Call 6
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  <SIDE 京>

爬虫類男が『R』からのMAILを開いた。
一斉に覗き込む3つの影。
京は、固唾を飲んでその様子を伺った。

首謀者の男が、小声で、まるで自分に言い聞かせるようにゆっくりとその内容を読み上げる。
送られてきた内容は、最初の手応えとしてはまぁまぁものではあったようだが、差出人が先程京のパソコンから引き出した何通かのMAILアドレスのどれでもなかったため、当然ながらその事に対して犯人達は不安を隠せない事態に陥っていた。

『おい。コッチの場所が割れるって事は無いだろうな』
『申し訳ないけどここの設備ではそこまでの保証はしかねるわ。でも居場所を特定される前になんとかなれば...仮にバレても短期で決めればそれほど問題ないんじゃない?』
『...決められればな』
『弱気じゃねぇか』
『まだあのガキを連れてきてから半日も経っていないもの。もう少しは平気だと思うわ』
『..チッ。お前達のせいだ』
『あら!私は最初から言っていたはずよ?汚い場所での作業は絶対にイヤだって!』
『だからって、こんな行き当たりばったりでホテルの部屋を取るなんて、予定外にも程がある』
『最初に行ったあのバラックはすごかったもんな。隙間風はすごいし何年使ってねぇのか埃だらけでよぉ』
『あの場所なら発電から通信までなにからなにまで用意出来ていたのに...!』
『肝心のモノがイカレちまったんだから仕方ねーだろ』
『あんな所にいたら10秒で病気になるわ!器材だってそのせいで壊れたんじゃないの?』
『..クソッ!』

首謀者の男がイラツキ紛れにテーブルを叩いた。
ガシャンと大きな音が部屋に響く。

『......まぁ、とりあえず一つ前に進んだと思う事にする。『R』とやらが本当にKv製作者かどうかはまだ分からないが、実にタイムリーだ。あの坊やの無事と引き換えにしてくる所を見ると繋がりもありそうだしな』
『あのガキどうすんだ?』
『Kvのプログラマじゃなけりゃ、置いていくさ。海の底にでもな』
『バレねぇか?』
『大丈夫だろう?坊やは海がお好きなようだし。『事故』にでもあってもえば良い。いくらでも方法はある』
『まぁな』
『殺すのは外でやってよっ!汚いのは嫌よっ』
『はいはい』

ゾクリと京の背筋に嫌なものが走る。
とんでもない会話だ。
最初から、目的以外はどうでもいいという動き。
確かに短期で決着を付けるならば、その方法しかないかもしれない。
それに海で見つかる死体は、死後僅か数日過ぎただけでもほとんどが崩れ落ち、身元の確認さえ難しくなる。
まだ実際には見たことはないが、どうなるかなど想像に容易い。

『リミットを決める』

男が宣言するように声を放つ。

『長いは無用だ。全て当初の予定通り明後日の早朝まで。今日中にケリを付ける』
『ギリギリクリスマスには帰れるって事か?』
『こっちのシッポをつかませない為だ』
『Kvプログラマは?』
『見つからなきゃ、あのボウヤを連れて行く。餌くらいにはなるだろう』
『偽造パスポートと航空券が無駄にならないで済むわね』
『『R』はどうするんだ?』
『そいつがKvプログラマだったら、プログラムだけ受け取って、こっちはさっさと帰国するだけだ』
『本物かどうかはどうやって確かめるのよ』
『それがお前の仕事だろう?』
『そうは言っても...そんなすぐには無理よ』
『今日の夕方までにプログラムを手に入れる。一晩で解析しろ』
『...解ったわ』

MAILの内容は読み上げられた部分しか分からないが、恐らく拓也達が送ってきたものに間違いはなさそうだ。
自分の身柄を求めくれてくれている。
実際には存在しないはずのKvのリカバリプログラム。その偶然にしては出来すぎの自分に呼びかけるかのようなプログラム名。
僅かに聞こえてきた、その小さなフレーズに涙が滲みそうになる。
しかし、状況は最悪の方向へと流れている事は確実だ。
このまま連れ去られ、もしくは殺されるかのどちらにしても「今日」がリミット。
拓也達がMAILを送ってきたのだとすれば、この居場所を割り出すのにどのくらいの時間が必要だろうか。
自分であるならばとシミュレーとする。対応の速さから洋也が手伝ってくれている可能性が高い。そうなれば時間的に犯人の裏をかくことが出来るかもしれない。一縷の望みが涌いてくる。
だが、犯人の言動を見る限り、この口約束に近いMAILのやり取りは反故にされる可能性が非常に高かった。

『『R』に返事を。相手に主導権を渡すな』

男の声が響いた。

**********

   
<SIDE 拓也>

 窓の外が薄っすらと白み始めた頃、洋也のパソコンは、膨大な量の数値の中から、ある数字を見つけ出した。
「やはり、ホテルだったな」
 ただの英数字にしか見えない文字の羅列は、先程割り出した企業の通信ホストの記録解析表だった。その中から、ミツヤヒロム宛てに送られてきたメールの発信時間に該当するものだけを抜き出し、更にハッキングをかけた経路等を照らし合わせた結果、一本の線が浮かび上がってきた。
「Pホテルか……。そこで聖夜のイベントとか、できるかな?」
 拓也が訊くと、正也はうーんと唸りをあげる。
「イベントとなると、難しいかも。今はクリスマスイベントでどこのホテルも忙しいから」
 ねえ、と言って正也は到着したばかりの崇志に同意を求めた。
「確かに、撮影を申しこむのも、一苦労だけど……」
 崇志が言い淀むと、その先の言葉を期待して、みんなが一斉に注目する。
「Pホテルなら、聖夜の撮影は簡単にOKしてくれるだろうなと思う……」
 何故か言いにくそうに崇志は言葉を途切れさせる。
「どうして」
「あそこの支配人、オーナーの息子らしいけど、聖夜のファンなんだよ。俺にホテルの撮影頼んできたかと思えば、聖夜の話ばかりして、ほとんど仕事にならなかったんだよ。もっとも、ホテルの撮影も、俺を呼ぶ為の口実だったみたいだけどな」
 後半は自棄になりながら、崇志は説明をした。
「だったら崇志さん、その支配人に電話して、撮影だけでも頼んでもらえませんか。聖夜のファンなら、部屋の都合とかも頼みやすいし」
「……ああ」
 崇志の複雑な気持ちはわかるが、今はそれを思いやっているだけの余裕はなかった。短い時間にどれだけ動けるかで、勝敗の行方は大きく変わっていくだろう。
「聖夜の準備は出来ているのか?」
「うん。準備はできてる。スタッフの車も、もうすぐ到着するよ。バンでないと、聖夜は移動できないし」
「拓也は勝也と別の車で行くんだ。京くんを救い出したら、とにかく逃げなくちゃならない。いいか、相手を倒そうとするな。銃や刃物を持っていないとは言い切れないからな」
「わかってる」
 拓也はぐっと拳を握る。そうだ。京を救い出せればそれでいい。京が無事ならそれだけでいい。何としてでも、この手に、あの愛しい身体を取り戻してみせる。
 絶対に。
 崇志が秋良に電話を借りてPホテルに撮影の依頼の電話をかけている間に、拓也はそれぞれの携帯の時間を正確に合わせた。お互いの番号は登録せずに覚える。どんな情報も、自分の頭の中以外に残してはならない。
「OKです。時間はいつでもいいと言うことでした。ホテル玄関にツリーとピアノが用意してあるので、できればそれも撮影に使って欲しいと」
「抜け目のないやつだな」
 正也がぼやくと、崇志も苦笑いをした。どうせ、撮影はしないのだ。多少良心は痛んだが、以前の撮影が結局は無駄に終わったお返しだと思うことにした。
「ストーカーの連絡先はわかるのか?」
「わかるよ」
「じゃあ、これで連絡して」
 拓也が手渡したプリペイド式の携帯電話で、正也はストーカーに電話をかけた。
「Pホテルに来て。そこで会うよ。時間は……」
 正也は言いよどみ、ちらりと拓也を見た。拓也が人差し指を2本立てた。
「2時に。部屋の番号はまた後で知らせる。どう?」
 正也は崇志と目を見合わせ、頷きあった。
「じゃあ、2時に」
 正也は打ち合わせを終えると、そうそうに電話を切った。
「来るってさ。変な笑い方して、気持ち悪い。あー、もう」
 首を竦め、眉間に皺を刻む。
 外見では平気なふりをしていても、やはり恐かったのだろう。
「頼むな、拓也」
「頼むのはこっちだよ。僕の頼みの方が、よっぽど危険だし」
「大丈夫だって。うまくいってし、これからもうまくいく。信じなきゃ、な?」
 正也が拓也の肩を叩いて励ます。
「京も頑張ってるよ。俺たちも頑張ろう」
 勝也の言葉に、拓也は深く頷いた。
 この仲間がいれば大丈夫。
 胸が熱くなる。
 だが反対に、今頃は一人、孤独な戦いを強いられている京へ思いを馳せる。
 どうか挫けずに、自分が行くと信じて待ってて欲しい。
 京……。
「来たか……」
 あらたに決意を固めたところへ、犯人達からのメールが届いた。


**********
  <SIDE 京>

京は、バスルームから出され改めて3人の前に引き出された後、口をガムテープで塞がれ腕ばかりでなく両足をも拘束された。
後ろ手に廻され痺れきった腕と、厳重に縛られた脚。塞がれた口は呼吸さえも苦しめる。
完全な「物」の扱い。
がっちりと両所を戒めるものは、渾身の力を振り絞ってもがいてもまったく緩みを見せず、ただ皮膚に擦り切れる傷を増やすだけだった。
その様子を見て彼らが冷ややかに笑う。
案の定、動くなと怒鳴られガタイの良い男の靴の先が、京の鳩尾にめり込んだ。
ガムテープで塞がれている口は呼吸を詰まらせ、気管に空気が思うように入らずむせ返る。
その姿を見て、何が楽しいのか爬虫類男が声高に笑っていた。

『やっぱりこっちのほうが、たのしいわね』
『相変わらず悪趣味だな、おい』
『あんたには言われたくないわ』

爬虫類男の目がガタイの良い男を一瞥した後、ゆっくりと京の様子を捕らえ、ぞっとするような笑みを浮かべた。

『ねぇ、このこ。どうするの?』
『さてね。俺は雇い主の言われたままにやらせてもらうだけだ』

大男がクイと顎を、首謀者の男へ向ける。

『ふーん』

つまらなそうに爬虫類男が返事を返すと、少し離れた場所に黙って座っていた首謀者らしき男の傍に近づき問い掛ける。

『あのこで遊んでも良いかしら?』
『なにをする気だ?』
『別に。ただ次に「R」からMAILが来るまで暇だなって思っただけよ』

クスクスと笑いながら答える声には、不穏なものが含まれている。

『...ねぇ。少しだけ...いい?』
『顔にはこれ以上傷は付けるな。それと「刺す」のと「切り取り」は無しだ』
『あら、なぜ?』
『この場所で血は面倒だ。それに連れて歩くことになったら不便になる』
『あぁ...なるほどね。残念。仕方ないわね。この可愛い顔を一番沢山可愛がって上げたかったのに』

さも残念そうに呟きながら、男がジャケットの内ポケットから取り出したのは、薄く細長い形をした銀色の塊。
鞘の部分を引き抜くとカミソリのような薄さの刃物が姿をあらわした。
その、一目で手入れの良さが伝わるその部分を光に反射させると、爬虫類男の微笑がまた深くなった。
笑みを湛えたまま、壁際に身を寄せていた京へと近づく。
京の身体が硬直する。
後ずさるにも、壁がジャマしてこれ以上引けない。

「ダイジョーブ。ゆっくりやるカラ...ネ」

細い刃先が京のシャツの襟元に入り込み、緊張で固まる京の身体を無視して爬虫類男のナイフを持つ指先がク...と動いた。
さほど力が入った訳でもないのに、あっさりとボタンが一つ飛んだ。
そしてまた一つ。
次々とボタンが絨毯の上を跳ねては転がってゆく。
最後のボタンが生地から離れたその時、心から楽しそうな笑い声が京の耳元で聞えた。

**********
 


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