For You 23
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毎日見舞い客の途切れない病室。綺麗な花と、優しい交流の時間。何より、二人で過ごす静かな時間は、京の身体を医者の見立てより回復を早くした。 「もう点滴も必要ないらしいわ。カウンセリングも退院後の様子を見ながら決めていきましょう」 伊能の明るい笑顔とともにこの言葉を聞いた京は、穏やかに微笑み頷いた。一瞬、伊能は自分のカウンセラーという立場を忘れてその笑顔に魅入った。 「退院ももうすぐね」 高校生の少年に見蕩れた自分をごまかすように、伊能は話題を変えた。途端に京の笑顔が消える。 「あら、何か心配?」 京は慌てて首を左右に振る。 「どうしたの?」 「…………」 京の発した声はあまりに小さく、聞き取れなかった。目で問い返すと、京は唇をきゅっと結んでから、さっきよりは少しだけトーンを上げて言った。 「拓也さんの退院は?」 伊能はその言葉を聞いてニッコリ微笑んだ。 「的場先生に聞いてご覧なさい」 京はきょとんとして、だがすぐに頷いた。 病室に戻る前、外科病棟のナースステーションで、カルテに取り組んでいた的場を見つける。 話しかけようか、迷惑だろうかと迷っていると、視線を感じたのか、的場が顔を上げた。京を見つけてニヤリと笑う。 「拓也はリハビリだぞ」 途端に京は顔が火照るのを感じて俯いてしまう。怪我は軽かったとはいえ、軽い鞭打ちと、打撲による筋肉の損傷を補うため、拓也はリハビリをしている。そのメニューもほぼ終わりに近づいていると聞いていたが……。 「違うのか? 君はカウンセリングのはずだったよな。何か言われたか?」 「あ……、退院のことで」 「ああ、退院か。君も拓也ももうほとんどOKだな。なんなら一緒に退院するか?」 もともとそのつもりだったものを、的場は思わせぶりに京に聞く。 京は退院の話を聞いてはっと顔を上げた。 「拓也さんも、退院?」 「ああ、二人とも頑張ったよな。おめでとう」 的場に軽く礼をして、京はパタパタとリハビリ室を目指した。 リハビリから戻ってくる拓也とエレベーターの所で出会った。 「京? 迎えに来てくれたの?」 「あ……、うん」 「ありがとう」 極上の笑みを浮かべて、拓也は京と二人エレベーターに乗った。たまたま二人しか乗客のいなかった区切られた空間。 「拓也さん、……退院決まったって」 「それを知らせに来てくれたの? 京もそろそろだよね?」 「的場先生が一緒に、って……」 京の知らせを聞いて拓也はニッコリ笑い、京の肩を抱き寄せた。 「嬉しいような……、寂しいような、だな」 耳元でクスリと漏れる息に、くすぐったくて京が肩を竦める。 例え病院といっても、二人で過ごした今までにない長い時間が終わるのは、寂しいような気がするのは確かだった。 「だけど、二人の時間はこれからだものね」 拓也の囁きが耳朶に注がれる。拓也も同じ気持ちでいてくれる。そのことが単純に嬉しかった。 嬉しそうに見上げる京の顔は、精神と肉体の回復を顕著に現わしているかのように、肌の色が真珠の表面のように美しい。 「愛してる……、京」 京の返事も聞かず、エレベーターが止まる前にと、拓也は愛しい唇に、自分のそれを重ねた。 たくさんの花束と、病棟の看護婦が全員来たのかと思うほど、大勢の人に見守られて、二人は退院した。 「なんか、別々の家に帰るの、不満そうだったよなー?」 「先生、それはうがちすぎではないでしょうか?」 的場の正直な呟きに、伊能はくすくすと笑う。 「でも、よかった……、本当に」 「自分を思うより相手を想う気持ちがあいつらは強すぎる。それがお互いを苦しめるし、でも……」 的場の言葉を受けて、伊能が続ける。 「お互いを救う」 「ああ」 それこそが本当の絆なのかもしれない。 二人は車が見えなくなった道を、立ち去りがたく、見つめていた。街路に植えられた桜は、固い蕾をゆっくり膨らませていた。 冬の次には春が来る。ただそんなことが嬉しかった。 ********** ≪あの夜からやり直したい≫ 京からメールが届いたのは、二人が退院してから、はじめての土曜日のことだった。 週明けには京も学校へ行くことになっている。 毎日電話で話してはいたが、どちらからということもなく、誘い難い状態になっていた。 そこへ届いたメールを読んで、拓也はパソコンの前でほっと溜め息をついた。 ≪午後5時、迎えに行くから≫ そう返事を出した。 京と別れた夜。永遠のような喪失の日々。 その場所からやり直すのは悪くない。 凍っていた時間が流れ出す。 それを感じるだけで、幸せだった。 ********** |
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待ち合わせ時間のわずか前。 京が家の門をくぐったと同時にクラクションが鳴った。 音の方を振り向くと、見慣れない白いセダンが止まっている。 怪訝に首を傾げると運転席のウインドウが開き、顔を出したのは拓也。 「迎えに来たよ」 「拓也さん?」 「さすがにセリカは廃車だからね。父さんの車を借りてきた」 拓也は澱みないエスコートで京を助手席に座らせると、滑らかに車を発進させた。 あの人同じホテルにチェックインすると、偶然にも同じ部屋が割り振られた。 思わず顔を見合わせる二人。 「やり直すチャンスをくれたんだ」 「・・・ん」 「普段神様なんか信じないけど、こういう時はいるんだなって思うよ」 新しく刻み始める時間を確かめるように、拓也は京の手をしっかりと握った。 柔らかく抱き合い、そっと交わす口接け。 ソファにゆったりと座り、髪を撫でられながら囁くように交わしあう互いの名が嬉しくて、京は知らずに涙が零れていた。 暖かな胸に頬を摺り寄せ、京はほっと一つため息をつく。 優しい笑いが胸から伝わり、思わず顔を上げると、また唇を求められた。 最初から舌を絡めあう口接けは、京の吐息を甘く乱す。 柔らかく舌先を噛まれた後、濡れた音を立てて唇が離れると、京の身体はカクンと拓也に崩れてしまう。 「まだキスだけだよ?」 指先で唇を拭われながら、優しく揶揄される。 拓也の目の前で、うっとりと見上げてくる黒い瞳は、羞恥に睫毛を濡らしてはいたが、確実に目の前の恋人を欲しがり欲情していた。 白い首筋に唇を這わせると、細い身体が小波のように震え、たおやかな腕が溺れる者のように縋りついてくる。 そのまま抱き上げ、拓也は愛しい身体をベットへと運んだ。 「京・・・」 拓也は愛しい者の名を呼び、奪うように唇を重ねる。 深い口接けを交わしながら、拓也は京の身を包む邪魔な布を全て取り払い、自分も全てを脱ぎ去ってゆく。 触れ合えずにいる素肌の僅かな隙間さえももどかしく、脚を絡めその腕できつく抱きしめた。 あの晩抱いた、不安げな瞳が揺れる生気の薄い身体は何処にも無く、今あるのは拓也と共に生きようとしている健気で前向きな愛しい温もり。 文字どおり、この手に戻ってきてくれたこの愛しい人を、今、改めて拓也は強く抱きしめた。 今にも折れそうだった体は回復の兆しを見せ、薄い身体にほんのりと柔らかさが増している。しかし、まだまだ足りない。拓也は欲情に走りそうになる気持ちの隅で、思わず京の体重増加を誓う。 その存在が幻ではないことを確かめるように、拓也は京の身体隅々まで口接けを落してゆく。 滑らかな胸に存在する小さな突起を甘噛みすると、可愛い声が震えるように鳴いた。 羞恥に身悶える脚を大きく割り広げ、既に勃ちあがっている中心に舌を絡めるのを見せ付けても、京は逃げなかった。 慎ましく口を閉ざす襞に指を含ませ緩やかに広げてゆくと、拓也の肩に縋り付く細い指に力が篭り、薄い胸が堪えきれない声と共に綺麗に反らされてゆく。 「あぁ・・・ぁ」 「京・・・」 「・・・んっ・・・」 止めども無く流れてゆく涙を唇で拭いながら、拓也は、そっとその愛しい場所に自分を宛がう。 「いくよ」 濡れた黒い瞳が、伏せる瞼と同時に肯くのを見届けると、拓也は狭い場所へ限界まで一気に腰を進めた。 放たれる擦れ引き攣った声を深い口接けで吸い取り、震える細い腰に労りの愛撫を与える。 「京・・・愛してる」 「拓っ・・・也・・・ぁ」 痛いほど締め付けるその場所は持ち主と同様、幾度交わっても初めてのような初々しい反応をする。 拓也はそっと京の手を取り、今、己を埋め込んだばかりの場所へと誘う。 「ぃや・・・っ」 初めての抵抗。 それに微かに笑いながら、それでも拓也は止めず、そのまま繋がった部分へ細い指先を触れさせた。 敏感すぎる薄い粘膜が拓也を銜え込み、自分の意志とは別の物のようにヒクヒクと蠢いている。 「解る?京のここに・・・僕が入っている」 「た・・く・・・」 「全部僕のものだからね」 「たくやぁ・・・」 「愛してるよ。京」 |
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確かな存在と情熱を感じ、京は眦に涙を一つ浮かべる。 「夢じゃない……」 震える唇が紡ぎ出す、まだ自分の幸福に慣れない、怯える様子に、拓也は極上の慈愛に満ちた笑みを与える。 「もちろん、夢じゃない。ここに、僕がいる。京を愛してる」 ぐっと容量を増し、京の奥を穿つ。 「あっ……」 知らず、顎が反りかえる。 「しっかり掴まってて。本当に、抑えが利かないんだ」 「嘘だ……」 拓也の綺麗な笑みに、京は恨めしげな視線を送る。 余裕のないのは自分で、拓也はまだ自分を見る余裕があるじゃないか。 けれど、京は拓也の言葉を、自分の腕を彼の背中に回してから、身をもって知ることとなる。 上気した頬に差す朱は、ガラス細工のような繊細な京の美しさに、虹色の輝きを咥えているように感じる。京のそんな美しい姿態と濡れた瞳に見つめられ、拓也は胸の中に抱えた愛というものが、灼熱のマグマを吐き出すのを感じた。 「京……」 熱い口づけと同時に、もっと、もっと熱を味わいたくて、拓也は腰を動かす。 深く抉り、ギリギリまで引き。 奥まで突き刺し、引き止めようとする締め付けを味わう。 「あっ……、ああっ」 京の発する喘ぎは、もしかすると悲鳴なのかもしれない。そう思う余裕もない。 熱い襞に包まれ、愛してやまない者の胎内にいる自分を、二人で一つの肉体になっている自分を感じただけでいけそうだった。 「京……」 「や……、も…、たく……、たくや……」 背中にピリリと引き攣れが走る。それさえもが甘美な痛みだった。 「愛してる……、京」 深く口づけ、口内を味わう。つるりとした歯を舐め、柔らかくて甘い舌を吸う。 「ん……」 腰から熱い痺れが全身に広がっていく。 「あ……、京……」 「たくや……」 早く、と言ったのか、いく、と言ったのか、二人はお互いの口に言葉を流し込む。 「ああっ…………!!」 ぎゅっと抱きつくと、拓也の体重がかぶさってくる。 嬉しい重みを感じながら、京はその胸で泣いた。 「拓也……」 「泣かないで……」 肘で自分の体重を支え、拓也は京の髪を撫でる。 「うん……、嬉しいから……」 「…………そうだね」 優しい言葉に、目を開けると、恋人の言葉以上に優しい笑みが、京を見つめていた。 「これで、やり直せる?」 京が聞くと、拓也は安心させるように笑み、言葉の代わりに口接けた。 |
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********** 腕の中の温もりが空を掻いた瞬間、拓也は恐ろしいほど激しい動悸で目を覚ました。 まだ記憶に生々しいあの喪失感がそうさせるのか、心臓が嫌な程大きな音を立て耳に響いている。 昨夜、永遠を確かめ合った幸せな時間は、夢だったのだろうか。 愛しい身体を抱きしめたのは都合の良い幻か。 終わったっと思った悪夢は、いまだ現実で、愛する人を取り戻す為に、また自分は孤独な戦いを繰り返すのだろうか。 途端に嫌な汗が全身から吹き出し、幾筋もこめかみを伝った。 朝日の射し込むベッドは、昨夜の情交の証を色濃く残し、幸せな夢と虚無の現実の境をあやふやにする。 あの思い出すにも辛い夜は、それでも京は最後の言葉を告げて消えていったというのに。 だが、今はどうだ。 一人取り残された部屋。 拓也は思わず隣にあるはずの、愛しい温もりを手で追うようにシーツを握り締めた。 「京・・・」 「ん?」 拓也が探ったまったく逆の場所から、静かな声が返ってくる。 弾かれたように振り向くと、そこにはホテルのローブを羽織り、穏やかに微笑む京の姿があった。 「おはよ・・・拓也さん」 「京・・・っ」 有無を言わさずその腕を引き寄せ、細い身体を強く抱きしめる。 「・・・?」 「居なくなったかと思った」 「拓也さん・・・」 「また・・・消えてしまったかと」 微かに震える声に、京はそっと拓也の背に腕を廻す。 「ごめん・・・なさい」 「京・・・」 「眠っている拓也さんを・・・見ていた」 溜め息に融かすように囁きながら、拓也の頬に京が口接けを落す。 「嬉しくて」 「京」 「眠っているのが惜しいくらい・・・嬉しくて」 そっと触れあう唇。 「京・・・」 「拓也。・・・離さないで・・・」 「京・・・」 「ずっと一緒に・・・いて」 「京・・・」 柔らかく力の篭る細い腕を受け止めながら、拓也は無上の喜びをかみ締める。 静かにその身体を白いシーツへと横たわらせ、僅かに乱れた髪を撫でながら、白い額に口接けを落す。 見詰め合う瞳が逸らされず、瞬きさえも惜しまれる時間。 どちらからとも無く紡がれた『愛している』という言葉は、永遠を誓う互いの口接けに消えていった。 END |
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