逆に名古屋駅からは、名古屋駅40分発の新快速(土休日の一部は特別快速)に乗り、大垣駅09分着、走らなくても十分に接続します。

この点で揖斐線は養老線よりもずっと待ち時間が少なくて便利です。


夕ラッシュ時

その後、大垣駅16:12発、揖斐16:21発からまた20分毎となって、これが20時台まで続きます。

この時、大垣行きの上り列車が池野で2分、東赤坂で1分ほど停車し、揖斐行きの下り列車の方が若干早くなります。

やはり大垣・岐阜・名古屋から揖斐線各駅へ帰宅する人が多いためです。

とはいうものの、大垣駅〜揖斐駅の最速は24分、表定速度は36.2キロであまり速いとは言えません。


最終列車

揖斐駅行きが大垣駅23:00発、これは名古屋駅22:25発区間快速と接続、

大垣駅行きが揖斐駅22:53発、これは大垣駅に23:17に到着し、大垣駅23:39発名古屋行きの最終列車に接続します。



車両

今も昔もそうですが、本線から離脱した車両の吹き溜まりの感がある養老線です。

前は狭軌時代の名古屋線(伊勢湾台風で不通になったのを機会に、狭軌から標準軌へ改軌されました)の特急列車を3扉化して使用していました。

その車両は転換クロスシートで快適でしたが、クーラーがないのが不評でした。

そこで平成4年以降、名古屋線や南大阪線で使用していた4扉ロングシート通勤車が投入され、旧型車を一掃しました。

これにより近鉄独特のマルーン色1色の車両はなくなりました。

形式は以下の3形式に分かれています。

括弧内の数字は名古屋線、南大阪線で使用していた時の車両番号、左側が大垣方向になります。


600系

McTTcの1M2T3両編成が2本と、McTcの1M1T2両編成が3本の、合わせて12両が在籍しています。

基本は名古屋線用1600系2両編成のうち、電動車である1600形を600形に、制御車である1700形を500形にしたものです。

3両編成はその間に、南大阪線用の中間車6150形を550形としてはさんだもので、

6000系4両編成を620系3両編成に改番するにあたって、余った中間車を利用しています。

この550形には、団体でも使用できるようにトイレも新設されました。

また最後のF606編成だけは、南大阪線のラビットカー6800系の増結用6850形を改番したものです。

そして平成13年にはF605編成が廃車にされ、現在の陣容になっています。

当初、3両編成のモーター出力は135Kw、2両編成の出力は75Kwにしたため、610系増結車を2両編成に増結することはできませんでした。

その後2両編成についても、610系2両編成と同様に135Kwのものに置き換えられました。

モ600
サ550
ク500
601
(1656)
602
(1657)
551
(6152)
552
(6153)
501
(1751)
502
(1752)

F601編成、平成4年7月入線

F602編成、平成5年3月入線

モ600
ク503
603
(1658)
604
(1659)
605
(1615)
606
(6857)
503
(1951)
504
(1952)
505
(1715)
506
(6858)

F603編成、平成5年11月入線

F604編成、平成6年7月入線

F605編成、平成6年8月入線、平成13年廃車

F606編成、平成6年11月入線


610系

McTTcの1M2T3両編成が1本と、McTcの1M1T2両編成が3本の、合わせて9両が在籍しています。

基本は名古屋線用1800系2両編成のうち、電動車である1800形を610形に、制御車である1900形を510形にしたものです。

当初は3両編成は存在せず、F611編成に中間車570形はありませんでした。

そのため、1M1T2両編成が4本と、増結用のTc車が2両という陣容になっていました。

この増結用Tc車は、南大阪線のラビットカー6800系の増結用6850形を、電装を解除した上で改番したものです。

なおこの増結車両は、F611とF612編成のモーター出力が135Kwで、F613とF614編成の出力が75Kwだったために、

F611とF612編成にしか増結できないようになっていました。

その後、F613とF614編成についても同様に135Kwのものに置き換えられ、増結車両を連結する編成の制限が消えました。 

しかし平成13年には増結車両が廃車にされ、その代わりに6020系4両編成を620系3両編成に改番するにあたって、

余った中間車をサ571として改造の上、F611編成の中間車として組み込みました。

モ612
サ570
ク510
611
(1801)
571
(6109)
511
(1901)

F611編成、McTc車 平成5年8月入線、T車 平成13年9月入線

モ612
ク510
612
(1802)
613
(1803)
614
(1804)
512
(1902)
513
(1903)
514
(1904)

F612編成、平成6年3月入線

F613編成、平成5年11月入線

F614編成、平成6年5月入線

ク530
531
(6855)
532
(6856)

増結用、平成5年8月入線、平成13年廃車

増結用、平成6年3月入線、平成13年廃車


620系

南大阪線用6000系4両編成を3両編成にしたものが基本となっています。

モーターなし中間車である6150形は、600系3両編成の中間車として使われています。

6000系のもう一方の中間車はモーターがついていますが、これを撤去して1M2Tの3両編成で在籍しています。

610系にしても620系にしても、モーターを取った理由は、走る性能を均一にすることと、速く走らせる必要もなく経済的だからです。

しかし近年は、あのJR東○本でも加速力重視の車両を造るご時世になってきているにも関わらず、

ラビットカーを造っていた近鉄としてはお粗末な感じがします。

600系は1号車にトイレを設置しましたが、620系に関してはトイレの新設は行われませんでした。

車両置き換え当初は4編成が在籍していましたが、平成13年に610系の増結車両を廃車するにあたり、新たに1編成を入線しました。

この最後のF625編成は、6020系4両編成を3両編成にしたもので、モーターなし中間車は610系のF611編成中間車として組み込まれました。

なお正確に言うと、F625編成の電動車は、他の620系と足回りが違うことから、「モ620」ではなく「モ625」となります。

ク520
サ560
モ620
521
(6106)
522
(6107)
523
(6108)
524
(6114)
525
(6037)
561
(6012)
562
(6014)
563
(6016)
564
(6018)
565
(6038)
621
(6011)
622
(6013)
623
(6015)
624
(6017)
625
(6129)

F621編成、平成4年6月入線

F622編成、平成5年2月入線

F623編成、平成5年12月入線

F624編成、平成5年6月入線

F625編成、平成13年7月入線



将来

車両の近代化置き換えは全て終了しました。

また烏江駅付近の河川改修による高架化(かつては盛土)も平成9年に終了し、烏江駅もきれいになりました(鳩の糞でまた汚れてしまいましたが)。

今後、JRと共に桑名駅の高架化が計画されていますが、まだ具体的な動きはありません。

高架化されることになると、名古屋線は島式ホーム2面4線となり、上下線とも緩急接続ができるようになると思われます。

その時に養老線のホームをどうするかが最大の焦点になるでしょう。

近鉄四日市駅が高架化された際は、ナローゲージの内部線・八王子線は地上ホームにして残されました。

養老線も名古屋線と軌間が違うことから、桑名駅も近鉄四日市駅と同じようになる可能性が大きいものと思われます。

かつては養老線の改軌も計画されていましたが、距離が長いことや貨物輸送を行っていることもあって見送られていました。

現在では景気の低迷や輸送形態の変化によって利用者数が減っているので、桑名駅を高架化して改軌する可能性はほとんどないでしょう。



改善点

まず日中の区間運転を全線直通に戻す必要がありますが、これはかつて行われていたので簡単にできることです。

ただし現在のまま本数を増やしても、利用者はそれほど増えず輸送力過剰になってしまいます(現在でも過剰気味なのですが…(爆))。

これは遅くて時間がかかりすぎるので利用されないのです。

ではなぜ遅いかと言えば車両性能が悪いためで、車両を置き換えたものの、古いものでは昭和35年製なのです。

また1線スルーの駅が皆無で、脱線ポイントがないために同時進入できないなどの原因が考えられます。

夕ラッシュ時のダイヤグラムを見れば分かるかと思いますが、下り列車はうまく行き違いができず、駅での停車時間が非常に長くなっています。

現在の最高速度は65キロですが、駅間所要時間は下のようになっています(待ち時間なしの時)。

桑名〜14分〜多度〜16分〜駒野〜16分〜美濃高田〜16分〜西大垣〜3分〜大垣

そこでちょっと考えてみると分かるかと思いますが、30分間隔で運転するには15分ごとに行き違いをする必要があります。

そこで、最高速度を80キロまで引き上げて、多度、駒野、美濃高田、西大垣駅それぞれの駅で同時進入きるように脱線ポイントを設置すれば、

各駅間を15分以内に走らせることができ、うまく行き違いをして、桑名駅〜大垣駅をちょうど60分で走らせることができるようになります。


日中改良ダイヤ。10分目ダイヤ使用。
大垣駅の短い赤線は新快速、青線は快速、黒線は米原行き。
播磨〜美濃高田の各駅間で、現行より30秒ずつ時間短縮するようにします。
そうするとこのダイヤグラムのように、待ち時間がほとんどないものになります(現行夕ラッシュ時ダイヤと見比べてもらえば一目瞭然)。
5編成使用。


車両面では、ロングシート・4扉車・3両編成はラッシュ時には威力を発揮しますが日中は持て余している状況です。

実際12時頃の大垣発養老行きに乗ったことがありますが、3両編成の中に乗客が3人という状況でした。

そこでかつての610系のように2両編成と増結用車両を準備して、日中は2両編成、ラッシュ時は1両連結して3両編成にした方がいいはずです。

もしくは特別に小型15メートル2両編成を新造して、ラッシュ時は併結して4両編成(現在の3両編成に相当)にして走らせるのも一考だと思います。

小型車であれば急カーブでも速く走れるし、中小私鉄は小型車を欲している会社が多いから、将来中古としても買い手はつくはずです。

当然ながら、転換クロスシート・3扉にすべきで、これは現状の車両についても言えることです。

しかしローカル線は日中は空いていますが、ラッシュ時などはすさまじい(東京などに比べて乗り方が下手ということもありますが)。

となると近鉄お得意ののL/Cカーの導入して、うまくやれば扉間2人×4列クロスシート・8人掛けロングシートにすることもできそうです。


もしそれで日中の乗客が増えれば、20分間隔にすることも可能です。

これを行うには、上記のような高性能の車両、播磨駅に行き違い設備を設置、大垣駅で揖斐線とのホームの共有が必要になります。

行き違いは播磨、多度、美濃山崎、美濃津屋、美濃高田、友江駅となり、

大垣駅では到着した列車と行き違うようにして、反対ホームの列車が出発するようにします。

ただし20分間隔にすると、桑名での急行との接続はよくなりますが、大垣での新快速もしくは快速との接続は悪くなるという欠点はあります。

更に美濃青柳駅の行き違いを復活させると、友江駅の待ち時間がなくなって時間短縮につながります。


日中20分毎改良ダイヤ。10分目ダイヤ使用。
播磨駅〜美濃高田駅の各駅間で、現行より30秒ずつ時間短縮するものとします。
美濃高田駅〜大垣駅については、駅間距離も短いことから現行のスピードとします。揖斐線と共通運用で10編成使用。
友江の待ち合わせ時間が長くなってしまう欠点はあるが、美濃高田以南ではほとんど余裕時間がないために、この区間で設定する。
また美濃青柳の交換設備復活とスピードアップによって、以下のようなダイヤを作ることも可能です。


日中20分毎改良ダイヤパート2。10分目ダイヤ使用。
播磨〜美濃青柳の各駅間で、現行より30秒ずつ時間短縮するものとします。
行き違いの回数が多いにもかかわらず、下り58分、上り59分で走破できます。揖斐線とは別運用で7編成使用。


揖斐線については距離が短いこともあり、スピードアップしても20分間隔運転時にはうまく行き違いをすることができません。

30分間隔にすべきですが、ちょうど良い行き違い駅がありません。

また40分間隔というのも養老線やJRとの間隔があわず間隔も長すぎます。

東赤坂駅も池野駅にしても行き違い駅が偏り過ぎているので、広神戸駅の行き違い設備を復活させてここで行えばいいはずです。

こうすれば大垣駅での両線の接続も単純になります。

また前述した養老線20分毎案になるようなことがあっても、揖斐線は元から20分サイクルなので簡単にできます。


日中改良ダイヤ。10分目ダイヤ使用。
大垣駅の短い赤線は新快速、青線は快速、黒線は米原行き。2編成使用。


さて大垣駅にはJRとの連絡通路があり、JRの1番ホームと近鉄のホームがつながっています。

かつては連絡改札がなく、チェックフリーで通ることができました。

JRの長距離切符を持っている人でもそのまま目の前の養老線に乗ることができ、車掌が乗務していたので車内で切符を買うことができたのです。

現在では有人の連絡改札が途中にあって、連絡定期・連絡切符を持っている人しか利用することができないようになっています。

連絡通路を持っている他の駅を見ると、連絡改札の横には券売機が設置して次に乗る列車の切符が買えるようにしてありますが、

大垣駅に関しては券売機が併設されていないので、普通の切符の人は通れないようになっているのです。

そのような人は近鉄の改札を一度出て、大垣駅ビル2階に昇ってJRの切符を買い、またホームに降りなくてはなりません。

このような処置にしたのはワンマン化の影響だと思われますが、遠回りは鉄道を利用する敬遠の元になってしまいます。

改札を設けるのは不正乗車を防ぐという点でよろしいですが、それならば何故券売機を設けないのでしょうか。

券売機に大垣駅までの切符を入れて買う方式が望ましいですが、養老線の無人駅からJRに乗り換える場合、

それらの駅利用者は磁気テープの切符を持っていない(乗車駅員から買う切符は磁気ではありません)ので、連絡切符を買うことができません。

だから無理して切符を入れて買う方式でなくても、大垣駅からの切符だけを買い求めて、

連絡改札で大垣駅までの切符を渡して、買った乗車券を検札する方式でもいいと思います。

JRは大垣駅発着が日中15分毎となって、線路容量に空きができたためか1番線発着が多くなっています。

せっかく同一ホームになっているので、もっと簡単に連絡できるようにすべきでしょう。


将来の項にもあったように、桑名駅の高架化が計画されています。

現在の名古屋線ホームは、養老線が1線使っていることもあって2面3線になっています(下りが1線)。

これをおそらく島式ホーム2面4線にするものと思われます。

養老線と名古屋線の軌間が違うので、近鉄四日市駅の近鉄内部線・八王子線のように、高架下に別ホームを作る公算が大きいです。

しかし階段の上り下りは敬遠される元となります。

そこで名古屋線ホームを4線区間にして、養老線と名古屋線急行とホーム上乗り換えにすると便利になります。

当然ながら四日市方面に折り返し線を設置し、養老線桑名止まりと名古屋行き急行、

名古屋発急行と養老線桑名発をホーム上乗り換えできるようにするのが、利用者の流れから考えても望ましい形と言えます。

そして駅の四日市側に引込線を設けて、そこで列車を転線させることになります。

名古屋線と養老線が逆方向に入線することになりますが、現状は桑名駅での緩急接続があまり行われていないので、問題はないと思われます。

できることなら貨物輸送も終わったので、養老線を標準軌に改軌して名古屋線との乗り入れができれば、便利になり利用者増につながります。

上のような配線が無理であっても、現在の養老線とJRの間には側線があるので、それらを利用してホームの数を増やすのも一考です。

具体的には、現在の側線の上に名古屋線下り島式ホーム、現在の養老線・名古屋線下りホームの上に名古屋線上りホーム、

そして上り線の外側の線路に接するようにホームを設けて、その線路の反対側に養老線の線路を配した3面5線構造にするのです。

そうすれば養老線が到着したホームの反対側に名古屋行きの列車が到着して、ホーム上で乗り換えることができます。


揖斐駅は現在、揖斐川町中心部から揖斐川と粕川を渡った所にあり、中途半端な場所にあります。

おそらく創設当時から揖斐川町中心部に乗り入れることを視野に入れていましたが、何らかの理由で実現できなかったものと思われます。

揖斐川町中心部にはかつて、岐阜駅前から忠節駅、美濃北方駅、黒野駅を経由して本揖斐駅まで名鉄揖斐線が走っていました。

しかし平成14年9月30日に黒野駅〜本揖斐駅が谷汲線と共に廃止、バスで黒野駅まで出る必要があります。

岐阜駅前〜忠節駅は路面区間で車の交通マナーも悪いことから、岐阜の中心部に出るまでに時間がかかります。

しかも名鉄は岐阜市内線と揖斐線の全線廃止を打ち出していて、バスか車ということになるとますます時間がかかるようになってしまいます。

それであれば近鉄揖斐線を揖斐川町の中心部まで延ばして、大垣経由で岐阜や名古屋まで行くことは考えてはどうでしょうか。

現在、近鉄揖斐線は全線を25分程度で走っているので、揖斐川町まで伸ばしても30分以内で走れます。

大垣駅での待ち時間を10分、大垣駅〜岐阜駅は12分なので、1時間以内で岐阜駅までは行くことができます。

車だと岐阜市街に入ってからが渋滞するので、やはり1時間かかります。

JRの接続を考えて、本数を増やせば十分対抗できるのではないでしょうか。

「新」揖斐駅は国道157号線に突っ込む形で、もしくは本揖斐駅が残されていることから、それを流用するのも一考だと思います。

下図はその案で、3ルート挙げてみました。

・ルート1は市街地付近に新駅を設置する案です。

国道417号線に沿うルートを取って、揖斐川町の中心部に突っ込む形で駅を設置します。

カーブが少なく市街地まで最短距離で結んでいますが、新駅を設置しなくてはいけないことと、駅ロータリー等を併設するのが難しくなります。

また養老線の利用者の多くを占めるのは高校生ですが、県立揖斐高校からは少し離れた位置になってしまいます。

・ルート2はほぼ直進して、本揖斐駅を流用する案です。

本揖斐駅が残されていて、駅前にもショッピングセンターと駐車場があり、更に本揖斐駅までの距離も最短になります。

県立揖斐高校へも近いですが、本揖斐駅直前は急カーブになってしまいます。

・ルート3は本揖斐駅を流用する案ですが、急カーブをなくすために遠回りをするものです。

粕川の右岸に沿って走り、揖斐川と粕川が合流する付近を一気に渡ります。

大きくカーブして名鉄揖斐線の線路跡を流用しながら、本揖斐駅に直線で進入します。

いずれも民家もあまりない所を走れますが、問題は粕川と揖斐川を渡る橋だけです。


左からルート1・2・3。
脛永橋、岡島橋を通る道が国道417号線、揖斐川町市街地を通っている道が国道303号線です。

 
(左)名鉄揖斐線の本揖斐駅跡。今も駅舎、ホーム、上屋が残っています。
(右)ホームから黒野方面(東)を望む。路盤がまだ残っています。右にカーブして揖斐駅に線路を敷くことは不可能ではありません。


本揖斐駅延長30分毎ダイヤ案。10分目ダイヤ使用。
広神戸駅〜揖斐駅において、若干のスピードアップが必要となります。3編成使用。


本揖斐延長20分毎ダイヤ案。10分目ダイヤ使用。
現行のスピードのままでもいいですが、本揖斐駅は2線必要で、4編成使用となります。 


しかし以上のようなことを万が一にも実現させようものなら、莫大な投資が必要になってしまいます。

近鉄本社の力の入れ具合にもよりますが、北勢線の譲渡も行っていて(当初は廃止予定でした)、養老線も廃線の危機にあると言えます。

もっと簡単な改善をするには、現在の「サイクルトレイン」の運行日、時間帯を拡大すべきだと思います。

運行日は現在、休日主体となっていますが、これを平日にも拡大すべきではないでしょうか。

休日もそんなに多くは乗っていませんが、それでも大垣、岐阜、名古屋へ買物に行く人の利用もあります。

しかし平日に関しては、買物に行く人もいますが絶対量が多くありません。

平日こそサイクルトレインを運行して、少しでも利用者を呼び込むべきではないでしょうか。

高校の授業が終わる夕方や、試験などでイレギュラーが起こるので厳しいかもしれませんが、

せっかく3両編成もあることですし、1両の半分だけでもサイクルトレイン専用にするなどの対処ができるかと思います。

これならば全く投資をせずに済みますし、少なくとも利用者が減るようなことはないはずです。

また駅からその周囲まで、バスなどの公共交通機関がないことも問題だと思われます。

駅前までバスが走っているのは、桑名、美濃高田、大垣、北大垣、揖斐駅ぐらいで、美濃高田と北大垣を通る路線も大垣駅前起点になっています。

例えば駒野駅から東に行き揖斐川を渡った所に、高須という海津町の中心集落があります。

高須に住んでいる人が大垣に向かう時は、1時間〜1時間に1本ある名阪近鉄バスを使うか、駒野駅まで自転車で向かうかどちらかになります。

バスは駒野駅での乗り換えこそありませんが、運賃面では養老線(駒野駅〜大垣駅)の2倍以上かかります。

ところで、かつてのバスは鉄道に平行するように長距離を走るバスも見受けられました。

大垣駅前から国道258号線をひた走る「大垣駅前〜駒野(奥条)」は現在でも走っています(1日1往復だけですが)。

その延長である「大垣駅前〜境(美濃松山付近)」も走っていましたし、それ以前には桑名まで走っていたものもあったようです。

現在ではそのようなバスはほぼ走っておらず、駅から放射線上に走って鉄道の補完とするものがほとんどです。

だから高須から大垣駅前まで養老線に付かず離れず走るバスは、現在ではナンセンスなものだと思われます(飽くまで持論ですが)。

それならば名鉄と協力するなどして、駒野〜高須〜津島駅と走らせて、駒野駅や津島駅で鉄道に乗り換える時に割引をするべきだと思います。

名阪近鉄バスとは同じ系列同士なのだから、それぐらいの特典を付けるべきではないでしょうか。