チョコより甘いキスをして

 まだ風が肌寒く感じる2月半ば、それでも花屋の中は色取り取りの花が咲き乱れ、一足早く春を感じさせていた。
 その花屋の店先に、見知った顔がいた。
「お姉はん、そこの白うてヒラヒラした蝶々みたいな花、欲しいねんけど」
 店員を捕まえて話しを聞いたり、腕組みして考え込んだりと散々悩んだ末、劉は白いスイトピーの花を選んだ。
 それが、龍麻に一番似合いそうだと思ったから。
「おおきに」
 真っ白なスイトピーの花束を抱えた劉は、足取りも軽く街を通り過ぎて行った。
「気に入ってくれると、ええんやけどな」
 抱えた花束から漂う甘い香りが、龍麻を思い出させて、劉の胸は熱くなる一方だった。
 街の喧騒が届かない龍麻のマンションのドアの前で、小さく深呼吸をすると劉はチャイムに指を伸ばした。
ピンポーン。
 どこの家とも変わらないはずのチャイムの音も、龍麻の家のチャイムだと思うとなんとなく良い音だと思ってしまう。
「はーい」
 中から龍麻の声が聞こえて、ピッと居住まいを直すと、持っていた花束を背中に隠した。
「はい、……りゅ、劉」
「あれ、アニキ。どっか出るとこだったんか?せやったらワイすぐ帰るし」
 どこかへ出かけるつもりなのか、それとも帰って来た所なのか、コートを羽織ったままの姿で龍麻が迎えてくれた。
「あっ、いや、どうぞ、入って」
 突然やって来た劉を、ちょっとドギマギしながらも室内に迎え入れると、冷え切ってしまっている部屋の空気を、暖めるためにエアコンのスイッチを入れた。
「アニキ、どっか出かけてたん?」
 冷たくなっている龍麻の上に指を絡ませながら、劉が耳元で囁いた。
「んっ…耳元で囁くな!…ったく。ちょっとそこまで、出てただけだよ」
 耳にかかる熱い吐息に頬を赤らめながら、それでも何でも無いフリをして座るように劉を促がす。
「あっ、今日は長居するつもりあらへんのや。これだけ、アニキに渡そ思てな」
 そう言って劉は、さっき作ってもらった真っ白な花束を、龍麻に差し出した。
「えっ、なに?今日って、あれ、俺の誕生日はまだ先…」
 何の前触れも無く渡された花束の意味が分からなくて、龍麻は劉と花束を交互に見つめた。
「ちゃうて、ワイがアニキの誕生日間違うはずあらへんやろ。せやのうて、今日は2月14日、バレンタインやろ?ワイのおった中国やと、男の方から好きな子に花束渡して告白すんねん。せやから、これはアニキにもろてもらわんと困んのや。そんでな」
 グッと龍麻の腰を抱き寄せてコツンと額を合わせると、最近とみに男らしくなった笑みを口元に浮べ、呟くような小さな声で囁いた。
「好きや。アニキの事だけ、愛してる。せやからワイの気持ち、受け取ってえな」
 拒絶なんか絶対にしないと分かっていて言う、その自信に溢れた口調がなんだか憎らしくて、でもそれ以上に格好良くて、騙されたみたいに頷いてしまう。
「ホンマ?せやったら、ワイのこと、好きやて言うて」
 唇に霞めるだけの口付けを与えられて、龍麻はゆっくりと唇を開いた。
「好き、劉が、好きだよ」
 幸せそうに囁きを繰り返すその唇に、劉の唇が重なるように寄せられて。
「あっ!忘れてた。俺も渡すものが…あれー?どこやったっけ…」
 突然素っ頓狂な声を上げると、抱きしめる劉の腕の輪の中からスルリと抜け出した。
「ああっ、その前に、花に水やらないと枯れちゃう」
 出かけていた時の荷物に手を伸ばして、花束を抱えていた事に気が付いた龍麻は、慌ててキッチンへ駆けて行った。
 男の一人暮しらしく花瓶なんか置いてなくて、取り敢えず底の深いボウルに水を張ると、壊れ物でも扱うかのようにそっと根元を水の中に浸けた。
「これでよしっと。確か、コートのポケットに…」
 バタバタとコートを漁る龍麻の姿に、すっかり甘い雰囲気をダメにされた劉は、どっかりと胡座を掻くと、不貞腐れたようにテーブルに頬杖をついた。
「……あった!劉、これ…あっ…」
 やっと見つけた小箱を嬉しそうに掲げて振り返った龍麻は、そこにすっかりむくれてしまっている劉を見つけて、困ったように振り上げた手を降ろした。
「なんや?」
 なんとなくトゲトゲしているように聞こえる劉の声に、ちょっと悲しくなって、でも竦む足を何とか動かして、座っている劉の前まで進むと、熱く名前を呼んだ。
「劉?」
 台無しにしてしまった甘いムードを取り返すかのように、胡座を掻いた膝の上に跨ると、ぎゅっと劉の首にしがみついた。
「怒ってる?」
 そっと体を離して、小首を傾げるように瞳を覗き込む仕草があまりにも可愛くて、さっきまでの拗ねた気分はすっかり吹き飛んでしまった。
「怒ってへん、ちょっと拗ねとっただけや。せやけど、アニキの可愛い顔見たら、そんなん消えてしもたわ」
 嬉しそうに微笑んで抱き寄せる劉の、腕の中に居心地良く納まると、暖かい鼓動を刻む胸に頬を押し当てた。
「あのさ、俺も劉に渡すものがあるんだ」
 腕だけを動かして、手に持っていた箱を劉の前に差し出す。
「これ、ワイに?」
 綺麗にラッピングされたそれは、なんだか特別なモノの様で、受け取る手が少し震えていた。
「中国では、花束だけど、日本ではチョコレートを渡して告白するんだ」
 女の子からだけど、と、小さな声で付け足して、紅くなった頬を隠すかのように、劉の胸に顔を埋めた。
「おおきに、アニキ。めちゃめちゃ感激やわ。せやけど、恥ずかしかったやろ。堪忍な」
 女の子から男の子にチョコレートを渡して告白する、日本のバレンタインデーの習慣を、知らないわけじゃない劉は、龍麻がどんな思いでコレを買って来てくれたのかを思うと、胸がジンと熱くなるのを感じた。
「せや、ワイもチョコレート買うてくるわ。アニキにばっかり恥ずかしい思い、させられへんし」
 せっかく甘いムードが戻ってきたところなのに、今度は劉がぶち壊しに掛かって。龍麻はため息を吐くと、無粋な恋人の頬に手を伸ばした。
「劉。キスして」
「えっ、アニキ?」
 唇が触れ合うほど近くで囁く龍麻の声が、劉を甘く誘う。
「チョコより、劉がくれるキスの方がいいな、俺」
 だからキスして。と、キスをせがむ紅い唇に、吸い寄せられるように口付ける。
 何時になく積極的な龍麻の誘いに、自分の方が龍麻に甘く溶かされていると、劉は心の中で呟いた。
「チョコより甘い、キスをして。劉のキスで、俺の体、チョコみたいに溶かしてよ、ね」
 触れる唇も、絡める舌も、何もかもが甘く魅惑的で、このまま溶けて一つになってしまうような気がした。
「好き、大好き。だから、もっとキスして。チョコより甘い、キスを」
 甘く囁く龍麻の唇に、蕩けるような口付けが何度も繰り返されて、龍麻は溢れる幸せに瞳を閉じた。


以前桜太さんに捧げさせていただいた劉×主SSです。
 劉×主が一本もなかったので、ツイこれを。
桜太様、ごめんなさい(T−T)

かなり時期が外れてるんでどうしようかとも思ったんですけどね。(笑)
良いかなって事で(^^;;
で、続きがあります。
読んで見ます?