Call 4
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  <SIDE拓也>

 車を門の前に止め、拓也は自宅へ駆け込んだ。
「誰? パパ?」
 母親の声がしたが、拓也は返事をする時間さえ惜しかった。
「タクちゃん、こっち!」
 2階へ駆け上がると、勝也が自分の部屋のドアを開けて、拓也を待っていた。
「これだよ」
 勝也はパソコンのメーラーを開いたまま待っていた。
 1番新しい受信メールがそれだった。
「…………!」
 拓也はごく短いそのメールを読み、瞬時に悟ったのだ。
 京に何かがあったどころではない。とんでもない事が起こっている……。
「念の為、こっちも確かめてみるから」
 拓也は自分の部屋に戻り、パソコンの電源を入れた。画面が立ちあがるまでの時間を、イライラしなから待つ。どうしてもっと早く起動してくれないのか。
 画面が現れると同時に、メーラーを起こす。すぐに「送受信」をクリックした。
 回線はすぐに繋がり、5件のメールをダウンロードした。
 そして、やはり1番新しいメールに、そのメールはあった……。


   † 月乃’sマシンに関する伝達                 † 
   † Loginパスワードが3回以上間違って入力されました。 †


「何があった? 京……」
 思わす口に出てしまう。焦りのためか、酷く緊張しているためか、唇が乾いて、自分の呟きさえも痛い。
「来てた?」
 勝也がドアから顔を覗かせて聞く。
「ああ、来てた」
「何があったんだろう」
 信じたくない口ぶりで、勝也は聞いてくる。信じたくないのは、自分のほうだと拓也は思う。
『拓也さんに緊急メッセージ、届くように設定したから』
 メールアドレスを交換して、次に会った時、京は笑ってそう言ったのだ。
 緊急の事があるなんて、そんなこと、ありえないと思っていたから……。
 ただの、プログラム上の遊びではなかったのか?
 京だって、冗談のように言っていたではないか……。
「どうするの?」
 勝也の不安そうな声にいらついた。
 どうすればいいのかわかっていたら、もうここにはいないのに……。
「お前、まさかメールを返信したりしてないだろうな」
 京の身に何かあったとして、勝也がメールを返信していたら、大変なことになる。京のマシンは誰かの手に渡ったとして、そこに京もいる可能性は大きい。そんな中へメールを送ったりすれば、それだけで京を危険に曝してしまう。
「してないよ。タクちゃんから連絡もらってたところだったし。これが送られてくるってことは……」
 それがどれだけ切迫した事態なのかは、勝也にも十分わかっているらしい。
「この発信先、わかるんだろ?」
「うん……」
 それはさっきから拓也もやろうとしていた。メールのプロパティを開き、詳細を覗いたが、それでわかることはたかが知れている。
「プロバイダーと……、IPアドレスと……、うーん……」
 逆探知がどこまで出来るのか、それは拓也にはあまり自信がなかった。
「ねえ、行こうよ」
「どこへ!」
 気軽に誘うような言い方に、つい怒りの矛先を向けてしまう。
「ヒロちゃんのところ……」
 勝也の提案にはっとする。確かに……、兄ならこれくらいのこと……。場所さえわかれば、乗り込める……。
「待て、このデータ、落として持っていくから」
 MOにデータを落とし、拓也はそれをポケットに突っ込み、勝也と二人、帰って来た時同様、階段を駆け下りた。
「どこかへ行くの?」
 リビングから母親が顔を出していた。
「ヒロちゃんとこ。今夜は帰らないかも!」
 勝也が返事に叫びながら、玄関を出て来る。
「あらー」
 母親の妙に明るいのんびりした声がドアの向こうに消える。
 勝也が助手席のドアを閉めると同時に、車は急発進した。


**********


 洋也の家は、閑静な住宅街に建てられていた。隣近所は古い家が多く、かえってこの方が新参者としてのプライバシーは守られるのだと、住み始めた頃に言っていた。
 突然の夜の訪問にもかかわらず、兄と一緒に暮らしている恋人は笑顔で二人を出迎えてくれた。
「珍しい組み合わせだね」
 そう言いながら、リビングに通される。
 けれど拓也と勝也の複雑な表情を見て、それ以上は話しかけては来ずに、自分の部屋にこもっていた兄を呼んできてくれた。
「どうした?」
 部屋から出てきた洋也は秋良の隣に座ると、正面にいる弟たちを見た。
「実は……」
 拓也が今までの経緯を手短に説明する。
 途中から眉間に皺を寄せ、顎を撫でていた洋也は、拓也が取り出したMOを手に持ち立ちあがった。
「実はお前たちが来る少し前、面白いメールが入ったんだ。もしかしたら……」
「どんなメール!」
 拓也は兄の言葉に思わず腰を上げる。
「落ちつけ。場所がわかれば乗り込んで解決できるような……、簡単なことじゃない……」
 洋也の低く響く声に、拓也は再び腰を落とし、頭を抱え込んだ……。



**********


  <SIDE 京>

『キョウはオンナノコみたいだな。スレンダーでボーイッシュな別嬪さんだ』
『...』
『そんなにむくれるなよ。可愛って言ってるんじゃないか』
『...誉めてねぇ』
『あっはっは!ムキになるところがまたいいよなぁ』
『うるせえ』
『おう!そうだ。賭けしよう!キョウが明日のパーティで女の子に間違われなかったら、好きなもの買ってやる』
『...』
『乗り気だな?』
『なわけねーだろ!...それに...女に間違われる訳ねーじゃん。俺、ジーンズで行くぜ?』
『OK!OK!問題無い。それでもいいよ』
『ロバート...あのな』
『お前が負けたら、女装して俺とデートだ〜!』
『なんで!?』
『おんや?自信ない?』
『...』
『キマリな。お前が勝ったら欲しがってた水中カメラ買ってやる、でも俺が勝つなきっと』
『フザケロ』
『よしよし。キョウはこういう顔してもかわいいよなぁ』

**********

『ひっひっひ。俺の勝ちだな。BOY』
『くそーーーーーーー!イカサマじゃねーのかっ?!』
『NoNoNo!そんな訳無いだろう?その証拠に何人にナンパされたんだ〜?』
『...くそっ』
『1時間で6人ってのは俺の想像以上だったよなぁ。ヤマトナデシコ神話健在か?それだけキョウがプリティでキュートだってことだ』
『ヤメロ』
『フッフッフ...覚悟はいいかな?』
『ヤダ...』
『キョウはジャパニーズにしても色白だから、きっと赤いドレスが似合うね』
『ゼッテーヤダ!』
『髪も長めだし、ちょっと化粧するだけで最高の美人になるよ』
『けっ...けしょーーーーーーー???』
『そう。だって「女装」だよ?そのくらいはしてもらわないと』
『やだ...絶対やだ...やだよーーーやだーーーーーーーーーーー!』
『暴れてもだめ。負けは負け』
『やだー。ロバートー!女装なんてゼッテーやだよー!』
『じゃぁ、かわりに何が出来る?』
『う...っ』
『ほら。それに代われるくらいのインパクトあるのじゃないと駄目だよ』
『素潜り3分!』
『なんだよそれ。残念ながらライセンスは俺の方が上だからコッチ系はナシ』
『イルカでエンジェル・リング作る』
『だから、コッチ系は無しだって。まーそれも美味しいけどキョウの女装のほうがみたいな』
『...だって俺、ダイビングとプログラム以外何もできないし...』
『キョウ。プログラマー?』
『...いや、学生だから仕事にはしてない。ときどきバイトはするけど』
『うーん。じゃ、一つ作ってみないか?それの出来いかんでは「女装」は無しでもいいよ』
『マジ?』
『出来が良かったらな』

**********

『キョウ...』
『どう?これで「女装」ナシにしてもらえる?』
『もちろんだとも』
『よかったー』
『すごいな...お前』
『え?』
『これ...本当にいいのか?』
『ああ、いいよ。賭けの景品って事で』
『仕事で...社で使ってもOKか?』
『しつこいな。いいっていってんだろ』
『...著作権...契約書関係はどうしたらいい?』
『あぁ?いいよ。俺何も要らないし。ロバートのものにしたら?』
『後悔しないか?』
『しないって。それよりソレ、逆に俺が作ったって解らないようにってできる?』
『ああ...そんな事は問題無いが...でもな...』
『だって何かあったらヤだし。俺日本に帰ったらバグの面倒みれないし』
『...お前、ものすごく損するかもしれないぞ?』
『あー。んじゃもういっこいい?。解析できないようプロテクトさせて』
『...OK』

**********

『キョウ。これの名前は?』
『K....今何時?9時35分?じゃぁ、K-v9.35。バージョンぽくていいだろ?』

『--- K-v9.35』

**********
   
 
<SIDE 拓也>


  †   当社はある正式な筋から提供を受けて、   
  †   プログラム『Kv』の新しいバージョン、  
  †   9.50を入手した。しかし、そのプロ   
  †   グラムは不正な処理をされており、当社   
  †   のコンピューターはシステムダウンを余   
  †   儀なくされた。我々の調査により、提供   
  †   者にプログラムを渡したと思われる少年   
  †   を招待させていただいている。その少年   
  †   から貴殿のMail−Adressを知   
  †   った。我々は『Kv』のコピーを作った   
  †   のは貴殿、もしくは貴殿の良く知る人物   
  †   ではないかと推測している。当社のシス   
  †   テムを修復させるべく、貴殿に協力を要   
  †   請する。この要請が受け入れられるまで   
  †   少年は当社で預からせて頂く。至急の回   
  †   答を望む。                



「これ……」
 洋也に見せられたメールを読んで拓也は絶句した。「ミツヤヒロム」宛てに送られてきたメールは、文体は丁寧だが、正しく把握すれば、脅迫以外の何物でもなかった。
「Kvって……」
「別の筋から得た情報だがな、最近F社のメインマシンが完全にシステムダウンをした。公式発表では外部ウィルスによるものだと説明しているが、それは嘘だというのが事情通の意見だ。これを読んではっきりしたな。このMAILの送り主はほぼ「F社」の人間とみて間違いないだろう。おそらくMAILの送り主本人、もしくは関係者がKvに逆コンパイルをかけたんだ。Kvはソフト自体にセキュリティ……、強力なプロテクトがかかっていて、それを無理に解析しようとするとシステムが半永久的に動かなくなる仕掛けがしてある。これは有名な話だったんだが……。よほど自信があったのか、それともただのバカか」
 洋也は興味もなさそうに、別のPCの前に座り、拓也の持ってきたMOをドライブに入れた。
「どうして京が……」
 −招待−と書かれているとはいえ、それが拉致監禁である事は否めない。拓也は京に現在差し迫っている危険の大きさを知り、拳を握り締めた。
「Kvの製作者は不明だ。だからこそ、みんな必死になってその正体を追おうとする。だが、権利全権は今まで「I」社が所持し、厳重機密として保持されてきた。そして誰も、その強力なガードを潜ることは出来なかった」
「それが何故……」
 洋也の指がキーボードを滑ってゆく。その指の流れを見つめながら、拓也は心の中に重いしこりが沈むのを感じていた。
 マシンのことに関しては……、京の知識の深さに感心していた。京はその件をあまり出したくないようだったが、一緒にいる時間が長ければ長いほど、わかってしまう。
 そのことでコンプレックスを感じたことはないが、だからこそ、拓也にはいろいろ話して欲しいと思う。
 京は二人の時間をとても大切にしてくれる。それがわかっているから、拓也も京の気持ちを大切にしてきた。
「先日、「I」社の開発本部の部長が亡くなった。海での事故死だったために、「I」社では、突然のことで、その部長のほぼ個人管理になっていた「Kv」を一時期、どう扱えばいいのか、大騒ぎになっていた。すぐに本部管理で決着はついたが、その隙に、何かが持ち出されたのは、間違いがないな」
「海……」
「京君も確か、ダイビングをするんだろう?……」
 洋也は手を止めた拓也を見た。画面の上では、文字が次々に現われてくる。
『拓也さんにも夜の海を見せてあげたい』
 京の言葉が思い出される。
「偶然に同じ趣味で知り合い、そしてまた偶然にもお互いコンピューターが好きだった……」
「京が作ったって言うの? そのプログラムを」
「…………多分な。『Kv』の新しいバージョンがでた話は聞いてない。それはつまり、「I」社の内部に製作者はいないということに繋がる。それを犯人達はわからずに右往左往しているというわけだ」
 画面の文字が止まり、電子音が鳴る。洋也は今度はもとのバソコンに戻り、先ほどのメールを同じように解析し始める。
「じゃあ、京が作ったってばれたら……」
 京が本当に作ったのだろうかと思ってしまう。洋也をさえ唸らせた京のことだ、それはもう疑いようがないと拓也も思った。
 けれど……、今は何より京を助け出すことだ。京をこの手に抱きしめたい。無事な身体で。
「かなり危険だが、今のところばれてはいないだろ。京君がしゃべっていたとしたら、僕のところへこのメールは来ていない。あとは……」
「あとは? どうすれば助けられる?」
「警察に任せるのが一番だろ? 居場所の特定ぐらいはしてやるが……」
「そんな、何言ってるんだよ! 警察! 警察になんか任せてられないよ。京に何かあったらどうするんだよ!」
「どうしたの……」
 拓也の叫び声に、別の部屋にいた秋良と勝也が顔を出した。二人とも心配そうに拓也達を見ている。
「秋良さんが同じような目に遭っても、そんなこと、言えるの?」
 洋也は一瞬目を細め、部屋の奥においてあるパソコンの電源を入れた。かなりの容量を備えてあるのだろう、それは、カタカタと音を響かせ始める。
「秋良をそんな目に遭わせない為にしたことが、結局秋良を追いつめたな……」
 洋也の言葉に三人が一瞬息を詰める。
「アキちゃん、向こうで待ってようよ。何か出来る事があったら呼んで」
 勝也は秋良を促して部屋を出ていった。
「ごめん……、ヒロちゃん」
 電源を入れられたパソコンがようやく立ちあがる。
「いいさ。…………できるだけのことはしてやる。だが、警察にも届けろ。知り合いに頼んでやる。かなり隠密に事を運ばなければ……、人質が危険だからな」
 はじめて、洋也が人質という言葉を使い、拓也は緊張する。
「絶対……、助けてやる」
 京に向けた言葉を拓也は一人、呟いた。
「絶対、助け出してみせる」
 何物にも代えがたい、自分の大切な人を取り戻す為に……。


 


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