Call 3
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  手の中で、クリスタルがぼんやりと輝いている。
大事に手で包んでいるはずのそれは、何故か指の隙間をすり抜け...床に落ち...割れた。
慌てて拾い集めようとしたが、身体が凍り付いたように動かない。
無情に砕け散ったカケラが、足元に漂う闇の流砂に見る間に飲み込まれてゆく。
為す術も無く、仄かな光は闇に喰われて消えた・・・・・・・・・・・

**********

<SIDE京>

意識を取り戻してから京は、しきりに交わされる彼らの忙しない会話に聞き耳を立てていた。
今聞こえるその内容は、京の持っていたノートパソコンのパスワードについての事。
ちょっと目には普通のパソコンと何ら変わりはないが、バイト用に使用しているマシンでもあったため、趣味も兼ねてプロテクトは厳重にしてあり、単純にはパスワードの解析は出来ない仕掛けにしてある。
それが今の京にとって不利か有利かは解らないが、おそらくそのせいだろう。勘に障る声がヒステリーを起こし相変わらず何かを喚き散らしている。そこに混じるわざとらしい猫なでの宥め声と、スラングの強い悪意と冷やかしの入った大声。
右目が開かない。耳も片方が聞こえ難い所をみると、先程殴られた時に出血でもしたのだろう。今は止っているようだが、流れ乾いた血が瞼と耳を塞いでいるらしい。
ノートパソコンで殴られた時、2人が止めに入った記憶があるが、どうやらその行動は京の身体どうこうというよりは、マシンの無事を確保したかっただけらしい。
最悪のこの状況が夢ではないことが京の心に暗澹たる影を落し、自分の身に迫る危機をひたすらに感じながらも、為す術も無くその身を横たえているしかなかった。

『我々は「Kv」を作った人間を探している...「Kv」を作ったのはお前か?』

さっきの男の声が、京の頭の中に蘇る。

(なんで今ごろ...?)

公式名称 K-v9.35<プログラム名>通称「Kv」−ケーブイ−

コンピュータ企業「T」が使用利権全権を持つ汎用高速演算プログラム。
そのファイルサイズから想像できる単純構造らしきそのソースは、ありきたりな手法を使っているらしいにも関わらず驚異的な演算能力を持っていた。しかも構造が単純であるが故にフレキシブルな性質を持ち、様々なプログラムに組み込み利用しても、極めてそれに関するバグを引き起こしにくいという事で、プログラムを扱う極一部の人間の間では有名な話として知られている。
何故Kvの情報及び内容が想像の域を出ないかというと、「T」社による厳重な機密管理体制もあったが、制作者本人の手による逆コンパイル防止のプロテクトにより、内部解析をしようとする行為に及んだ段階で、使用マシンはハングアップの上システムダウン。ハードディスクは壊滅的なダメージを受けてしまう事が報告として出されていた。しかも、その被害はイントラネット内のマシンにまでその影響が及ぶという念の入り様。
目的以外の利用をした場合には、とんでもないしっぺ返しが来る代物だった為、使用年月が2年を過ぎた今でも、そのプログラムに関するほとんどの事は解明されていない。

制作者:不明
依頼主:某巨大コンピューター会社「T」開発本部<責任者ロバート・S・ハイツマン>
制作年月日:199x年7月
著作権利:制作者放棄。現在、某企業「T」がその権利及び利権、使用権限を持つ

『まったくいまいましいプログラムだ』
『でも、おまえさんの勇み足でこの事態なんだろう?難儀なこった』
『「Kv」がこういうプログラムだってことはアングラでは有名な話よ』
『なんでそれを先に言わないんだ!』
『フン...常識だと思ってたわよ』

知らない奴は馬鹿だと言わんばかりに、爬虫類男の声が自慢気に響く。

『最初からこうなるって解っていたんじゃねぇのか?』
『まさかっ!私だって愛機を潰されたのよっ!?』

大声の男の揶揄するような言葉に、神経質な声がとんでもないと反論する。

『おかげで「F」のメインマシンは全滅だっ!』
『早いところ「Kv」プログラマとっ捕まえて国に帰ろうぜ?』
『それが出来れば苦労はない』
『あのガキは違うのか?』
『...わからん』
『あっ..あ!あんな子供に「Kv」が組める訳ないでしょうっ!?この私でも解析できなかったプログラムなんて!』
『でも、見ろこのノート...お前でも開けないじゃないか』
『パスワードが何重にもかかっていて、一つでも間違うと妙な動きをするのよ!』
『...あのガキ、ただもんじゃねぇってか?』
『それか「Kv」に関わる何かをしっているか...だ』

会話を聞いて京は一つの望みを感じる。
何度もパスワードを入れたとしたら、防犯用の緊急のMAILが数箇所に送られているはずだ。

(拓也さん...)

もし、緊急MAILが正常に送信されたとしたら、自宅マシンと拓也、勝也に送られている事になる。
彼らを危険に晒すかもしれない事にかなりの抵抗はあったが、待ち合わせ時間に現れなかった京を心配して拓也が何らかの動きをする事は十分に考えられる。その手がかりになれば、場合によっては警察に届ける事も可能だ。
捕らわれの身の上で自分の為すべき事がおぼろげにだが象りはじめる。

『あんなガキに「Kv」が作れる訳ないわっ!』
『お前のプライドは後回しだ...時間がない...あのガキ起こしてこい。痛めつけてでも吐かせるんだ』
『はいはい。今回のご主人様は気が短いよ』

殴られた衝撃と長時間の戒めからくる痛みで、急激な動きに思うように体が動かない細い身体を、大きな手がまるでオモチャのように掴みあげ床に転がした。
京はその容赦のない扱いに堪えながら必死で起き上がり、話を聴いていた事を悟られないよう表情を殺し3人と対峙する。

「パスワードをオシエナサイ!」

表情の薄い京の態度に痺れを切らしたのか、サイドテーブルに置かれたパソコンを指差し、堪えきれない様子で爬虫類男がキンキンとした声を発する。
そのあまりの声の大きさに京の身が思わず一歩下がると、後ろに立っていた大きな男の胸にぶち当たった。
がっしりとした大きな手で身体を拘束される。

『ひどい格好だな...キレイにしてやったらお礼にパスワードを教えてくれるかもしれない』

かなり酷く乱れた京の姿を一瞥して、首謀者らしき男がニヤリと笑う。

『顔を洗ってやれ』

バスルームに連れ込まれ、いつのまに水を張ったバスタブに顔を押し付けられる。

『早くおしえてくれよー。坊や...?俺はラヴァーとクリスマスを過ごしたい』
「このワタシがワカラナイシカケをするなんて...!オマエのウシロにはダレがイルのっ?」

呼吸を整える前に水に頭を突っ込まれ、肺が酸素を求めてむせ返る。
素潜りは得意だが、それとこれとは話が違う。
水に顔を押し付けては呼吸ギリギリの所で引きあげるという動作を何度も繰り返され、次第に意識が朦朧としてくるという状況の中、妙に冷めた部分が京の頭の中に生まれてきていた。
この状況をいかにして把握し、恐らく動き始めるだろう拓也達に何が出来るか。
大きな動きが出来ないのならば、相手を混乱させるなりして最低でも時間を稼がなければならない。
そしてできるならば自分は動けなくなるような大きな怪我は負わないこと。もし、誰かが...拓也が自分を救出しに来てくれた時にすぐさま動ける様に。せめて足手まといにならない様に。
それだけを考える。

「パスワードは!?早くオシエナサイッ!」
『しぶといな。これで言ってくれなきゃ、次は指一本一本へし折るぜ?』

無抵抗に近い割りに極めて無口な態度を崩さない京に業を煮やしたのか、大きな手が京の小指を掴んだ。
痺れて感覚がほとんど失せいているはずの指に激痛が走る。
本来ならばありえない方向へ関節を曲げようとする大きな力。
みし...と関節が軋む。
躊躇いの無い力が与える遠慮の無い痛みに苦痛の悲鳴が上がった。

(お..れるっ!)

京は咄嗟に叫んだ。

「いぅ...!..ぐっ...ごほっ!ごふっ......」
「さっさと言いなさい!」
「パス...は」
『なんだって?言う気になったってか?』
「はやくっ!!」
「ごほっ...ぐ...ぅっ...第一...階層PASS『Un...developed...Land』」
「ツギは?」
「第二..ごほっ!階層...『reclaimed....land』」

イソイソとキーを叩く音がする。

「まだあるわよ!次は何?!」
「最終....階層『U...-...pi...oneer....』...出たダイアログに...」
「早く!早く言いなさい!」
「....................『TA...KUYA』」

最後のスペルが京の口から出たその時、頭から滴る水滴と一緒に堪えきれないものが誰にも気付かれることなく瞳から零れ落ちた。
掴まれていた頭を無造作に開放され、バスルームの床に京の身体が力無く崩折れてゆく。

程なくしてLogin成功のWAVが流れ、液晶の反射を受けている爬虫類男の顔に満足そうな笑みが浮かんだ。

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