好きという気持ちで強くなる








「その先生って優しいの?」
 田辺の話を楽しそうに話していた北斗は、幹の問いに言葉を止めた。
「え? う、うん。優しいよ」
「生徒にも人気あるんだ?」
 幹に確かめるように尋ねられ、田辺が生徒に人気があるのも事実なので、なぜ幹がそんなことを聞くのだろうかと思いながら、うんと頷く。
「あ、幹くん、鵬明を目指しているんだよね。先生のこととしか知りたい? 僕、高等部の先生しか知らないけれど、中等部から持ち上がりのクラスメイトに先生の話とか聞いてこようか?」
 北斗にしては珍しく、幹の気持ちを察して、気を利かせたつもりだった。
「幹くん?」
 けれど幹はむっとしたように口を閉じたまま、北斗を見上げていた。
「鵬明は受けないの?」
 ならばまた自分は余計なことを言ったのだろうかと、北斗は落ち込んで地面を見つめた。
 自分の靴の先と、幹の靴の先の距離は、とても開いていた。手を伸ばしても届かない。
「俺が算数のわからないところ聞いて、北斗はわかんなかったら、またその先生に聞きに行くのか?」
 一歩、幹が北斗に踏み出した。だが、そこで、ぴたりと止まる。
 幹のスニーカーは母親が丁寧に洗っているのか、小学生男児の靴にしては、とても綺麗だった。
「……たぶん。だって、幹くんには、ちゃんとわかって欲しいから」
 北斗は幹の不機嫌の原因に思い当たることがなく、自分の教え方が悪かったのだろうかと不安になる。
 これからはもう北斗に教えてもらわなくてもいいと言われても仕方ないのだが、それでは幹との接点そのものがなくなるような気がしていた。
「幹くん、僕が教えるのじゃ、わかりにくくて嫌?」
 北斗の視界の中から、幹の靴が消える。
 幹の靴を追いかけるように、北斗は顔をあげる。
 その視線の先で、幹はくるりと振り返った。
「俺、鵬明を受ける」
 真剣な幹の目が、北斗を睨むように見ていた。
「う、うん……」
 気圧されるように、北斗は思わずうしろに一歩下がる。
「北斗が高校の先生に教えてもらいに行かなくてもいいように、俺、勉強も頑張る」
 幹の両手がしっかりと握り締められている。
「頑張って……」
 頼りにならない北斗の掛け声に、幹は緊張の中にも、くすっと笑う。
「でも、北斗にも勉強教えてもらうぞ。北斗の得意科目って、何?」
「社会が好きなんだ、僕」
「ちょうどいいじゃん、俺、社会苦手だから、北斗、頑張ってくれよ!」
「う、うん」
 幹の勢いに押されるように、北斗は頷いた。
「夏休みが勝負だからな。北斗」
「頑張ろうね、幹くん」
 勝負なのも、頑張るのも幹一人なのだが、北斗はそれに気づかずに、一緒に頑張ろうと自分の両手を握り締める。
 幹はそんな北斗を見て、たまらないように吹き出した。
 北斗の扱い方がなんとなくわかった幹は、出会ったときと変わらない北斗の天然ぶりに、楽しそうに笑った。
 まだ小学生の幹には、北斗を独り占めしたいという気持ちの正体が何か、はっきりとはわかっていなかった。