シャツの下から勝也の手が侵入してくる。大きな熱い手に、身体が震える。
「怖い?」
 耳元で囁かれ、つい素直に頷いてしまう。
「ごめん。わかってるんだけど、……止めてあげられそうにない」
 互いの体温が高いことはわかっていた。だから、同じ男として、止められない勝也の気持ちもわかった。わかってはいても、受け入れるのは自分だろうと思うと、どうしても恐怖を感じてしまう。
「優しくするから」
 熱い吐息で囁かれて、陽は目を閉じた。
 熱い手は陽の腹部から進入し、胸へと上がってくる。
 その熱が全身に広がっていき、陽は閉じたまぶたの裏で赤い炎が灯るを感じた。
 シャツを脱がされても、身体はますます熱くなっていく。
 唇に触れていた勝也の唇が、頬にキスを一つ落とし、陽の胸へと降りていった。
 「ん……」
 ぞくりと感じたのは紛れもない快感だった。
 陽が感じ始めたのを見て、勝也はキスの場所を変えていく。
 剣道で鍛えた陽の身体は、外見の細さを裏切り、肩に薄いが理想的な筋肉をつけている。その筋肉を甘く噛むように、舐めとっていく。
 勝也にとっては何もかもが愛しい身体だった。
 肩から鎖骨へと舌でたどる。
 勝也のボタンを外そうとしていた指が震えて力が入らなくなり、胸をくすぐる髪に絡まっていく。
 勝也の舌の動きを止めたい行為が、力が入らずに、もっととねだる行為へと変わっていく。
 勝也は唇で笑い、自分で服を脱いだ。
 逞しい肩が目の前に現われ、陽は髪に絡めていた手を肩へと移す。
「しっかりつかまってて」
 優しい微笑みに、陽は泣きたくなるほどドキドキしていた。
 こんなにも愛しい。縋れば不安が消えるどころか、もっと安心させて欲しいとさえ思う。
「勝也……」
 陽の掠れた呼び声に、勝也は笑みを深くして、唇を重ねた。

 勝也が優しいのはそこまでだった。決して乱暴なのではなく、抑えきれない欲望と、それまで堪えてきたものの大きさを、陽は自分の身に受け止めることになった。
 勝也の胸が自分の胸に重なり、その熱さに陽は悲鳴を上げそうになる。
 けれど、すぐにその悲鳴は吐息に変わり始める。
 勝也の手がそれ以上の熱を陽の中心に齎す。
「ん……」
 意識しないうちに零れた自分の甘い声に、陽は身体を揺らして驚く。
 思わず唇を手で塞ぐと、それを許さないように、勝也が甲に口づけてきた。
「もっと、聞かせて。陽の声。……もっと」
 首を振って逃れようとするが、指を一本一本甘く噛まれ、指の間を舐められると、もう何がなんだかわからなくなっていった。
「あ、……、あぁ」
 唇が空気を求めるように喘ぐと、勝也は深くキスをする。それでは自分で喘ぎを止めているようなものだが、陽は両手を勝也の首に回して、勝也の舌に応える。
 けれど絡ませた舌も、勝也の手が陽の中心に辿り着くと、陽は喉を鳴らした。
「いっぱい感じて」
 勝也の嬉しそうな声に、睨んでやろうと思うのだが、その瞳は快感に潤んで力は入らない。
「……ぁ、……んん」
 陽の瞳に煽られて、勝也は包み込んだ愛しいものをゆっくりと、でも強く握り締め、もっともっと感じて欲しいとばかりに、上下に動かす。
「……ぅ」
 勝也に触られるということがこれほどに強い衝撃をもたらすことを信じられずに、陽は首を横に振った。
 胸へ脇へとキスをしていた勝也は、ゆっくりと獲物に狙いを定める。
 快感に溺れていく陽は、その行動に気づかない。
 先端に雫を含ませた陽自身に、勝也は熱い息を吹きかけ、その雫を舌で吸い取る。
「あっ……、やめ」
 その声が届く前にと、勝也は口の中へと愛しい昂ぶりを咥えてしまう。
 陽が喘ぎにならない喘ぎをこぼし、勝也の頭を押しのけようとするが、その手に力が入らず、勝也は思うままに舌で愛撫する。
「んっ……んん」
 細い足がシーツを蹴り、衣擦れの音と湿った音が室内で交差する。
 それらの音に、陽の熱い吐息が混ざっていく。
 腰を痺れさせる快感に、抵抗を諦めた陽だが、それが極みに昇りつめていこうとするのに、慌ててしまう。
「離……せ、ダメ……。……んっ」
 陽の声は聞こえていたが、それさえも勝也を刺激した。
 熱く震える先端に舌を這わせると、陽は足を突っ張らせながら、堪えきれずに吐精した。
 はぁはぁと零れる息と、どくどくと脈打つ自分の鼓動の向こうに、こくりと秘めた音がした。
 快感を昇りつめた自分の顔を見られたくなくて腕で顔を隠すと、肘にキスされた。
「……バカやろう」
 力の入らない声で罵ると、勝也の笑う気配が伝わって、かっとなった。
「お前なぁ」
 腕を払って目を開けると、勝也はもう笑ってはいなかった。真剣な目が見つめていて、陽ははっと息を呑む。
「……勝也」
「愛してる、陽」
 生意気なと言おうとしたが、心はそれに反して喜びに震えていた。
 唇が重なると、もう勝也のことしか考えられなくなっていた。
 きつく抱きしめられ、勝也の熱が太腿に当たる。その熱さに目が眩みそうになる。
「勝也……」
 伸ばそうとした手首を勝也に掴まれた。なぜ?と見返すと、勝也は照れくさそうに笑った。
「今夜は俺の思うようにさせて」
 掴まれた手首が勝也の口元へと運ばれ、内側の柔らかい部分を吸われる。
「……んっ」
 そんな場所も気持ちいいのかと勝也に教えられて、陽は目を閉じる。
 目蓋へとキスを落として、勝也は愛撫の手を陽の奥へと伸ばしていく。
 びくりと震える身体を自分の身体で押さえるようにキスして、勝也は優しくするという言葉とはうらはらな、その激しい愛を注ぎ込んでいった。

 学校では勝也のことをどう扱えばいいのだろうと心配していた陽だったが、翌朝勝也から『おはようございます』と挨拶されると、自分もおはようと普通に返せた。
 そうすると呼び方も今までのように、『三池』と呼びかけていた。勝也も別にそれを不満だとは言わなかった。
 あれは夢だったのかと思うが、身体の痛みが、勝也の体温を思い出させた。
「明日、デートしよう」
 金曜日、職員室にプリントを届けに来た勝也がこっそり話しかけてきた。
 もう断わる理由のない陽だったが、ふと、あることが引っかかる。
「健全なコースならな」
 陽の言いたい言葉に気がついた勝也は笑いを噛み殺した。
「OK。今夜電話するから」
 そっとうなじを撫でられると、背筋がざわりとした。
 思わず声を上げそうになって、慌てて両手で塞ぐ。
「三池っ!」
 周りを見回して誰も見ていなかったことを確かめ、声を出さずに叱る。
 勝也は楽しそうに手をひらひらさせて出て行く。
 バカヤロウと心の中で罵るが、その背中をあれは自分のものだと見つめた……。

−完−   *****