Call 5
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  <SIDE 拓也>

「はい、言われていたプリケー四つ。こんなもの、どうするんだよ」
 リビングのテーブルの上に携帯電話を四つ並べて、正也は一同を見回した。その雰囲気から何かあったことは察しているらしい。
「実は……」
 拓也が話す事情を聞いて、正也は次第にその綺麗な顔を曇らせていく。
「大変じゃない」
「それで京を助け出す為に、今から……」
 拓也が続けて話そうとするのに、正也は慌てて立ちあがった。
「ちょ、じゃあ、明日は無理?」
「あ、そうか……。…………………………」
 正也に頼まれていた件を思い出し、拓也は何かを考えこんだ。
「ヒロちゃん、メールが送られてきた場所、どこかのホテルって言ったよね?」
「ああ、IPアドレスから割り出した場所は企業所有の独自サーバーだった。ただし、ホテルとは限らない。関連企業はいくつかあるかな。「F」社の関連でなかったことだけが救いだ。まあ、自社コンピューターがシステムダウンしてるんだから、使えないだろうけど。詳しいことはもうすぐわかる」
「ホテルだとして、ストーカーもそこへ呼び出して……」
 この際だから、京を助け出す為には、使えるものはなんでも使う。なりふりなどかまってはいられない。
「ええ? そんな、無茶だよ」
 拓也の提案を正也は慌てて止める。
「無茶なもんか。僕と正也で犯人を混乱させるつもりだったんだ。でも、ホテルっていうのは、パブリックな場所以外は意外とガードが固いよな。そこへ、聖夜が現われたとしたら? ストーカーの件も片がつくし、こっちにとっても有利に……」
「それもいいな」
 拓也の作戦を受けて洋也は頷いた。
「正也、どうせ今夜も崇志君のところに行くつもりだったんだろ? ここへ来てもらってくれ。あとは……、解析の結果待ちだな。そろそろ出ている頃だろ」
 洋也が立ちあがるのに、拓也と正也も立ちあがった。
「京君、大丈夫かな?」
 三人を見送って、秋良が心配そうに呟いた。
「大丈夫だよ。あいつ、あれでいて気が強いし、我慢強いし、それに……、タクちゃんや俺たちを信じてくれてる」
 勝也の言葉に、秋良は無理にも微笑んで、一つ頷いた。
「熱い夜食でも作ろうかな」
「ホント? じゃあ、俺も手伝うよ」


**********

「なに? どこも通さないで真っ直ぐ送ってきた訳? そいつ」
 バカじゃないの? と正也は解析結果を見てせせら笑った。
 IPアドレスから割り出した拠点は3箇所。
「この中からホテルは……、一件だけだな。間違いはないだろうが、こちらに主導権を移してやる」
 洋也はそう言って、部屋の隅のマシンの前に座った。
「何するの?」
「相手はプログラムの製作者に気づいていない。それを利用するのが一番だよ」
 洋也は素早いキータッチで、メールを書き上げていく。
「海外のサーバーを幾つか経由してこちらの場所を隠す。美味そうなダミーちらつかせて食いついたら、それをハッキングしてやるさ」
 恐ろしいことをさらりと言って、洋也は英文のメールを書き上げた。



  †   私はKvの製作者である。                
  †   Kvについては新しいバージョンを作った覚えはない。   
  †   そちらにいる少年を無傷で帰してくれれば、        
  †   システム復旧のプログラム
  †    −Eve recalpture Kv-12.24−を渡そう。           
  †   良い返事を期待する。                  
  †                               
  †        −R−                    



 洋也が書き上げたそれを確かめて、拓也は送信ボタンを押した。



**********


  <SIDE 京>

京はこの状況に来て、自分のあまりに落ち着いている精神状態に思わず苦笑した。
どこか欠落してしまったような感情。

(まだ...どこか壊れているのかもな...俺)

そんな事を頭の角でぼんやりと思う。
人間極限状態に陥ると、思考はどうであれ身体の代謝が止まるものなのかもしれない。
その証拠に腹が空くなどの単純な生理的欲求さえも、捕らわれた身体は要求してはこなかった。
彼らが京に行った暴行は全身を苛み、慣れない痛みは次第に気力を持続させる事さえ難しくなってきている。
苦痛と恐怖が支配する現状において、単調に陥りがちな思考が求める事は親しい者への思慕。
そして愛しい者への希求。

拓也に逢いたい。

自分の願はそれだけ。
そのためにも、無事、ここから逃げなくてはならない。
しかし、今の自分になにができるだろう。
現実問題として喧嘩慣れしている訳でもなく、あの見るからに強そうな大男のような強い力も無い。

閉ざされた空間。
京は諦めに攫われそうになる気持ちを必死で奮い立たせ、どのくらいの時間拘束されているかを考える。
拉致され気付くまでの時間は分からないが、気がついてからはまだそれほどの時間は経っていないはずだ。
ダイビング中よく心がけるように体内時計を見据える。

(まだ夜か...早朝)

締め切ったカーテンの向こう。外の微かな気配と合せ、そんな事を読み取る。

自分を拉致した奴等の目的は、おおよそ彼らの会話によって分かってきた。
「Kv」の製作者の拉致確保。
そしておそらく製作者を彼らの母体企業へ、システムの修復への介入をさせるために、本国へと連れ帰るつもりらしい。

「Kv」がどこから漏れたか。
そしてロバート絶対に明かさないと約束してもらい、あくまで個人情報の域を出なかった製作者の正体を、何故2年も過ぎようとするこの時期に探さなくてはいけないのか。
何故、どのような経緯で京がこの件の対象者となっしまったのか。
「I」社所有プログラムとして法に守られた「Kv」。
仮に被害が出たとしても、それが正規のルートを用いての結果であれば、裁判でもなんでも公式の場に持ち出せばいいのだ。
損害責任は「I」社が負う事になる。
動きがどうもおかしい。
まず、彼らが非常に焦りを感じているという事。
そして、甚大な被害を被ったとされる企業においての、損害賠償責任における製作者捜索にしてはお粗末すぎる人員構成。
3人組みとはいえ、どう考えてみても個人の動きに久しいのだ。
やましい所が無いのなら、いくら治外法権とはいえ、わざわざ日本に来てこんなリスクを負わなくてもいいはず。
解らない事はまだ大積だったが、少し考えてみても企業体意志としての動きにしては不自然さを感じずにはいられない。

京は聞き及んだ会話から仮説を立ててみる。

「Kv」が何者かによって持ち出され、「I」社以外の人間がそれを不当に手に入れた。
その後、あまりマシンに精通していない、もしくは「Kv」のプロテクト機能を知らない人間が解析をかけ、それによって母体コンピュータが壊滅的被害を受けた。
結果、手に入れた人間、解析した人間が責任を取らされる事になるだろう。
それを恐れての行動か。もしくはその不名誉を挽回する為に巻き返しを図り、動ける人間を集めて個人で行動を起こしているのではないか...
どこまで信憑性がある仮説かは自信が無いが、彼らの会話から読み取れる事はこの様なものだった。
良く喋る首謀者らしき男が一番焦りと苛つきを見せている事から、彼がKvを手に入れた本人。
爬虫類男がマシンに精通した同行技術者。被害者である横柄さが出ているので「Kv」の解析者であるセンは薄い。
そして大男が、実力行使。力仕事担当。

(それにしても...こいつら...馬鹿か?)

京は、誘拐に関する一連の行動はどうであれ、穴だらけの通信方法に少し呆れを感じていた。

(本気で居場所を隠すつもりなら、ホテルのサービス通信をそのまま使うなんて...浅はかすぎる...)

まるで自分は「ここに居ます」と宣言しているようなものだ。
仮に外部へ接続していたとしてもこの調子なら、すぐアシの付きそうな一般のサーバーを経由しているかもしれない。
わざとなのか。それとも何も考えていないのか。
しかも、何を思ったか、京のマシンにあったメルアドの中から「ミツヤヒロム」を含め、国内外有名プログラマ数名へ同じMAILを送ったのである。
爬虫類男は「解析」に精通していても「通信」には通常に毛の生えた程度の知識しかないらしい。
プラス常識的判断も。
そんな事を考えていたその時、爬虫類男の歓声が上がった。

『みて!MAILが来たわ!!....「R」...?...Kvの製作者からだわ...!』
   

**********

<SIDE 拓也>

 じりじりと、緊張を孕んだ夜は長く、誰も眠れずにいた。
「今あがっているホテルが確実となれば、あとは犯人達との接触だな。ただし、京君が確かにその場所にいることを確認しなければな。連絡だけホテルを使ったダミーだとも考えられるから」
 洋也の言葉に拓也も頷いた。
「なんとかして、ホテルの従業員に部屋の内部の情況とか聞き出せればいいんだけど」
 拓也はテーブルの上に広げられた紙を見つめていた。今わかっている情況を書き出し、そこへ作戦を青いペンで書きこんである。
「ホテルの従業員の中にも、聖夜のファンはいるだろうから、うまく見つけて聞き出せばいい」
 洋也がホテルの名前、今はまだ確実ではないが、に大きな丸印をつけた。そこへ、聖夜と書き足す。
「ああ、それくらいなら任せて」
 正也があっさりと言う。「ストーカーが恐いから、変な奴いないっ?って感じでうまく聞き出すよ」
 横にいる拓也と、目の前にいる洋也が頷く。
「まあ、とりあえずは、聖夜がホテルに行くことで、ホテル内部を浮ついた感じにさせて、ストーカーを呼び出して、取り押さえる。それまでになんとか部屋を探し出して、一気に乗り込んだ方がいいよな」
 拓也は簡単なタイムテーブルを作り上げる。
「相手が何人かも確かめておかなくちゃ」
 正也の指摘に、拓也は、タイムテーブルに、入手必要な情報として、部屋番号、犯人の人数、京の存在、と書く。
「あとは、早急にどこのホテルか、確実に調べることだよね……」
 持っていたペンをテーブルの上に転がし、拓也はソファの背もたれに身体を投げ出した。頭を背に乗せ、両手で顔を覆う。
 途端に、京の顔が思い浮かぶ。
 少し淋しそうな笑顔が……。
 どうして、もっと全身で笑ってくれないのだろうと思ったことがあった。
 暗いということはないが、どこかいつも遠慮がちな笑顔。
 拓也に甘えているとは言いながら、それでも、自分の幸せに臆病な感じがする。
 もっと、もっと、幸せにしてやりたいと思う。静かな京ももちろん好きだが、年相応の感情の発現が少ないように思っていた。
「アキちゃん、もう寝てきなよ……」
 ダイニングの方で、勝也がうとうとしている秋良をなんとか寝室へ連れていこうとしている。勝也もあまり高校生らしい感情を見せたことはないが、それは自分たちも同じだった。
 妙に大人びて、周りの同級生達と一線を置いていた。
 だが、自分たちや勝也と、京の雰囲気はまた少し違うのだ。
 勝也にそれとなく聞いても、「京は最初からそんな感じ」だけで済まされてしまった。まったく、扱い辛い弟だ。何かあればきっと、京の味方につくだろう。それで全然かまわないのだが。
「秋良、明日も……」
 洋也が言いかけたところへ、ピピっと電子音が響いた。
 それはある特定のメールを受信したときに鳴る様にセットした音だ。
「来た!」
 三人は立ちあがり、隣の部屋へとかけこんだ。


 


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